中華連邦から直接本国に戻ってこい。 そんな命令がシャルルから届いたのはナナリーから出発するとメールがあった直後だった。 「……反逆してもいいですか?」 本気で怒りを滲ませながらルルーシュは目の前の相手に問いかけている。しかも、本当に綺麗な笑みを浮かべて、だ。これで彼の瞳も笑っていれば一安心なのだが、そうではないから怖い。 もっとも、その怒りは自分に向けられたものではないから、一安心……とスザクは考えている。 しかし、そうではない方もいるのだ。 「ルルーシュ。兄上が恐がっておいでだよ」 だから、少しは怒りを抑えなさい……とシュナイゼルが告げる。 「それは失礼をしました」 真面目な表情で指摘された本人は長兄へと頭を下げた。 「気にしなくていいよ、ルルーシュ」 それに彼は苦笑を返す。 「君が怒る理由もわかっているからね」 ナナリーに会わずに本国に戻るというのはルルーシュにとってどれだけ耐え難いことなのか、理解しているから……と付け加える。と言うことはルルーシュの 「まぁ、ナナリーがマリアンヌ様の元に行ってしまうから、ルルーシュを手元に置きたい、と考えておいでなのだろうがね」 しかし、今まで離れ離れになっていたのだ。少しはゆっくりと話をする時間がなければ、ルルーシュが機嫌を損ねるのはご存じだろうに……とシュナイゼルがため息を吐く。 その言葉に間違いはない。 だが、何か引っかかるものを感じるのは錯覚だろうか。 「……兄上。俺は希望が叶えられないからと言って、だだをこねる子供じゃないつもりですが」 どうやら、ルルーシュも同じ気持ちだったらしい。こう言い返している。 「わかっているよ。だだはこねないが、実力行使はするんだよね」 亀の甲より年の功、というのは、こういうことなのだろうか。見事な切り返しにルルーシュは二の句を告げないらしい。 「まぁ、相手があの父上ではその気持ちもよくわかるけど……やりすぎはダメだよ」 あれでも皇帝だからね、とシュナイゼルは微笑む。 「さっさと皇帝の座を譲って隠居してくださればいいのに」 そうすれば、全部解決するような気がするのは錯覚なのか。そう言うルルーシュに同意をすべきか、それとも……と悩む。 「陛下の場合、玉座が己の存在意義だと思っておいでだからね」 それ以外の立場は、全てそれがあってのことだと考えているのだろう。オデュッセウスが静かな口調でそう告げた。さすがは一癖も二癖もある皇子皇女の中で最年長なだけはある。そう思わせるような冷静な分析だ。 「……母さんにたたき直して貰うべきかもしれませんね」 そんなことは錯覚だ、ときちんとたたき込んで貰うべきではないか。ルルーシュはため息混じりにそう言った。 「もっとも、その前に命令を無視されると言うことも覚えていただきましょうか」 いくら皇帝でも、他人の意志まで完全に支配できないのだ。それを彼に理解して貰おう、とルルーシュは笑う。 「しかし、陛下のご命令は『直接、本国へ帰還しろ』だよ、ルルーシュ」 大丈夫なの? とスザクは問いかける。 「当然だろう。母さんに顔を出していかないと後々困るからな」 シャルルとマリアンヌ。どちらを優先するかなんて決まっているだろう、と彼は言い切った。 「……まぁ、わかっていたけど……」 その言葉に、スザクはため息を吐く。 「マリアンヌ様のお言葉なら、陛下も無視できないだろうね」 苦笑と共にオデュッセウスがこういった。 「仕方がありませんね。君達には口実をあげよう」 これならば、シャルルですら文句は言えないと思うよ。この言葉とともにシュナイゼルがさらに言葉を重ねた。 確かに、これはルルーシュにしかできないだろう。 マリアンヌを呼び出すという荒技が許されるのは彼だけなのだ。ナナリーも出来るかもしれないが、彼女の場合、呼び出さなくてもマリアンヌの方から押しかけてくるような気がする。 別に、それはマリアンヌがナナリーの方を可愛がっているからではない。彼女が自由に動けない体だからだ。 二人が逆の立場なら、きっと、マリアンヌの態度も逆だったんだろうな……とスザクは思う。その時、自分がルルーシュの傍にいられたかどうか。それを考えて行くうちに、ついつい怖い結論に達しそうでやめた。 代わりに、ルルーシュ達の会話に耳をすます。 「……困ったものね、シャルルも」 ため息混じりにマリアンヌがこういう。 「仕方がないよ。シャルルだから」 それに言葉を返したのはV.V.だ。 「そうだな。あの泣き虫は傍に大切なものがいなければ我慢できないらしい」 しかし、C.C.のこのセリフに同意をしていいものかどうか。思い切り悩む。それはルルーシュも同じだったらしい。 「誰が『泣き虫』だったと?」 自分の聞き間違いか、と彼は口にしている。 「聞き間違いなんかじゃないよ」 確かに、今のシャルルからは想像できないだろうけど、とV.V.は苦笑を浮かべる。 「でも、五十年前の彼は間違いなく泣き虫だったね。今、そんなことをされたら、いくら僕でも殴りたくなるけど」 よかった。見かけと違って彼の中身はそれなりに大人だ、とスザクは安堵のため息を吐く。しかし、それも一瞬だった。 「もっとも、長生きをしていればするだけ、十年単位で『ちょっと前』の期間が短くなっていくのかな?」 ぼそっとV.V.が呟く。小首までかしげているあたり、本当に見た目だけはかわいらしい。 「日本で言えば還暦を過ぎている人間が、何カワイコぶっているのやら」 あきれたようにC.C.が言い返す。 「実年齢が三桁の女性なら許されるの?」 即座にV.V.が切り返した。 何か、この場にいていいのだろうか。と言うよりも、この会話を聞いていたくない。本気でそう思ってしまう。 「女は、な。いくつになっても美しく見られたいものなんだよ」 なぁ、マリアンヌ……とC.C.は話題を彼女にふる。 「否定はしないわよ、否定は」 でも、とマリアンヌはため息を吐く。 「それは人目にさらすものでも自慢するものでもないでしょ」 人知れず努力をするから楽しいのだ、と彼女は微笑む。それにスザクも内心では同意をしてみせる。 「もっとも、努力の方向がずれている人もいるけど」 誰とは言わないけど、と告げるマリアンヌの表情だけで想像が付くような気がするのは錯覚だろうか。 「あの髪型か?」 「そうよ……まったく、なんであれを私が気に入っているなんて思ったのかしら、あの人」 あの髪型をするのに毎日どれだけの時間をかけているのかしら、と彼女は視線をV.V.に向ける。 「午前中に謁見がないことから想像すればいいんじゃない?」 その間に書類の決裁をしているようだから放っているけど、と彼は言い返す。 「本当、小さな頃は可愛かったのに。ナナリーに似て」 この言葉に、ナナリーはシャルルに似ていたのか、と初めて気が付く。確かに、V.V.を見ていれば納得できるのだが、認めたくなかった。それはきっと、今の彼の姿が強烈すぎるからだろう。 ナナリーが将来あんなロールケーキな髪型になるとは思いたくない。 でも、昔、女性陣のほとんどの髪型が縦ロールだった漫画を読んだこともあるし……と変なことも考えてしまう。 「スザク、何を考えている?」 それを読み取ったわけではないだが、絶妙のタイミングでルルーシュが声をかけてきた。 「縦ロールでお姫様ドレスのナナリーは可愛いかな、と」 ちょっと想像しちゃっただけ、と素直に言い返す。 「確かに、それはかわいらしいだろうな」 誰かさんのロールケーキとは違って、とルルーシュも頷き返す。 「今度、贈るか」 写真はアーニャに頼めば撮ってくれるだろう。ルルーシュはそう呟く。 「いいわね。シャルルに見せれば悔しがるわよ」 しかも、全体は絶対に見せないようにして……とマリアンヌも口を挟んできた。 「……ついでに、あいつの髪型も変えてしまえ」 C.C.が笑いながら口を挟んでくる。 「ビスマルクを抱き込んでしまえば大丈夫だね。いっそ、ガリバーのように三つ編みを作ってベッドに縛り付けてしまう?」 こう言ってきたのはV.V.だ。 「……ともかく、本国に戻らないといけないわけですね……」 ナナリーを出迎えたかったのに、とルルーシュはため息を吐く。 「代わりに、私が傍にいるから大丈夫よ」 マリアンヌのこの言葉に、ルルーシュは渋々と言った様子で頷いた。 「それと、あの人にこれを渡しておいてくれる?」 他の人間に渡すのはまずいだろうが、シャルルならよろこぶだろう。そう言いながら、彼女はレース糸が絡まっているようなものを差し出してくる。 「……母さん?」 「一応、ドイリーの予定だったのよ。どこで間違ったのかしら」 編み図を見て慎重に作ったのに、と彼女は首をかしげた。 「そりゃ、お前の才能が壊滅的だからだろう」 家事の、とC.C.がため息を吐く。 「その分、他に才能が向いているんだから、あきらめろ。家事が得意なルルーシュの運動神経が家出しているようなものだ」 それが禁句だと思うのだが、とスザクは焦る。 「と言うことは、これはV.V.様に差し上げていいんだな?」 しかし、ルルーシュにはルルーシュでしっかりと報復手段があったらしい。彼が鞄から取り出した箱の中身が何であるのか、説明しなくてもいいだろう。 「そうだね。僕がもらうよ」 V.V.も笑いながら頷いてみせる。 「お前達!」 それは自分のものだ、とC.C.が叫ぶが、誰も耳を貸さない。 「ともかく、渡しておきますよ。後、伝言は?」 「……そうね。自分の胸に手を当てて、よ〜く考えなさい、と言ったところかしら」 くすくすと笑いを漏らすマリアンヌに、ルルーシュはスザクだけではなく、流石のC.C.も及び腰になっている。ひょっとして、自分たちの知らないところで何かあったのかもしれない。 「ともかく、困ったことがあったら連絡を寄越せばいい。フォローはしてあげるよ」 なんなら、シャルルを叱ってあげるから……とV.V.が言った。 「その時は、お願いします」 真顔でルルーシュは言い返すと立ち上がる。 「そろそろ行くか?」 不本意だが、と彼は真顔で声をかけて来た。そんな彼に、スザクは頷き返す。 「とりあえず、陛下にこれは渡しておきます」 「どんな反応を見せたか、教えてね?」 マリアンヌのこの言葉に、二人は揃って首を縦に振って見せた。 終
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