ペンドラゴン――特に太陽宮内は即位の準備で慌ただしい。しかし、ここ、アリエス宮はその喧噪からは遠かった。 「……まったく、あのロールケーキは」 だが、別の意味で落ち着かない。 「余計なことばかりしてくれる」 言葉とともにルルーシュは手にしていた書類を握りつぶした。 「先帝陛下が大人しくしていてくださるとは思っていなかったけどね」 苦笑とともにスザクが言い返す。 「でも、まだおとなしい方じゃない?」 マリアンヌが黒の騎士団を動かしていないなら、と続けた。 「それは否定しない」 あちらからの報告では、マリアンヌが直接、締め上げたらしい。 「まぁ、とりあえずあちらは母さんに任せてくしかないのか」 何かあっても、すぐに戻れない以上、と彼は続ける。 「ナナリーもがんばっているだろうしね」 でも、とスザクは首をかしげた。 「戴冠式に陛下が列席されなくていいの?」 一応、まだ、皇帝でしょう? とそのまま問いかける。 「あれが出てくると、いろいろと面倒なことになるからな。放っておけ」 むしろ、頭の病気だと触れ回りたいくらいだ。ルルーシュはそう言いきる。 「そこまで言う?」 「言われても仕方がないことをしているだろ、あいつは」 今回だって、と彼は続ける。 「……否定できないね」 本当に何を考えているのか……とスザクは苦笑を浮かべた。 「何って……マリアンヌとナナリーと三人でのんびりすることだと思うよ」 ルルーシュがいるとお小言を言われるだろうから。それでも、シャルルはそれを含めて楽しんでいるのではないか。そう言いながらV.V.が姿を見せた。 「相変わらず神出鬼没ですね」 「君たちの前だけ、だよ」 何も知らない人間の前ではやらない、と彼は笑う。 「まぁ、そういうことにしておきましょう。それで、今日はどのような用事でしょうか」 「用事というか……マリアンヌに『様子を見てきてくれる?』と頼まれただけ」 オデュッセウス達がいるから心配はいらないと思うが、馬鹿が出かねないし……と彼は続ける。 「君も皇族に戻ることになっているだろう?」 いい機会だと思うが、と言われた瞬間、ルルーシュはいやそうな表情を作った。 「俺としては、今の身分の方が気が楽でいいんですけどね」 責任を負うのはいやではないが、皇族の義務と称して無理を強いられるのはいやだ。彼はそう続ける。 「なら、いっそのこと『自分の恋人はクルルギです』と公言してしまえばいい」 笑いながらV.V.はそう言う。 「そうすれば、少なくとも結婚話はなくなるよ」 マリアンヌ公認だろう? と彼は笑った。 「V.V.様!」 いくら冗談でも、とスザクは慌ててそう言った。 「それも考えていますけどね……」 しかし、予想外のセリフがルルーシュの口から飛び出すことで動きが止まってしまう。 「とりあえず、日本の場合、成人が二十歳ですから。それに、あれにも許可を取るのが礼儀でしょう?」 V.V.のところに預けてある、と彼はそんなスザクを無視して続けた。 「あれ?」 「遺伝子上のスザクの父親です」 そう言われて、スザク本人はようやく彼の存在を思い出した。 「あぁ、あれね」 V.V.も同じだったようだが、彼よりも肉親である自分の方がまずいのではないか。そんな風にも考える。 「元気だから、いいんじゃない?」 かなり解脱しているけど、と付け加えられて、微妙に不安になった。 「……解脱……」 いったいどうなってるのだろう。少しだけ不安になる。 だが、それ以上にルルーシュのセリフの方が今は重要だった。 「……ルルーシュ……」 「言っておくが、当面は口実だけだぞ?」 さすがに、まだあれこれするところまで意識が達してない。ここで告白することすら想定していなかった。それもこれも、V.V.が悪い、と彼は責任転嫁までし始める始末。 「何を言っているんだい? 君がその気になるのに、あと五十年はかかりそうだから手を貸してあげただけじゃないか」 大切なことはすぐに言う。 そうしないとシャルルの二の舞になるよ、と彼は付け加えた。 「あのロールケーキと一緒……」 この一言がルルーシュには一番ショックだったようだ。呆然とそう呟いている。 「それに、クルルギを狙っている人間は多いからね」 いろいろな意味で、と彼が付け加えた瞬間、ルルーシュの周囲の気温が微妙に下がったような気がするのは錯覚だろうか。 「と言うことで、所有宣言をするなら早めの方がいいと思うよ」 いったい、それは何ですか。 と言うよりも、ルルーシュに余計な知恵をつけるのはやめてくれませんか? ひょっとして、彼はC.C.よりもたちが悪いのではないか。 それとも、本心からの忠告なのか、とは思うが、どちらにしろあまりうれしくはない。 「あの腹黒兄上が妙な法律を作ってくれたようだし、それもいいかもしれないな」 所有宣言はうれしいかもしれないけれど、ルルーシュが悪役モードになったのはまずいと思う。 とりあえず、何とか現実に戻ってもらわないといけないではないか。 「……V.V.様、夕食はどうされますか?」 一番無難そうなセリフをスザクは口にする。 「ごちそうしてくれるなら、食べたいけど……」 「だって、ルルーシュ! 今日は、和食にしてくれるとうれしいかな?」 もちろん、これで正気に戻ってくれる自信はなかった。 「和食か」 しかし、料理をするのが当然という日常を送ってきた彼には予想以上に効果があったようだ。 「わかった。任せておけ」 言葉とともにルルーシュはさっさと立ち上がる。 「と言うことで、V.V.様もきちんと食べていってくださいね」 きれいな笑みを浮かべる彼に、ひょっとして自分はやばいスイッチを押してしまったのではないかと不安になった。しかし、ここで逆らうのもまずい。 「クルルギ……」 「あきらめてください」 そう言うしかできないスザクだった。 彼らがそんな時間を過ごしている間にも、シュナイゼル達はあれこれと準備をしていたらしい。 オデュッセウスの戴冠式前にルルーシュの皇族復帰が認められた。 「と言うことで、堂々と席に座っていいからね、ルルーシュ」 満面の笑みとともにクロヴィスがそう言ってくる。彼が来たのは、単に一番暇だからだろう。 「それと……急だけど、兄上の戴冠式の前に君たちの就任式をするからね」 スザクが騎士でかまわないのだろう? と彼は続けた。 「もちろん、最初からそのつもりでしたが……急ですね」 準備が整わない、とルルーシュが言い返している。 「剣はクルルギ君が今使っている刀でいいんだろう? 衣装は私に任せておいてくれ」 すでに手配はできているから……とにこやかに言われてもうなずいていいものかどうか。 「……俺たちの希望は無視、ですか?」 「そう言わずに。マリアンヌ様の許可はいただいてあるよ」 それはそれで怖いのですが、と言っていいだろうか。そう考えながらスザクはルルーシュを見つめる。 「……今回だけですよ?」 彼女の名前を出されればルルーシュも強いことはいえないらしい。小さなため息とともに彼はそう告げる。 「なら、明日、仮縫いを終わらせてしまうからね」 あぁ、やはり……とスザクは頭を抱えたくなった。 「多少の変更は、そのときにね」 できるようなら聞いてあげるよ、とクロヴィスは笑う。 「ユフィも同席するそうだから」 その一言に、本気で逃げ出したくなるスザクだった。 もちろん、そんなことはできないし、する気もない。でも、少しだけ不安を隠しきれないのは事実だ。 「……あきらめろ」 そういうルルーシュも、すでに達観しているらしい。 それにうなずき返すのが精一杯だった。 終
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