しかし、まさか用意されていた衣装が《白》だとは思わなかった。
 だが、ルルーシュは白も似合う。スザクが心の中でそう呟いたときである。
「まるで結婚式みたいですわね」
 ユーフェミアがにこやかな口調でそう言った。
「……否定できんな」
 さらにコーネリアにまでこう言われた場合、どう反応を返せばいいのだろうか。
「これならば、マリアンヌ様も満足されるだろう」
 その上、彼女の名前を口にされれば、動きが止まってしまう。
 いったい、彼女は何を言ってくれたのだろうか。
 それ以前に、ルルーシュの反応は、と思いながら、スザクは視線を向ける。
「……母さんが?」
 そうすれば、こう呟きながら凍り付いている彼の姿が確認できた。
「マリアンヌ様は、なんとおっしゃったのですか?」
 こうなれば、仕方がない。そう判断をして、スザクは問いかける。
「わたくしは詳しく知りませんが……クロヴィスお兄様にお二人の衣装のことで細かなリクエストがあったのだそうですわ」
 色も含めて、とユーフェミアが言葉を返してきた。
「本当は、ルルーシュの分は『ドレスがいいね』とおっしゃっておられたらしいのですが、さすがにそれは、と言うことでお兄様が却下されたとか」
 さすがに、それはかわいそうだ……と言っていた。その言葉に、胸をなで下ろす。
「一生残るものだからな」
 コーネリアもそう言ってうなずいて見せた。
「まぁ、他の機会に、ドレスの一つぐらい着て見せろ」
 そのときは、自分たちからプレゼントさせてもらおう……と彼女は続ける。
「コーネリア殿下……」
 それは、とスザクは思わずため息混じりに口にした。
「ルルーシュがすねますから」
 このままだと式に支障が出かねない。そう続ける。
「それはまずいな」
 確かに、とコーネリアもうなずく。
「そんなことになっては、マリアンヌ様に申し訳が立たない」
 ならば、ドレスの件は今は撤回しておこう。そう彼女は言う。
 それにスザクは胸をなで下ろした。
「誰がすねるって?」
 しかし、すぐに別の問題が持ち上がる。だが、相手がルルーシュだけに対処は難しくない。
「何? ひょっとして、ドレス着たかったの?」
 怒りの矛先を混乱させようとこう聞き返す。
「……スザク?」
「着てくれるなら、いつでも大歓迎だよ。ナナリーも喜ぶだろうし」
 いっそ、ナナリーのために同じドレスを着た人形でも作ってもらえばいいのではないか。微笑みとともにスザクは言葉を重ねる。
「確かに、それならばナナリーにもルルーシュがどんなドレスを着たのか、わかりますわね」
 クロヴィスなら喜んで手配をしてくれるのではないか。ユーフェミアがうれしそうに合いの手を入れてくれた。
「……ナナリーを喜ばせたいが……しかし、そんなことになったら、あのロールケーキが何をしでかすか、わかったものじゃない」
 それ以上に、シュナイゼルが怖い……とルルーシュは続ける。 「なら、今日の衣装で作ってもらう?」
 スザクの問いかけに彼は少し考え込むような表情を作った。
「そうだな……そのくらいが妥協範囲か」
 この衣装であれば、まだ我慢できる……とルルーシュはうなずく。
「何の話だい?」
 タイミングよく――と言っていいのだろうか――クロヴィスが姿を現す。
「今日の二人の姿を人形にしてナナリーに送りたいという話ですわ、クロヴィスお兄様」
 真っ先に口を開いたのはユーフェミアだ。
「でも、わたくしもほしいと思いますの。誰か、よい人形師をご存じありません?」
 オーダーをする、と彼女は真顔で口にする。
「それなら、もちろん私が手がけるよ。もっとも、服についてはスタッフに任せるしかないだろうが」
 でも、ちゃんと再現してみせるよ……と彼は微笑む。
「……それについては文句は言いませんが、作るのはナナリーとユフィ、それに妥協して兄さんの分だけにしておいてください」
 決して、シュナイゼルには渡さないでほしい。言外にルルーシュはそう付け加えた。
「君のお願いならね」
 自分の分を確保できているからだろうか。クロヴィスは鷹揚にうなずいてみせる。とりあえず、これで今は大丈夫だろう。後は、笑ってごまかすしかないか。スザクはそう考えていた。

 ラウンズに任命されたときには叙任式は行わなかった。だから、実際に誰かに剣を捧げるのは初めてかもしれない。あるいは、だからこそ、ラウンズの時には叙任式はなかったのだろうか。
 そんなことを考えながら、たたき込まれた所作をできるだけ優雅に見えるように行う。
 そんな彼の気持ちがわかっているのか――それとも人前だからか――ルルーシュの視線が少しだけ優しいような気がする。
 だから、大丈夫。今のところ失敗していないはずだ。
 そうは思っても、やはり不安を消すことはできない。あるいは、それは周囲から向けられている視線のせいかもしれない、と心の中で呟く。
 ひょっとしたら、自分が失敗するのを待っているのだろうか。
 だとするなら、意地でも失敗なんかするものか。
 その気持ちのまま、一連の儀式を進めていく。
 怒りの所為だろうか。周囲の者達の視線も次第に気にならなくなった。
 後は勢いだ。
 その気持ちのまま、最後まで突っ走った。
 いくつかの拍手とともにスザクは顔を上げる。次の瞬間、ルルーシュが促すように手を動かした。それに素直に従って彼の隣へと移動する。
 しかし、それは予定にはない行動だ。
「最後に、皆に言っておく。スザクは先帝陛下よりも先に母さんが認めて育てた人材だ。それだけは忘れないように」
 いきなり何を言い出すのか。いや、それ以前に、それは誰もが知っていることだと思っていた。だが、頬を引きつらせている者達がいるのを見れば、そうではないとわかる。
「ついでに、こいつの結婚問題も、母さんの許可を取ってから進めるように」
 ひょっとして、彼が一番言いたかったセリフはこれなのだろうか。
「ともかく、今日は参列してくれて礼を言う。簡単だが祝いの席を用意した後はゆるりとして行かれるがいい」
 だが、ルルーシュはあくまでもにこやかな表情で彼らに言葉をかけた。
「姉上方には奥でゆるりとお休みいただけるように準備をしてあります。ロイドもつきあえ」
 彼のこの言葉が合図になったのだろう。人々はぞろぞろと――ある意味、言葉は悪いが逃げ出すように――この場を後にしていく。
「……よからぬ相談をする気かな?」
 ぼそり、とルルーシュは呟いた。
「確認しなくていいの?」
 スザクが問いかければ、彼は凄艶な笑みを浮かべる。
「あの腹黒兄上が手を打っていないわけがないだろう?」
 今晩中に報告が来るだろう。そして、明日のオデュッセウスの戴冠式ではさらに楽しいことになるはずだ。
 ルルーシュはその笑みのまま言葉を重ねる。
「なら、いいけど」
 自分の所為でルルーシュ達に厄介事が降りかからないなら、それでいい。スザクはそう言って微笑んだ。
「わたくしとしては、ギネヴィアお姉様が怖いですわ」
 報告は彼女へも行くだろう。その瞬間、彼女が何をしでかしてくれるか……とユーフェミアが告げる。
「姉上だけならばいいが……カリーヌまで手を出しそうだな」
 あの子が絡むとかなりえぐいことになる、とコーネリアがため息をつく。
「それも、連中の自業自得でしょう」
 逆に、その位されないと自分がどれだけ馬鹿なことをしでかしたのか、理解できないのではないか。ルルーシュはそう言い返す。
「全く……母さんがここにいなかったことを感謝すべきですよね、あいつらは」
 さらに続けられた言葉に、誰もが苦笑を浮かべるしかできない。
「ともかく、お茶にしよう? ようもないのに、女性をたたせておくのはいけないんじゃなかった?」
 マリアンヌにそう聞いたような気がするが、とスザクはさりげなく告げる。
「あぁ、そうだな。失礼しました、姉上。それにユフィも」
 どうせなら、もっと楽しい話をしよう……とルルーシュはいつもの笑みを口元に浮かべた。
「そうしましょう」
 結論が出たところで、全員でぞろぞろと移動をする。途中でさりげなくロイド達が合流してきた。
「大変だねぇ、スザク君」
 いろいろと、と彼は笑う。
「大丈夫ですよ。そのときはロイドさん達も巻き込まれるに決まっていますから」
 にっこりと微笑みながらスザクはそう言い返す。
「本当、ますますいい性格になったねぇ、君」
 興味深い、と彼は付け加える。
「それはほめ言葉ですよね」
 詳しい話は向こうに着いてから、とスザクは言葉を重ねた。その瞬間、ロイドがいやそうな表情を作る。彼のその表情を見た瞬間、スザクは心の中で『勝った』と呟いていた。





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