エリア11に戻れば、何故かそこにはシャルルがいた。
「……何で……」
 あまりのことに、ルルーシュはこう呟く以外出来ないらしい。
「……えっと、ナナリー?」
 とりあえず、一番事情をよく知っていそうな相手に確認しよう。そう考えてスザクは声をかける。
「お父様は皇帝をクビになったのだそうですわ」
 だが、彼女の答えはスザクの想像の斜め上を飛んでいった。
「……皇帝って、クビになるものなの?」
 思わず、ルルーシュに問いかけてしまう。
「そんな話し、聞いたことはないぞ」
 即座に彼はこう言い返してくる。
「もっとも……簒奪にクビというルビが振られるなら納得だな」
 以前からシュナイゼル達がしびれを切らしていたのは知っているから、とルルーシュは続けた。
「まさかと思うけど……本国でやってたことって、それ?」
 シュナイゼル達がそんなことを言っていたが、とスザクは問いかける。
「否定できないな」
 前回の一件で彼らの堪忍袋の緒は完全に斬れていた。だから、追い出しにかかったとしてもおかしくはない。ルルーシュはそう言いきる。
「まぁ、母さんがぶち切れるよりましだが」
 そう付け加えられて、スザクは頬がひきつるのを感じてしまう。そうなった場合、間違いなく、ブリタニアは崩壊する。その後はどうなるか。それは考えたくない。
「お兄さま方も同じお考えだそうですわ」
 ですから、とナナリーは微笑みを深める。
「お父様はお母様への貢ぎ物だそうですの」
 さらりととんでもないセリフを聞かされたような気がするのは錯覚だろうか。
「貢ぎ物?」
 ルルーシュにしても聞き逃せない一言だったらしい。確認するようにこう問いかけている。
「はい。お兄さまあてにもシュナイゼルお兄さまからの伝言が届いているそうですが、ごらんになります?」
 このあたり卒がない、というべきなのだろうか。
「そうか」
 ルルーシュもこう言って頷いてみせる。
「それで、母さんに連絡は?」
「今晩にでもいらっしゃるそうです」
 ルルーシュとスザクも帰ってきたから、とナナリーは嬉しそうに言った。それにルルーシュも微笑み返す。
「なら、父上は隅で大人しくしていてください」
 しかし、その口から出たのはものすごく辛辣なセリフだった。

 マリアンヌが来るからだろうか。それとも、あちらで料理の楽しさを再認識したのか――あるいは、シャルルがいるからかもしれない――今晩の夕食はルルーシュが腕を振るってくれるらしい。
「シュナイゼル殿下からの伝言を確認しなくていいの?」
 答えはわかっているけど、と思いつつ問いかけた。
「食事のあとでいいだろう。それよりも、ピザ生地を頼む」
 どうせ、C.C.も押しかけてくるから……とルルーシュはため息混じりに付け加える。
「わかった」
 力仕事なら任せておいて、とスザクは頷く。
「あちらの面倒はジノに任せておけばいいだろうしな」
 誰の面倒かは聞かなくてもわかる。
「ナナリー、もいるから大丈夫じゃないかな?」
 ルルーシュもそうだが、彼女にも何かあればマリアンヌの怒りはその元凶へと向かう。シャルルもそのことはよく知っているのではないか。
「そうだが……まったく、ナナリーもこの地の総督だぞ。しなければいけない仕事は山ほどあるはずだ」
 なのに余計なことを、と口にしながら、ルルーシュは野菜を刻んでいく。
「……いっそのこと、ナナリーの仕事を陛下に手伝っていただけばいいんじゃない?」
 もう『陛下』と呼んではいけないのかもしれないが、と思いつつスザクは口にする。
「その位は働かせても文句はでないか」
 働かざる者食うべからずだしな、とルルーシュも頷く。
「もっとも、それに関してはあの人抜きで母さんと相談しないとな」
 それと、シュナイゼル達の意図を確認してからでないと……彼は続ける。
「退位は決定だろうが」
「そうなったら……」
 スザクは言葉とともに首をかしげた。
「ラウンズってどうなるの?」
 それに関しては考えたことはなかったんだけど、と問いかける。
「……普通は皇帝が変わると同時に全員が解任されるな」
 ということは、自分はルルーシュの傍にいられないということだろうか。そんなことはないと思うが、可能性としては否定できない。
「まぁ、そうなってもお前が排除されることはないがな」
 自分たちの傍から、と彼は笑いながら言った。つまり、スザクが何を不安に思っていたのか、彼にはばれていたと言うことか。
「ルルーシュ……」
「まぁ、兄上達も思い切った決断をしたと思うが……」
 そう言えば、と彼は微かに眉根を寄せる。
「ビスマルクがいなかったな……彼があのロールケーキの側を離れるはずがないと思っていたのだが」
 その言葉に、スザクも頷く。
「ヴァルトシュタイン卿って、マリアンヌさんを尊敬されてたよね」
「あぁ」
「まさかと思うけど、あちらに行っているって事は、ないかな?」
 マリアンヌの所に、と口にする。
「根回しというか、報告に行っている可能性があるんじゃないかと……」
 ナナリーかシャルルに確認を取ればわかるかもしれないが、と言外に続けた。
「そうだな。ならば、後一人や二人、増えてもいいように準備をしておくか」
 状況によってはアーニャも押しかけてくる可能性も否定できない。ルルーシュはそう言う。
「やめてよ、それ。ものすごく怖い考えになるよ?」
 マリアンヌが大好きなラウンズは彼らだけではない。他のメンバーまで押しかけてきたらどうなるのか。スザクは想像もしたくない。
「……まぁ、大丈夫だと言うことにしておけ」
 今日の所は、とルルーシュは笑う。
「俺が手料理を作っていると知らないはずだ。そうなれば、あのロールケーキと食事の席を共にしようとは思わないだろう?」
 いくらマリアンヌがいたとしても、と彼は言った。
「まぁ、確かにね」
 上司との食事ほど気を遣うものはない。まして、シャルルとマリアンヌの会話を邪魔するようなことになったら、と考えるだけで怖い。それが許されるのはルルーシュとナナリーだけだろう。
「まぁ、深く考えるな。それよりも、さっさと支度をしないと、空腹魔女が怖いぞ」
 あれに騒がれたら、ゆっくりと料理をしていられる状況ではなくなるような気がする。彼はため息とともにそう付け加えた。
「流石に、マリアンヌさんが何とかしてくれる……と思いたいけど……」
 でも、C.C.だから、とスザクも頷いてしまう。
「暴走したら、V.V.様が来て求められないだろうしね」
「否定は出来ない」
 そう言うことで、早々に作業を進めるか。言葉とともにルルーシュは見事な手さばきで野菜を刻み始める。それを横目に、スザクはピザ生地を練り始めた。

 しかし、ここまで予想通りの行動をしてくれると笑うしかない。
「V.V.、ちょっと待て! ピザは全て私のものだ!」
 言葉とともに彼女はピザを皿ごと抱え込む。
「何を言っているんだい? 三枚もあるのに独り占めしたあげく、他の料理にも手を出すなんて、太る元だよ?」
 負けじとV.V.が言い返す。
「マリアンヌにも同じセリフを言えるのか?」
 即座にC.C.は問いかけの言葉を投げつけた。
「何を言っているんだよ。マリアンヌはちゃんと運動しているだろう?」
 いつもだらだらと過ごしている誰かとは違う、と彼は口にする。
「……そこまで、にしておいてください」
 絶妙のタイミング――と言っていいのだろうか――でルルーシュが二人の間に割って入った。
「食べたいなら、また後で作りますよ」
 だから、今はケンカはしないで欲しい……と彼は続ける。
「第一、その魔女と同じレベルまで落ちる必要はないと思いますけど?」
 しっかりとイヤミを言うのは流石だ、とスザクは感心してしまう。
「うん、そうだね」
 ルルーシュの言葉がツボにはまったのか。V.V.も嬉しそうに頷いて見せた。
「……何が言いたい?」
 逆にC.C.は不満そうな声音で言葉を綴る。
「理解できないなら、それこそ末期だな」
 普通なら、そのセリフで我が身を振り返るのに……と彼は言い返す。
「あの父上ですらイヤミには気付くぞ」
 もっとも、彼の場合、反省する方向が間違っている。だから、オデュッセウス達に愛想を尽かされたのではないか。ルルーシュはそう言って笑った。
「お前の場合、反省なんてする気もないだろう?」
「ルルーシュ!」
「何だ? もう、ピザは作らなくていいんだな?」
 反論を返してこようとした彼女にルルーシュはただ一言、こう聞き返す。それに彼女は言葉を飲み込んだ。
「おいしい料理が一番だよね」
 それを確認して、スザクはこういう。
「そうですね、スザクさん。お兄さまのお料理はおいしいです」
 ナナリーもこう言って微笑む。
「本当。私の子だとは思えないわ」
 さらにマリアンヌが磊落に笑った。
 それに誰もが頷く。
「後は、貴方のことだけね」
 そう言われた瞬間、シャルルが盛大にむせたのは何かを自覚しているからか。それとも、と心の中で呟きながら、スザクはサラダのレタスを口に放り込んだ。





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