総督府の中の探検は、二日で厭きた。
 それなのに、クロヴィスは租界に遊びに行くこともなかなか許してくれない。
「スザクがいるから、心配いらないのに……」
 ぼそっとルルーシュが呟く。
「ルル? ロイドさんが遊びに来ませんかって」
 その瞬間だ。スザクがこう声をかけてきた。
「ロイド?」
「はい。新しいナイトメアフレームが取りあえず完成したそうですよ」
 何か、ものすごく恰好いい機体だ、と言っていましたが……と彼は付け加えた。
「恰好いい?」
 その言葉がものすごく気にかかる。というよりも、それに反応を返さないのは、男としておかしいのではないか。ルルーシュはそんなことを考えながら瞳を輝かせる。
「ロイドさんはそうおっしゃっていましたよ」
 本当かどうかを確認しに行ってみますか? とスザクが問いかけてきた。
「行く!」
 ここにいても暇だし、そのくらいであればロイドの所に行った方がいいに決まっている。彼の所に行けば、何か楽しいことがあるかもしれないし……とそうも心の中で付け加えた。
「……ルル……」
 そんなルルーシュの気持ちを察したのだろう。
「お願いですから、あちらにある機械だけは勝手に触らないでくださいね。最悪、爆発してしまうかもしれませんから」
 それでは、たくさん怪我人出てしまいますからね……と顔をのぞき込んでくるスザクに、ルルーシュは頷き返す。
「わかっている。母上もルーベンも、ナイトメアがどれだけ恐いものかはきちんと教えてくれたからな」
 だから、勝手には触らない……と言葉を返した。
「でも……ロイドに触っていいか確認してからなら、かまわないんだよな?」
 それでも、ナイトメアフレームに触れてみたいという気持ちは抑えられない。できれば、昔の母のようにあれを乗りこなしてみたいとも思うのだ。
「もちろんですよ、ルル」
 ロイドに頼めば、きっと、シートに座る程度のことは許可してもらえると思いますよ……とスザクは続けた。
「それでもいいや。今は、まだ」
 もう少し大きくなったら操縦方法を教えてもらうんだ、とルルーシュは笑う。
「その前に、スザクに覚えてもらうから」
 しかし、こう付け加えた瞬間、スザクは悲しげな表情を作る。その理由が、ルルーシュにはわからない。
「大丈夫だ。シュナイゼル兄上とコーネリア姉上がスザクをナイトメアに乗せるっておっしゃってたから」
 自分の騎士なんだから当然だ、とルルーシュは付け加える。
「あの方々がそうおっしゃって、ルルがそうしろとおっしゃるのでしたら、努力してみます」
 そうすれば、スザクはいつもの表情になってこう言ってきた。

 しかし、その機会がこんなにも早く訪れるとは思わなかった。

「……凄い……」
 ロイドの隣でモニターを見つめていたルルーシュがこう呟く。
「凄いですよぉ。何の準備もしていないのに、同調率が80%越えですからねぇ。悪いですけど、クロヴィス殿下の部下の方々は、5割越えの人はいなかったんですよぉ」
 こうなったら、絶対にスザク君が欲しいですよねぇ……と彼は続ける。
「ダメ!」
 即座にルルーシュはこう叫ぶ。
「わかってますよぉ、殿下ぁ。別に、僕の部下にしたいって訳じゃなくてぇ、ランスロットのデヴァイサーになって欲しいだけですってぇ」
 テストに付き合って貰わなければない以上、多少の時間は拘束させてもらうが、それは、彼が勉強をしていたのと同じ程度だ、とロイドは慌てて口にする。
「何でしたら、殿下の勉強をここでして頂いてもかまわないですよぉ。一応、ここにいるメンバーは博士号持ちですから」
 ルルーシュの勉強を見るには十分ですよ、とロイドは笑う。
「……考えておく」
 それに、ルルーシュはこう言い返す。
「何よりもですねぇ、殿下」
 後一押し……と、判断をしたのだろうか。ロイドがさらに言葉を重ねてきた。
「スザク君しか乗れない機体なら、誰が何を言っても突っぱねられますよぉ」
 ナンバーズだからどうのこうのと言っているバカがいますけど、と彼はそうっと囁いてくる。その言葉に、ルルーシュの眉が跳ね上がった。
「……誰だ、それは」
 後でしっかりとイタズラをしてやろう。そう思いながらルルーシュは問いかける。
「いわゆる純血派という連中ですね。ジェレミア・ゴットバルトとその部下達だったと」
「ふぅん」
 あの連中か……とルルーシュは思い出す。何度かスザクをいじめてくれたよな、とも心の中で付け加えた。
「あの白いのならばスザクがデヴァイサーでもかまわないんだな?」
「ランスロットですよぉ、殿下。スザク君以外動かせないんですから、かまわないと思いますよぉ」
 それに、ルルーシュの警護のことを考えれば、彼が自由に使える機体がないと困るでしょうし……とロイドは言い返してきた。
「……わかった。一日三時間までなら貸してやる」
 本人の希望を確認してからな、とルルーシュは付け加える。
「……三時間だけですかぁ?」
 恨めしそうにロイドが見つめてきた。ナナリーや妥協してユーフェミアがそうするのは可愛いと言えるだろうが、相手がシュナイゼルと同じ年齢の男ではそう思えない。
「家庭教師が来る時間がそれだけだ」
 スザクがいないと暇がつぶせないのだ……と主張をする。
「自由に外にも出られないし、総督府の中はつまらないし……スザクとチェスをするぐらいしか暇つぶしがないんだ」
 クロヴィスもチェスをしたがるが、長時間であれば執務に差し支えが出るだろう。だから、夕食後に一時間だけという約束をしているのだ、と言葉を重ねた。
「あはぁ……それは、大変ですねぇ」
 それで、暇つぶしにイタズラですかぁ? とロイドは問いかけてくる。
「別段、可愛いものだろう? 誰もケガをさせていないし、執務にも影響はないはずだ」
 たんに、廊下の一角を思い切り磨いてみたり、黒い壁の所にインクをべっとりと付けて、触れた人間が黒くなるようにしているだけだぞ……と言葉を返す。
「まぁ、確かに。シュナイゼル殿下がルルーシュ殿下と同じ年の頃にされたイタズラよりは可愛いですよねぇ」
 第一皇子の座るいすの脚に細工をして、座ったらつぶれるようにしたとか、気に入らない騎士のナイトメアフレームの部品をこっそりと不良品と取り替えさせたとか……とあの兄のとんでもないイタズラをロイドは披露してくれた。
「シュナイゼル兄上……」
 そのようなことをしていたのか、とルルーシュは呟く。しかも、あの兄のことだ。きっと、自分が考えつかないようなものすごいことをしてくれていたのではないか。そんなことも考えてしまう。
「まぁ、それについても時間があったらお教えしますねぇ……って、セシル君、何を持ってきたんですか、君は」
 不意にルルーシュを守るように抱きしめながら、ロイドが視線を副官へと向けた。
「おにぎりです。そろそろお昼でしょう?」
 殿下もお食べになります? とセシルがお皿を差し出してくる。そこにはきちんと海苔を巻かれたおむすびが並んでいる。
「……スザクがたまに作ってくれたな」
 ブリタニア宮殿内でピクニックごっこに行ったとき……と思いながら、何気なくそれに手を伸ばした。
「ルルーシュ様! ダメですぅ!!」
 ロイドがこう叫ぶ。だが、その時にはもう、一部がルルーシュの口の中に入っていた。その瞬間、あまりのことにルルーシュは硬直をする。
「……殿下、どうなさいました?」
 目尻から涙をこぼすルルーシュを見て、セシルも表情を強ばらせた。
 それ以上に圧巻だったのは、ランスロットから飛び出してきたスザクだろうか。確か、彼の角度からはルルーシュ達の表情は確認できなかったはずだ。
「ルル、どうしたんですか!」
 こう言いながら、ロイドの腕の中からルルーシュの体を奪い取る。
「……おむすびが甘い……ついでに、具がチョコレート……」
 おいしくないの〜〜! とルルーシュは思わずそんな彼に訴えてしまう。
「ごめん、ルル」
 この言葉とともにスザクはまだルルーシュの手の中にあった食べかけのおむすびを一口かじる。
「……塩と砂糖を間違えたんですか? それにしても、チョコレートって、何かの罰ゲーム?」
 ロイドが何かをやったのか? とスザクは彼へと視線を向けた。
「……ごめんねぇ……セシル君は日本の文化に興味があるみたいなんだけど、どうしてもつめが甘くてねぇ……かってにアレンジしちゃうんだよぉ」
 自分のせいではない、とロイドは口にする。
「お砂糖を使わないの? でも、あんこも使うって」
「それはおはぎです。似てはいますが、まったく別物です」
 ともかく、これは処分してください……とスザクは食べかけのおむすびをお皿の上に戻した。
「ご飯と海苔はまだ残っていますか? 具になりそうなものがあればいいけど……なかったら、ご飯だけのおむすびでいい?」
 それならば、ちゃんとしたのを作って上げるけど……と問いかけてくるスザクにルルーシュは頷いてみせる。
「でも、その前にお茶〜」
 口の中が気持ち悪い、とルルーシュは訴えた。
「わかっています。ロイドさんもお食べになりますか?」
「お願いするよぉ。正しい日本食って食べてみたいからねぇ」
「なら、少し待っていてくださいね」
 今作ってきますから……と言うスザクに、何故かロイドが一番嬉しそうな表情を作っていた。

 しかし、この日の騒動はそれだけでは終わらなかった。
「じゃ、スザクはランスロットのデヴァイサーになってもかまわないんだな?」
 ルルーシュは自分の手を握ってくれている彼に確認をする。
「ルルがよろしければ」
「わかった。ロイドにはそういっておく。でも、俺も一緒に乗れればいいのに」
 あれだけ狭いコクピットでは不可能だよな……とルルーシュは残念そうに呟く。
「なら、今度は複座の機体を開発して貰いましょうか」
 それならば、自分が操縦をして、ルルーシュは乗っていればいい……とスザクは微笑む。
「……自分で操縦できるようになるまで、それで我慢をする」
 こんな会話を交わしながら自室の前まで戻ってきたときだ。
「ルルーシュ!」
 何故か、そこにはクロヴィスがいた。
「どこにいたんだい? 時間が空いたから顔を見に来たのにいないから……」
 心配していたんだよぉ、と何故か彼は涙目だ。
「ロイドの所です。ちゃんと言付けを頼みましたよ、俺は」
 それに、一応、総督府内だ……とルルーシュは言い返す。
「スザクが一緒で、どうしてそんなに心配されるんです」
 真顔で問いかければ、クロヴィスは視線を彷徨わせた。
「そうなんだけどねぇ……でも、いつでも連絡を取れないと不安なんだよ」
 いっそ、携帯でも持つか? と彼は問いかけてくる。
「だって、スザク、もてないんでしょ? なら、いりません」
 スザク以外に連絡を取りたい相手はいないし……とルルーシュはさらりと付け加えた。
「ルルーシュ! 私とは連絡を取らなくていいのか!」
「五分おきとは言いませんが、一時間おきにかけられてこられては、お仕事の邪魔になるのではないかと心配になります」
 クロヴィスに対してルルーシュはこう言い切った。
「昨日も、そんなことを言われましたし」
「どこの誰に!」
「さぁ……名前までは覚えておりませんが……ナイトメアの訓練場の側にいたくすんだ緑色の髪の奴ですが」
 多分、騎士だと思いますけど……とルルーシュは付け加える。
「そうか……」
 その瞬間、クロヴィスが口元にだけ、綺麗な笑みを浮かべた。それは、ある意味、シュナイゼルやコーネリアが怒りを抱いているとき――だいたいは父皇帝に向けられることが多い――のそれにそっくりだ。こう言うところは、間違いなく兄弟だな……と訳のわからないことをルルーシュは考えてしまう。
「ともかく、携帯のことはクルルギのことも含めて、私が何とかする。だから、受け取ってくれ、いいね?」
 持っていてくれるだけで安心をするから、と詰め寄られてはルルーシュとしても頷かずにはいられない。
「わかりました。その代わり、スザクをロイドが開発したナイトメアのデヴァイサーにしていいですか?」
 ランスロットが格好良かったので、とにっこりと微笑む。
「あぁ、あれかい。クルルギが動かせるのか?」
「ロイドがそういっていました」
 ですからいいですよね? とルルーシュはさらに笑みを深める。
「……まぁ、彼はルルーシュの騎士だし。兄上も姉上も認めているから、かまわないか」
 まぁ、それも何とかしてあげるよ、とクロヴィスは言う。
「兄上! 大好きです」
 ルルーシュがこういった瞬間、何故かクロヴィスは口元を抑える。
「兄上?」
「……そろそろ執務に戻るよ。夕食の頃にはまた顔を出すから?」
 そして、こう言うと慌てたように歩き出す。
「兄上は、どうなされたんだ?」
 その背中を見つめながらルルーシュはこう呟く。それに、スザクは困ったような表情だけを浮かべてみせた。

 こうしてルルーシュは自分たちの分の携帯と自分の自由になるナイトメアフレームを手に入れたのだった。




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