その日、スザクは十五歳になった。 しかし、彼の誕生日を祝ってくれるものは誰もいない。 理由は簡単。今彼は神楽耶をはじめとする者達と別れて、一人、ブリタニア軍の独身寮にいるからだ。 「……別になにもしないのに、な」 自分たちは、とスザクはため息をつく。それなのに、ブリタニアの偉い者達はそれを信じてくれないらしい。逆に何かをしようとしているのではないか、と疑っているようなのだ。 そんな彼等が突きつけてきたのは、神楽耶を皇族に連なる人間に《妻》と言う名の人質になるか、自分が軍人になるかの二者択一だった。 いくらかわいげのない従姉妹でも、見ず知らずの相手に嫁がされたあげく、幽閉されるのはかわいそうだと思う。何よりも、とスザクはため息をついた。 「そんなこと、あの三人が知ったら、絶対に相手を再起不能にするよな」 それに比べれば、自分が軍に入った方がマシだ。たとえ理不尽な理由でいじめられたとしても、自分なら我慢できる。 「だから、大丈夫だ」 そう言いながら体の向きを変えた。その瞬間、殴られた場所が痛む。それを無視して、スザクは首にかけていた鎖を引っ張り出す。そこには、支給されたドックタグと一緒に銀細工で飾られたメダルのようなものが出てくる。 それは、あの日、彼から手渡されたものだ。そして、あの夏の日の唯一の目に見える思い出だと言っていい。これを見るだけで、まだ頑張れると思うのは、どうしてなのだろう。 そう心の中で呟いたときだ。 「それをあの空気頭どもに見せれば、殴られなくてもすんだのに」 耳元で、いきなり声がする。それが聞き覚えのあるものでなければ、きっと攻撃をしていただろう。 「……えっと、V.V.さん、でしたっけ?」 スザクは確認するようにこう問いかけた。 「そう。ちゃんと覚えていてくれたんだ」 そう言って、彼は目を細める。 「十五歳というのは、日本の古い風習だと元服とか言うんだろう? それで、今年は絶対に君にプレゼントを渡さないと言い出してね」 だから、自分が届けてやると言ったのだ。そうV.V.は続けた。 「あの子達は、まだ、表に顔を出さない方が良さそうだしね」 それに、君のことはマリアンヌにだけは知らせないようにしておかないと……と彼はため息とともに付け加える。 「でないと、この基地にいる者達は、全員、去勢されかねない」 スザクをいじめたと言う理由で、とV.V.は付け加えた。 「マリアンヌさんなら、やりかねないですよね、確かに」 自分の父に対する彼女の行動を思い出して、スザクはそう言い返す。 「あぁ、君の父君は元気だから、安心してくれていい」 こう言いながら、彼はスザクに向かって小さな箱を差し出した。 「これがルルーシュとナナリーから」 「ありがとうございます」 スザクはこう言ってそれを受け取る。 「で、こちらがマリアンヌから」 ルルーシュ達からのそれとは違ってマリアンヌからのプレゼントはラッピングされていない。しかし、それだから直ぐにそれが何であるのか確認できた。 「……写真……」 それも、幼い頃の自分たちのそれだ。 「ベッドの上にも飾っておけばいい」 マリアンヌもルルーシュ達もしっかりと写っている。しかも、わざわざ全員の顔にかからない部分に『可愛いスザク君へ』と言う言葉とマリアンヌの署名がしてある。 「……ひょっとして、僕がここにいること、知っていたりして……」 でなければ、この言葉の意味がわからない。スザクはそう思う。 「可能性は否定しないよ。でも、下手につっこむとこっちにとばっちりが来るから」 あえて、何も知らないことにしておこう……とV.V.は笑った。 「そうですね」 スザクもそれに頷き返す。 「それじゃ、僕は帰るよ。困ったことがあったら、今度は誰かを寄越すから」 顔見知りの方がいいよね、と言われても、そんな人物がいただろうかと一瞬悩む。だが、一人だけいたことを思いだした。 「……あの人って、確か、皇帝陛下直属の騎士じゃ……」 「大丈夫だよ」 スザクの疑問を、彼はこの一言で封じた。 「わかりました」 彼がそう言うのであればそうなのだろう。 「今日は、本当にありがとうございました」 スザクはそう言う。その言葉に頷くとV.V.はきびすを返した。そのまま、ドアの外へと歩いていく。 きっと、誰の目にも触れることなく帰るんだろうな。 その背中を見送りながらスザクはそんなことを考えていた。 その後、写真が見つかって大騒ぎになった。そのせいでプレゼントに気付かれなかったのはよかったのかもしれないが。 だが、同室の者達よりも上層部の方が大騒ぎになったのは、間違いなく、マリアンヌのコメントのせいだろう。 「……絶対、わかっていてやったよな、マリアンヌさん」 こうなることが、とスザクはため息をつく。 「確かに、居心地はよくなったような気がするけど……」 でも、これでは格差がありすぎだ。そう言いたくなる。 「早く、君と再会できればいいのに」 そうすれば、きっと状況は変わるだろう。スザクはそう考えていた。 終
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