「母さんからです」
 そう言いながら、ルルーシュはマリアンヌから渡されたレース編みもどきを差し出す。
「マリアンヌから、だとぉ!」
 これには、流石のシャルルも怒りを一旦引っ込めるしかなかったようだ。
「えぇ。母さんが陛下のために作ってみたそうです」
 もっとも、彼女は普通女性が身につけているようなあれこれは苦手だ。しかし、それを補ってあまりある才能があるから構わないだろう、とルルーシュは思っている。持つ論、他の者達も、だ。
 だが、その作品までもそうだと考えてくれる人間がどれだけいるだろうか。
 実際、手の中にあるものはボロぞうきんもここまで酷くはないだろう、と他のものならば考えるはずだ。
 しかし、シャルルは違うらしい。
「……マリアンヌが儂に……」
 それ以上に重要なことはない、とその声音が告げている。しかし、あっさりと手渡すわけにはいかない。
「それと、伝言を預かっていますが……他の者の口から聞いた方がよろしかったのでしょうか?」
 こう言ったのは、もちろん、自分の帰国が遅れたことに対して彼があれこれぼやいていたことに対するイヤミだ。
「そうなっていたら、また母さんは姿を消していたでしょうね」
 最悪、自分にも居場所を教えずに……と付け加えれば、シャルルは表情を強ばらせる。
「それは、困る……」
 その表情のまま彼はこういった。
「なら、これ以上、文句を言うのはやめてください」
 今回のことに関して、と釘を刺しておく。
「……仕方があるまいのぉ」
 渋々といった様子で シャルルは頷いてみせる。しかし、内心はそうではないだろう、と言うこともわかっていた。
「それで、母さんからの伝言ですが」
 その証拠に、この言葉を耳にした瞬間、シャルルの目が輝く。
「自分の胸に手を当てて、よく考えろ……だそうです」
 何のことでしょうね、としれっとした口調で問いかけた。
「……むっ……」
 その瞬間、彼は凍り付く。その様子に、ルルーシュはしてやったりと笑った。

 ラウンズが使っている控え室へルルーシュはスザクと共に足を踏み入れた。
「ここも久々だね」
 その瞬間、彼がこういう。
「そうだな」
 確かにエリア11にそれなりの期間いたし、そのまま中華連邦へと移動したから予想以上、本国を留守にしていた。
「だが、俺としてはそれでもよかったんだがな」
 別に本国に戻ってこなかったとしても、とルルーシュは呟く。そうすれば、あのバカに煩わされることはなかっただろう。
「まったく……これから、また、あれに振り回されるのか」
 ため息とともにルルーシュはマントを脱いだ。そのままソファーに腰を下ろす。
「仕方がないよ。陛下には逆らえないんだし」
 まだ、あの方が皇帝だから……とスザクは笑う。
「そうだな。まだあのロールケーキが皇帝だ」
 もし、自分がただの一市民であれば、それについて文句は言わなかっただろう。しかし、不幸なことに、自分は彼の息子なのだ。二重に、あれに従わなければいけない立場、というのは、あまり嬉しくはない。
「本当に……皇帝でもいいが、これ以上きょうだいを増やすんじゃない」
 愛人も、だ。それを何とかしなければ、マリアンヌが帰ってくるはずもないぞ……とそう続ける。
「そうだね。僕なら、大切な人が一人、傍にいてくれるだけでいいのに」
 あちらこちらに視線を向けるようなことはしない。彼はそう言い返してきた。その瞬間、心臓が大きく脈打つ。
 彼が言っているのは、間違いなく自分のことだろう。
 普段は考えないようにしているのに、こう言うときに目の前に突きつけられる。だが、それがいやだとは思えない。むしろ、嬉しいのではないか。
 しかし、まだ、それをどう受け止めていいのかわからないのだ。スザクには悪いが、今しばらくこのままで痛いとも考えてしまう。
 でも、と思いながらルルーシュは口を開いた。
「そうだな。そう言う対象は一人でいいよな」
 小さな声でそう呟けば、スザクはどこか嬉しそうな表情で頷く。
「それよりも、お茶にしないか?」
 話題をすり替えるようにルルーシュは問いかけた。
「今、準備するね」
「いや、俺がやろう」
 だから座っていろ。そう続けてルルーシュは立ち上がる。その時だ。ドアが開いてオレンジ色のマントを身に纏った人間が姿を見せる。
「おやおや。ようやくお帰りか?」
 逃げ出したのかと思った、と彼は言う。
「ブラッドリー卿!」
 それに、スザクが怒りを顕わにする。
「放っておけ、スザク。お前や殿下方がわかっていてくれれば、それでいい」
 自分が何をしてきたか。それは……とルルーシュはそんな彼をなだめるように声をかけた。
「どうせ、説明しても理解できないだろうしな」
 こう付け加えたのは、もちろん、イヤミだ。
「何が言いたい?」
 即座にルキアーノが噛みついてくる。
「政治的な話を聞いて理解できるのか、と言っている」
 自分の役目はそちら方面だ。そしてスザクはそんな自分の護衛を務めている。ただそれだけだ、と言外に告げる。
 実際、シャルルがスザクをラウンズに取り立てたのはそれも理由だろう。そんなことを考えつつ、視線を入り口へと向ける。
「騎士様が騎士を持つか」
 自分の身も守れないなんて、とあきれたように彼が言う。
「まともな報告書を提出できない人間よりはましです」
 だが、それに反論するように響いた声に、彼の表情が強ばった。
「……これは、特務総監殿……」
 言葉とともに視線を移動させる。そこには特務総監のベアトリスが仁王立ちになっていた。その手には報告書らしきファイルがある。
「意味不明です。直ぐに書き直してください」
 必要なことが書かれていない、と彼女はルキアーノをにらみつけた。
「……そいつらはいいのか?」
 苦し紛れというように彼は顎でルルーシュ達を指し示す。
「二人とも、既に提出されています。どちらも直す部分はありません」
 このまま宰相府へ回す、と彼女は付け加えた。
「……要するに、全部、書いて貰ったってわけか?」
 ルキアーノはそう言ってスザクへと視線を向ける。
「残念だが、俺は手を出していないぞ」
 マリアンヌがしっかりと書き直させてはいたが、と言い返す。
「ほぉ……それを信用しろと?」
 自分の目で見ていないものは信じられない。彼はそう言って笑った。
「ともかく、さっさと書き直してください。何なら、監視をして差し上げますか?」
 力ずくでも、と彼女は口元を笑みの形に作る。しかし、眼鏡の下の瞳はまったく笑っていない。
 こう言うところは、師であるマリアンヌによく似ている。流石に人外ではないが、それでも本気になれば――時間的な制限はあるが――ドロテアやノネットと互角に戦えるはずだ。ルキアーノに勝ち目があるはずはない。
「なら、ここでどうぞ。今からお茶にしようと思っていたので」
 微笑みながらルルーシュが口を挟む。
「まぁ。ランペルージ卿が淹れてくださるのですか?」
「えぇ」
「それならお付き合いをさせて頂きましょう」
 目の前で監視をしていれば逃げられることはないはずだ。そう言って彼女は今度は本当に微笑む。
「スザク。ついでだからエニアグラム卿にも声をかけてこい」
 こうなったら、他の連中も巻き込んでしまえ。そう思いながらルルーシュは言葉を口にした。
「わかった。声だけはかけておくね」
 彼女が傍にいれば確実にルキアーノは逃げ出せない。それがわかっているからか。スザクは直ぐに頷いてみせる。
「お前達……後で覚えていろよ」
 いやそうにルキアーノがこういう。
「何を、ですか? ご心配なく。ブラッドリー卿の分もちゃんと用意させて頂きますよ」
 そう言う意味ではないのだとはわかっている。それでもルルーシュはこう言って笑った。
「必要ない」
 飲みたくなれば、他の人間に頼む……と彼は言い返してくる。
「もったいない。ランペルージ卿が淹れたお茶は絶品なのに」
 これがスザクの言葉であれば別に驚かなかっただろう。しかし、今、口にしたのはベアトリスだ。しかも、執務の最中なのに、である。
「それは……気合いを入れて淹れないといけませんね」
 彼女なりの思惑があるのだろう。そう判断をしてルルーシュは言葉を返す。
「お茶請けはクッキーで構いませんか?」
「ランペルージ卿の手作りであれば何でも」
 即答してくると言うことは、やはり何か思惑があるのだ。ならば、全力でそれに乗ってやろう、と思う。
「では、直ぐに用意をしますね」
 満面の笑みと共にルルーシュはこう言い返した。

 スザクと共にノネットも直ぐに顔を見せる。そのまま四人でお茶をしている同じテーブルで、ルキアーノだけが書類に取り組んでいた。彼の方から漂ってくる空気がとげとげしい。
 しかし、それを気にする者は誰もいなかった。
「……ダメだな。ルルーシュの手作りのお菓子は手が止まらない」
 太りそうだ、とノネットが苦笑を浮かべる。
「なら、後で訓練に付き合ってください」
 スザクが即座にこういった。
「なるほど。摂取した分、消費すればいいのか。いいだろう」
 付き合ってやろう、と彼女が言い返す。スザクのこう言うところが彼女たちと親しくできる理由なんだろうな、とルルーシュが心の中で呟いたときだ。
「なるほど……そうやって皆に取り入ってラウンズの地位を手に入れたのか」
 ルキアーノがこんなセリフを投げつけてくる。
「ブラッドリー卿!」
「……事情を知らぬくせに迂闊なことを言うんじゃない」
 即座にベアトリスとノネットが言葉を口にした。しかし、それが彼をさらに意固地にさせたのか。
「本当のことでしょう。あぁ、陛下に色仕掛け、という可能性もあるな」
 こんなセリフまで口にしてくれた。流石にこれは聞き逃せない。そう思ったときである。
「ルルーシュ」
 地を這うような声でスザクが彼の名を呼んだ。
「何だ?」
 これが危険信号だと言うことはわかっている。それでも確認しないわけにはいかない。そう思って聞き返す。
「そいつ、たたきのめしていい?」
 本気で、と彼は笑う。
「訓練なら、いいんだろう?」
 こうなると、彼は止められない。
「面白い。そいつの代わりにお前がやるってか」
 自分は構わないぞ、とルキアーノが言う。
「……スザク」
「だって、あんな事を言われたらジノやアーニャだって同じ事をするよ?」
 だから、と言われては反論も出来ない。
「……ケガをするなよ?」
 ルルーシュにはこう言うしかできなかった。





BACK




10.12. 06up