スザクがロイドに付き合っている時間は暇だ。と言うことで、特派のトレーラーに扇を呼びつけて《日本》についてあれこれ聞いていたときだ。
「……そういえば、兄上の演説の時間だな」
 ついつい時計を見てしまったせいで、このことを思い出してしまう。不本意だがこれを見ておかなければ、後で感想を聞かれたときに困る。
「扇。すまないが、一度中断をしてくれ」
 だが、そちらは凄く興味があるから、もっと教えて欲しい……とも付け加えた。
「総督閣下の演説は拝聴しないわけにはいきませんからね」
 特に自分たちは……と微苦笑を浮かべながらも、扇は頷いてみせる。
 彼だからこの程度ですんでいるのだ。これが玉城であれば、もっと辛辣なセリフを聞かせてくれる。ひょっとして、彼は自分がクロヴィスの弟だと言うことを忘れているのではないか……と時々悩みたくなるほどだ。
 だが、それも映像を見るまでのことでだった。
「兄上も……もう少し服装を考えられればいいのに」
 自分が見ているだけでも、だんだん派手になっていくような気がする。そんなことに精力を傾けるのであれば、もっと違う方面に勤勉になって欲しい。そうも思う。
「まぁ……あれはあれで、一部の女性陣には人気がありますから」
 イレヴンの中にも、と扇は苦笑とともに口にした。
「王子様のように見えるそうですよ。金髪碧眼に、あの衣装で」
 漫画やアニメに出てきた王子様がそういうタイプだったのだ、と彼は教えてくれる。
「……クロヴィス兄上でそういわれるのなら、シュナイゼル兄上ならどうなるんだろうな」
 もっとも、クロヴィスの瞳が青に見える紫ならば、シュナイゼルのそれは自分とよく似た濃い色だが……とルルーシュは首をかしげた。
「シュナイゼル殿下に関しては、我々は写真でしか見たことがありませんが……女性陣にしみれば高嶺の花、と言うところでしょうか」
 別の意味で完璧すぎて手出しができない、という感じらしい。クロヴィスは、まだまだ甘さが感じられるから、憧れるくらいはできるだろうが……と扇が口にした。
「なるほど、な」
 確かに、シュナイゼルは完璧と言っていいほど何でもできる。クロヴィスと違ってイタズラを仕掛けることも恐いくらいだ。そう考えれば、女性陣の方が洞察力に優れていると言うことか。
 そんなことを考えていたときである。
 不意に、画面が切り替わった。
「……兄上の演説は、まだ終わっていなかったよな?」
 それなのに、どうして……とルルーシュが微か眉を寄せる。しかし、その表情は次の瞬間、驚愕に彩られた。
「何なんだ、これは!」
 思わずこう叫んでしまう。
「どうしたの、ルル!」
「扇! 貴方、何をしたの!!」
 すぐにそれぞれこう言いながら、二人が駆け込んでくる。それに「なんなんだよ」と扇がぼやいている声が聞こえる。しかし、ルルーシュにはそれに言葉を返す余裕はない。
「……って? えっ、えぇ!」
 ルルーシュが見つめているモニターの先に視線を向けたカレンもまた、絶句した。
「何か、よく撮れているね……」
 そういう問題なのか、スザク。平然と言葉を口にできるスザクは凄いのかもしれない。そう考えてしまうルルーシュだった。

「ともかく」
 ルルーシュは何とか状況を認識しようと口を開く。
「誰かが、俺たちの行動を追いかけてきていることは事実だろうが……問題はどこで撮影をしたか、だ」
 それに関しては、映像から推測できるが……と付け加える。あの状況でも冷静に録画してくれたスザクに感謝をするしかないな、とも思う。
「そぉですねぇ……それに関しては、僕が引き受けましょうかぁ?」
 しっかりと参加していたロイドがこう言ってくる。
「ロイド?」
「だってぇ……一応、ランスロットも紅蓮弐式も軍の機密ですよぉ。特に、紅蓮弐式は、ブリタニア製じゃないですしぃ」
 月下が写っていないだけましでしょうか……と彼はそうも付け加えた。
「第一、これじゃ、僕のランスロットよりもラクシャータの紅蓮弐式の方が有能に見えるじゃないですかぁ!」
 ひょっとして、ロイドが怒っているのはそちらの方か。
 それは彼らしいと言っていいのだろうか、とルルーシュは悩む。だが、それだからこそ、任せても大丈夫なような気もする。
「心配するな。ランスロットの優秀さは俺がよく知っている」
 もっともその中にはスザクの優秀さも含まれているが、あえてそれに関しては触れない。その代わりに、それで十分ではないのか、とルルーシュは問いかけた。
「そぉですよねぇ」
 ルルーシュ様がご存じでいてくれれば、取りあえずはいいですよぉ……とロイドは口にする。
「でも、いずれはみんなにも知って貰わないとダメですけどねぇ」
 だが、それは今ではない。今は余計な情報は周囲に出したくないのだという彼に、誰もが圧倒されていた。
「何よりも、殿下がここにおいでのことを陛下に知られるわけにはいきませんしねぇ」
 ばれているかもしれないが、まだ公式に報告をされているは訳ではないだろう。だが、映像として出てしまえばどうなるかわからない。その言葉にはルルーシュも同意だ。
「だからこそ、誰がこんな馬鹿なことをしたのかを突き止めなければいけない!」
 もっとも、とルルーシュは心の中で付け加える。よりにもよって、クロヴィスの演説を邪魔したのだ。あの兄が犯人を突き止めようとしないわけがない。今頃は、あちらでも大騒ぎになっているのではないか、とルルーシュは思う。
「大丈夫だよ、ルル。もし、皇帝陛下にばれても、シュナイゼル殿下とマリアンヌ様がうまく取りなしてくださるって」
 自分を安心させようとしているのか。スザクがこう言ってくる。
「……それはわかっているが……父上よりもユフィ姉上が恐いんだ!」
 絶対に押しかけてくるに決まっている! とルルーシュは言い返す。
「あのフリルとリボン大好きのユフィ姉上のことだ! ランスロットにリボンを付けるとか紅蓮弐式にフリル模様を描けとか言い出しかねないぞ」
 ロイド達がそれを受け入れるとは思わないが、ごねることだけは確実だろう。
 いや、それだけならばまだいい。
 最悪、自分も仲間に入れろと言い出しかねないのだ、彼女は。
「……それは恐いですねぇ……」
 それなりに彼女のことを知っているロイドが苦笑とともに頷いてみせる。
「……そうなったら、本気でキョウトあたりに避難しましょうか」
 それとも、特派のトレーラーに拠点を移して、あちらこちら逃げ回ろうか……とスザクが問いかけてきた。
「それがいいかもしれないな」
 もっとも、それはユーフェミアが押しかけてきたら……の話だ。それよりも、今は先にしなければならないことがある。
「ともかく、ロイド……できるだけ早く、撮影ポイントを割り出してくれ。後は、兄上に協力を扇ぐ」
 そうしたら、撮影した奴にはそれ相応の罰をくれてやろう。そういってルルーシュは笑う。
「その時は、協力させて頂きますねぇ」
 にっこりとロイドも頷く。
「……玉城がそういう嫌がらせ、得意よね」
「あいつの場合、実力行使がメインだがな」
 さらに、カレンと扇も頷きあっていた。
「ルルは、直接手出しはダメだよ?」
 それなのに、スザクだけがこう釘を刺してくる。
「何故だ?」
 それでは、今ひとつつまらない……とルルーシュはスザクを見上げながら口にした。
「ルルは立案。実行は僕たち。それでいいでしょ?」
 コーネリアのように自分も戦場に立つ選択をする者はいる。だが、それは彼女が成人しているからだろう。だから、まだ小さなルルーシュは自分たちに任せていいのだ、とも彼は付け加えた。
「どうしても何かしたいって言うなら、方法を考えるから。ね?」
 自分たちが犯人を押さえつけているときにルルーシュが殴るとか、とさらに彼は言葉を重ねる。
「そうね。そっちの方がいいわ」
 さらに、カレンまでもがこう言って頷いてみせた。
「そうですよぉ、殿下。殿下に何かあったら、間違いなくシュナイゼル殿下が動きますよ」
 それが一番恐い、とロイドにまで言われてはルルーシュもその危機を認識しないわけにはいかないだろう。
「わかった。みんなが犯人を捜すまでに報復の方法をじっくりと考えておく」
 だから、ルルーシュは取りあえずこう言っておいた。

 しかし、予想外の状況というものは重なるものらしい。
「……ルルーシュ様、これ」
 アッシュフォード学園で時間を潰していたときのことだ。不意にミレイが声をかけてくる。
「どうかしたのか?」
 寝そべっていたソファーから身を起こすと、ルルーシュは彼女の元へと歩み寄っていく。当然、側に控えていたスザクもともにミレイに近づいていく。
「ニーナが見つけたのですが」
 そういいながら、パソコンのモニターを指さす。それに視線を向けた瞬間、ルルーシュは自分の顔が嫌悪で強ばるのに気付いてしまった。
「……何、これ……」
 代わりに、スザクがルルーシュの内心を代弁してくれる。いや、彼も同じ事を考えていたのだろうか。
「……ルルちゃんの観察日誌? にしては、ちょっと、ねぇ」
 どう見ても、これ、全部、盗撮でしょう? とミレイも盛大に顔をしかめている。
「そうだね。ルルの正式な写真は、一応全部、僕とクロヴィス殿下が検閲しているから……」
 本国ではシュナイゼル殿下だったけど……とルルーシュは今まで知らなかった事実を知らされて、別の意味で目を丸くした。
「スザク……」
「だって、いやでしょ? ルルのドレス姿が流出したら」
 それに、公式にはまだ、ルルーシュはブリタニア本国にいることになっている。だから、彼の写真に関しては時間がある方がチェックをしていただけだ……とスザクは教えてくれた。
「……そういうことなら、わかった」
 確かに、そういうことならば彼等に確認してもらうのが一番確実だろう。
「でも、これ、気持ち悪い」
 ルルーシュが目の前のそれに素直な感想を口にした。
「ミレイさん」
 それにスザクは直接言葉を返してこない。代わりに、側にいたミレイに声をかけてくる。
「何かしら?」
「そのサイトのアドレスをメモしてくれませんか? 後、ルルをしばらくお願いします」
 僕は、ちょっとロイドさんの所に行ってこれについて調べてきますから……とスザクはにこやかな笑みを浮かべた。しかし、それが危険信号だ、とルルーシュはよく知っている。
「スザク?」
「大丈夫。ルルとの約束は守るからね」
 だから、安心して……とスザクは付け加えた。そんな彼に向かって、ルルーシュは取りあえず頷いてみせる。
「じゃ。夕ご飯までには迎えに来るからね」
 この言葉を残して、スザクはルルーシュの頭を撫でた。そして、部屋を出て行く。
「……犯人、無事だといいけどな」
 その背中を見送りながら、ルルーシュはこう呟いてしまう。
「それは犯人の自業自得です」
 即座にこう言ってきたミレイも、ものすごく怒っているのだろうか。そう判断をするルルーシュだった。

 それから先のことは本当に早かった。
 本当に夕食前に犯人を見つけてしまったのだ。
「……ディートハルト・リート?」
 どこかで聞いたような名前だな、とルルーシュは首をかしげる。
「Hi-TVエリア11トウキョウ租界支局のプロデューサーだそうだよ。クロヴィス殿下の所に何度か足を運んでいるそうだ」
 どうやら、その時にルルのことを見つけたのかもね。スザクはそう付け加える。
「それで、どうしてこういうことになるんだ?」
 だからといって、あの映像がクロヴィスの演説の代わりに流れることにはならないだろう。ルルーシュはそう思う。
「……ミスだそうですよ」
 忌々しさを隠さずに、スザクはこう言葉を返してきた。
「はぁ?」
「クロヴィス殿下の演説を放送しながら、自分のコレクションを編集していたんだそうです。それを間違えて電波に乗せてしまったのだ、とか」
「何なんだ、それは!」
 バカじゃないのか、とルルーシュは吐き捨てる。
「そうですよね」
 もっとも、それ以前にルルーシュの映像や画像をコレクションしている時点で許せないけど……とスザクは口にした。
「どうする?」
「……取りあえず、あってから決める。兄上も同席されるんだろう?」
「それと、ロイドさんとクロヴィス殿下の騎士が何人か、かな?」
 何があっても万全の対策を取ってあるから、とスザクは微笑む。
「なら、いい」
 そんな彼に、ルルーシュは頷いてみせた。

 しかし、すぐにそれを後悔することになってしまう。
「あぁ、なんてお可愛らしい。やはり貴方は最高の被写体だ……」
 目の前でディートハルトが陶酔した表情で訳のわからないセリフを口にしてくれている。だが、それはルルーシュにしてみれば嫌悪の対象にしかならない。
「こいつ、気持ち悪い! やだ〜〜!」
 思わず涙目になってしまう。そして、そのままクロヴィスの方に駆け寄った。そこが一番、ディートハルトから遠い場所だったというだけの理由だ。しかし、それでもクロヴィスには嬉しいものだったらしい。
「ルルーシュ……大丈夫だよ。この私が、きちんと処罰をしてあげるから」
 クロヴィスはそういうと、ルルーシュを抱きしめる。
「兄上」
 珍しく、彼が頼もしく思えた。普段は優しいとか何かと言った、どちらかと言えば女性的――とは言ってもルルーシュの脳裏に描かれている女性像の多くはマリアンヌやコーネリアによって作られている――のものだったが、今日は違った。
「頑張ってください」
 だから、期待をこめてそういった。

 のだが……この三番目の兄が詰めが甘いことををルルーシュは忘れていたと言っていい。
 いや、これも不可抗力だったのか。鶏が先か卵が先か。そういう議論になるのかもしれない。ともかく、ディートハルトのストーカーは今も続いている。
 理由は簡単。
 ディートハルトのあのサイトにはとんでもないファンがいたのだ。
 ルルーシュやクロヴィスはもちろん、シュナイゼルも迂闊に逆らえない相手……と言えば、一人しかいないだろう。
「父上なんか、嫌いだぁ!」
 今日もまた、視界の隅をかすめる金髪割れあごに気付いて、ルルーシュはそう叫ぶ。
「……皇帝陛下も大人げない……」
 そんな彼をなだめるしかできない、スザクだった。




BACK





07.06.11up