「……マリアンヌ様がどうしてそんなに怖がられているか?」 カレンの問いかけにスザクがこう聞き返す。 「そうよ。あの変態技術者も、その一言であっさりと納得したじゃない」 変態というのはロイドのことなのだろう。あまりなセリフだとは思うのだが、完全に否定してやれない。それは、きっと、彼の言動を間近で見ているからだろうか。 「ロイドさんの場合は別の理由からだと思うけどね」 マリアンヌ様は、優秀なナイトメアフレームのパイロットでいらっしゃるから……とスザクは取りあえずフォローを入れる。 「ロイドさんが研究者になったときに、あれこれしごかれたらしいよ」 いくつになっても学校の先生が恐いのと一緒じゃないかな、と苦笑混じりに付け加えれば、カレンは納得したような表情を作る。 「そういうことなら、納得できるわ。でも、貴族達はどうして?」 家の親は、ルルーシュのことを聞きつけた瞬間、微妙な表情をして『取り入れ』と言っていたが……とカレンは吐き捨てるように付け加えた。彼はイレヴンが好きなようだから、というのは実感しているとも。 「……そういう人が一番嫌われるんだけどね、ルルに」 お子様らしい潔癖さもまだまだ残っているから……とスザクは口にする。 「そこが、ルルの魅力でもあるけど」 「そうね。それで……マリアンヌ様の話だけど」 本当に何があったの? とカレンは話を戻してきた。 「何があったって……マリアンヌ様が《后妃》ではなく《騎士》としての義務を果たされただけなんだけどね」 確かに、多少インパクトはあったかもしれない。それでも、彼女の行動はあくまでも正当なものだったのだ、とスザクは説明を始めた。 目の前では、ブリタニア皇帝が可愛い子供達に囲まれて満足そうな表情を浮かべていた。普段のあのいかめしい表情しか知らない者が見れば目を丸くするのではないか。 「とーたま」 ようやく言葉を話し始めたナナリーが彼の膝の上で嬉しそうに笑っている。やがてそれだけでは物足りなくなったのか、その小さな手を伸ばすと皇帝のひげを握りしめようとした。その様子に子供達以外のみなが焦る。 「……ナナリー様……」 こっそりと乳母が彼女に注意をした。しかし、幼子にそれがわかるはずがない。 「かまわぬ。好きにさせよ」 乳母の行動を、皇帝がこう言って制止させた。だけならばまだしも、わざわざ彼女の体を抱き上げると、その手が自分のひげに届くようにさせたのだ。 「これこれ、痛いではないか」 口ではこういうものの、実に楽しげな表情の方は、一体どこのどなたですか? とその場にいた者達がみな、視線で告げている。 「ナナリー。よかったですわね」 ふわふわとした微笑みを浮かべながらユーフェミアが彼女に声をかけた。そうすれば、嬉しいのか。ナナリーはさらに皇帝のひげを引っ張る手に力をこめている。 「ナナリー」 流石にこれは父でも辛いだろう。そう思って、ルルーシュは妹に声をかけた。 「にーたま」 そうすれば、ナナリーはすぐに皇帝のひげを放す。その代わりに、ルルーシュの方に手を差し出してきた。 「抱っこ?」 お膝に抱っこなら、ルルーシュでも可能だ。しかし、まだ抱き上げることはできないだろう。どうしたらいいかとスザクはルルーシュの背後ではらはらしながら見ていた。 「お膝でいいのか?」 しかし、ルルーシュにしてみればいつものことだ。 「スザク」 そして、自分の膝までナナリーを移動させるのはスザクの役目……と認識しているらしい。いつものようにこう声をかけてきた。 「ルル……」 皇帝陛下の傍にこれ以上近寄ることは、自分の立場であれば難しいのではないか……とそうも思う。ルルーシュの傍にいることすら貴族達からはよく思われていないのだ。 「ナナリー様付きの方がいらっしゃるでしょう? その方にお願いしないと」 自分が彼女の仕事を取るわけにはいかない……とスザクは口にする。 「……そうなのか?」 「そうですよ、ルル。どなたにも己の役目というものがあります。その場を離れているのであればともかく、目の前で他の誰かに自分の役目を取り上げられることは気持ちよいものではありません」 ですから、ここはナナリーの乳母に任せてください、とスザクはルルーシュに告げた。 「わかった。では、頼む」 ルルーシュはすぐに納得したというように頷くと、乳母にこう命じる。その様子を皇帝が興味深げに見つめているという事実にスザクは気付く。 「陛下の御前で、余計なことを口にして申し訳ありません」 そして、慌てて頭を下げた。 「スザクは悪くないぞ。そうでしょう、父上!」 自分が間違えたから教えてくれただけだ……とルルーシュは口にする。 「そうですわね。すぐに教えて貰った方がきちんと理解できますわ」 皇帝の前だからだろうか。ルルーシュをからかうことなく、ユーフェミアも彼の言葉に同意をした。 「主の失敗を諫めるのも騎士の役目。行きすぎなければかまわん」 二人の言葉があったからか。皇帝も鷹揚な仕草で頷いてみせる。 「それよりもルルーシュ。父の傍にくるがよい」 そうしたら、自分がルルーシュの膝にナナリーを移動させてやろう……と彼は口にした。どうやら、可愛い娘を自分の手で愛息の膝に座らせて、満足したいらしい。あるいは、ルルーシュを自分の膝に座らせてナナリーを彼に抱っこさせたいと思っているのか。 「わかりました」 そんな彼の言葉に、ルルーシュは素直に従う。そして、そのままゆっくりと歩み寄っていった。 目の前の光景を、この場にいる者達は誰もが微笑ましいという表情で見つめている。確かに、心温まる光景だろう。ルルーシュが可愛らしいドレスを身に纏っていなければなおさらではないか。そんなことも考えてしまう。 「あらあら。よかったわね、ルルーシュ。それにナナリーも」 ころころと笑いを漏らしながらマリアンヌがこう告げる。 「皇帝陛下のお側にお招き頂けるのは、本当にご名誉なことですもの」 だから、今日は遠慮なく甘えても構わないのですよ……とも。普段は人前でそのようなことは許されないのだから、という言葉に安心したのだろう。ルルーシュは微笑みを彼に向けた。 「父上」 では、ナナリーを……とルルーシュが手を差し出す。 その瞬間だった。 ガラスが割れる音が周囲に響いた。 同時に、悲鳴が耳に届く。 「ルル! ナナリー様、ユーフェミア皇女殿下!!」 とっさにスザクは三人をかばうように体勢を変える。 「何事か!」 皇帝が立ち上がりながらこう叫ぶ。 だが、誰も答えることはできない。いや、その余裕がなかった……と言うべきだろうか。 この場に呼ばれてもいない者達が次々と姿を現したのだ。しかも、その手には武器を持っている。 「……テロリスト……」 どうして、とユーフェミアが呟く。それはスザクも同じだ。 確かに、この離宮は敷地内の外れにある。しかし、それでもブリタニア宮殿の敷地内なのだ。そして、皇帝が溺愛している子供達がいる関係から、それなりに警備がしっかりとしている。いくらなんでも、テロリストが誰にも見とがめられずに乗り込んでこられるはずがない。 と言うことは、誰かが手引きをしたのだろうか。 「スザクさん」 そんなことを考えていたときだ。 「子供達をお願いします」 マリアンヌのこんなセリフが耳に届いた。 「マリアンヌ様?」 いったい何を……とは思う。しかし、彼女の《騎士》としての実力は自分よりも上だ。それを知っている以上、迂闊なことをして彼女の邪魔をしてはいけない。スザクは即座にそう判断をする。 「ルル! それにナナリー様も!!」 ともかく、何かあってもすぐに避難できるように、その小さな体を抱き上げた。そしてもう一人にも手を差し出す。 「よい。ナナリーは私に任せておくがよい」 だが、それよりも早く皇帝が彼女の体をしっかりと腕に抱いていた。 「陛下」 「構わぬ」 この方がいざというときに動きやすいであろう。そういわれてはスザクとしても無理は言えない。 しかし、ここまで子煩悩な人だったのか。 それとも、ルルーシュとナナリーが可愛いからか。 予想外の可能性として、二人がマリアンヌの子供だからかもしれない。そんなことを考えながら、視線を犯人達の方へと向けたときだ。 ばさっと音を立ててマリアンヌのドレスの裾が大きく持ち上げられる。当然のごとく、彼女のすらりとした脚があらわになった。しかし、それにどきりとするよりも、もっと他のものの存在がスザクの意識を惹きつける。 「……鞭?」 ガーターベルトに挟んであるのは間違いなく鞭だろう。ドレスに剣をつるすわけにはいかないから、という選択なのだろうが……それにしても、と心の中で呟いてしまう。 そんな彼の前で、マリアンヌはそれをガーターから抜き取る。 「皇帝陛下と殿下方の前で何をしているのですか! この無礼者!!」 さらに大の大人でもびびるのではないかと思うような大音声で相手を怒鳴りつけた。流石のテロリスト達も、これには一瞬、動きを止めてしまう。 今ならば、とスザクが認識するよりも早くマリアンヌが行動を起こす。 腕を一振りすれば、それだけでテロリスト数名の腕から得物がたたき落とされる。しかも、同時に鈍い音がしたから、手の骨ぐらいは折れているのかもしれない。さらに、鞭をもう一振りさせるとテロリストが落としたマシンガンを手元に引き寄せる。 「今すぐ降伏なさい! そうすれば、命だけは助けて上げます」 拒むのであれば、遠慮はしない……とも彼女は口にした。そして、うっとりするような微笑みを浮かべる。しかし、このような状況だからそれはものすごく恐いものに見えた。 「……元々は、貴様が!」 しかし、それはテロリスト達の怒りを改めてかき立ててしまったらしい。猛然と彼女に向かって銃口を向けた。 「でも、その前にマリアンヌ様が手にされていたマシンガンが火を噴いて……テロリストは全員、戦闘不能にされたんだよ。もし、ルルやナナリー様、それにユーフェミア皇女殿下がいらっしゃらなかったら、その命もなかっただろうね」 もっとも、生き残った方が地獄だったかもしれないが。そういって、スザクは笑う。あの後駆けつけてきたシュナイゼルとともにマリアンヌがテロリスト達から誰の手引きかを聞き出したのだ。そして、そうしたものは自分たちがしたことを思い切り後悔させられた。 「皇帝陛下はもちろん、シュナイゼル殿下も、ユーフェミア殿下から話を聞かれたコーネリア殿下、そしてクロヴィス殿下がマリアンヌ様の味方をしたから、誰も文句は言えなかったしね」 あの後で、皇位継承権も大きく変動したし……と付け加えた。 「まぁ、他の方々にしても、あの場に皇帝陛下とユーフェミア殿下がおられたから、マリアンヌ様の行動を表立っては非難できる訳がなかったしね」 子供達だけではなくお二人の命を守ったと言うことで、逆にマリアンヌの立場が強くなったのだ。何よりも、軍が彼女の味方に付いたし、ともスザクは口にする。 「っていうか……マリアンヌ后妃様に勝てる人間って、いるの?」 「……腕力ならともかく、攻撃という点だとどうかな。ダールトン将軍とかなら、一対一でという条件なら五分五分なのかな」 流石に、そんなことは聞けません……とスザクが言えば、カレンも頷いてみせる。 「しかし、恰好いいお方ね」 同じ女としてあこがれるわ、とカレンは口にした。 「私も、騎士を目指してみようかしら……って、無理か」 軍に入る気はないし、とカレンがため息をついたときだ。 「望むなら、騎士として認めてやるぞ」 ルルーシュの声が二人の耳に届く。 「ルル!」 「……どこから聞いていたの?」 慌てたように振り向けば、ルルーシュが二人を見下ろしていた。 「母上がテロリストどもをたたきのめしたときからだ」 あの時の母上は格好良かった、とルルーシュはうっとりしたような表情で付け加える。 「だから、カレンが騎士になりたいなら考えてやってもいいぞ。ただし、今はあくまでも非公式なものでしかないが」 本気で叙任式をするとなると、皇帝が乗り込んで来かねない。そうなればあれこれうるさいだろう、とも彼は付け加える。 「特に家の親がね」 あれはあれで問題だわ、とカレンも頷く。 「それよりも二人とも。ロイドとラクシャータが呼んでいたぞ」 戻らなくていいのか、と問いかけられて、二人は慌てて立ち上がる。 「もう、そんな時間」 「イヤミはともかく、遅くなるのは困るね」 でないと、ルルーシュがしばらく外出禁止になるかもしれない。そう口にしながら、スザクは彼の体を抱き上げた。 「スザク?」 「こっちの方が早いよ、ルル」 言葉とともにスザクは駆け出す。その後をカレンも当然のように追いかけてくる。 「スザク、負けるな!」 ルルーシュのどこか楽しげな声が周囲に響いた。 終 BACK 07.05.28up |