母の後見であるアッシュフォード家がこの地で学園を運営しているという。
「兄上……ミレイに会いに行ってはいけませんか?」
 そこにルーベンの孫娘がいると聞いて、ルルーシュはいても立ってもいられなくなってしまった。
「ミレイに、かい?」
 その言葉に、クロヴィスは少し考え込むような表情を作る。
「はい」
 また『ダメだ』と言われるのだろうか。そんな不安を感じながらも、ルルーシュは頷いてみせた。
「それと……学校ってどんなところか、見てみたいんです」
 自分が通うことは不可能だとわかっているけど……でも、話を聞いていると楽しそうだから、とルルーシュは上目遣いでクロヴィスを見上げがなら言葉を口にしていく。
「ダメですか、兄上」
 ロイドが『こうすれば絶対にいいって言ってもらえるよぉ』と教えてくれたのだが、本当なのだろうか。心の中でそう付け加えたときだ。
「しかたがないね。スザクとミレイから離れない。その約束で行っていいことにしよう」
 もちろん、送り迎えは自分の親衛隊のものにさせるからね……とクロヴィスは付け加える。
「はい、兄上! ありがとうございます!!」
 最後に『大好きです!』と付け加えると完璧ですよぉ、というロイドの教え通り、ルルーシュは彼に抱きつくとそういった。
 だが、その後のクロヴィスの反応は、ルルーシュの予想外だったと言っていい。
「兄上?」
 口元を手で押さえたと思った瞬間、そのまま彼は後ろに倒れたのだ。その様子に、ルルーシュは思わず大声を出してしまう。
 それを聞きつけたのだろう。スザクをはじめとした者達が二人の側に駆け寄ってきた。もっとも、スザクはクロヴィスの元ではなくルルーシュの側へと真っ直ぐにやってきたのは、騎士として当然のことなのだろうか。
「……スザク、兄上は?」
 そんな彼に抱きつきながら、ルルーシュはこう問いかける。
「大丈夫です。鼻血を出されただけのようですが……」
 何をしたのですか? とスザクが問いかけてきた。と言うことは、あれは自分のせいなのだろうか、とルルーシュは悩む。
「ルル?」
 怒りませんから、と促されて、ルルーシュはおずおずと口を開く。
「兄上に、ミレイの所に行っていいと許可をいただいたから『大好き』と言って抱きついただけだ」
 そうすれば、きっと喜んでもらえるからと言われたから……とルルーシュは素直に口にする。その瞬間、スザクの唇から小さなため息がこぼれ落ちた。
「だそうです、ヴィレッタ卿……」
 視線を向ければ、クロヴィスの親衛隊の中でも、比較的スザクのことを目の敵にしていない女性騎士の姿がすぐ側に確認できた。
「どう考えても、ルルーシュ殿下には罪がない」
 クロヴィス殿下が自爆されただけだ……と彼女はため息をつく。
「スザク……」
 そんな彼女と、スザクは何かを視線で話し合っている。それが何であるのか推測するには、まだルルーシュは経験不足だと言っていいかもしれない。
「取りあえず、それは誰に教わったのか……僕に教えてくださいませんか? ルル」
 スザクがさらにこう問いかけてくる。
「……ロイド……」
 口にしていいものかどうか。一瞬悩んだが、スザクに嘘を付けるわけもなく、ルルーシュは素直に相手の名前を口にした。
「……ロイドさん、ですか」
 その瞬間、奇妙な空気が室内に満ちあふれたのはルルーシュの気のせいだろうか。
「そうですか……」
 あの人では、自分たちの手には負えない……とヴィレッタが口にすれば、
「……ともかく、ルル。それは危険ですから……いざというときのとっておきにしておいてください」
 スザクはスザクでこう言ってくる。よくはわからないが――いや、よくわからないからこそ――スザクがそういうならばそうした方がいいのだ、という認識がルルーシュの中にはあった。
「……わかった。クロヴィス兄上だけじゃなく、シュナイゼル兄上にも?」
 取りあえず、こう確認しておく。
「はい。シュナイゼル様にも、です。でないと、皇帝陛下に連れ戻されてしまいますよ?」
 シュナイゼルが目を光らせてくれているからこそ、ルルーシュはこうしてクロヴィスの元で普通にしていられる。だが、今度連れ戻されたら監視の目が強まる可能性は否定できない……と淡々とした口調でスザクは言葉を重ねてきた。
「それは、やだ!」
「でしょう? ですから、それはとっておきにしておきましょう、ね」
 使うなとはいいませんが、使う時を考えてください……と言われて、ルルーシュは素直に頷く。
「では、ミレイさんには僕の方から連絡を入れておきます。ルルはクロヴィス殿下が気付かれるまで、側にいて差し上げてください」
 ついでに、セシルに連絡を入れて、ロイドにおしおきをして貰わないと……と言うスザクの声が聞こえたような気がしたのは、ルルーシュの気のせいだろうか。でも、彼はいつもの微笑みを向けてくれるから、まぁいいか……とそう考えてしまうルルーシュだった。

 翌日、何故かぼろぼろになったロイドがルルーシュとスザクをアッシュフォード学園まで連れて行ってくれた。
「……じゃ、夕方にお迎えに来ますからぁ。それまで、殿下をよろしく」
 残念だけど、自分はランスロットのデーターをまとめて調整しないとぉ……とわざとらしい口調でロイドは付け加える。そのまま意味ありげな視線を向けられて、ルルーシュは思わず小首をかしげてしまった。
「もちろんですわ、伯爵」
 そんな彼の前にミレイが進み出る。
「おいでの時には連絡をください」
 ルルの携帯にでも、自分のそれ――スザクのものは、ルルーシュとクロヴィス、そしてロイドにしか連絡が取れない端末ではあるが、取りあえず十分だろう――でもかまわないからとスザクもまたこう告げる。
「……しかたがないねぇ。セシル君にも、あれこれ言われているし……今日のところは帰りますよぉ」
 でも、今度は僕ともデートしましょうねぇ……と付け加えながらロイドは車に戻っていく。
「……デート?」
 何で自分がロイドとデートをしなければいけないのか。ルルーシュにはわからない。
「ロイドさん!」
「冗談だよぉ。じゃ、後で向かえに来るからねぇ」
 ちゃんといいこにしていてねぇ、とまるで逃げ出すようにしてロイドは車を発進させた。
「……どうしたんだ、ロイドは」
 彼の言動の意味が今ひとつわからずに、ルルーシュはスザクにこう問いかける。
「ロイドさんがおかしいのは昔からですよ」
 それに、スザクは満面の笑みとともにこう言い返してきた。

 そのまま、何事もなく楽しい一日を過ごすはずだったのだ、本当は。
 それなのに、どうして自分はここにいるのだろうか。
 しかも、目の前では何やら物騒な話し合いが繰り広げられている。
「だから……これ以上、あいつらの好きにさせておけば、被害は大きくなるんだよ」
「わかってはいるけど、相手はブリタニアの貴族なのよ?」
「……ともかく、証拠さえつかめれば……」
 そして、それをどこかの報道機関に送りつけられれば、いくらなんでも完全にもみ消すことはできないだろう。そうなれば、いくら昼行灯のクロヴィスでも動かないわけにはいかないのではないか。
 その会話は、全て《日本語》で行われていた。本来であれば、支配エリアでかつての母国語を使っただけで罰せられる。それは、普通はブリタニア語以外知らないからだ。
 他の国の言葉でテロの相談をしていても、わからない。
 しかし、ルルーシュの騎士はスザクだ。そして、ルルーシュは日本の古い物語を読みたくて、無理矢理スザクに教えて貰っていた。だから、読み書きは不十分でも聞いて話すことはできる。
「……兄上の知らないところで、いったい何が起こっているんだ?」
 そして、あの者達は何をしようとしているのか。
「子供に被害が出ることだけは避けないといけない! そのためならば、テロリストと呼ばれてもかまわないさ、俺は」
「私も、よ」
 子供という言葉と彼女たちの覚悟。それは立派だと思う。
 同時に、スザクのふるさとでいったいどんな悪事をしているものがいるのか。それが知りたい。そして、それをやめさせられるものなら、意地でもやめさせたい……とルルーシュは考える。
「しかし、俺たちだけで何ができる? お前はともかく、俺たちはしょせん、ナンバーズなんだぞ?」
 あいつらのように、誰か貴族が後ろ盾になってくれるならともかく……と呟かれた言葉を耳にして、ルルーシュは立ち上がった。
「お前達!」
 呼びかけた瞬間、目の前にいた者達――赤い髪の少女と、クロヴィスと同年代か、もう少し年上の男が二人だ――が一斉にルルーシュを振り向いた。その表情に件が混じる。だが、ルルーシュは悠然とした笑みを口元に刻んだまま彼等を見つめている。
「その力、俺が与えてやろうか? ただし、お前達がしようとしていることが《正義》であれば、だ」
 どうする、とルルーシュは問いかける。
「お子様が何を言っているんだよ!」
 しかし、そんなルルーシュの態度がその中の一人の精神を逆撫でしたらしい。言葉とともに彼は腕を振り上げた。しかし、それは決してルルーシュに振り下ろされることはない。
「ダメですよ、ルル。かってに一人で出歩いちゃ」
 ミレイさんとも約束したでしょう? と口にしながら、スザクが相手の腕を掴んでいる。
「そいつらが聞き捨てならない言葉を口にしていたからな。しかも、日本語で」
 こう言い返せば、三人だけではなくスザクも表情を変えた。
「日本語?」
 まさか、と言いながら、スザクは取りあえず男の体を放り出すようにして離す。そして、そのままルルーシュに向き直った。
「そうだ。スザクが教えてくれたからな……俺は聞き取ることができたが、他のものであれば、無条件で軍に突き出されていたぞ」
 もっとも、自分であればそれも何とかしてやれるが……とルルーシュは笑う。
「……ルル、何をされるおつもりなんですか?」
 小さなため息とともに、スザクがこう問いかけてきた。それ次第では、本気で怒りますよ、とも。
「そいつらは、ブリタニアの貴族が日本人の子供にも被害を与えようとしていると言っていた。大人なら放っておくが、子供では見過ごせないだろう?」
 何よりも、バカの処理は自分たちの役目だ……とルルーシュは言い返す。
「民間人を守るのは、義務だ」
「……ですが、ルル……そんなルルを守るのは僕の権利で義務なんですよ?」
 わかっていますよね? とスザクは問いかけてきた。
「もちろんだ。でも、知らないならばともかく知ってしまった以上、見過ごせん!」
 こいつらだってそうじゃないのか? とルルーシュは呆然としている三人に視線を向ける。
「……ルル……本気?」
 スザクはまたため息を漏らすとこう問いかけてきた。
「暇つぶしには丁度いいだろう?」
 それに、小声でこう言い返す。それに、スザクはあきれたような視線を向ける。
「結局は、それが一番の理由じゃないの?」
「否定はしない。だが、兄上が動けない以上、俺が動くしかないだろう?」
 どうせなら、ロイドも巻き込むか……とルルーシュは笑った。
「お前達。どうする? お前達が俺の指示に従う、というのであればブリタニア軍に今のことは言わない。逆に、お前達が動きやすいように手を貸してやろう」
 状況次第では、軍すらも協力させてやる……とさらに言葉を重ねる。
「そんなこと、できるの?」
「できるさ。俺は、正義の味方だからな」
 その言葉に、相手がまた目を丸くした。
 だが、彼等に他に方法がないことも事実。
 こうして、ルルーシュは部下という名の下僕を、新たに手にしたのだった。

「面白いじゃないですかぁ」
 ルルーシュの話を聞いたロイドがこう言って笑う。
「ロイドさん」
 お願いだから、ルルーシュに余計なことを教えてくれるな。そう思うのは自分だけなのか、とスザクは心の中で呟く。
「クロヴィス殿下が動けないのなら、ルルーシュ様が動く。それは当然のことだよぉ」
 何よりも、ルルーシュであれば誰も何も言わない。それはそうなのだが……とスザクはため息をつく。
「一応、シュナイゼル殿下にはルルーシュ様から許可を貰ってくださいねぇ。そうしたら、僕も全面的にバックアップしますから」
 それに、その赤毛の少女に関しても思い当たる節がある……とロイドは言葉を重ねた。だから、そちらに関しても任せて欲しい、とも。
「ロイド?」
「正義の味方。いいじゃないですかぁ」
 ランスロットのテストもできますしね……と告げるそちらの方が彼にとって重要なのではないだろうか。そんなことも考えてしまう。
「……ルル。僕にだけは内緒はナシにしてくださいね」
 ともかく、自分が彼のフォローをするしかないだろうな、とスザクは判断をする。同時に、使えるものは全て使わないといけないかもな、とそうも考えていた。

 こうして、エリア11で新たな騒動がわき上がることになったのだった。




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