お菓子と引き替えに預かってきたディスクの中身を見た瞬間、その量の多さに驚きを隠せない。
 しかも、しっかりと整理されているのだ。
「さすがはあの兄上が信頼している副官、と言うべきなのかな」
 ルルーシュは満足そうな笑みを浮かべつつこういう。
「そうだね。中一日でこれだけの資料をきちんと整理できるんだから、あのしゃべり方にも目をつぶらないといけないよね」
 優秀なのは最初から知っていたけど、とスザクは告げる。
「確かに。あの兄上の信頼を得ているのだからな」
 おかげで、かなり手間が省ける……と彼は続けた。
「洗い出しは、嚮団の手も借りられるはずだしな」
 後はいいわけが出来ないような証拠を掴むだけだ。それに関しては心配はいらないだろう。そう言って笑みを深める。
「でも、その後に厄介ごとが待っているような気がするんだけど」
 ぼそっとスザクはそう言った。
「……まぁ、その時はその時だ」
 証拠さえそろえてしまえば、それこそシュナイゼルやオデュッセウス達の助力が得られるはずだ。だから、心配はいらないはずだ。ルルーシュはそう言いきる。
「君がそう言うなら、そうなんだろうね」
 ルルーシュがそこまで言い切るのだ。勝算があるに決まっている。スザクはそう言って頷く。
「それで、僕はどうすればいいの?」
 何をすればいいのか、と問いかけた。
「とりあえずは、俺の傍にいてくれればいい」
 体力勝負はないからな、とあっさりと言い返される。代わりに雑用がたくさんあるから、と続けた。
「それはいいけど……」
 少し拍子抜けかもしれない。スザクはそう心の中で呟いた。
「安心しろ。おそらく、妨害が入るはずだからな」
 それは安心する事なのか。
「……ルルーシュ……」
「連中にしてみれば、何が何でも既成事実を作りたいはずだ。その後で『子供が出来た』と言えば、どうにでもなると考えているのだろう」
 馬鹿馬鹿しい、と彼は吐き捨てる。その子供達は皆、検診という名目で綿密に調査されるというのに……とため息をつく。
「あのロールケーキにどれだけ身に覚えがあってもな」
 自分やナナリーだけではない。他のきょうだいたちもそうだった、とルルーシュは苦笑を浮かべる。
「その前に……男同士で子供は作れないでしょ?」
 流石に、とスザクは言い返す。
「あの人が《男》だっていうのはばれているんだし」
「……何とでも言えるからな、それに関しては」
 スザクの言葉にルルーシュはこう言い返す。
「特に、高位の貴族を味方につけていれば、だ」
 表には出ていないが《血の紋章事件》の鬱憤は、まだわだかまっているはずだ。だから、と彼は顔をしかめる。
「それにつけ込むような智恵がある人間があちら側にいなければいいんだが……」
 こう言った、と言うことは、彼はその可能性があると考えているのだろう。だから、最悪、自分の身柄が危険にさらされると判断しているのではないか。
「ナナリーに危険が及ばなければ、それでいいがな」
 やはり言ったか。そう思わずには言われないセリフをルルーシュは口にする。
「俺のことはお前が守ってくれるんだろう?」
 さらにこう付け加えると彼は目を細めた。
「ルルーシュ……それって反則」
 本当に、どこまで自分の気持ちを試したら、彼は気が済むのだろうか。そんなことを考えながら、スザクはため息をつく。
「とりあえず、これを読み終わったら、お前の好きな煮込みハンバーグを作ってやろう」
 そんなことでごまかされるか。そう言いたいところだが、ごまかされずにいられない自分が悲しい。そんなことを考えながら、スザクはまた深いため息をついた。
 だが、落ちこんでいる暇はなかった。
「ルルーシュ!」
 言葉とともに華やかなだが品のよい衣装に身を包んだ人物が飛び込んできたのだ。
 反射的にスザクは身構える。もっとも、次の行動には移らない。
 相手が誰であるのか、確認できたからだ。いくらラウンズでも、高位の皇族を迂闊に傷つけるわけにはいかない。何よりも、彼はルルーシュが《きょうだい》と認めているうちの一人だし、とスザクは心の中で付け加える。
「何の用でしょうか、クロヴィス殿下」
 ため息とともにルルーシュが問いかけた。
「何の用ではないだろう、ルルーシュ」
 それにショックを隠せないという表情を作ると、大げさな身振りと共にクロヴィスはそう言い返してくる。
「チェスをする約束をしていただろう?」
 ブリタニアに戻ってきてから、一度も付き合ってくれないではないか。彼はそう続ける。
「仕事がなければ、と申し上げましたよね?」
 忘れたのか、とあきれたような口調でルルーシュが言い返す。
「……忙しいとは聞いていないが?」
 それに真顔でクロヴィスは言葉を口にした。
「陛下のことで内密に動かなければならない状況になりましたので。残念ですが、それの片が付くまではお付き合いできかねます」
 きっぱりとした声音でルルーシュは告げる。
「……そんな……」
 だが、クロヴィスは直ぐに納得できなかったらしい。
「君が『ちゃんと仕事をしたら、チェスを付き合って差し上げます』と言ったから、兄上のいじめにも耐えて頑張ったのに」
 そう言って、その場に座り込む。
「……いじめって……シュナイゼル兄上がそのようなことをするとは思いませんよ」
 あきれたようにルルーシュは言い返す。
「そう感じられたのでしたら、それはクロヴィス兄さんの段取りが悪いだけです」
 さらに彼はそう付け加えた。
「ルルーシュ……」
 流石にここまで言われるとは思っていなかったのか。クロヴィスが信じられないという表情を作る。
「そもそも、シュナイゼル兄上がそうされる、と言うことは兄さんが使い物になると思っておられるからでしょう。でなければ、綺麗さっぱりと無視されます」
 少しだけ声音を和らげてルルーシュは言葉を口にした。
「そうかな?」
「きっと、そうだと思いますよ」
 いくら異母弟だとしても、無視されている人間は多くいるではないか。クロヴィスの言葉にルルーシュはさらにこう言い返した。
 もっとも、とスザクは心の中で呟く。
 クロヴィスには仕事をさせるよりも絵を描かせている方がブリタニアのためになるのではないか、と思うのは間違っているだろうか。
 しかし、皇位継承権の上位にいる彼には、一通りの仕事が出来ないと困るのだろう。
 これで納得してくれるといいのだが、と思ったときだ。
「……ルルーシュがチェスに付き合ってくれたなら、もっと頑張れると思うんだけど」
 上目遣いに彼を見上げながらクロヴィスはこんなセリフを口にする。ナナリーやアーニャあたり――同じ年代でも神楽耶は却下したい――がやれなかわいらしいと思えるその仕草も、自分よりも大柄な相手がすると気持ち悪いとしか思えない。
 でも、ルルーシュなら、無条件で許せるよな……とスザクは心の中で呟いてしまった。
 やはり、それは好意の度合いなのだろうか。そんな疑問がわき上がってくる。しかし、それを誰かに問いかけるわけにはいかないこともわかっていた。そんなことをすれば、明日から食事の内容が貧しくなるのは目に見えている。
「やめてください。気持ち悪い」
 ルルーシュがあきれたように言葉を口にした。
「気持ち悪いって……ルルーシュ!」
「ナナリーやユフィやカリーヌなら可愛いと思いますよ? しかし、兄さんは俺よりも七つも年上じゃないですか!」
 シュナイゼルが同じ事をしても我慢できるのか、と彼は付け加える。それで自分だけがそう考えているのではないとわかった。
「でも、ルルーシュゥ……この前だって、ドタキャンしたじゃないか、君は」
 今回も……と彼は続ける。
「なのに、シュナイゼル兄上やオデュッセウス兄上とはチェスをしたそうじゃないか!」
 自分の希望が叶わないからだだをこねているようにしか見えない。本当に彼は二十歳過ぎの男性なのか。
「それも仕事でしたから」
 シャルルの命令だったら、いくらでも付き合うが? とルルーシュは言い返す。
「君はいつから、そんなに意地悪になったんだい?」
 本当にただの駄々っ子だ。しかし、皇族である以上、しかりとばすことも出来ないし。本当にどうしよう、とスザクは思う。
 誰かに助けを求めればいいのだろうが。しかし、誰が……と悩む。
 しかし、その心配はいらなかった。
「失礼します」
 聞き覚えがある声が耳に届く。それにどうすべきか、と判断を仰ぐようにルルーシュに視線を向ければ、彼は直ぐに頷いて見せた。
「クルルギ!」
 声の主を招き入れようと動き始めたスザクを、クロヴィスが慌てて止めようとする。もちろん、それに従うつもりはスザクにはない。無視してドアを開けた。
「やはりここでしたのね、クロヴィス殿下」
 にっこりと笑いながら足を踏み入れてきたのは、もちろん、カノンだ。
「申し訳ありませんが、お仕事ですわ」
 そう言いながら、素速い動きで逃げ出そうとしていた彼の襟首を掴む。
「シュナイゼル殿下の名代ですの。しっかりと勤めてくださいませね」
 うふふふふ、と笑いながら、彼はクロヴィスを引きずり始める。
「ルルーシュ様。それにクルルギ卿。お騒がせしましたわ。後でまたゆっくりと御邪魔しますわね」
 そのまま彼は部屋を出て行く。そのあまりに見事な手際は一体どこで身につけたものだろうか。
「本当に優秀だな、カノンは」
 ルルーシュが苦笑と共にそう言った。
「うん、そうだね」
 スザクもそれには同意をする。
「と言うことで、こちらはこちらの仕事をするか」
 ふっと笑いながらルルーシュが言う。それにスザクは頷き返した。

 しかし、クロヴィス以上の駄々っ子がこのブリタニアにはいたことを、彼らは忘れていた……





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