「……えっと……神楽耶?」
 その方はまさか、とスザクは頬をひきつらせる。その隣ではルルーシュが完全にフリーズしていた。相変わらず、突発事項には弱いんだから……とそんな彼を横目に心の中で呟く。
「えぇ。天子様ですわ」
 しばらくの間、預かって欲しいと言われたのだ……と神楽耶は何でもないことのように告げる。
「あのバカどもにこの方の身柄を利用されるよりは、ルルーシュ様に保護していただいた方がいいかと思いましたの」
 オデュッセウスもシュナイゼルも、彼が彼女の身柄を保護しているなら迂闊なことはしてこないだろうし……と彼女は微笑む。
「それに、ブリタニアにとってもその方がよいかと判断しました」
 彼女を手元に置いておく方が、と言う言葉は間違っていない。本当に、こう言うところはシュナイゼルに負けていない……とスザクは思う。きっと、それもマリアンヌの教育なのだろうか。それとも桐原か。
「……で?」
 自分にどうしろと言うのか、と言外に問いかける。
「ルルーシュ様にお願いしてきてくださいません?」
 彼女を内密に保護してくれるように、と神楽耶は即座に言い返してきた。
「内密に?」
「えぇ。内密にです」
 そうでなければ、誰もが天子をオデュッセウスと同室にしようとするだろう。しかし、それでは困る……と彼女は続けた。
「お二人はまだ、正式に婚姻をされたわけではありませんもの」
 絶対にこのセリフは口実だろう、と思う。しかし、マリアンヌでも同じ判断をするだろうから、と自分を納得させた。
「わかった。でも、他の人からばれるかもしれないことは覚悟しておいてよ」
 ここには他の者達も来るから、とスザクは念を押しておく。
「わかっておりますわ」
 だから、天子にはベールをかぶっていてもらうのだ……と神楽耶は言う。しかし、無駄だと思うのは自分だけだろうか。
「……とりあえず、報告に行ってくるから」
 ここから出るな、と言外に告げる。
「天子様を危険にさらすわけにはいきませんもの」
 どこまで本気で言っているのか。そう思いながらスザクはルルーシュの元へと向かうために歩き出した。

「神楽耶も……」
 そう言うことをしてくれていたのか、と流石のルルーシュもこれには頭を抱えたくなったようだ。
「……あのさ」
 ふっとある可能性に気付いてスザクは口を開く。
「何だ?」
 あまりのことに脳が働いていないのだろう。ルルーシュは心ここにあらずと言った様子で聞き返してくる。
「マリアンヌさんが神楽耶に吹き込んだなんてことはないよね、今回のこと」
 さっき、来ていたようだし……とスザクは苦笑と共に付け加えた。
「……あり得るな……」
 母さんなら、とルルーシュはため息混じりに言い返す。
「と言うことは、無碍に放り出すわけにもいかない、と言うことだな」
 仕方がない、と彼はため息を吐く。
「とりあえず、神楽耶にあって話を聞いておくか」
 シュナイゼル達に話すかどうかは、それから決める……と彼は続けた。
「そうしてくれると嬉しい、かな?」
 神楽耶を怒らせると怖いから、とスザクは笑いながら言い返す。
「怖いのは神楽耶よりもその後ろにいるだろう母さんだろうな」
 ぼそっとルルーシュがそう呟いた。やっぱり、その可能性に気付いていたのか。いや、ルルーシュの場合、気が付かない方がおかしいに決まっている。
「あの年代の少女だからな。母さんなら無条件で保護しようとするに決まっている」
 本当に、実の息子ながら彼女のすがすがしいまでの女尊男卑には感心する……と彼はため息混じりに付け加えた。
「まぁ、マリアンヌさんだから」
 そんな彼に言い返す言葉はこれしかない。
「それに、助けてくれたんだし……」
 さっき、と付け加える。
「まぁな。でなければ確かに厄介だった」
 自分が指揮官でないことがこれほど歯がゆいことだとは思わなかった、と彼は続ける。だからといって、立場上、勝手に指揮権を奪うわけにもいかないし……とため息を吐く。
「……ともかく、神楽耶の話を聞いてやってよ」
 よっぽど鬱憤がたまっていたらしい。確かに、ルルーシュとは考え方が違うようだ。だが、それにしてもちょっと酷いかもしれない。
「その後でなら、いくらでも愚痴を聞くから」
 自分でいいなら、と口にしながら、そっとスザクはルルーシュの肩に手を置く。
「……そうだな」
 確かに、それが優先だろう……とルルーシュも頷く。
「すまないな、スザク」
 そして、彼は小さな声でこう付け加えた。
「気にしないで。ルルーシュが愚痴を言えるのは僕ぐらいでしょ?」
 だからいいよ、とスザクは笑みを深める。
「……本当にお前は……」
 その後に何と続けようとしたのか。さっさと歩き出されてしまったせいで確かめる機会を逸してしまう。
「それもルルーシュらしいけどね」
 素直じゃないんだから、と口の中だけで呟く。そして、スザクもまた彼の後を追いかけた。

 神楽耶の説明を聞いているうちに、ルルーシュの機嫌が最悪に近いまで低下していくのがわかった。  もっとも、それに関しては自分も似たようなものだから、何も言えない。だが、そのせいで天子の表情が強ばっていくのはまずいのではないか。
「ルルーシュ」
 そう判断をして、そっと彼に呼びかける。
「何だ?」
「天子様の顔色が悪いんだけど……甘いものでも用意した方がいいかな?」
 疲れているようだし、とスザクは真顔で問いかけた。
「甘いもの?」
「ほら。ルルーシュが作ってくれたプリン。まだ残ってるよ」
「そう言えば、まだ残っていたな。ロイドに見つからないように持ってこいよ」
 すぐにこう言ってくれる。
「天子様、気が利かずに申し訳ありません」
 そして、視線を彼女に向けると微笑みと共にこういった。
「い、いえ……私の方こそ、お忙しいところに御邪魔したようですから……」
 それに別の意味で緊張をしたらしい天子が、微かに頬を赤らめながら首を横に振る。その理由がわからないのか。ルルーシュの方が首をひねっている。
「相変わらずですわね、ルルーシュ様は」
 いったい、どちらの意味でそう言っているのか。判断できない口調で神楽耶がこういう。
「でも、ルルーシュ様の手作りにプリンですか? 私の分もあるのでしょうか」
 ありますよね、と言われたような気がするのはスザクの錯覚ではないはずだ。
「多分、ここの人数分はあると思うよ……種類はバラバラになるけど」
 そう言いながらスザクは立ち上がろうとした。その時だ。
「スザク」
 ルルーシュが彼を引き留める。
「何?」
 言葉とともに彼に顔を近づけた。
「神楽耶のため、と言って部屋を用意してもらえ」
 それであれば、周囲に疑念を抱かれないはずだ……と彼は続ける。
「わかった。ぼくらの部屋の傍でいい?」
「それが一番安全だろうな」
 スザクの問いかけに、ルルーシュは満足そうな笑みと共に頷いて見せた。
「何か、妬けますわね」
 不意に神楽耶がこんなセリフを投げつけてくる。
「仕方がないとはいえ、何か、気に入りませんわ」
 自分はルルーシュとそんなことが出来ないのに、スザクは当然のようにしている。それが気に入らない。そう言われても困る、と言う言葉を彼女は平然と口にしてくれた。
「諦めてください」
 即座にルルーシュが綺麗な笑みと共に言い返す。
「スザクにいなくなられると困りますし……第一、こいつのことは母さんの公認でしょう?」
 神楽耶であればまた別の意味で厄介なことになる。それは今後のことを考えればプラスにならない。彼はそうも続けた。
 それだけでも嬉しい。
 でも、もっと他の関係になりたい。そう思ってしまうのは、いけないのだろうか。
「それが悔しいのですわ」
 自分には自分の立場がある以上、妥協しないわけにはいかないのだろうが……と神楽耶が呟いている。
 とりあえず、これ以上ここにいると彼女の恨み言をさんざん聞かされそうだ。だから、とスザクは一度撤退することにする。
「まぁ、ルルーシュがいれば大丈夫だよね」
 それでも、早めに戻ってこよう。そう考えて廊下へと出た。

 しかし、そのせいでさらに厄介な状況に追い込まれるとは思わなかった。





BACK




10.10.25 up