最初の予定通りジノを一発殴ってから政庁へと移動した。 「何故、私が……」 「カレンがぶち切れているから」 ぶつぶつと文句を言う彼に向かって、スザクはこういう。 「そのせいで、彼女の八つ当たりがすごいらしい。神楽耶に泣きつかれただけ」 身に覚えは? と疑問の言葉を投げつけた。 「……好みの女性を口説くのは当然のことではないのか?」 即座に彼は言い返してくる。 「相手が嫌がっているのに?」 ついつい、スザクはつっこんでしまった。 「そう言うスザクはどうなんだ?」 本人としてはいい切り返しのつもりだったのだろう。どうだというような視線を向けてくる。 「どうって……一応、マリアンヌさんや殿下方には認めて頂いているし、ルルーシュ本人にも『いやだ』と言われたことはないけど?」 それが何か? と逆に聞き返す。 「……公認?」 信じられない、というような表情で彼は呟く。 「七年、いや、もう八年前になるのかな? ルルーシュ達が家出してきた頃から、だから」 さらにこう付け加えれば、ジノはどうしていいのかわからないという表情を作った。 「ついでに、僕の方も親しい人たちはみんな知っているよ?」 でも、ジノの場合は違うよね? と聞き返す。 「……だけど……」 「何よりも、カレンって、そんな風に力押しされると、ますます相手を嫌いになるらしいよ」 これは神楽耶からの情報だ。だから、間違っていないだろう。 「と、言うことは……」 「君がしてきたことはみんな逆効果だった、ってことだね」 とどめとばかりにスザクは言葉を口にした。 「……そんな……」 今まではこれで失敗したことはないのに、とジノは頭を抱える。 「それは、君が大貴族の子息でなおかつラウンズだからだよ」 ブリタニアでは、それがとても魅力的に思えるのだろう。しかし、カレンはそんなことはどうでもいいと思っている。いや、むしろマイナス要因のはずだ。 「カレンはブリタニアが嫌いだしね」 もっとも、マリアンヌとルルーシュ、そしてナナリーは特別に思っているらしいが。でなければ、大人しくマリアンヌの指示に従うはずがない。 それはきっと、彼らが自分の特権をひけらかしたりしないからだろう。 「……せっかく、運命の人を見つけたと思ったのに」 ジノが泣きそうな表情でこう呟く。 「そう思っているのは君だけだから」 ここで甘い顔をしてはいけない。そうでないと、後でカレンにどんな八つ当たりをされるかわからないから、とスザクは言葉を重ねた。 「スザク! 君は私の友人ではなかったのか?」 恨めしげな口調でジノが問いかけてくる。自分たちよりも立派な体躯の持ち主なのに、その表情は間違いなく年下の少年だ。 「僕もそう思っているんだけど」 でも、とスザクはさらに次の言葉を唇に乗せる。 「でも、カレンの方が上だから」 自分の中では、ととどめを刺す。 「ルルーシュも同じセリフを口にすると思うよ?」 次の瞬間、ジノが真っ白に燃え尽きた。 「何をやったんだ?」 車の中で呆然としているジノの様子を確認してルルーシュが問いかけてくる。 「ちょっといじめ過ぎちゃったみたい」 けろっとした口調でスザクは言い返す。 「まぁ、僕もカレン達に八つ当たりされたんだし、いいよね?」 さらに付け加えればルルーシュは苦笑を浮かべる。 「構わないんじゃないか?」 そのまま、こういう。どうやら、彼は彼なりにジノの行為に怒りを感じていたようだ。 「そんな、ルルーシュ!」 流石に彼にまでこう言われては立つ瀬がない、と思ったのか――あるいは別の理由からか――何とか立ち直ったらしいジノが転がるように車から降りてくる。 「頼むから、見捨てないでくれ!」 そのまま彼はルルーシュにすがりついた。 「ルルーシュ」 そんな彼の仕草が気に入らない。そう思いながらスザクは呼びかけた。 「蹴飛ばしてもいい?」 鬱陶しいから、と言外に付け加える。 「やめておけ。作戦に支障が出る」 それが終わってからなら好きにしろ、とルルーシュはあっさりとジノの存在を切り捨てた。 「そんな……」 まさか自分の渾身の哀願が切り捨てられるとは思ってもいなかったのだろう。ジノは本気で泣きそうな表情を作る。 「自業自得」 そんな彼の背中にアーニャがぼそっと言葉を投げつけた。 「ナナリー様も私も、あきらめろといった」 それを無視したのはジノ、と彼女は続ける。 「やっぱりね」 「状況が読めない人間は最低だな」 あきれたように二人は言葉を口にした。その結果、ジノがどうなったかはあえて話す必要はないだろう。 屋上へと向かえば、そこにはもうナナリーが待っていた。 「お兄さま」 「ナナリー」 それだけでルルーシュの表情が軟らかくなる。彼女からは見えないとわかっているのに、だ。 「流石、ルルーシュ」 そうとしか言いようがない、とスザクは呟く。 「ルル様だから」 アーニャがこう言ってきた。 「うん。わかっている」 始めてあったときから変わらないよ、とスザクは苦笑と共に言い返す。 「それよりも、さっさと座って貰った方がいいよね」 向こうでみんなが困っている、と彼は続けた。 「わかった」 言葉とともにアーニャが二人に近づいていく。もちろん、スザクもだ。 「ナナリー様。お茶の準備できた」 そのまま、彼女は二人に向かって声をかける。 「ルルーシュも。座ってからゆっくり話をしたら?」 その方が落ち着けるでしょう? とスザクも続けた。 「そうだな」 そうしよう、とルルーシュもすぐに頷いてみせる。 「ナナリーもそれで構わないな」 「もちろんですわ」 満面の笑みと共に彼女は言葉を口にした。 「スザクさんもお久しぶりです」 お元気でいらっしゃいました? と続けながら、彼女は手を差し出してくる。それが何を意味しているのか、スザクにはわかっていた。 「元気だよ」 心配してくれてありがとう。こう言いながら、彼女の手を取る。 「よかったですわ。お兄さまが無理をお願いしておりません?」 「酷いな、ナナリー」 笑いながら、ルルーシュは彼女の車いすに手をかけた。 「では、移動するか」 この言葉に、ナナリーはスザクの手を握ったまま頷いてみせる。それを確認して、スザクも立ち上がった。 移動するにしても、すぐ傍だ。だから、このままでも構わないだろう。ルルーシュもこの程度は妥協範囲内だと思ってくれているのか、怒りを向けてくることはない。 そのまま、用意されていたテーブルへとつく。一つだけ空いている椅子は、間違いなく凍り付いたまま忘れさらているジノのものだろう。 まぁ、彼のことだ。すぐに復活して追いかけてくるに決まっている。だから放っておいても構わないか、と思う。 その間にも、侍女達がお茶の支度をしていく。 「そう言えば、お兄さま」 彼女たちが下がった後で、ふっと思い出したというようにナナリーがルルーシュに呼びかける。 「何だい、ナナリー?」 いつもの口調で彼は聞き返す。もちろん、口元には微笑みを浮かべながら、だ。 「いつ、お父様の愛人になられましたの?」 無邪気な口調で告げられたその言葉にルルーシュの手からカップが落ちる。反射的にスザクが掴まなかったら、きっと割れていたことだろう。 「な、ナナリー?」 何を、とルルーシュは口にする。しかし、その後の言葉を彼はつづれない。ただ、唇をぱくぱくと動かすだけだ。 「誰から聞いたの?」 代わりにスザクがこう問いかける。 「C.C.さんですけれど……違うのですか?」 ひょっとして失敗したのだろうか。顔にしっかりとそう書きながらナナリーが聞き返してくる。 「そんなことになっていたら、マリアンヌさんが陛下を暗殺しているでしょ?」 だから、嘘だよ……とスザクはとりあえずルルーシュのために口にした。 「まぁ、私……騙されてしまいましたのね」 そのせいで、ルルーシュを傷つけてしまったのか。そう言ってナナリーは肩を落とす。 「あの魔女!」 言葉とともにルルーシュが立ち上がる。そのまま、勢いに任せて彼女の元へ殴り込みに行きそうだ。 「ルルーシュ。それよりもピザ抜きのほうが効果的じゃないの?」 乗り込んでいっても逆に返り討ちに逢うだけだろう。それはまずいのではないか。そう考えてスザクはこういった。 「……そうだな」 確かにそうかもしれない、とルルーシュは頷く。 「ともかく、お茶の続きをしよう?」 ね、といいながら彼を座らせる。 しかし、本当に余計なことをしてくれるよな……と心の中で呟く。この場合、文句を言うべきなのはやはりマリアンヌなのだろうか。それともC.C.本人か。でも、後者の場合、無視される可能性の方が高いな、とも思う。 どちらにしろ、ルルーシュに復活して貰わないといけないだろうな。だが、これだけ混乱している彼が復活するのにどれだけ時間がかかるのだろうか。そう思わずにいられない。心の中でため息をついてしまうスザクだった。 終
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