ナイトメアフレーム用の闘技場は別にラウンズ専用というわけではない。むしろ、ローマ時代にあったというコロッセオと同じようなものだと言った方が正しいのか。
 しかし、内々の手合わせであれば観客もまた同じラウンズとそれぞれの開発陣だけと言うのが普通だ。
 しかし、何故かこの場にはスザクとルルーシュの他にオデュッセウスとギネヴィア。そしてカリーヌの姿がある。
「いいこと? ここで負けたらマリアンヌ様が何と言おうと二度とルルーシュの側に近づけないからね?」
 ギネヴィアが微笑みながらこういう。
「それがいやなら、死ぬ気で勝ちなさい」
 この言葉に、スザクは首を縦に振ってみせる。
 何というか、そんなことは彼女に言われることではないと思う。しかし、逆らってはいけない、と即座に判断をする。何というか、彼女もマリアンヌやコーネリアと同じ人種だと感じるのだ。
「わかっています、ギネヴィア殿下」
 それでも確認はしておかないといけないだろう。そう思いつつ、スザクは口を開く。
「ですが、流石に四対一では、自分の分が悪いかと」
 相手を殺してもいいならばともかく、とさりげなく付け加えた。
「……四対一?」
 どういう事かしら、といいながら彼女は視線をスザクから競技場へと向ける。そうすれば、パーシヴァルの他に三機のヴィンセントが確認できるはずだ。
「……どういう事かしら?」
 直ぐに確認をして、と告げる彼女の言葉に、周囲の者達が行動を開始した。
「何を考えているんだ、あいつは」
 今までオデュッセウスと話をしていたルルーシュが、忌々しそうにそう呟く。
「さぁ。幸か不幸か、僕はブラッドリー卿とは同じ作戦に参加したことがないから」
 ただ、あまりいい噂は聞いていない……と小声で付け加える。勝つためには手段を選ばない人物である、とも。
「大丈夫か?」
 顔をしかめながらルルーシュが問いかけてくる。
「殺してもいいなら、間違いなく大丈夫なんだけど……ケガぐらいとなると、加減が難しいかも」
 昔から、寸止めが苦手だったから……とスザクは苦笑と共に言い返す。
「それに、稽古をつけてくれていたのがマリアンヌさんだったから……ちょっと、ね」
 この言葉に、ルルーシュは表情を和らげる。
「確かに、母さんを相手にしていれば、ラウンズに負けるはずがないな」
 多少のことで死ぬような人間がラウンズにいるはずはない。だから気にするな……と彼は続ける。
「万が一の時でも、ごまかすさ」
 さらに彼は爽やかな笑みと共に物騒な台詞を口にしてくれた。
「いや、それはなんか違うから」
 流石に、とスザクは思わずにいられない。
「あいつは俺だけではなく母さんまでバカにしたんだ。自業自得だろう」
 実は自分以上に彼は怒っていたのではないか、とスザクは初めて気がついた。きっと、先に自分がぶち切れたから逆に冷静になっていただけなのではないか。
 だとするなら、既に万が一の時の根回しも終わっているのかもしれない。
「わかっているよ、ルルーシュ」
 そんなことを考えながら、スザクも微笑み返す。
「ロイドさんも本気でランスロットの整備をしていたから、負けないよ」
 第一、傍にいられなくなるだろう……と付け加える。それだけは絶対にいやだ。
「なら、いい」
 こんな会話を交わしている間に、どうやら確認が終わったらしい。
「あれらはただの護衛、と言っていたわ。まぁ、動かしたらその時点でわたくしの騎士が止めにはいるように手配してあるわ」
「あぁ。それなら私の騎士にも命じておこう」
 ギネヴィアの言葉にオデュッセウスも頷いてみせる。
「あくまでも一対一での戦いだ。いいね」
 さらに付け加えられた言葉は間違いなくルキアーノに向けられたものだろう。凡庸という評価とは裏腹なそれに、第一皇子としての威厳が見える。もっとも、そう言う人物でなければ、ルルーシュが《異母兄あに》と認めるはずはないが。スザクは今更ながらにその事実に気がついてしまった。

 ルキアーノの戦いぶりは彼の言動そのままだ。もっとも、それは彼のナイトメアフレームのカスタムにも現れている。
「……ヴィンセントベースだって聞いたけど……」
 本当に攻撃面だけに特化されているな、とスザクは思う。
 ヴィンセントは元々、ランスロットの量産型だ。そう言う意味ではこの機体の弱点を解消して扱いやすくされていると言っていい。
 だが、とスザクは呟く。
 他の人間にはマイナスと思えるランスロットの特性こそが、自分に必要なものだ。
 何よりも、ロイドが腕によりをかけて新機能を盛り込んでくれている。これ以上何かするよりは一から新しく作り直した方がいいのではないか、と彼とルルーシュが話し合っているほどだ。
 そんなことを考えながら、相手の攻撃を受け流す。
「……マリアンヌさんの方が強いのは当然として……ひょっとして、カレンの方が実力は上?」
 その可能性はあるだろう。どうやら、彼女はマリアンヌにしごかれているらしいのだ。そう考えれば、かなりうらやましい。
 だが、そのせいでルルーシュの傍にいられないのは困る。
「ともかく、さっさと終わらせないと」
 今までのやりとりで彼のくせらしきものは把握できた。
「殺さなきゃいいんだよね」
 だが、普通の方法では彼があきらめないはずだ。
 ならば、戦闘が出来ない程度に機体を壊させて貰おう。
 そうかんがえると、スザクはソードを正眼に構える。
『やっとやる気になったのか?』
 なら、これで終わりにしてやるよ……とルキアーノが言う。そのまま、真っ直ぐにつっこんでくる。
 それを避ける代わりに、スザクは相手の懐にランスロットを滑り込ませた。そのまま肘の関節を叩ききる。
『なんだと!』
 流石にこれは予想していなかったのか。ルキアーノが驚愕の声を上げた。
「これで終わりだ!」
 とどめとばかりにひざの関節まで叩ききったのは、きっと、自分もかなり怒りを感じていたからではないか。
 背後でパーシヴァルが倒れ込んだ音がする。
「……ロイドさんに設計図を見せて貰っておいてよかったかな……」
 そうでなければ、関節のどこが弱いかなんてわからなかったかもしれない。
 しかし、ロイドが自発的にそのようなことをするだろうか。そう考えれば、答えは分かり切っていた。
「結局、ルルーシュに助けられちゃったってことか」
 こう言いながらソードを格納する。そのまま、自分側の待機エリアへとランスロットを移動させた。
『勝者、ナイト・オブ・セブン』
 オデュッセウスの声が周囲に響く。それは純粋に嬉しい。
『ルルーシュの傍にいられるだけの実力はあるのね。とりあえず、これからも頑張りなさい』
 ギネヴィアの言葉にスザクは「はい」と言い返す。言われなくてもそうするつもりだった。だから、と思ったときだ。
『スザク! 避けろ!!』
 ルルーシュの厳しい声が耳に届く。
 反射的に周囲を確認すればスラッシュハーケンがこちらに向かってくるのがわかった。
 しかし、自分が避ければルルーシュ達に被害が及ぶ。
 ならば、とスザクはランスロットを反転させる。そのままソードでそれを受け止めた。
『何をしている、ブラッドリー! 勝負は決したぞ』
 オデュッセウスの声が周囲に響いているのがわかる。それだけではない、待機していたらしい彼等の騎士が闘技場になだれ込んできた。
『まったく……無茶をする』
 その起動音にまぎれながら、ルルーシュの声が聞こえた。その声音から、彼が怒っているのではないか、と判断をする。
「だって、ルルーシュ達に何かあったら困るでしょう?」
 ひょっとしたら、貴賓席の前には何か防護壁のようなものがあるのかもしれない。しかし、万が一の可能性が否定できなかったのだ。
「何とかなると思ったし、ね」
 実際、何とかなったから……とスザクは苦笑を返す。
『本能だけで状況を判断するな』
 深いため息とともに言葉が返される。
「それが僕だって、ルルーシュが一番よく知っているでしょう?」
 苦笑と共にそう言い返せば「そうだな」という言葉が戻ってきた。それは喜ぶべきなのだろうか。
 ともかく、だ。
「何があったの、結局」
 少なくとも、彼の機体は動きようがなかったはずだけど……と説明を求める。
『近くに控えていたヴィンセントを乗っ取って、お前に攻撃をくわえてきただけだ』
 負けず嫌いなのはいいが、だからといって許されることではないだろう。ルルーシュがそう言う理由もわかっていた。自分の前には皇族である彼らがいる。皇帝の命令もないのに、本来守らなければいけない彼等に剣を向けるとは、本末転倒だろう。
『まぁ、オデュッセウス殿下達の騎士に取り押さえられているから、心配はいらないと思うが……』
 きっちりと拘束をして牢屋にでも放り込んでおくか。しかし、報告書が面倒だ……と彼は付け加える。
『まぁ、いい。お前はもう少しそのまま待機していろ』
 もう何もないと思うが、とルルーシュは言った。
「Yes,My lord」
 即座にスザクはそう言い返す。
『俺たちは、立場上、同位だぞ』
 少なくとも今は。ルルーシュの言葉に微かな苛立ちを感じた。
「ただの気分だよ、気分」
 指示を出されたからつい、とスザクは笑う。これもきっと、過去の経験のせいに決まっている。そう付け加えれば、ルルーシュは深いため息をついた。

 とりあえず、ルキアーノが怒りで我を忘れた結果、と言うことでラウンズからの降格はなかった。しかし、直ぐに本国を離れたのは、それが彼に対する懲罰なのだろう。
「しばらくは戻って来られないだろうな」
 ついでに、マリアンヌが彼にちょっかいをかけると言っていたし……とルルーシュはため息をつく。
「それって『死んでこい』って事?」
 マリアンヌにそう言うことをさせるとは、と思わず口にしてしまった。
「どうだろうな」
 そう言いながら、ルルーシュは首をかしげる。
「多少たたき直された方が身のためだとは思うが」
「でも、マリアンヌさんに執着をする可能性があるよ。あの人のあの様子だと」
 負けたら、絶対にそうなるのではないか。
「その時は、それこそあのロールケーキが何とかするだろう」
 その前にビスマルクだろうか、とルルーシュは悪人のような笑みを浮かべながら言い切る。
「まぁ、母さんのことだ。自分できっちりと片を付けるさ」
 さらに付け加えられた言葉にスザクも同意する。きっとマリアンヌのことだ。死なない程度にお仕置きをしてくれるだろう。後は彼女に任せておけばいいか……と納得をする。
「どちらにしても、俺たちには関係のないことだ」
 そう言われて、スザクも頷いて見せた。





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