今日もまた、朝からディートハルトの姿を見かけたせいで、ルルーシュの機嫌は最低だった。
「ルル。ロイドさんがプリンを作ってくれたよ」
 そんな彼を少しでも慰めようと言うのか。珍しくもロイドが朝から頑張ってくれたらしい。
「……食べる……」
 どれだけ機嫌が悪くても食べ物にだけは反応を返してくれるだけましなのかな、とスザクは心の中で付け加える。それすらもしてくれないときは、とんでもないことを考えているときなのだ。
 と言うことは、まだ、最悪な状況ではないと言うことだろう。それならば、もう少し待っていれば理由を教えてくれるのではないか。スザクはそう思う。
「なら、今持ってくるね。飲み物は紅茶? それとも、他のものがいい?」
 さらにこう問いかければ、ルルーシュは少しだけ瞳から剣呑な光を消す。代わりに考え込むように首をかしげた。
「アイスティー……ストレートがいいかな?」
 そのまま、こう注文をしてくる。
「わかった。ガムシロップは?」
「……いる」
 いらないと言おうとしたのかもしれないが、すぐに考え方を変えたようだ。
「なら、一緒に持ってくるね。僕もご相伴させて貰っていい?」
「当たり前だろう!」
 一人で食べても面白くはない。こういうと言うことは、やはり、話してくれるかもしれない。そう考えて、スザクは頷いてみせる。そして、そのまま、用意をするためにルルーシュから離れた。

 しかし、三十分も経たないうちに、スザクもまた頭を抱えたくなったのは事実だった。

 どこの誰の姿を見ても気にしなくていい。取りあえず、ルルーシュの側から離れないでくれ。
 スザクが真剣な口調でカレンにこう頼んできた。
「本当は僕も一緒に行ければいいんだけどね……名誉ブリタニア人はダメだって言われたから」
 彼のルルーシュの《騎士》という立場は正式なものだ。しかし、まだ公になっていないから、こう言うときには厄介なのだ、と付け加える彼は、口元に苦い笑みを刻んでいる。
「クロヴィス殿下にお願いすれば何とかなるんだろうけど、そうなると大事になるだろう?」
 今回は、ミレイの《親戚》という立場での宿泊になる。それは、同日に顔を出す誰かから少しでも隠れるためのものだ。
 本来であれば、日程をずらせばいいのかもしれない。しかし、それができない以上、現状でできる手だてを取るしかないのではないか。
「だから、同じくらい信頼できる君に頼みたいんだ」
 自分もできる限りルルーシュの側にいるようにはする。それでも、いつものように手の届く距離にいられるわけではない以上、どうしてもタイムラグが出てしまう。だから、と彼はカレンを見つめてきた。
「わかっているわ。貴方のように正式な訓練は受けていないけど、ルルーシュ一人であれば、抱えて逃げられる自信があるもの」
 だから、任せておいて欲しい。カレンはこう言い切る。
「私も、ルルーシュの騎士のつもりだし」
 スザクが側にいられないというのであれば、自分がそうするだけだ。言葉とともにカレンは自信に満ちた笑みを浮かべた。
「それにしても、どうしたの?」
 スザクがルルーシュの側を離れるなんて、とカレンは聞き返す。ミレイ達の言葉から推測して、二人が出逢ってから初めてのことではにだろうか。そんなことも考えてしまう。
「……台風がいらっしゃるんだよ……」
 小さなため息とともにスザクはこういった。
「あちらも、ある意味お忍びでね。それで、出先でルルと会いたいとおっしゃったらしいんだ」
 それが一番恐いのだが、と彼はまたため息をつく。
「ミレイさんは立場上、その方に逆らえないからね。でも、君はあの方を知らないから、多少のことは大目に見てもらえるだろうし、ルルも許可を出すだろうからね」
 だから、何かあったなら、ルルーシュを連れて自分たちの元へ逃げてきて欲しいのだ、とスザクは口にした。
「もっとも、何もないのが一番なんだけど」
 代わりにこう言ったのは、彼が言霊を信じているからかもしれない。そういうところは間違いなく《日本人》なのだな、とそう思う。
「そうね。何もないのが一番だわ」
 その分、楽しめれば……とカレンも頷く。
「大丈夫よ。一泊だけだもの。その間、私が全力で彼を守る。それに、貴方だけではなくみんなも近くにいてくれるんでしょ?」
 帰りは、一緒に帰ればいいわ……と付け加えれば、スザクも同意をしてくれた。

 それなのに、やっぱりバカはどこにでもいやがった。

「……クルルギ准尉……」
 嫌そうに声をかけてきたのはジェレミアだ。それでも、いつものようにイヤミだのなんだのを口にしないのは、きっと、状況が状況だから、だろう――あるいは、先日のオレンジ攻撃のせいか――と思う。
「中との連絡は?」
「取りあえず、ルルーシュさまとは付いております。現在も、会話はできませんが、あちらとの回線はつながったままです」
 そこから状況も判断できる、とスザクは言葉を返す。
「そうか」
 もう一方の方からは情報が入っては来ない。しかし、それに関しては側にいるものが何とかするはずだ。第一、自分ごときがあれこれ手を出しては失礼に当たる。そう言える相手なのだ。
 しかし、ジェレミアは違う。
「……内部の方はルルーシュ様はもちろん、ユーフェミア殿下のこともギルバート卿にお任せすれば大丈夫だ、と思いますが……問題なのはクロヴィス殿下の方ではないかと……」
 あの弟妹大事の方がはたして、現在の状況を聞いて大人しくしてくれているだろうか。スザクにしてみればそちらの方が心配なのだ。
「……本来であれば、不敬と言わなければならないことなのだろうが……否定できないな」
 クロヴィスだから、とジェレミアもため息をつく。
「取りあえず、現在はお二人ともテロリストに正体を知られてはいないようですので」
「それだけが救いだな。後は……クロヴィス殿下か」
「それ以前に、テロリストの目的がなんなのかが知りたいです」
 いったい、何のためにあの場所を占拠したのか。そして、その理由は何なのか。それがわからないうちは、迂闊な行動を取れない。スザクはそう考えていた。
「確かに。何を要求しようとしているのかがわからない。他のバカどものように『日本を解放しろ』というのであれば、お二方と人質の安全を確保した上で問答無用で叩きつぶすまでだが、身代金だのなんだのというのであれば、一度支払って、人質を解放させてから叩きつぶした方が得策だろうしな」
 その時は、スザクに口添えを頼んでルルーシュからそのような作戦だったのだ……と告げてもらう予定だったのだ、とジェレミアは言外に告げる。
 それに関しては、スザクにしても異存はない。
 一番重要なのは、ルルーシュの安全だから、だ。
「ともかく、状況を分析して……可能ならば、突入するのがよいのではないかと」
 本音を言えば、今すぐにでもルルーシュの側に行きたい。しかし、そうすることは彼の安全を脅かすことになるだろう。何よりも、彼の側には《カレン》がいてくれる。
 だから、大丈夫だ。
 スザクは自分に言い聞かせていた。

「……いい加減、何とかしないといけないだろうな」
 そのころ、ルルーシュは小さな声でこう呟く。それを耳にしているのは、彼を抱き上げているミレイと、すぐ側に控えているカレンだけだろう。
「ですが……」
「わかっている。何とかして、電源でも落とすか」
 ここに来ると決まった時点で、内部の構造は頭に入れてある。だから、それは不可能ではない。
 何よりも、自分の外見と年齢がテロリストに疑念を持たせないで行動できる要因にはなるだろう。
 それに、ここにいるのはカレンだけではない。ユーフェミアとともにギルフォードがいる。そして、他にも何人かSPがいるはずだ。だから、敵に隙を作れれば、この室内にいるものぐらいは何とかできるに決まっている。
「ルルーシュ様、自ら、ですか?」
 不安そうにミレイが問いかけてきた。
「何とか、カレンを一緒に連れて行ければいいんだが……」
 そうすれば、間違いなく安全だろう。ルルーシュはこう呟く。
「でなくても……何人かはここにも家のメンバーがいますから……」
 玉城あたりが清掃員だか何かの名目で潜り込んでいるはず。だから、彼と接触できればいいのだが……とカレンも囁いてくる。
「……確かに、な」
 そんな風にぼそぼそ話し合っていればテロリストの注目をひかないわけがない。
「貴様ら、何を話している!」
 こう言いながら、一人が近づいてきた。
「……トイレ……」
 その男に向かって、ルルーシュは泣きそうな表情を作ってこう言い返す。
「我慢して……いいこだから」
 ルルーシュの言葉の意図がわかったのだろう。ミレイが彼を見つめながらこう言ってきた。
「だって……さっきから『我慢して』としか、言ってくれない……」
 トイレに行きたいのに……とルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「……ったく……しかたがねぇな」
 流石に、子供には強く言えないのか。それとも、ルルーシュの表情が真に迫っていたからか。テロリストはしかたがないというようにこう呟く。
「連れて行ってやるから、来い!」
 ルルーシュの演技が迫真に迫っていたからか。それとも、たんにこの場で粗相をされると後が面倒だと思ったのか。男はこういう。
 その言葉にルルーシュは嬉しそうに――しかも可愛らしく――笑ってみせた。そして、我慢できないというようにぴょんと立ち上がる。
 その瞬間、視界の隅にギルフォードの姿が確認できた。

「それで……テロリストの目的は何だったのだ?」
 ユーフェミアの後を追いかけてこのエリアにやってきたコーネリアがこう問いかける。
「……言ってよろしいのでしょうか、兄上」
 それに、直接答える代わりに、ルルーシュはクロヴィスにこう問いかけた。その瞬間、彼の表情が強ばる。しかし、そんな彼のフォローをしてくれる者は誰もいなかった。
「ほぉ……いったい何をしたんだ、クロヴィス」
 是非とも聞きたいな、と彼女は微笑む。
「私も、是非ともお聞きしたいですわ、お兄様」
 さらに、ユーフェミアが追い打ちをかける。
「ルルーシュだけではなく、私も当事者でしたもの」
 人質になるなんて、初めての経験でしたわ……と彼女はさらに言葉を重ねた。その一言で、さらにクロヴィスの頬が引きつる。このままでは、彼は気絶をしてしまうのではないだろうか。
 もっとも、それは自業自得だと思う。
「……ルルーシュは知っているのだな?」
 このままでは埒が明かないと思ったのだろう。コーネリアがこう問いかけてくる。
「ちょうど、あの場に俺の下僕の一人がいたので問いかけたのですが……どうやら、兄上が正式に許可を取ったイレヴン達のイベントを邪魔したようですね」
 思い詰めた連中が、その勢いのままあのような暴挙に出たらしい。だから、人質にしても、一カ所に集められてはいたが、誰も危害を加えられてはいないし、ルルーシュのように尿意を覚えたものには比較的自由に行かせてくれたようだ。
 同時に、スザク達にテロリスト――この場合には立てこもり犯という方が正しいのだろうか――の要望が届かなかったのは、あまりのことに誰も言えなかった、というのが正直なところらしい。
「その理由が、兄上の絵のモデルになるから……と言うものだったそうですよ」
「だから、逆恨みだと……」
 第一、自分はその事実を知らなかったのだ! とクロヴィスは叫ぶ。
「それに関しては事実でございます、殿下方」
 流石にこれ以上は……と思ったのだろうか。バトレーが口を挟んでくる。
「クロヴィス殿下は、確かにモデルを探しておられました。しかし、あのものを選ばれたわけではありません」
 推薦してきたものがいるのだ、と彼は言葉を重ねた。
「……それでそのものか」
 しかし、とコーネリアが何かを考え込むような表情を作る。
「何か引っかかりますね」
 ルルーシュはこう口にした。
「お前もそう思うか?」
「はい、コーネリア姉上」
 どうやら、自分の勘違いではなかったらしい。そう判断をして、ルルーシュは胸をなで下ろす。
「調べさせるべき、だろうな」
 コーネリアの呟きに、ルルーシュは頷いてみせた。
「姉上? それにルルーシュ」
「何がどうなっておりますの?」
 しかし、こちらの二人はそうではなかったらしい。困ったように問いかけてくる。
「……クロヴィス……ユフィはともかく、お前がわからないというのは何なのだ?」
 どうやら、別の意味でその言葉がコーネリアの怒りをかき立てたらしい。その後、クロヴィスに対する彼女の小言は延々と続いたのだった。

「そういうことだから……任せてかまわないな?」
 さっさとその場を逃げ出したルルーシュは黒の騎士団のメンバーを召集するとこう問いかけた。
「わかりました。流石に気になりますからね」
 それに扇が頷いてみせる。
「代わりに、キャンセルされたコンサート……やってくれないかなぁ……」
 ぼそっと玉城が呟く。
「玉城!」
「だってよぉ」
 周囲からの声に、彼はこう言って唇をとがらせる。
「お前の働き次第で、兄上に許可を取ってやる」
 クロヴィスがモデルにするほどの相手、というのにルルーシュにも興味があった。だから、こう告げる。
「わかった! 全力でやらせて貰うぜ」
 ついでに、ファンクラブの方も口コミで何とかするから……と言う言葉にはどう反応をすればいいのか。
「任せる」
 ただ、こう言い返すしかできない彼だった。

 これが、ある意味、最大の作戦への序章だった。




BACK





07.06.18up