騎士であればどのような場所でも主のすぐそばにいることができる。 もちろん、それが戴冠式の場でも、だ。 だからといって、そうした場で平然としていられるかどうかは別問題ではないだろうか。まだ、式も始まっていないのに、だ。 「……なんか、緊張してきた」 スザクは小さな声でそう呟く。 「大丈夫だ。お前は立っていればいい」 それを耳にしたのだろう。ルルーシュがこう言いながら笑った。 「もっとも、それは俺も同じだ」 皆の前で微笑んでいればいい。シュナイゼル達もそう考えているから、自分だけではなくクロヴィスやユーフェミアも目立つ場所に配置したに決まっている。彼はそう続けた。 「それは、仕方がないんじゃない?」 オデュッセウスは人柄は尊敬できるが、どちらかと言えば目立たない容姿だ。だから、少しでも華やかにしようとしたのではないか。スザクはそう言い返す。 「だがな……コゥ姉上は警護の方に回られたそうだ」 シュナイゼルとともに国の柱と言える彼女がさっさと逃げ出すとは思わなかった。ルルーシュは言外にそう告げる。 「何の立場も持っていない俺よりも、姉上の方が目立たれるべきだろうに」 こうなるとわかっていれば、さっさと警護の役を受けておけばよかった。ルルーシュはそう呟く。 「あきらめなさい」 脇からそう言ってきたのはギネヴィアだ。 「ナナリーはともかく、あなたには目立ってもらわないといけないの」 困ったことにね、と彼女は続ける。 「姉上?」 「なんと言っても、あなたはマリアンヌ様にそっくりですもの。兄上が即位されることをあの方が反対していないという証拠になるでしょう?」 ルルーシュが皇族に戻ったことも併せて、と彼女は笑った。 「だから、あきらめてわたくし達と仲良くしていなさい」 他の馬鹿はどうでもいいが、と言えるギネヴィアは、さすがブリタニア皇族の中でも年長者だと言える。 「今日だけは我慢しますが……今回限りですよ?」 余計な視線まで集めたくない、とルルーシュはため息をつく。 「大丈夫よ。あなたの婚約話はすべてつぶしてあげるから」 「そういう問題でもないのですが」 珍しくもルルーシュの弁舌が鈍い。それはどうしてなのだろう。 「……第一、それならば、真っ先にオデュッセウス兄上か姉上に話が行くべきでは?」 だが、それは杞憂だったようだ。 「いやな子ね……わたくしは一人の男だけに縛られるなんてごめんだわ」 もっとも、と彼女は苦笑を浮かべる。 「兄上の結婚は急いでいただく予定だけど」 早々に後継者を作ってもらわないと、また、余計な争いが起こりかねない。 「それに関しては、戴冠式後に皆で押しかけていって直談判でもいいでしょうけど」 そのときはつきあってね、と続ける彼女に、ルルーシュは苦笑を浮かべながらもうなずいて見せた。 ブリタニア皇族の中でも選りすぐりの美形ばかりが両脇にいるせいだろうか。戴冠式は華やかなまま終わりを迎えようとしている。 「親愛なる、我が臣民達に告げる」 そのときだ。オデュッセウスが集まっている者達へ向かって就任の演説を始めた。 「先帝閣下は力で世界を支配された。それは、あの方が誰よりもお強かったからだ」 しかし、と彼は言葉を重ねる。 「残念ながら、私にはそこまでの力はない。代わりに、別の方法でブリタニアを発展させていきたいと思う。その第一歩として、エリアの自治権を条件付きで拡大していこう。とりあえずはエリア11をテストケースとして、末弟ルルーシュに任せる予定だ」 その言葉に周囲から驚きと期待の声が上がった。 「決して、それはブリタニアを弱体化させようとしているわけではない。ナンバーズと呼ばれている者達も等しくブリタニアの臣民である。だからこそ、彼らにその実力を発揮できる場を与えようと言うまでだ」 それはブリタニア人の権利を阻害するものではない。 むしろ、さらに実力を発揮してもらえると期待している。 「だが、決して思い違いをしてはいけない。ブリタニアと皇族に弓引こうというものがいれば全力でたたきつぶす。それは今までと変わりがない」 この言葉にルルーシュが小さく笑った気配が伝わって来た。 それは、決してオデュッセウスの言葉を批判しているのではないはずだ。 あるいは『大胆なことを』と考えているのかもしれない。 だが、とスザクは心の中で呟く。 きっときれいな笑顔なんだろう。間近で見られないのが残念だ、と本気で考える。写真に納めておけばみんなが喜ぶだろうに、とも続けた。 しかし、そんなことを考えているとばれたら、絶対に小言を言われるだろう事も想像がついてしまう。 でも、見られないのは本当に残念だ……と小さなため息をつく。 その間にもオデュッセウスの演説は続いている。シャルルのそれと違って威圧的ではない。だからこそ、すとんと心の奥に収まるような気がする。そう考えて、無理矢理意識を現実に戻そうとするスザクだった。 もっとも、それが成功しているかどうかは別問題だったが。 「ブリタニアの民よ。世界は変わらなければいけない。そのためにまずは己自身を変える勇気を持ってほしい」 この言葉とともにオデュッセウスは演説を終えた。 内容が内容だったせいか。すぐには反応が返ってこない。しかし、ルルーシュとシュナイゼル、それにクロヴィスが拍手を始めれば黙っているわけにもいかなかったのだろう。我先にと拍手を始めた。 とりあえずはこれで大丈夫なのだろう。だめだったとしても、ルルーシュとシュナイゼルが対処を考えて、コーネリアが動けば何も問題はないに決まっている。 後は、これからのことだろうか。 今のままでもいいけれど、少しは進展したいな……とどこか他人事のように考えてしまうスザクだった。 しかし、これは何なのか。 「……ルルーシュ……」 目の前にいるのは若い頃のマリアンヌさん……ではなく、間違いなく彼のはずだ。だが、それならばどうして、ドレスを身にまとっているのだろうか。 「母さんの陰謀と魔女の暴走の結果だ」 それ以上は聞くな、と彼の表情が告げている。しかし、マリアンヌが絡んでいるのであれば、スザクだってそれ以上、突っ込むことは不可能だ。 「……ひょっとして、来ているとか?」 「いや。さすがにあのロールケーキを放っては来られないだろう」 だが、と彼は続ける。 「本音を言えば、母さんが来てくれた方がよかった」 「……へっ?」 今まで、C.C.相手でもそんなことを言ったことがないのに。そう思いながらスザクはルルーシュの顔を見つめる。 「ミレイが来ている。カレンも一緒だ」 この一言を聞いた瞬間、スザクは自分の頬が引きつったのがわかった。 「C.C.の他に、会長とカレン?」 C.C.は用がなくても押しかけてくるだろう。ミレイはアッシュフォード家の令嬢だから、参列していてもおかしくはない。 しかし、だ。 「何で、カレン?」 黒の騎士団の一員ではないか、と思わず呟いてしまう。 「お前と互角に戦えるから、だそうだ」 つまり、自分が何かをすると考えているのか。 「……ルルーシュ」 あるいは、と思いながらスザクは口を開く。 「ちょっと、逃げ出していい?」 ひょっとしたら、カレンが邪魔をしてくれるかもしれないが、それでも、半日ぐらいなら逃げ回れる自信はある。 「俺も連れて行くという条件ならな」 即座にルルーシュはこう言ってきた。 「最初からそのつもりだけど?」 当然でしょう、と言い返せば、彼は満足そうにうなずいてみせる。 「なら、善は急げ、だな」 彼のその言葉を合図に、スザクは彼の体を両手で抱え上げた。 「お姫様だっこだけど、我慢してね」 「今更だろう」 何度されていると思うんだ、と彼は怒鳴る。それがいけなかったのだろうか。 「どうしたの、ルルちゃん!」 「ちょっと、あんた達! 何しているのよ!!」 ドアを蹴破るような勢いで飛び込んできたミレイとカレンが叫ぶ。 「スザク」 それを無視してルルーシュが彼の名を口にした。 「Yes.Your Highness」 笑いながらそう言い返すと、そのまま窓へと向かう。 「舌をかまないように気をつけてね」 こう告げるとともに窓枠を蹴って飛び出した。 しかし、なんだかんだ言ってこんな日々が続くんだろうな、とスザクは思う。 「……全く……せっかく兄上が皇帝になってくれたというのに」 同じ事を考えていたのだろうか。スザクの腕の中でルルーシュがこうぼやく。 「まぁ、お前がいるから何とでもできるか」 これは頼られていると言うことだろうか。 どちらにしろ、そばにいられると言うことには変わりがないはず。 「そうだね」 まぁ、今はそれでいいか。 それからのことは、とりあえずカレンを振り切ってから考えよう。 そう結論を出すと、スザクはさらにスピードを上げた。 これもまた、幸せな日々と言えるのだろうか。きっと言えるのだろう。 ただ、その先に進めたかどうか。それは誰も知らない。 終
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