「……今、なんて言ったの?」 何か、聞いてはいけない言葉を耳にしたような気がするんだけど……と付け加えながらスザクはルルーシュの顔を見つめる。 「だから、あのロールケーキが寝込んだ」 まったく、と微塵も心配していない口調でルルーシュが再び言葉を口にした。 「それって……まずくない?」 色々な意味で、と頬をひきつらせながら再度問いかける。 「大丈夫だろう。別に命に支障があるわけではない」 と言うよりも、ものすごく馬鹿馬鹿しい理由だ……と彼は視線を窓の外へと移動させた。 「馬鹿馬鹿しいって……」 命に支障はないのに、寝込むような事って何だろう。スザクは本気で考えてしまう。 「……ぎっくり腰だそうだ」 それも、新しく足を運び始めた女性の寝室の上で……と彼は吐き捨てた。 「そうなんだ」 笑うべきなのだろうか。それとも、と思いつつスザクはこう言い返す。 「とりあえず、当面の執務はシュナイゼル兄上が代行されるだろうが……問題は謁見だよな」 オデュッセウスでは役者不足、と言う話しもある。だからといって、シュナイゼルにそれに付き合っている時間があるかどうか。 「一番怖いのは、母さんが知ったときにどんな行動をするか、だ」 怒ってブリタニアに帰ってこない、とい程度ならばいい。彼女のことだ。最悪、全てを灰燼にしかねない。 「……すみません、マリアンヌさん……ルルーシュのセリフを否定できません……」 目の前に本人がいるわけではない。それでも、スザクはこう呟いてしまった。 「まぁ、母さんもこれには怒らないさ」 自分だって否定できないだろうから、と彼は苦笑を向けてくる。 「でも、知らせないわけにはいかないだろうし……」 自分以外の口から聞いたときの彼女の反応が怖い。ルルーシュはそう言ってため息をついた。 「どうしたものかな」 だからといって、自分に聞かないで欲しい。しかし、何かを言わないわけにもいかないだろう。 「……V.V.様あたりを巻き込めば?」 彼の言葉であればマリアンヌも素直に聞き入れてくれるのではないか。何よりも、彼はシャルルの兄だから、と続けた。 「あぁ。確かにあの人を味方につければC.C.が出てきても大丈夫か」 C.C.さえ押さえられれば話が斜め上の方向に行くこともないだろう。そう言ってルルーシュは頷く。 「まぁ、一番悪いのはあのロールケーキだがな」 ついでに、どこから献上された女性なのか。それも確認した方がいいかもしれない。彼はそうも付け加えた。 「……何か、気にかかることでもあるの?」 その女性のことで、とスザクは問いかける。 「気のせいならいいのだがな。こういう事はギネヴィア姉上か」 きっと詳しいだろう、と彼は呟く。 「ユーフェミア殿下もあれこれ情報をお持ちのような気がするけど」 意外と、とスザクは言う」 「……ユフィは知っているだろうが……代わりに厄介なことになりかねない」 だから、彼女は巻き込まない方がいいだろう。 「最悪、収拾がつけられないことになりかねない」 シュナイゼルの仕事をこれ以上増やすのは申し訳ない。彼はそうも付け加えた。 「そうなんだ」 そんな風には見えなかったけれど、と呟く。 「……あいつはな。いい意味でも悪い意味でも《皇族》なんだよ」 何をしても周囲を巻き込まずにはいられない。そう言う存在なのだ、と言われれば、スザクはようやく納得をする。 「ようするに、ユーフェミア殿下のためにあれこれしようとする人がたくさんいて、その人達がとんでもない行動をしてくれる、って事かな?」 一応、確認のために問いかけた。 「まぁ、そう言うことだ」 本人にはまったく悪気がないから注意のしようがない。だからこそ厄介なのだ、とルルーシュはため息をつく。 「コゥ姉上なら制御できるのだろうが、俺では無理だ」 シュナイゼルでもかなり手こずるだろう。彼のその言葉に苦笑を浮かべるしかできない。 「なら、後はヴァルトシュタイン卿、かな?」 そのあたりのことを知っていそうなのは、とスザクは続けた。 「ビスマルクか」 シャルルの傍にいる彼ならば、相手の女性についても知っている可能性はあるか……とルルーシュは頷く。 「僕たちが会いに行っても、別に誰も何も言わないと思うけど」 仕事のことだと言えばいいだけだし、とスザクはたたみかけるように続けた。 「そうだな」 ふっと笑みを浮かべながらルルーシュが立ち上がる。 「行くの?」 スザクはそう問いかけた。 「あぁ。お前も付いてこい」 即座に彼はこう言い返してくる。 「うん」 もちろん、と付け加えると、スザクも立ち上がった。 しかし、やめておけばよかった。直ぐにそう考えてしまうことになるとは思っても見なかった。 「……ルルーシュ」 ベッドの上に横になりながらスザクがどこか投げやりな声音で呼びかける。 「何だ?」 疲れ切った声音で、ルルーシュが聞き返してきた。 「一抜けしていい?」 流石にこの状況を同行できる自信がない。そう付け加える。 「……俺だって、逃げ出せるものならば逃げ出したい」 と言うよりも、シャルルの思考が理解できない……と彼は続けた。 「大丈夫。ルルーシュだけじゃないから、それ」 自分は最初から理解するのを放棄しているし、とスザクは力無く笑う。 「ひょっとして、一番不幸なのって、ヴァルトシュタイン卿?」 さらにこんなセリフも付け加える。 「否定できないな。母さんはさっさと逃げ出したし、他の后妃達はそちらまで面倒は見ないだろうし……そうかんがえると、ナイト・オブ・ワンというのは人身御供なのかもしれない」 しかし、とルルーシュは深いため息をつく。 「真実を母さんに知らせるわけにはいかないような気がするが……」 少なくとも、もう少し情報を集めた後でなければ……と彼は続けた。 「いっそ、黒幕の正体と共にマリアンヌさんに教えて、後の事は任せたら?」 手っ取り早いよ? とスザクは口にしてしまう。 「マリアンヌさんが戻ってくるときは、当事者以外は避難させておけばいいじゃん」 ついでに、そのあたりの再開発計画でも立てておけば? と続ける。 「……それはいいかもしれないな」 徹底的にやって貰おう。ついでに、シャルルの性根直しも……とルルーシュも頷く。 「そもそも、女好きというなら、見ただけで判断しろよ」 生まれつきなのか、工事済みなのかを……と彼は続ける。それに、スザクとしては苦笑を浮かべるしかできない。 「……ルルーシュが女装したときには、本気で悩んだけどね」 口の中だけでそう呟く。 「何か言ったか?」 「日本でも歌舞伎の女形は女性よりも女性らしい、と言われていたな……って思っただけ」 もっとも、今のエリア11でそれを見るのは難しいけど……と付け加える。 「歌舞伎か。ナナリーにこっそりとメールでも出しておけばいいだろう」 今は、あの子が彼の地の総督だし……と少しだけルルーシュは表情を和らげた。 「でも、今回このとはまだ内緒にしておくべきだな」 心配して大騒ぎをしかねないから。そう言われて、スザクも同意する。 「でも、本当にマリアンヌさんになんて伝えるの?」 長い間黙っていれば、それこそ後が怖いと思うけど……と問いかけた。 「……とりあえず、V.V.様に連絡、だな」 巻き込むと言うよりも押しつけてしまえ。そう言ったルルーシュの表情から、とうとう彼もさじを投げたのだ、とわかった。 でも、それが正解のような気がする。 「そうだね。でもV.V.様を捕まえるのも大変だと思うけど?」 「あの人の好物でも作れば、おびき寄せられるだろう」 本気で見捨てモードだ。 これは、後で厄介な状況に陥ってしまうような気がする。 「……下ごしらえぐらいなら手伝うよ」 でも、自分はルルーシュと一蓮托生だから。そう考えると、こう言った。 「あてにしている」 とりあえず、彼が綺麗な笑みを向けてくれるからいいことにしよう。そう思うことにしたスザクだった。 嵐は近くまで来ていた。 終
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