忌々しそうに顔をしかめるルルーシュの前に、わかり辛いが困ったような表情をしているビスマルクがいる。
「もう一度、言ってくださいますか?」
 ヴァルトシュタイン卿、と周囲が凍り付きそうなくらい低い声でルルーシュが言葉を綴った。
「陛下が、護衛をしろと仰せだ。例の方の所に行かれるとか」
 それに付き添って欲しいのだ。そう彼は言い返す。
 しかし、とスザクは思う。ルルーシュの怒りを平然と受け流していられるのは流石、と言うべきなのだろうか。あるいは、マリアンヌでなれているのかもしれない。だとするならば、やはり侮れない、と意味もなく思う。
「……バカだ、バカだ……と思っていたが、そこまで状況が読めないのか、あのロールケーキは」
 そこまで耄碌したなら、さっさと皇帝の座を明け渡せばいいものを……と歯の隙間から絞り出すようにルルーシュは付け加える。
「ルルーシュ様……あの方はあなたの父君ですよ?」
「だから余計に忌々しいんだろうが!」
 目の前の机をたたきながら、ルルーシュは言い返す。
「あのロールケーキのせいで、俺がどれだけ苦労させられたと思っている?」
 マリアンヌをなだめることも含めて、と彼は付け加えた。
「それは……」
 流石にこれには、百戦錬磨のビスマルクも直ぐには言葉を返せないらしい。
「最後には、お前や兄上だけではなく他の后妃方まで、俺に泣きついてきたよな?」
 忘れたとは言わせないぞ、と言う彼の目が完全に据わっている。そのころのことは自分は知らないが、かなり厄介な状況だったのではないか、とそれだけで理解できる。
「それなのに、また俺に厄介ごとを押しつける気か?」
 さらに低くなった声は、間違いなく危険信号だ。
「わかった。俺は今すぐ、ラウンズを自認する。もちろん、スザクも」
 構わないな? と彼は視線を向けてくる。
「もちろんだよ、ルルーシュ」
 別に、今の地位に未練はない。それよりもルルーシュの傍から離される方が問題だ。スザクは真顔でそう言う。
「神楽耶達だって、事情を話せば理解してくれるだろうし」
 さらにこう付け加えた。
「その前に、母さんに伝えた方がいいかもしれないな」
 それともC.C.か、と完全に目を据わらせたルルーシュが笑う。
「……お願いですから、それだけはやめてください」
 本気でブリタニアが崩壊する、とビスマルクが初めて表情を強ばらせながら口にした。
「それもいいんじゃないか?」
 あのロールケーキが皇帝の座に居座っているなら、とルルーシュは口にする。
「いっそ、兄上方のどちらかを旗頭に皇位簒奪をもくろんでもいいかもしれないな」
 マリアンヌも喜んで協力してくれるだろう。さらに彼はそう付け加えた。
「そうしたら、あっさりと終わるな」
 いくらシャルルでも、マリアンヌとシュナイゼルが手を結べばかなうはずがない。軍の半数以上もこちらに味方するだろうし……とルルーシュは笑う。
「ラウンズだって、どうだろうな」
 マリアンヌの頼みなら無条件で従いそうな者達も多いのではないか。さらに付け加える。そんな彼の表情は、間違いなく悪人のそれだ。しかし、そんな彼の表情も魅力的に見えるから困る。
「ルルーシュ様!」
 本気ですか! と自分が記憶している限り初めてビスマルクが根を上げた。
「いやなことを強要するんだ。その位の覚悟は当然あるんだろう?」
 違うのか? とルルーシュはさらにたたみかけるように口にする。しかし、ルルーシュがここまで嫌がるのはどうしてなのか。ふっとそんな疑問がわき上がってきた。何か、いやな思い出でもあるのだろうか。
「穏便なところで、あの横ロールを刈り上げる、というのでもいいかもしれないな」
 さっぱりしていいかもしれないぞ、と続ける。
「……それに関してはお止めしませんが……」
 止めないのか、とスザクは思わずビスマルクにつっこみたくなってしまった。
「ですが、その前に陛下にお付き合いください」
「……しつこいな、お前は」
 この状況でまだそう言えるのか、とルルーシュはあきれたように言い返す。
「何をしてもいいのか?」
 確実に、二人の仲はぶち壊すぞ……と彼はそのまま宣言をする。
「俺は無条件で、母さんの味方だからな」
 今回だけは他の后妃達の味方でもあるかもしれない。そう続ける。
「なんか、背後関係もきな臭いようだしな」
 まだ、全部たどりきれてはいないが……と声を潜めて付け加えた。
「やはり、ですか」
「気付いていたのか」
 なら、さっさと追い出せばいいものを……とルルーシュは忌々しそうに告げる。
「そう言われますな」
 ため息とともにビスマルクは言い返す。
「陛下にとって、それは些細なことです」
 彼にとって最重要なのは、マリアンヌの機嫌を損ねないことだ。同時に、ブリタニアという国をさらに強くすることでもある。今回のことは、後者と関わりがあると判断したのではないか。
 ビスマルクの説明はもっともらしく聞こえる。
 ただ、問題があるとすれば、自分たちがあくまでもマリアンヌの味方、ということかもしれない。
「些細なこと、というか?」
 案の定、というべきか。ルルーシュが完全に機嫌を損ねてしまった。
「いいだろう。付き合ってやろうじゃないか」
 そこで何をしても文句は言うなよ? と彼は微笑みと共に付け加える。
「……お手柔らかに」
 これがビスマルクからの返事だった。

「ルルーシュゥ!」
 満面の笑みと共にシャルルが両手を広げている。これはやはり『自分の胸に飛び込んでこい』といいたいのだろうか、彼は。
「それで? お出かけになられる準備は終わっておいででしょうね?」
 それを綺麗に無視して、ルルーシュはこう問いかけた。
「ルルーシュ! いつからお前は、そんな風にかわいげがなくなったのだぁ!」
 彼のそんな様子にシャルルは大げさな身振りと共にこう告げる。
「もちろん、八年前から、ですよ?」
 間髪入れず、ルルーシュが言葉を投げ返す。
「ご存じなかったのですか?」
 あきれたように付け加えられて、シャルルは目を大きく見開いた。
「まぁ、母さんほどじゃないでしょうけど」
 誰かさんに対しての言動は、とさらに追い打ちをかける。
「……そんなに、儂が嫌いかぁ!」
「少なくとも、尊敬はしていませんよ?」
 好きか嫌いかと言われると困るが、とルルーシュは首かしげながら言った。だが、今後のシャルル次第で嫌いになる可能性は十分にあり得る、とも付け加える。
「というわけですから、ちゃんと覚えいてくださいね?」
 ついでに、今日の事は、しっかりとマリアンヌとV.V.に報告するから……と彼は宣言をした。
「マリアンヌと……兄さんに?」
「そうですよ。陛下が変な女に掴まっていないかどうか。報告して欲しいと言われていますから」
 いけませんか? とルルーシュは逆に聞き返す。
「……兄さんは……」
 それに、シャルルは直ぐに言葉を返せない。というよりも、いい加減、ルルーシュと舌戦を繰り広げるのはやめておけばいいのに、とスザクは心の中で呟く。
 はっきり言って、彼に勝てそうなのはC.C.かシュナイゼルぐらいではなないだろうか。もっとも、前者は間違いなく屁理屈の応酬でルルーシュが諦める、というのが正しいような気がする。そう考えれば、シュナイゼルは流石だと言っていいのだろうか。
 それにしても、親子げんかをしているルルーシュはどこか生き生きしているような気もする。
 あるいは、公然と鬱憤を晴らせるからかもしれない。
 そう言えば、自分はゲンブとケンカをしたことがなかったな……と思い出す。
 だからといって会いたいわけではない。むしろ、今まで存在そのものを忘れていたくらいだし……と付け加える。
「今度V.V.様がいらしたら、元気かどうかだけ確認しよう」
 倒れているようなら見舞いの品ぐらいは贈ってやろう。そんなことも考えていたときだ。
「陛下!」
 ビスマルクのせっぱ詰まったような声が耳に届く。何があったのかと意識を戻せば、呼吸困難になったらしい彼の姿が確認できた。
「あきれますね。俺のような若輩者のたわごとでそのようになられるとは……いい加減、皇帝の座を降りられたらいかがですか?」
 それとも、今日の訪問はやめられますか? とルルーシュが心底あきれたように付け加える。
「……ルルーシュ……」
 涙目になりながら、シャルルは彼を見つめた。
「とりあえず、ご命令ならお付き合いしますよ? ただし、条件は条件ですけど」
 先ほど言ったことはきちんと履行させてもらう。そう彼は続けた。
「……仕方がない」
 彼に勝てないと判断したのだろう。シャルルはとうとう白旗を揚げた。
「では、行くぞ……ヴァルトシュタインとクルルギも付いてくるがいい」
 いつもの偉そうな口調でそう言う。しかし、未だに彼は涙目だ。迫力も半減している。
 この様子を他の人に見せたらどうなっていただろうか。ふっとそんなことを考えてしまうスザクだった。





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