|
一見すれば、確かに女性と間違えてもおかしくはない。しかし、骨格やら筋肉の付き方をよく観察すれば、間違いなく男だとわかる。 というよりも、その所作は間違いなく男のものではないか。これならば、歌舞伎の女形はみんな女性に見えるのではないだろうか。 「……どう考えても、ルルーシュの方が美人」 顔はどこか似ているけど、とスザクは呟く。 「黒髪だから、そう感じるのかな?」 考えてみれば、ルルーシュに似ていると言うことはマリアンヌにも似ていると言うことだ。だから、シャルルが気にかけてしまうのだろうか。 「気持ち悪いことを言うな」 それを耳にしたのだろう。ルルーシュが真顔でそう言い返してくる。 いったい、何が気持ち悪いのだろうか。スザクは本気で考え込む。だが、目の前の相手がどのような身分でシャルルの前に現れたのかを思い出して納得した。 「でも、大丈夫だよ。陛下は絶対にルルーシュにはそんな気持ちを抱かないはずだから」 たとえルルーシュに似ている《誰か》にはふらふらとしたとしても、と笑う。 「そんなことを考えただけで、多分、陛下は明日の朝日を拝めないだろうし」 シュナイゼル達もそれを止めることはないだろう。ひょっとしたら、ビスマルクだって、と続ける。 「当然だな」 そんな馬鹿なことを妄想した時点で、マリアンヌが行動を起こすに決まっている……とルルーシュが笑った。 「もっとも、あいつでも同じ事だと思うぞ」 誰が見ても、あいつがマリアンヌに似ていると言うだろう。もちろん、それも相手のねらいなのだろうが。 「母さんが見れば、間違いなく誤解してくれるだろうな」 シャルルが何故、あれを放り出せないかを……と彼は付け加えた。 その時だ。不意に視線が向けられる。次の瞬間、何故か勝ち誇ったような表情を作られた。 「……何、あれ」 何故、あんな表情を向けられないけないのか。その理由がわからない。 いや、思いあたるものはある。だが、あまりに馬鹿馬鹿しい噂だし、ルルーシュの正体を知っている者達がさっさと握りつぶすために動いていたから、既に消えたはずだ。 だが、とスザクは心の中で呟く。 マリアンヌの顔を知らないものも増えてきているらしい。高位の貴族ではなく、最近功績を挙げた者達がほとんどだ。それでも、軍に関係のあるものはその噂だけは知っているようだが、眉唾だと考えているものもいるとかいないとか。 そんな人間が送り込んできたのだ。 あの噂を信じていたとしてもおかしくはないのではないか。 でも、とスザクは呟く。 「マジ、むかつく」 あいつ、と付け加える。 「今だけだ。ロールケーキも、自分がどのような立場に置かれているのか。わかっているはずだからな」 ここで対応を間違えれば、どのような結果が待っているのか。それを一番知っているのは彼のはずだ。そう言ってルルーシュは笑う。 「さて、お手並み拝見と行こうか」 その結果でマリアンヌに報告するかどうか決める。そうでなくても、V.V.には伝えないわけにいかないだろう。そう彼は続けた。 彼の言葉はもっともだ。ただし、とスザクは小さなため息をつく。 「ルルーシュ……思い切り悪人顔だよ」 ナナリーには見せられないね、と付け加えた。 「まぁ、僕は嫌いじゃないけど」 そんな君も、と彼にだけ聞こえるような声でスザクは囁く。 「そう言うことは、別のシーンでいえ」 やはり小声でそう言い返してくる。 「……だって、言ったら言ったで怒るでしょ?」 「当たり前だろう。恥ずかしい」 いったい、何が恥ずかしいのだろうか。そう思わずにはいられない。だが、それを追及する場合ではない、ということもわかっていた。 「陛下!」 何よりも、焦ったような声が彼らの間にあった穏やかな空気を吹き飛ばしてくれる。 「もう一度おっしゃってくださいませ」 視線を向ければ、わざとらしいしなを作りながら、シャルルに詰め寄っていく姿が確認できた。 「そなたを后妃の座から降ろす。一年間、嚮団の施設で過ごした後、適切な相手へと降嫁させるゆえ、そのつもりでおれ」 そう来たか、とスザクは心の中で呟く。同時に、何があっても直ぐにシャルルの元へ駆けつけられるようにと体勢を変えた。 「まったく……もう少し言葉を考えればいいものを」 もっとも、それが出来るような性格であれば、マリアンヌが未だに家出を続行しているはずがないが。ルルーシュがあきれたようにそう呟く。 「でも、それが許されるからね、陛下は」 彼に面と向かって文句が言える人間なんて、片手の数ほどいないじゃないか。スザクはそう言い返す。 「……それにしても、あれじゃ刺されても文句は言えないぞ」 「それに関しては、同感」 否定は出来ない、とスザクも頷く。 「でも」 ふっと表情を和らげるとルルーシュは言葉を続けた。 「ロールケーキにしては頑張っているじゃないか」 その努力は認めてやろう。そう彼は付け加える。つまり、その程度の好意は彼に対して抱いている、ということだろうか。 「お前が儂の最愛の后妃の悪口を言っておる、と報告があったからだ!」 「最愛の后妃、と申されても、ここ何年も姿をお見せになっておらないではありませんか」 そんなものが何故、と言われても仕方がないだろう。マリアンヌが家出中なのは公然の秘密なのだ。だが、シャルルがそれを咎められないこともやはり皆が知っているところである。 第一、有力な皇族達が揃ってその事実を認めている以上、他の誰が文句を言っても仕方がないことであろう。 「そのようなこと、お前には関係がなかろう!」 シャルルの声が少しだけ低くなる。どうやら、彼の逆鱗に触れたらしい。 「だったら、素直に謝ればいいのに」 そうすれば、帰ってくる来ないは別にしても、顔ぐらいは見せてくれるだろうに……とスザクは思う。 「それが出来ないから、現状を打破出来ないんだろう」 まったく、とルルーシュもため息をつく。 「わたくしの方が若いではありませんか!」 逆に言えば、それ以外に誇れるところがないと言うことだろう。そのことに気付いていないのか。それとも、たんに必死なだけなのか。だが、シャルルの機嫌を損ねたのは事実だ。 「そのような事は関係ない。マリアンヌ以上に素晴らしい女性はおらぬわ」 きっぱりと彼は断言をする。 「……母さんがいなくてよかったな」 「何で? 普通、喜ぶもんじゃないの?」 ルルーシュの言葉にスザクはそう聞き返す。 「恥ずかしがって、ロールケーキを蹴り飛ばすぞ」 面と向かって言われた事はなかったはずだからな、と彼は言う。 「……マジ?」 シャルルのことだ。きっと、言っていたと思っていたのに……と呟く。 「言っていたら、こんなにこじれなかったと思うぞ?」 まったく、とルルーシュはため息をついた。 「いっそ、今から母さんの所に行って土下座をすれば話だけは聞いてもらえるかもしれないな」 手みやげに日本解放のための書類を持っていけば確実だろう。もっとも、マリアンヌが帰ってくるかどうかは別問題だろうが。 「皇帝の座を降りてさっさと母さんの所に押しかけるのが一番いいと思うぞ」 色々な意味で、とルルーシュは付け加えた。 「否定できない」 それは、とスザクは頷く。 「でも、あの人が別の誤解をしなければいいんだけど」 何やら、先ほどからシャルルがルルーシュを気にしている。その事実を、とスザクは小声で付け加えた。 「あのロールケーキは……俺から母さんにいいところを報告させようとしていたな」 まったく、とルルーシュは彼の言葉を別の意味に受け取っている。その鈍さは彼らしいといえるのだが、スザクは小さなため息をつく。間違いなく、厄介ごとに発展するな、と思う。 「やはり、あの噂は本当でしたのね!」 案の定というべきか。大声で相手が叫び出す。 「噂、だと?」 いったい、どんな噂があるというのか。シャルルがそう問いかける。 「陛下が何の功績もないあの男をラウンズの座に置いているのは、彼が陛下の愛人だから、とい噂ですわ!」 マリアンヌ后妃に顔が似ているからと言って、と付け加えた。 「……誰が、何だと?」 低い声でシャルルが問いかける。その声が怒りに震えているのに気づかないものはいないだろう。 「ですから、ランペルージ卿が陛下の愛人の一人だと……」 ラウンズの座を貰うために体でシャルルを籠絡したのだと、皆が言っている……と震えながら言い返している。 「……ヴァルトシュタイン!」 それには直接言葉を返さずに、シャルルはビスマルクを呼んだ。 「何でしょうか」 「その噂を流したもの。全員を捕まえろ! 皇族に対する暴言罪でな」 よりによって、そんな恐ろしいことを……と彼は付け加えている。 「皇族?」 誰が、と呆然と呟いている。 「ルルーシュは、儂とマリアンヌの息子だ! 軍の仕事を学びたい、というからラウンズの座を与えたまでよ」 それも知らぬとは、お主の後見は何も知らぬようだな……とシャルルは言った。 「……クルルギ。しばしの間、陛下とルルーシュ様を頼んだぞ」 その間にもビスマルクは行動を開始している。 「皇族だったなんて……何で、嘘よ……」 「陛下。こちらへ」 陛下が趣旨替えをしたと聞いたから、口にしながらその場に崩れ落ちている相手には目もくれず、ルルーシュはシャルルを呼ぶ。 「陛下ではなかろう!」 父上と呼べ! と叫ぶ彼に、ルルーシュがどのような表情をしたのか。あえて言う必要はないだろう。 ただ、それからしばらく、ルルーシュがシャルルの誘いを全て無視したことだけは事実だった。 終
|