先日戦った、あの新型のことはよく覚えている。 実力的にはほぼ互角。いや、相手の方が上かもしれない。 「……捕縛、ですか?」 それを捕まえろ、と言うのは何の嫌がらせなのだろうか。それとも、今までその言動には出ていなかったものの、自分の存在を苦々しく思っていたのだろうか、と思わずにはいられない。 「そう。やってくれるね?」 にっこりと微笑みながらシュナイゼルがそう言う。 「いやなら断ってくれて構わないよ。君はラウンズだからね」 ただの宰相である自分の命令など無視してくれても構わない。そう言われて『はい』と主張できるだろうか。 しかし、あの相手を捕縛できるかと言えば難しい。出来たとしても、こちらも傷つく覚悟は必要だ。 そんなことになれば、間違いなく彼が悲しむ。 だけならばいい。 周囲の者達に《失格》の烙印を押されて彼の元から放り出される可能性すらある。 それだけは何があっても避けなければいけないのだ。 では、どういえばいいのか。そう考えたときだ。 「スザク一人では捕縛は無理です」 涼やかな、としかいいようのない声が周囲に響く。しかも、怒りを滲ませて、だ。 「おや、ルルーシュ。君は 「それを言うなら、俺は あきれたようにルルーシュは言い返す。 「第一、おそらくあれは母さんと互角ですよ?」 まだマリアンヌに遊ばれてしまうスザクでは勝ち目がない。それは真実なのだろうが、彼の口から言われるとものすごくショックだ。 「スザクは俺だけじゃなく母さんも気に入っていますからね。もし、兄上の命令でこいつに何かあったと母さんが知ったら、責任は取りません」 それ以前に、自分が本気でシュナイゼルに敵対するから……と彼はとっておきの笑顔で告げた。 つまり、彼は自分の気持ちに配慮できないほど怒っていると言うことだろう。 「……それは困るね……」 流石に、とシュナイゼルはわざとらしいため息とともに告げる。 「しかし、あれは捕縛しないといけないのだが」 「わかっています」 それには自分も賛成だ、とルルーシュは頷く。 「ただ、スザク一人にそれをさせるのは無理です。そして、俺のやり方に兄上が口を挟まれるのも不本意です」 言外に、自分の好きにさせてもらう。そうでなければ、自力でやれ……と彼は告げた。 「しかし、君は皇族だよ?」 「残念ながら、俺自身も戦力に入れなければ、あれを捕縛できませんよ。ついでに、兄上にも手伝っていただきます」 悪者役はシュナイゼルが一番だろう、と彼は笑った。 「……私が悪者、かね?」 「えぇ。オデュッセウス兄上では、迫力が足りませんから」 さらに笑みを深めると彼はそう続ける。 「それに、お得意でしょう?」 悪役は、と付け加えられてシュナイゼルも「否定はしないよ」と言い返した。 「とりあえず、君の考えを聞こう。それから判断しても構わないかな?」 自分が何をすべきか。それも知らないと行動できない。それはもっともな意見だろう。 「そうですね。あぁ、それとジノを呼び寄せます。代わりに、誰かをエリア11に回していただけるといいのですが」 ナナリーを出迎える準備のために、とルルーシュは表情を和らげた。 「でないと、母さんが手を出しかねませんから、こちらも」 こちらで手出しをされる分にはまだかなりごまかしがきく。しかし、政庁関連ではシャルルがどう出てくれるかがわからない。ルルーシュのこの言葉に、シュナイゼルも頷く。 「まだ、陛下には玉座にいていただかないといけないからね」 と言うことで、自分の参謀の一人を行かせよう……と彼は直ぐに続けた。 「こちらでは、兄上に『天子様を保護している』と宣言していただければ十分です」 それだけで、あちらの動きを確実に弱めることが出来る。ルルーシュはそう言った。 「それでも攻撃してくるのは、これから不必要なものですしね」 色々な意味で、と彼は付け加える。 「それはいい考えだね」 確かに、必要のない膿はさっさと絞り出してしまったほうがいい、とシュナイゼルも同意をした。 「しかし、あちらにばれないかい?」 「大丈夫です。母さんの手の者が神楽耶に天子様を預けていきましたから」 あぁ、うまい。スザクは素直に感心をする。 マリアンヌが保護をして預けていった、と言えば、シュナイゼルも迂闊なことは出来ないだろう。もちろん、オデュッセウスも、だ。 「ついでに、彼女を丁重に扱えば、今後のことにプラスになると思いますが?」 そのままルルーシュはカノンへと視線を向ける。 「そのことに関しては、カノンに任せておけば大丈夫だと思いますが」 小さな少女に対する気遣いなら、彼が一番適任だろう……と彼は言った。しかし、それ以上にルルーシュの方が適任だと思うのは自分だけではないはずだ、とスザクは確信していた。 しかし、今回の作戦にルルーシュの存在が必要だというのであれば、事前先を取るしかないのだろう。 「それで? どうするの?」 とりあえず、さっさと作戦の内容を聞いた方がいいのではないか。準備が必要なら早めに取り組んだ方がいいだろう。そう考えてスザクが問いかける。 「そうだね。まずはそれを聞いておこう」 シュナイゼルもそう言いながらルルーシュへと視線を向けた。 「作戦としては簡単ですよ。問題なのは演技力だけです」 でも、それは得意でしょう? と笑みと共に言い返す。 「それはほめられているのかな?」 同じような笑みを浮かべながらシュナイゼルが言う。微笑みがこんなに怖いものだと、スザクは初めて知らされた。 しかし、間違いなく彼以上に適役はいない。 そう思わせるような悪役ぶりが通信機から響いてくる。 『卑怯だぞ!』 予想以上に若い声が返された。 『何がだね?』 本当に意味がわからない、とその声音が告げている。しかし、それが演技だと言うことはわかっていた。 「ルルーシュも本心をごまかすのによくやるけど……シュナイゼル殿下には勝てないよね」 見ていればわかるから、とスザクは呟く。 『何か言ったか?』 即座にルルーシュがつっこんでくる。しかも、オープン回線ではない、と言うところに意味があるような気がするのは錯覚ではないだろう。 「シュナイゼル殿下に感心していただけ」 あそこまで楽しげに悪役が出来るとは思わなかった、とスザクは言い返す。 「ルルーシュだと、どこか人の良さが見えるから」 自分よりも年下の女の子が関わっていればなおさら、と付け加える。 『それがわかるのはお前ぐらいだ』 普通はわからない、とルルーシュは言い返してきた。 『それよりも、そろそろだ。構わないな?』 ジノも、と彼は続ける。 「もちろん」 『いつでもOKです』 二人のこの言葉に、ルルーシュは満足そうな笑いを漏らした。 『気になるなら、その目で確かめてみるのだね。天子様は、我々の元でご機嫌よく過ごしておいでだよ』 その間にもシュナイゼルはしっかりと相手を挑発――そう書いて『いじめる』と読むのではないか、と考えてしまうが、迂闊に口に出せるはずがない――している。後は、相手がそれに乗ってくれるのを待つだけだ。 『そう言って、私を騙すつもりか?』 相手がさらにこういう。 『星刻……殿下は嘘を言っておられません』 それに反論をしたのは天子だった。 『天子様!』 どうやら、彼女まで巻き込んでいたらしい。いつの間に、と思うが神楽耶が絡んでいるのであればあり得る話だ。 『……よかろう……ただし、嘘だった場合、どうなるか……覚悟しておけ』 星刻と呼ばれた相手がこういう。そのままその機体を前へと進めた。 『星刻!』 『勝手なことをするでない』 焦ったような声がその動きを止めようとしている。いや、それだけではなく、他の者達に撃墜させようとまでしていた。流石に、それは見過ごせない。 「ルルーシュ?」 動いてもいいのか、とスザクは言外に問いかける。 『あちらは好きにしろ』 言葉とともに蜃気楼があの機体をかばうように絶対領域を広げたのがわかった。これで、彼等は大丈夫だ。後は自分とジノが役目を果たせばいいだけだ。 あの機体がいないなら、それはさほど難しくはない。 「ジノ。さっさと敵の旗艦を掌握してよ」 『わかっている。ご褒美が待っているからな』 そのセリフは何なのか。他のものならそう言うだろう。しかし、待っているのがルルーシュ手作りの料理となれば話は別だ。 「そうだね」 誰かに取られる前に自分の分を確保しないと。そう考えながら、スザクは攻撃へと意識を切り替えた。 十分もかからずに相手が根を上げたのは良かったのか悪かったのか。あきれたくなったことだけは事実だった。 終
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