その手紙がスザクの元に届いたのは、ルルーシュの作ったセイギノミカタ組織――別名、黒の騎士団、だとか――が軌道に乗り始めてからしばらくしてのことだった。
「……まさか……」
 宛名を見て、スザクはこう呟く。
「いや……あの人が今でもあちらとつながっているなら、知っていてもおかしくはないか」
 自分がルルーシュとともにエリア11と呼ばれているふるさとに戻ってきたことに、だ。
 自分をあの時、ブリタニアに差し出したのは彼等だ。そして、現在もそれなりの勢力を保っているのだという。あるいは、この地にいるブリタニアの高官とのパイプも確保しているのかもしれない。
 だが、どうして、とは思う。
「中を確認しないと」
 もしも、その内容がルルーシュに危害を加えるようなことであれば、たとえ恩がある人でも見逃すわけにはいかない。自分の命を救ってくれたのは彼等かもしれないが、生かしてくれているのはルルーシュの存在なのだ。彼の存在がなければ、自分は間違いなく、ただ息をしているだけの《枢木首相の息子》という生きた人形だったかもしれない。
 しかし、あの日、ルルーシュが自分を見つけてくれた。そして、生きる意義をくれたのだ。
 同時に、自分を家族として受け入れてくれたマリアンヌとの約束もある。
「……ルルに不利益になるようなことでなければいいんだけど」
 そうでなければ、取りあえず自分が彼等を処分するようなことにはならずにすむはず。
 ルルーシュを守るのは自分の義務であり権利だが、だからといって、知己を殺したいわけではない。だから、と思いながら、ペーパーナイフを取り上げる。そして、そのまま封を切った。
 中から取りだしたのは、今時珍しい和紙だ。しかも、それに筆で書くか普通……とスザクはため息をつきたくなる。
 それでも読めるのは、幼い頃にあれこれたたき込まれたせいだろう。それがいいのか悪いのか、と心の中で呟きたくなる。
「お願いだから、せめてブリタニア語で書いてください」
 できるでしょうに……とため息をつきながら、内容を読み進める。
「しかも、何なんだよ、このわざとらしい文語体は」
 完全に嫌がらせだろうな、とスザクが呟いたときだ。
「スザク……その筆記体もどきは何なんだ?」
 いったいいつの間に入ってきたのか。ルルーシュがスザクが読み終わった部分を見つめながらこう問いかけてくる。しかも、彼は縦に読むべき文字を横にしてみているようだ。まぁ、横書きの文章が普通だと考えているブリタニアで育ったのだからしかたがないのか、と苦笑を浮かべる。
「ルル。これは縦に読むんだよ」
 ついでに、これは日本の筆記体の一種だよ、とも付け加えた。
「そうなのか?」
 スザクは全部読めるのか? とルルーシュは彼を見上げてくる。その瞳の中に、尊敬に似た感情が見え隠れしていた。
「全部ではないですよ。でもだいたいルールは一緒ですから。ルルが昔の本を読むのと同じように、僕も小さな頃にはこれを勉強するのが義務だっただけです」
 もっとも、今はそれをすることはできないのだが……と口にしながら、少しだけ残念に思う。
「……でも、これは面白いよな。兄上にお願いして、これを勉強してもいいことにさせられないかな」
 全員では無理でも、研究者の中にも読める人間を作っておいた方がよくないだろうか……とルルーシュは小首をかしげる。でなければ、日本の古典を読める人間がいなくなるだろう、とも。
「そうしてくれれば嬉しいけど……でも、あまりわがままは言わないようにしないと、ね」
 今はもう、ブリタニアの一部なのだから……とスザクは笑ってみせた。しかし、そんな彼の表情を見てルルーシュが頬をふくらませる。
「スザク!」
 その表情を見て、スザクは自分が何か失敗をしたのだと気付く。
「……ルル?」
「俺のことを気にかけてくれるのはかまわないが、悲しいとか寂しいときはちゃんとそういった方がいいんだぞ! 母上がそうおっしゃっていた」
 それとも、自分ではあてにならないのか。そう彼は問いかけてくる。
「そういうわけじゃないよ。ただ……相手が何を考えているのかがわからなかっただけで……」
 ルルーシュに迷惑がかかるようなことになれば、自分で自分が許せなくなるから……とスザクは言い返す。
「でも、ルルの気持ちはとても嬉しいよ」
 微笑みとともにスザクは彼の体を抱き上げた。こんな子供扱いはいやがるかと思ったのだが、本人は気にすることはなく大人しく抱っこされている。
「……僕の剣道の先生がね。会いたいって言ってきたんだ。でも、あの人は軍人で……ブリタニアから捕縛命令が出ているんじゃなかったかな?」
 どうしようかな、と思うんだ……と付け加えた。
「この手紙も、多分、京都六家を介したから、僕の所に届いたんだろうし……」
 会いたくないわけではない。それでも、ルルーシュの側にいることと天秤をかければ、ルルーシュのことの方が重いのだ。だから、悩んでしまう。
「……藤堂鏡志朗……」
 ルルーシュがぽつりと一つの名前を口にする。
「ルル?」
 どうして、彼がその名前を知っているのだろうか。そう思いながら、腕の中の少年の顔を見つめてしまう。
「母上とダールトンが話していたのを聞いたことがある。部下にいてくれれば、どれほど心強いか、と」
 だから、会ってみたい……とルルーシュは口にする。
「ルル……」
「スザクが守ってくれるんだろう?」
 だから、何も心配していないぞ……と彼は笑った。
「……君は本当に……」
 自分をそんなにうれしがらせてどうするの? と思わず付け加えてしまう。
「スザクが嬉しいと、俺も嬉しくなるからだ」
 そうすれば、ルルーシュはこう言ってくれる。
「だから、俺に遠慮はするな」
 いいな、という彼にスザクは頷くことしかできなかった。

 それにしても、この事実がクロヴィスにばれたらどうなるのだろうか。指定された場所にルルーシュとともに赴きながらスザクは小さなため息をつく。
「心配するな。兄上にはちゃんと言ってある」
 その意図をしっかりと把握しているのだろう。ルルーシュはこういった。
「ルル……」
「藤堂が敵対しないとわかれば、それだけでも十分な功績だ、とコーネリア姉上がおっしゃったらしくてな」
 もちろん、ある一定の距離を置いてクロヴィスの部下が見守っている。だから、何かあれば即座に彼等が乗り込んでくるはずだ……とルルーシュは笑う。
「ついでに、そこいらにはカレン達がいるはずだ」
 これから自分たちに協力をするかどうかを、それで見極めてやろう……とルルーシュは付け加える。そういうところは、やはりシュナイゼルやコーネリアの影響だろうな……とスザクは心の中で呟く。でも、まだ疑うよりも先に信じようとするあたりルルーシュは純真なのかもしれないが。
 だから、側にいる自分が気を付けなければいけないんだろうな……と心の中でため息をつく。しかし、すぐに彼は表情を引き締めた。
「スザク?」
 どうかしたのか? とルルーシュは問いかけてくる。
「車の音がする」
 来たかもしれない、と口にすれば、何かを感じたようだ。彼もまたスザクから適度な距離に移動をする。そこのあたりの間合いは付き合いが長いからだろうか。どちらにしても、親しいからこそできることだろうな……とスザクは思う。
 やがて、二人の前に仰々しい黒塗りの車が現れた。
 反射的に、ルルーシュを守るように位置を変える。
 そんな彼の前で、車のドアが開いた。
「久しぶりだの」
 こう口にしながら降り立ったのは桐原老だ。
「……お久しぶりです」
 一応、頭を下げながらも、スザクは警戒を解かない。よく知っている相手ではあっても、この数年間の間に心変わりとした可能性は否定できないのだ。
「そんなに警戒しなくてもいいだろう、スザク君」
 苦笑を滲ませながら、もう一つの声が耳に届く。
「それに、そちらの小さな皇子様の護衛のために、周囲には大勢の兵が配置されているのだろう?」
 的確に状況を把握しているらしい言葉が、それに続いた。
「……藤堂先生……」
 さすがは旧日本軍の中でも指折りの名将と呼ばれた人だ……とスザクは思う。同時に、彼を相手にルルーシュを守れるだろうか、とも。
「お前が藤堂鏡志朗か?」
 それなのに、ルルーシュは藤堂に興味津々という様子で口を開いてくれる。
「奇跡の藤堂……もっと、恐い人間かと思っていた」
 無邪気さと気位の高さを滲ませる口調でこう告げる彼を、藤堂がにらみつけた。しかし、本人は少しも気にしている様子はない。
「何故、そう思われていらしたのかな?」
 それにこう問いかけたのは藤堂ではなく桐原だ。
「ブリタニア軍を翻弄していた存在。母上やダールトンがほめていたから……きっと、ダールトンのような人間だと俺が勝手に思っていただけだ」
 他意はない、とルルーシュは平然と言い返す。
「後、兄上が父上と同じぐらい怖がっているから……かもしれないな」
 何だかんだ言って、ブリタニア皇帝はルルーシュにとって恐い存在なのだろうか。それにしてはかなり反発しているようだけど……とスザクは心の中で呟く。むしろ、マリアンヌの方が彼にとっては恐い存在だと思っていたとも付け加える。
「その印象が変わられた、と?」
 藤堂の口調から楽しげな声が漏れた。それは、自分が幼い頃よく耳にしていたものと同じだ、とスザクは思う。
「そうだ」
 振り返らなくても、ルルーシュの表情が想像できる。間違いなく楽しげに笑っているはずだ。
「スザクもそうだけど、十分、皇族の騎士としてふさわしい存在だ。敵には厳しいが、弱いものにはやさしい」
 そういう人間だと思うから……とルルーシュは口にする。その評価は正しいだろう、とスザクも思う。実際、彼はそういう人物なのだ。
「これは……過分な評価をいただきまして。なるほど。スザク君が気に入るはずだ」
 これだけ真っ直ぐな存在ならば、と藤堂は笑った。
「気に入ったようだの、藤堂」
「否定はしません。多少甘さは残っていますが、これは年齢を考えればしかたがありますまい」
 何か、祖父と父が息子を見守っているような……と言いたくなる空気が二人から漂ってくる。それをどう判断すればいいのだろうか、とスザクは悩む。
「ふむ……ではどうするかの?」
「今しばらくは傍観を。スザク君のお手並みを確認させて頂きましょう」
 だから、何のことですか……とスザクは二人をにらみつける。
「ところで、ルルーシュ殿下。どうして、正義の味方をされておられるのかな?」
 スザクの気持ちがわかっているだろうに、桐原は飄々とした口調でこう問いかけてきた。
「困っている人間がいるからに決まっているだろうが!」
 困っているものを助けるのが皇族としての義務だ、とルルーシュは言い切る。それがマリアンヌやシュナイゼル達の教育のたまものだ。
「だが、困っておるのはイレヴンだろう? ブリタニア人ではない」
「そんなの、関係ない。俺が許せないからやっているだけだ」
 第一、日本人はスザクの同族だろう! とルルーシュは言い返す。
「俺は子供だからな。えこひいきをしてもかまわないだろう」
 この言葉に、桐原が思いきり笑った。それに、スザクだけではなく藤堂までもが目を丸くしている。と言うことは、彼もこんな桐原の様子を見たことはないということだろうか。
「気に入った! ブリタニアの皇族はクロヴィス殿下のようなものばかりと思っていたが……ルルーシュ殿下のおかげで目から鱗が落ちましたぞ」
 殿下個人に協力をさせて頂きましょう……と桐原は言葉を重ねた。
「……本心からの言葉か?」
「天命に誓って」
 ルルーシュの言葉に桐原はきっぱりとこう言い切る。
「信用しよう」
 ルルーシュはこう言って笑った。

 数日後、ルルーシュの元に京都から一機のナイトメアフレームとその技術者が送り込まれてきた。
「……ラクシャータ……」
「ひっさしぶりじゃない、プリン伯爵」
 この瞬間、ロイドの特派内での地位がさらに格下げになったらしい……とは本人達以外知らなかった。というよりも、誰も注目をはらっていなかった……と言うべきか。
「紅蓮弐式か」
 こう言うところは男の子、と言うべきなのだろう。キラキラとした瞳で新しい期待を見つめているルルーシュにスザクをはじめとした者達が微笑ましいという視線を向けていた。
「カレンに似合いそうだな」
 そういう基準で決めていいのか。スザクはそう思う。
「実力的には問題ないでしょうね」
 だが、すぐにこういった。そういう自分は、やはりルルーシュには甘いのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 だが、彼はすっかりと忘れていた。
 藤堂は実は子供好きだったという事を。
 四聖剣こみで彼が合流してくるまで、後少しの時間を必要としていた。




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07.05.14up