「……栗きんとんと黒豆と錦卵が食べたいです」
不意にナナリーがこんな呟きを漏らす。
「おせち料理の?」 それを耳にして、スザクは聞き返した。 「はい。あちらにいた頃は、毎年、お兄さまと咲世子さんが作ってくださったのですが……今年はお忙しいでしょうから」 それに、一人では大変ではないか。それ以前に材料を手に入れるのが難しいような気がする。彼女はそう続けた。 「……栗きんとんぐらいなら、何とかなるかもしれないけど……」 でなければ、神楽耶に声をかけてみようか。彼女であれば作ってくれる人間を直ぐ見つけられるだろう。後は、こちらに運んでもらえばいい。その位なら、自分の権限でも何とかなるのではないか。 「でも、ルルーシュには相談しておいた方がいいと思うよ」 食べたいと思っているのに内緒にされていたら、きっと悲しむから……とスザクは口にする。 「そうでしょうか」 「そうだよ」 ナナリーの希望は出来るだけ叶えたいと彼は考えているから、とスザクは言い切った。 「それに、ルルーシュにしてみても、最近は料理がいい気分転換になっているみたいだよ」 だから、完全なおせち料理は無理でも、ナナリーが好きなものぐらいは作ってくれるだろう。そうも付け加える。 「……では、お願いをしてみます」 ルルーシュがいやではないのであれば、彼の手料理を食べたいし……とナナリーは少し悪戯っ子めいた表情で告げた。 「それがいいよ」 スザクもそう言って笑みを返す。 「ルルーシュの所まで送っていこうか?」 自力で行くよりも早いから、と続ける。 「お願いしても構いませんか?」 「もちろん」 言葉と共にスザクは即座に行動を開始した。 もちろん、ルルーシュの返事が何であったのか。書かなくてもわかるだろう。 「とりあえず、栗とサツマイモだけは日本のものがいいな」 後は、できれば黒豆とレンコンも欲しいところだ、とルルーシュは付け加える。 「って、栗きんとんと黒豆と錦卵の他に何を作るつもりなの?」 まさか全部作るつもりなののか、と言外に聞き返した。 「いや。かまぼこや何かは咲世子さんに頼んでアッシュフォード経由で送ってもらうし、そもそも、こちらでは田作りや昆布巻きは手に入らないだろう? と彼が真顔で言い返してきた。 「煮染めも作りたいが、どうだろうな。ぶりはナナリーがあまり好きではないから割愛してもいいだろう」 何か、本格的に作る気満々なような気がする……とスザクは心の中で呟く。 「どうせなら、久々にちらし寿司も作りたくなっただけだ」 それはお前も好きだろう? と問いかけられて反射的に頷いてしまう。 「あぁ、それでレンコン」 ルルーシュが作ってくれるちらし寿司には錦糸卵ととかんぴょうとにんじん、酢レンコンに桜でんぶとがつきものだ。一種類ぐらい抜いてもかまわないと思うのだが、完璧主義の彼にとって見ればそれは許されないものらしい。 「なら、ついでにお餅も頼んでよ。年越しそばとお雑煮ははずせないよ」 それならば、とスザクはさりげなく自分のリクエストも口にする。 「あぁ、そうだな。おせちだけがあっても、それらがなければ不十分か」 確かに、久々に食べたい気もする……と彼は頷いて見せた。 「なら、神楽耶に頼んでおくよ。咲世子さんに渡せばいいんだよね?」 そうすればこちらに届くのだろう、と確認をする。 「と言っても、お餅は藤堂さん達がつくような気がするけど」 彼らもそう言うことはマメだから、とスザクは笑った。 「確かに。だが、他の者達に食い荒らされるのではないか?」 「先に頼んでおけば、ちゃんと死守してくれるよ」 そう言うところは昔からでしょう? と付け加えれば、彼も「そうだったな」と同意をしてくれる。 「じゃ、メールしておくね」 今すぐ手配をしないと間に合わないだろうから、とスザクは腰を上げた。 「頼む」 それに頷き返すと、直ぐにでもメールを書こうと足を踏み出したときだ。 「それと」 ふっと思い出したというように彼はさらに言葉を重ねる。 「あいつにはばれないように、と言っておいてくれ」 「あいつ?」 「……ピザ魔女だ」 押しかけて来かねないから、と彼はため息とともに言葉をはき出した。マリアンヌならばともかく、彼女まで押しかけてきたら自分は正月の間、ゆっくりとしていられない。そう言われて、彼が何を心配しているのか、わかってしまった。 「とりあえず、付け加えておく」 無理だと思うけど、とスザクはため息とともにはき出した。 「まぁ、咲世子さん経由だからな。少しはごまかせるだろう」 彼女にはあちらにおせちを差し入れておいてくれるように頼んでおくから、とルルーシュは苦笑と共に付け加えた。 「なら、大丈夫……かな?」 「その後は、ナナリーの希望だと言ってこちらに来てもらおう」 その手配もしておかないとな。その言葉とともに考え込んだ彼の様子から大丈夫だろう、とスザクは判断をする。そして、今度こそ歩き始めた。 だが、敵は身近にいた。 「……何故、ここにいらっしゃるのですか?」 本来であれば、今頃、本宮で行事の真っ最中ではないのか……とルルーシュが相手に向かって言葉を投げつけている。 「オデュッセウスとシュナイゼルにはよい機会であろう」 胸を張って言うことだろうか。 「お前達が七年間、どのような生活を送ってきたのか。それを知る権利は、儂にはある!」 「その前に、誰のせいでそう言うことになったのか。それを思い出せ」 シャルルの言葉に即座にルルーシュがこう言い返す。 「ルルーシュ様……」 とりあえず、今日だけは……とビスマルクが告げる。 「明日はどうしても抜けられませんから、今晩だけと言うことで殿下方の許可を取り付けて参りましたし」 だから、今だけはと彼は頭を下げた。 「口に合わなくても責任は取りませんからね。お前も座れ、ビスマルク」 邪魔、と言いきる彼は無敵なのではないだろうか。しかし、ナイト・オブ・ワンにそんなことを言っていいのか、と思わずにはいられない。 「マリアンヌさんにそっくりだよね、本当に」 顔だけではなく言動も、とスザクは付け加える。 「はい。お兄さまはお母様にそっくりです」 ナナリーもこう言って頷いて見せた。 「なら、いいのか」 マリアンヌの話であれば、二人ともマリアンヌに邪険にされるのを喜んでいた節があるそうだ。だから、ルルーシュが同じ事をしても何も言わないのだろう。 「とりあえず、ナナリー。お箸とお椀はいつもの場所にあるから」 食べたい料理があるなら取り分けるよ、とスザクは彼らを無視することにして彼女に声をかけた。 「ありがとうございます、スザクさん」 ふわりとナナリーが微笑む。 「スザク。ナナリーの分の栗きんとんと黒豆は別に取り分けてあるから」 即座にルルーシュから声が飛んでくる。 「うん、見つけた。こっちが黒豆で、こっちが栗きんとんだから」 彼女用の食器――もちろん、あちらから持ってきたものだ――に盛りつけられたそれらの位置を言葉だけではなく手で確認させながら説明する。 「はい、わかりました」 ナナリーが微笑みながら頷く。 「今取り分けるから、勝手に手を出すな! それで全員分なんだぞ!」 まったく、説明を聞いてから行動しろ、とルルーシュの怒鳴り声が響いた。 本当に、これが皇帝に対する態度なのか。そう思うが、本人が楽しそうだからいいことにしておこう。スザクは自分にそう言い聞かせていた。 料理が口にあったのかどうかはわからない。 だが、シャルルが満足して帰ったことだけは事実だ。 「スザク……」 疲れ切った表情でルルーシュが呼びかけてくる。 「来年は、マリアンヌさんの所か、V.V.様の所に逃げようね、三人で」 そんな彼に、スザクは力一杯こう言い返した。 「そうだな。きっと、あいつのことだ。兄上達に自慢しまくるはずだからな」 出来ることなら今すぐ逃げたい。そう言ってルルーシュは弱々しく笑う。 「……逃げる?」 V.V.に泣きつけば何とかしてくれると思うけど……と言い返す。 「それがいいかもしれないな」 そして、二人は即座に行動を開始したのだった。 夜が明けると同時に押しかけてきたクロヴィス達が見たのは、一枚の置き手紙と小さなお重だけだったらしい。 「お雑煮っておいしいね」 そのころ、彼ら三人はご満悦なV.V.と共に雑煮を食べていた。 「甘いものがよければ、お汁粉もありますよ」 見た目のせいか――それとも、普段の言動の差か――シャルルの双子の兄にもかかわらず、ルルーシュのV.V.に対する言動は柔らかい。 やはり、彼は小さくてふわふわが好きなのか。でも、自分はちょっとその範疇から外れてしまったから、別の意味で彼に好きになって貰おう。 改めてそう誓うスザクだった。 終
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