中華連邦への潜入は極秘に行われた。といっても、あちら側か手引きをしてくれたのだから、難しいことはなかったのだが……と思いながらスザクは背後の気配を探る。
「……スザク……彼女は、誰だ?」
 同じように背後の気配を探っていたジノが、耐えきれなくなったのか、こう問いかけてきた。
「マリアンヌさんの友人で、陛下とも知己の方」
 まさか本当のことは言えないだろう。そう考えながら、無難な答えを返す。
「あんなに幼いのに?」
 予想通りの言葉が返ってくる。それも当然だろう。彼の見た目はナナリーよりも幼いのだ。しかし、実年齢は、と考えるとため息しか出てこない。
「あれでも、現在の嚮団のトップだよ」
 とりあえず、こういう。
「その前のトップがC.C.だったってさ」
 ぼそっと付け加えた瞬間、ジノの表情が凍り付いた。
「ジノ?」
 どうかしたのか? と問いかける。
「しぃつぅ?」
 あの、と彼は続けた。これは、彼女にさんざんからかわれたか遊ばれたな、と判断する。
「そう。彼女と互角に戦える人物だよ」
 見た目だけで判断しない方がいい、と笑いながら続けた。
「わかった」
 あれと互角に戦える相手なら、見た目や年齢は気にしない。ジノはそう言いきる。
「そうしておくといいよ」
 それよりも、とスザクは話題を変えた。
「ジノって、お茶ぐらいは淹れられるんだよね?」
「……何を言い出すんだ?」
「偽装に必要だから」
 とりあえず、喫茶店をするんだって……と笑いながら告げる。
「それなら、必要な情報をやりとりするのに人が出入りしても目立たないでしょう?」
 ルルーシュの手料理だから、それなりにおいしいだろうし……とスザクは笑う。
「私だって通いたいわ、それなら!」
 毎日、とジノは口にした。
「それが目的だからね」
 そう言う常連の中にあちらの首謀者との繋ぎ役の者がいたとしてもおかしくないだろう? と付け加える。
「なるほど」
 確かに、とジノは頷く。
「あの方が来ているのは、その店の店員役を嚮団から借りるからだよ」
 きっと、あれが来るんだろうな……とスザクは心の中でため息をついた。
 何故かはわからないが、自分を目の敵にしてくれる少年。
 しかし、ルルーシュの役に立つ存在なら妥協しないといけないのだろうな、と思う。
「クルルギ!」
 不意にV.V.が彼の名を呼んだ。
「何でしょうか」
 いやな予感を覚えつつ、スザクは彼の元へと歩み寄る。
「そんなに警戒しなくてもいいよ」
 そんな彼の気持ちがしっかりとばれていたのか。V.V.は笑いながら言葉を綴る。
「ちょっとね。僕に付き合って欲しいだけ」
 持ってきたいものがあるのだが、自力では無理だから……と彼はかわいらしい笑顔で告げた。
「わかりました」
 そう言われて安心できるかと言えば答えは一つしかない。だが、彼の機嫌を損ねるわけにもいかないのだ。渋々といった様子でスザクは頷く。
「ジノにルルーシュを任せるのは、ものすごく心配なんですけどね」
 その理由としてこう言ったことに他意はない。
「大丈夫。十分もかからないよ。その間にルルーシュを危険にさらすようなら、ラウンズの資格なんてないんじゃない?」
 にこやかな口調でそう言う彼に苦笑を返すしかできない。
「じゃ、ルルーシュ。ちょっと行ってくるから、ジノの側を離れないでね?」
 決して、知らない人の側に寄るんじゃないよ……とスザクは告げる。
「お前は俺を何だと思っているんだ?」
 即座にルルーシュが怒鳴るような口調で問いかけてきた。
「どうって、僕の一番大切な人だよ」
 さらりとこう言い返す。
「朝比奈さんに言われたんだよね。こっちには変態が多いから、ルルーシュがさらわれかねないって」
 美人なら男でもいい、という人種が、と続ける。
「ルルーシュと同レベルの美人って、マリアンヌさんしか知らないし、僕」
 ナナリーもユーフェミアも『美人』と言うよりは『可愛い』だし……と笑いながら締めくくった。
「確かに、あの二人ならそうだね」
 美人と言うよりは可愛いだ、とV.V.も頷く。
「とりあえず、クルルギの言うことはもっともだよ。どこに危険が潜んでいるかわからないから、忠告は聞いておきなさい。君はシャルルに似て鈍くさいんだから」
 しかし、そこで追い打ちをかけないで欲しい。後で彼を浮上させるのは大変なんだから、とため息をつく。
「ともかく、ジノ。ちょっとでかけてくるから、ルルーシュをお願い」
 だが、それは後で何とかするしかないから……と思いながら彼に声をかけた。
「わかった」
 即座に彼はこう言い返してくる。
「V.V.様」
「うん、こっちだよ」
 それを確認して、V.V.が歩き出した。スザクはその後を黙って付いていく。
 確かに、ルルーシュ達がいる場所からそう遠くはない場所で彼は足を止めた。距離にして五百メートルほどだろうか。
「これを、ね。運んで欲しいんだ」
 しかし、問題はその荷物だ。なんか、V.V.の身長ぐらいの大きさがあるのだが、とスザクは頬をひきつらせる。
「中身が何か、お聞きしても構いませんか?」
 そのまま、こう問いかけた。
「割れ物でも壊れ物でも生ものでもないから、安心していいよ。ちょっとかさばっているだけ」
 笑顔でこう言い返される。
「とりあえず、そうだね。一見すると必要ないように見えて、後で必要になるもの……かな?」
 意味ありげな口調で彼はそう言った。
「荷物になると思うけど、頼んで構わないね?」
 ダメ、といえるはずがない。
「わかりました」
 言葉とともにスザクはそれを抱え上げる。そうすれば、見掛けに反してあっさりと持ち上げることが出来た。
「じゃ、僕はこれで帰るね。またすぐに、様子を見に来る予定だけど」
 もし、それまでに何か厄介なことが持ち上がったら、遠慮なく連絡をして欲しい。そう言って彼は微笑む。
「連絡の取り方は、ルルーシュが知っているから」
 言葉とともに彼は離れていく。そのまま角を曲がったのを確認してから、スザクもまた、今来た道を戻る。
 それにしても、と心の中で呟く。
 いったい、この箱の中には何が入っているのだろうか。
「これだけ大きいのに、こんなに軽いなんて」
 ぬいぐるみだって、もっと重かったよな……と首をひねる。
「ルルーシュなら知っているかな?」
 確認してみよう。そのためにも、これを持っていかないと。そう考えてスザクは足を速めた。
 しかし、だ。
 その荷物を持って戻ってきたスザクを見た瞬間、ジノだけではなくルルーシュも目を丸くしている。ということは、彼も知らなかったと言うことか。
「V.V.様が?」
 スザクの説明を聞いて即座に彼は考え込むような表情を作った。
「なら、中身を確認した方がいいな。あの方のことだ。何かを感じ取られたのかもしれない」
 しかし、これだけの物を急に用意できるだろうか。
「……何か、開けたくなくなってきた」
 いやな予感がするんだけど、とスザクは思わず呟いてしまう。
「心配するな。私も、だ」
 ため息とともにジノが言葉を返してくる。
「この大きさ。何か、引っかかるものがあるんだ」
 二年ぐらい前に見た覚えがある、と彼は続けた。
「二年前、というと、俺たちはまだ本国に戻っていなかった頃だな」
 ルルーシュも口を挟んでくる。
 その瞬間だ。ある物の存在を思い出してしまった。というよりも、おもしろがってそれを入手してきた物好き――三度のご飯よりもピザが好きなあの魔女だ――がいたのだ。そして、それを見たマリアンヌが別の意味で怖いことをしでかしてくれた、と。
「スザク……」
「とりあえず、物置行きでいいね?」
 くれた人がくれた人だから、捨てるわけにもいかない。それに、本当に必要になるかもしれないし、と思いながら問いかける。
「あぁ。不本意だが、な」
 使わなかったら、マリアンヌに横流しをしよう……とルルーシュは呟く。それにスザクも頷いて見せた。

「それにしても、いったい何のために作ったんだろうね。陛下の等身大の空気人形」
「私もそれが疑問だった」
 これがルルーシュやマリアンヌであれば、使い道は一つしかない。だが、他の者達であれば、同じ事をしようなんて考えないだろう。
「あのロールケーキのことだ。余計なことを考えてから回ったに決まっているだろう」
 ルルーシュのこの言葉が一番、的を射ているような気がする。
 だから、下手につっこまないようにしよう……と心の中で呟いていた。





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