芝生の上に体を横たえる。 「スザク〜」 最近は、大きな騒動もない。それはそれで幸せなのだろうか……と思っていたときだ。言葉とともにルルーシュの体がスザクの上にふってくる。 「ルル……」 その行為がいやだとは言わない。だが、できればいつまでも小さいときのままの行動を取って欲しくないと思うのだ。実際、ちょっときつかったし……とスザクは心の中で呟く。 「スザク! 遊びに行こう」 だが、ルルーシュはそんな彼の内心には気付いてくれない。 「アッシュフォードが温泉を持っているそうだ。自由に使っていいと言ってくれたからな」 何なら、あいつらも連れて行くか……とルルーシュは考え込む。 そんな彼の体を倒れないように支えながら、スザクは腹筋だけで起きあがった。そして、改めてルルーシュを抱え直す。 「アッシュフォードの温泉?」 いったい、いつの間に……とは思う。だが、ルーベンやミレイであれば十分にあり得そうな話だ、とも納得できてしまうのはどうしてなのだろうか。 「そう。富士山の麓とか言っていたぞ」 ホテルを丸ごと買い取ったらしい……とルルーシュは付け加える。 「ずいぶんと豪快ですね」 「全くだ」 もっとも、それがアッシュフォードのいいところなのかもしれないが……とルルーシュは口にした。でなければ、平民出身の后妃の後ろ盾になったりしないだろう。そう言って笑った。 「ルル」 「あぁ。別に卑下しているわけではないぞ。いまはもう、馬鹿なことを仕掛けてくる者達はいなくなったからな」 父上だけではなく、兄上や姉上達が味方をしてくださるし、そもそも、あれを見てから母上を排除しようなどと考えるものはいないだろう……とルルーシュは笑みを深める。 「あぁ……そうですね」 確かに、あの一件があってからマリアンヌやルルーシュ達兄妹はもちろん、スザクに対する風当たりも弱くなったのだ。それもケガの功名というのだろうか。それとも、と思う。 どちらにしても、ルルーシュ達の立場が好転したことには文句はない。 「だからこそ、俺はこちらに逃げて来るという選択を取れたのだし」 でなければ、どのような不快な状況であっても家族から離れる事はなかった……とも付け加える。 「マリアンヌ様に迂闊に手出しをすればどうなるか、みなさま、目の当たりにされましたからね」 だが、あれで態度を変えない皇帝は流石と言っていいのだろうか。一瞬、不敬と言われるかもしれない考えがスザクの中で浮かび上がる。 「しかし、温泉、ですか? ブリタニアにはそのような風習はないと思っていたんだけど」 ルルーシュがもっと小さな頃は、一緒にお風呂に入ったことはあるが、いまは別々だし……と思いながら、スザクは言葉を口にした。 「ここでは普通のことなのだろう? ならばかまわん」 それに、スザクと一緒にはいるのは気にしなければいけないことではないだろう、とルルーシュは笑い返す。 「恐いのはクロヴィス兄上だが……まぁ、お忙しいから大丈夫か」 いや、それでも強引に同行してくる可能性があるな……と彼は首をかしげている。と言うことは、温泉に行くという事実は彼の中では決定事項なのだろう。それならば、それで反対をする必要はないか、とスザクは判断をする。 「いつものようにミレイさんの所に遊びに行って、その足で行かれたらどうです? ロイドさん達を巻き込めば、クロヴィス殿下でも文句はおっしゃれないのではないかと」 ロイドの唯我独尊ぶりはシュナイゼルでも手を焼いているのだから、と笑いながら口にした。 「そうだな。そうすれば、トレーラーが使えるか」 移動が楽だよな、とルルーシュは頷いてみせる。 「でも、電車にも一回乗ってみたいんだ」 あれって、楽しそうだよな……と真顔で言う彼にスザクはどうするべきか、とそう思う。自分だけではなく後数名、騎士を配置して、なおかつ一両貸し切りにすれば可能だろうか、とも考える。だが、ルルーシュの希望は、きっと、自分の正体を隠して民間人と同じ行動を取ることなのだろう。 「……そうすると僕が一緒に乗れないよ?」 取りあえず、ルルーシュの身分を隠していれば自分はただの名誉ブリタニア人でしかない。そうなれば、ルルーシュと同じ車両には乗ることができないのだ、とスザクは説明をする。 「そうなのか?」 知らなかった、とルルーシュは呟く。 「それはしかたがないよ。ルルは、まだ小さいから」 経験してないことも多いのだ、とスザクはそうっと彼の背中を撫でてやる。 「だから、今回は特派のトレーラーで我慢をしてね」 「……わかった」 しかたがない、とルルーシュはため息をつく。それでも、彼の表情から何か方法を探していることは簡単に読み取れる。ともかく、今回、無事にすめばいいかと妥協することにした。 とはいうものの、まさか黒の騎士団だけではなく藤堂達まで同行することになるとは思わなかった。 「……ルル……」 どうしてこうなったのか、と膝の上にいる彼――これはには他意はない。たんに席が足りないだけだ――に問いかける。 「ロイドとラクシャータが声をかけたらしい」 アルコールがどうのこうのと言っていたから、一緒に飲む気なのではないか……とルルーシュは言い返してきた。 「それに、これだけいればいざというときにも何とかなるのではないか?」 何があっても、と彼は笑う。 「……まぁ、そうかもしれませんけどね」 結局、ランスロットだけではなく紅蓮弐式やさらに京都が開発しているらしい新型も持ってきている事は事実だ。だから、たとえ、他のテロリスト達が襲ってきてもあっさりと蹴散らせるだろう。 しかし、本当にいいのだろうか。 それ以前にブリタニア軍や警察に掴まった場合、このメンバーでは不審を抱かれるに決まっている。そうなったら、絶対にクロヴィスに連絡が行くに決まっているではないか。 「ルルが表に出なくても、ロイドさんがいるからいいのかな」 一応、彼はシュナイゼル直属の軍人だし、それに伯爵という身分もある。だから、変人という一点を除けば、軍内部でもそれなりの立場を持っていると言っていい。普段表に出ない――しかも、どう見てもナンバーズ優遇の――ルルーシュよりも彼の方が信頼されているとしてもしかたがないか、とも思う。 「いざとなれば、兄上に泣きつくからいい」 そういう問題でもないんじゃないかな、とスザクは苦笑を浮かべた。 「そんなことをしたら、クロヴィス殿下が押しかけてくるよ」 「……みなに危害が加えられるよりはマシだろう」 そのくらいであれば、クロヴィスに付き合うか、あるいは連れ戻される方がマシだ。そういいきるルルーシュは、やはり人の上に立つ存在なのだろう。きっと、これらは周囲の人間の教育の賜物なんだろうな、とも、改めて認識をする。 「まぁ、何事もない事が一番だよ」 スザクはこう言って微笑む。 「そうだな。ゆっくりできるのが一番だ」 せっかくの温泉だし……と彼は続ける。 それにしても、どうしてこんなにも《温泉》にこだわるのだろうか、とスザクは初めて疑問に思う。 「……ルル……温泉に行って、何をするの?」 ふっと、こう問いかけてみる。 「温泉って……大きなお風呂だろう? お風呂に入る以外、後、何かあるのか?」 即座に帰ってきた言葉に、スザクはほっと胸をなで下ろす。ここで『悪代官ごっこ』なんていう言葉が返ってきたらそうしようかと思ったのだ。 「何言っているんですかぁ、ルルーシュ様ぁ」 それなのに、どうしてこの人が乱入してくるのか。お願いだから、余計なことだけは言わないで欲しい、とスザクは心の中で呟く。 「温泉と言ったら、料理です! こうなったら、セシル君に、正しい日本料理を食べて貰わなければ!」 そのために、ミレイに頼んで和食を用意して貰えるように交渉して貰ったのだし……とロイドは力説をする。 「……和食?」 正しい和食と正しくない和食があるのか、とルルーシュは小首をかしげた。 「セシルさんは、料理は上手だと思うんだよ。ただ、時々、トッピングに懲りすぎて和食の味じゃなくなるだけ。前に、チョコレート入りのお砂糖おむすびを食べたでしょ?」 ルルーシュに食べさせているものは、自分が味見をして大丈夫なものだけだから……とスザクは笑う。 「そうなのか」 そういえば最近は比較的まともなものだけを食べさせて貰っていたな、とそう心の中で呟く。 「だって、当然のことでしょ」 ルルーシュを守ることは自分にとっての義務だ。それでなくても、正しい味覚を育てて欲しいから、と付け加える。 「正しい考え方だねぇ」 それに、ロイドも頷いてみせた。 「まぁ、今回はそれを口実にさせて貰ったけどねぇ」 相変わらず、特派の影の最高実力者はセシルなのか。いや、彼女でもルルーシュには勝てないのだから、やはり最高責任者はルルーシュなのかもしれない。そんなことを考えてしまうスザクだった。 しかし、早々にルルーシュが寝てくれてよかった。 目の前の光景に、そう思わずにはいられない。 「まったく……どうして男どもってああなのかしら」 いつの間にかスザクの傍らに移動――いや、避難なのだろうか――してきたカレンが、こんなセリフをはき出す。 まぁ、それも無理はないだろう。 いつの間にか出てきたアルコールで、彼等は完全にできあがってしまっているのだ。それでも、自分やルルーシュに飲ませようとしなかっただけでもマシかもしれない。一人ぐらいは理性が残っている人間がいないととんでもない事態になるだろう、とわかっていたのだ――それはある意味、悲惨でもあるが―― 「あれで、仲良くなってくれるならいい……とルルなら言うだろうね」 少なくとも、ここにいるメンバーだけでも……と微笑みながら、スザクは自分の膝に頭を預けて夢の中に潜り込んでいる小さな主を見つめる。 「まぁ、そうよね。それはそうだわ」 お子様の力って凄い……とカレンは素直に感嘆の言葉を口にした。 「少なくとも、彼に会うまでは、絶対にこんなこと、無理だって思ってたもの」 ブリタニア人が自分たちのことを考えてくれるはずがない。だから、自分たちの身は自分たちで守らなければいけないのだ、と考えていたのだと彼女はそう付け加える。 「シュタットフェルト家のご令嬢のセリフとは思えないけどね」 「調べたの……って、会長から聞いたのかしら」 「家名と爵位ぐらいはね。全部覚えているから」 でないと、ルルーシュのフォローができないし……とスザクはさらに笑みを深めた。もっとも、その必要もないのだが。それでも、何かのためには覚えておくにこしたことはない。スザクはそう判断をしていた。 「そぉそぉ。騎士は主のためにたゆまぬ努力が必要なんだよぉ」 酔っぱらっているせいだろうか。こう言いながらロイドが背後からのしかかってくる。 「確かに。守るべき対象のために努力をするのは当然のことだね」 さらに、藤堂もこう口はさんできた。一見まともそうな彼なのだが、間違いなく酔っている。というよりも、どうして一升瓶を手放さないのか。スザクはそういいたい。 「二人とも……すみませんが、このままではルルが起きてしまいます」 できれば、早々に解放してくれないかな。そんなことを考えながら、スザクはこういった。 「大丈夫じゃないかなぁ」 「それよりも、飲みなさい」 だから、どうして自分に飲ませようとするのか。スザクは小さなため息をつく。 「僕はいいです。まだ、成人していませんし、ルルが嫌がりますから」 以前、酔っぱらいに絡まれてから、嫌がっているのだ……とスザクは付け加える。 「それに、そんなことをしたとばれたら、マリアンヌ様におしおきをされます」 これは半分以上冗談だ。しかし、その瞬間、ロイドの表情が強ばった。 「それはまずいよねぇ……飲ませた僕も、間違いなくマリアンヌ様にたたきのめされそうだ」 あの方は曲がったことが大嫌いでいらっしゃるから……とロイドは大人しく引き下がる。 「……そうか。スザク君は、まだ未成年だったか」 こちらは単純に記憶があやふやになっていただけらしい。 「成人をしたら、一緒に飲ませていただきますよ」 既にゲンブはこの世の人間ではない。そう考えれば、自分にとって日本での《家族》といえるのは藤堂だけかもしれないのだ。 「ルルも、そのころまでには考え方を変えてくれそうですし」 世界の状況も変わってくるだろう、とスザクは微笑む。 「世の中を変えていくのは、やはり子供の純粋な思いなのかもしれないな」 それに頷きながら藤堂はルルーシュの寝顔へと視線を向ける。それにも気付かず、ルルーシュは安らかな表情で眠りの中に漂っていた。 翌日、男性陣が二日酔いで死んでいたことは、あえて書かなくてもいいだろう。 ある意味、平和な休日だった。 終 BACK 07.05.21up07.05.25修正 |