その日、ルルーシュは思いきり機嫌が悪かった。 「……どうかしたの?」 こう言いながらも、スザクは彼の前に膝を着く。そして、そっと彼の瞳を見つめた。 しかし、ルルーシュは何も口にしてくれない。それどころか、さらに唇をきつくひき結んでしまった。 「ルル?」 自分には話せないことなのだろうか。 それとも、自分だからこそ話せない内容なのか。 「……僕は、信用できない?」 もちろん、それはないと考えてはいるが、思わずこう言いたくなってしまうのは、きっと彼が何も言ってくれないからだろう。スザクにもそれはわかっていた。 どんな言葉でもいいから、一言声をかけてくれれば、それだけで納得できるのに、とそう思う。 「俺がスザクを信用しないなんて、あるはずがないだろう」 スザクの気持ちが伝わったのか。ルルーシュは即座に言い返してくる。 いや、それだけではない。 まるで甘えるかのように彼はスザクの首に自分の腕を回してきた。そのまま抱きついてくる彼の体をスザクはしっかりと抱き留める。 「ルル?」 「……信頼しているから、言えない」 少なくとも、今は……とその体勢のまま彼は口にした。 「今は?」 と言うことは、ルルーシュの中で何か結論が出たら教えてくれると言うことなのだろうか。あるいは、何かが終わった後か、とも。 「……危ない事じゃない?」 ともかく、ルルーシュがそういうならば自分は何も言わない。でも、これだけは確認させて欲しい、と付け加える。 「騎士団ともロイドとも関係ないから」 そうすれば、ルルーシュはこう言ってくれた。 ルルーシュの交友関係は、こちらに来てからだいぶ広がったとはいえまだまだ狭い。そして、彼が口にした二つを除けば、ミレイがいるアッシュフォード学園関係――その一部は騎士団と特派にも重なっている――か、でなければ総督府の関係者だけだと言っていい。 前者であれば、こっそりとミレイが教えてくれるはずだ。 しかし、連絡がないと言うことは違うと言うことだろう。 こう考えていけば答えは一つしかない。 「わかったよ、ルル」 さらに言えば、その中でも厄介な《純血派》関連かな、とスザクは見当を付けた。それならば、自分はともかくルルーシュに危害を加えるはずがない。 「でも、本当に危ないことはダメだよ?」 そうなりそうなときには、必ず相談をして……とそれでも一応念を押しておく。 「ルルに何かあったら……僕は生きていないかもしれないからね?」 こんな脅かしはしたくないけれど、でなければ彼は無茶をしそうだから……と思ってこうも付け加えた。 「しない。だから、そんなこと言うな!」 嘘でも……と付け加えながら、ルルーシュは抱きつく腕に力をこめてくる。 「僕もそう簡単に死ぬ気はないけどね……でも、僕はルルの騎士なんだよ?」 いつ、何かあるかわからない。そうでしょう? といいながらも、スザクもしっかりと彼の体を抱きしめる。 「騎士を生かすも殺すも、全部主次第……か」 ルルーシュがこう呟く言葉が、スザクの耳に届いた。 「スザクを生かすも殺すも、俺次第だ……って言うのはわかっていたつもりだけどな」 しかし、実際に彼の口から聞けばその重みに改めて気付かされてしまう。 だからこそ、自分が動かなければいけないことがあるのだ。即座にそう考え直す。 「……あいつらだけは許せない」 ぼそっとルルーシュは呟く。 スザクもカレンも、騎士として申し分のない立ち振る舞いをしている。そして、心構えはクロヴィスですら認めるほどだ。何よりも、自分が彼等を《騎士》として認めている。騎士として選ばれるのは、主となる皇族の意志が一番重要だったのではないか。ルルーシュはそう考えていた。 しかし、そう考えていないものもいるらしい。 「言いたいことがあるなら、はっきりと言えばいいんだ」 それも、自分に……とルルーシュは拳を握りしめる。それなのに、こそこそとしか陰口をたたけないくせに嫌がらせだけはあれこれやってくるのだ。 それにスザクが気付いていないとは思えない。それでも何も言わないから自分も気付くのが遅れたのだ。 いや、本国であれこれする連中がいなくなったから気がゆるんでいたのかもしれない。 しかし、とルルーシュは思う。 主と騎士は、ある意味、一心同体。主を侮辱されることは騎士にとって自分がそうされたことと同じなのだ。 こう教えてくれたのはマリアンヌだった。 そして、確認をするために兄や姉たちの騎士に問いかけても同じように頷いてくれた事をルルーシュは覚えている。 それならば、自分の騎士をバカにされたら主である自分がバカにされたこっと同じだろう、と言えるのではないか、とルルーシュは考えていた。 「スザクの性格だと、何があっても俺には絶対言わないだろうし……」 ルルーシュのことであれば何が何でも聞き出そうとするくせに、自分のこととなると黙ってしまうのだ。それは、まだ、自分が子供だからだろうか。そう考えれば、早く大きくなりたいと思ってしまう。 しかし、それが無理なことはわかっていた。 ならば、子供である自分でなければできない方法で相手に報復をしてやろうか。そんなことも考えてしまう。 「どんな方法がいいかなぁ。報復」 二度とスザクに手出しをできなくなるくらいのものがいいよな、とそうも付け加える。しかし、その方法が考えつかない。 「お困りのよぉですねぇ、殿下」 こう言いながら、ロイドが現れた。その手に自分用らしいお茶とお菓子を見つけて、ルルーシュは一瞬身構えてしまう。 「大丈夫ですよぉ。これは、井上嬢の差し入れですからぁ」 セシルには手も触れさせていない。そういって彼は笑った。 「そうか」 それならば、とんでもないトッピングは付いていないか……とルルーシュは頷く。そのまま、それに手を伸ばした。 「ところで、殿下。報復したいのは、あの連中ですかぁ?」 さらに笑みを浮かべながら、ロイドの唇があるメンバーの代名詞である言葉を口にした。それに、ルルーシュは頷いてみせる。 「……そぉいうことなら、お付き合いしますよぉ」 にやりと彼は笑う。 「あいつらには僕もちょーっと含むものがありましてねぇ」 それに、自分であればシュナイゼルがしてきたあれこれの報復方法を覚えているから、相談に乗れるかもしれない。彼はそうも付け加える。 「そういえば、兄上のそれは見事だった、と教えてくれたのもお前だったな」 負けてはいられないか、とルルーシュは変な対抗心を燃やし始めた。 「取りあえず、あの男の苦手なものは調べてある。方法も考えていたが……問題だったのは、スザクに知られないように根回しをすることだったんだ」 だが、ロイドが手を貸してくれるというのであればその心配はなくなった……とルルーシュは笑う。 「おやおや。何をなさるおつもりで?」 それに、ロイドもまた楽しげな笑いを漏らす。 「耳を貸せ」 ルルーシュの言葉にロイドはそっと身をかがめる。そんな彼の耳元で、ルルーシュは二言三言囁いてみせた。 その日から、ある人間の周囲に限って信じられないようなことが起きていた。 ナイトメアに乗り込もうとすれば、そこは既にオレンジ色の物体が支配していたとか、ドアを開けたら、同じものがなだれ出てきたとか……極めつけはシャワーを浴びようとしたらお湯ではなく生ぬるいオレンジジュースがふってきたらしい。 「……オレンジにたたられるようなことをしたのかい、ジェレミア」 その話を聞きつけたクロヴィスは、当人に向かってこう問いかける。 「そのようなことはないかと……」 そもそも、見るのも嫌いなのに……とジェレミアが言葉を返したときだ。 「クロヴィス殿下。ルルーシュ殿下がおいでです」 入り口の方からこんな声が響いてくる。 「ルルーシュが?」 その瞬間、クロヴィスは思わず腰を浮かせてしまった。あの子がこんな風に自分の執務室を訪ねてくるのは珍しいのだ。 そういえば、最近、少し忙しくてルルーシュが起きている時間に居住区に帰ることができないでいたな、と思い出す。だから、訪ねてきてくれたのだろうか。 「すぐにここに!」 ジェレミアの事なんて後回しで構わない。まずはルルーシュの顔を見て話を聞かないと……とクロヴィスは判断をする。ジェレミアにしても相手がルルーシュであれば文句は言えまい。そうも判断をする。 「はい。今すぐに」 クロヴィスの内心がしっかりと伝わってしまったのだろうか。小さな微笑みとともに護衛の兵士は頷いてみせた。そのまま彼は一度ドアの外へと出て行く。 それからさほど時間をおかずにルルーシュの姿が確認できた。その後ろには当然のようにスザクの姿が見える。それを確認した瞬間、ジェレミアが忌々しそうなうめき声を漏らしたのがわかった。 「兄上!」 しかし、今はルルーシュの方が優先だ。これに関しては、後でしっかりと言い含めておかなければいけないだろう。そんなことを考えながらも、視線はあくまでもルルーシュに向けられていた。 「どうしたんだい、ルルーシュ。しかも、それは?」 スザクの手に、オレンジをこぼれんばかりに詰め込んだかごがあることに気が付いてこう問いかける。 「ナナリーからです。あの子が生まれた年にアリエス宮に植えた木が実を付けた、とかで送ってくれたんです」 ですから、兄上にもお裾分けをしようと考えて、急いできたのだ……とルルーシュは笑う。その表情が食べたいくらいに可愛い、と思う。 「そうか。それならば、遠慮なくもらうよ」 満面の笑みとともにクロヴィスはこういった。同時に、今はこの場にいない兄姉にはばれないようにしないと、とも思う。 「何なら、一緒に食べるかい?」 すぐにお茶の用意をさせるよ? と付け加えれば、ルルーシュは嬉しそうに頷いてみせる。 そのまま視線を移動させて、初めてジェレミアの姿に気が付いたらしい。彼は不意に振り向くと、スザクが持っているかごからオレンジを一つ取り上げた。 「お前は兄上の騎士だったな」 そして、笑顔のままこう声をかける。 「はい、ルルーシュ殿下」 覚えていた手貰ったことが嬉しいのか、ジェレミアは即座にこう頷いてみせた。だが、彼の表情はすぐに強ばる。 「では、お前にも一つ、これをやろう」 微笑みとともにルルーシュがこう言ったからだ。 彼が、何故かオレンジが嫌いだ……と言うのはある意味周知の事実である。しかし、ルルーシュの耳には届いていないのか。 「……私め、にでございますか?」 おそらく、今ジェレミアは内心、冷や汗をかいているのだろう。それは当然だ。受け取れば食べないわけにはいかない。しかし、受け取らないという選択肢は彼にはないのだ。そんなことをして、ルルーシュが悲しむようなことがあったらただではすまない。クロヴィスはそう思う。 同時に、タイミングが悪いな……とも考えてしまう。 何故かは知らないが、ここしばらく彼への嫌がらせのように、あちらこちらでオレンジが山積みになるという事件が起こっている。しかも、それは全てジェレミアが足を運びそうな場所ばかりなのだ。 「そうだ。ナナリーが毎日水やりに行っていたそうだからな。間違いなくおいしいぞ」 しかし、ルルーシュは本当に可愛い……と思う。 「……ありがたく、いただきます……」 それに負けたのだろうか。ジェレミアはこう言ってルルーシュの方に手を差し出している。しかし、その手が細かく震えているのがクロヴィスにもわかった。 「ジェレミア。お前との話はまた後で、だ」 下がってよいぞ……と付け加えたのは彼に対するせめてもの情けである。 「それでは、私はこれで……」 そのまま、彼はこの場を立ち去ろうとした。 「そうだ、ジェレミア」 不意に思い出したと言うように、ルルーシュが彼に声をかける。 「何でしょうか、殿下」 言葉を返すジェレミアの頬が引きつっているような気がするのは錯覚か。 「いい噂が耳に届いてきたら、また、オレンジを贈ってやろう」 マリアンヌにそっくりな顔に、ほれぼれするような微笑みを浮かべてこういった。その瞬間、クロヴィスには一連の事件の首謀者が誰なのかわかってしまう。それはジェレミアも同じだったらしい。 「こ、心しておきます……」 まさしく、脂汗だらだら。蛇ににらまれたカエル、と言うべきであろうか。 まぁ、ある意味自業自得だろう。ルルーシュにとっては家族とは違った意味でスザクは特別なのだ。しかも、彼の存在は自分たちも認めている。それをくだらない理由で迫害してくれたのだ。ルルーシュが怒ったとしてもしかたがない。そう思う。 「ルルーシュ。オレンジだけではなく、ケーキも食べるかな? スザク。君も一緒に」 それよりも、ルルーシュに機嫌を直して貰って、可愛い姿を堪能させて貰わなければ。そう考えるクロヴィスが、ある意味一番大物だったかもしれない。 「ケーキですか?」 この言葉にクロヴィスに視線を向けてきたルルーシュの顔には、既に本心からの笑みが浮かんでいた。 終 BACK 07.06.04up |