その日は、とても暑い日だった。
 それなのに、そう感じられないのは、緊張しているから……だろうか。
「ある意味、壮観だねぇ」
 こう言いながら、ロイドがルルーシュの目の前にドリンクを差し出してくる。
「ロイド?」
 いったい何を……とルルーシュは彼を見上げた。別にのどが渇いているわけではないのに、とそう思うのだ。
「飲んでおいてください。でないと、この暑さでは熱中症になりかねませんからねぇ」
 それとも、トレーラーの中に戻られますか? と彼はさらに言葉を重ねてくる。
「……スザク達は?」
「デヴァイサー達は、機体と一緒ですよぉ。いつ、発進命令が出るかわからないですからぁ」
 大丈夫。彼等にもきちんとドリンクは手渡されている。何よりも、彼等は訓練でなれているから……とロイドは笑ってみせた。
「何よりも、彼等は大人ですからねぇ。殿下と違ってこの状況でも余裕があります」
 それに、指揮官が倒れるわけにはいかないでしょう? と口にされればルルーシュにしても我を張り続けるわけにもいかない。
「……わかった」
 確かに、自分が倒れるわけにはいかないだろう。そう判断をして、ロイドの手からドリンクを受け取った。そのままストローを口に加えると中身を吸い上げた。
 しかし、次の瞬間、それをはき出してしまう。
「ルルーシュ様?」
「ロイド、これまずい……」
 思い切り顔をしかめながら、それを差し出す。
「すみません、ルルーシュ様。中身を確認しておりませんでした」
 いくらセシルでも、ルルーシュ用であればとんでもないトッピングとかはしないと思っていたのに……と彼はため息をつく。
「……ロイド……口直しが欲しい……」
「わかっております。僕が用意させて……って、スザク君?」
 何で、君がここにいるの……とロイドが言っている。
「スザク、ランスロットの中にいたんじゃないのか?」
 ルルーシュも思わずこう聞き返してしまった。
「何を言っているの! ルルの方が優先だよ」
 それは違うのではないか、とそう思う。
「カレンさんもいるし、僕が多少出撃が遅れても大丈夫だって」
 何か、その辺あたりに藤堂さん達も隠れているようだしね……と言う彼の言葉に、ルルーシュは思わず周囲を見回してしまう。そうすれば、確かに月下らしき影が確認できた。
 これならば、確かにスザクがそう判断をしてもおかしくはないのか。
 しかし、とルルーシュは悩む。
「取りあえず、ルルとロイドさんの分の飲み物だけでいいですか? それとも、全員分用意してサーバーにでも入れておきますか?」
 スザクはロイドにそう確認をしている。
「ルルーシュ様の分だけでもいいよぉ。でも、ついでなら、僕と君とカレン君の分も用意してくれると嬉しいなぁ」
 そんな風にのんびりしていていいのだろうか。
 だが、現状では確かに待機をしているしかない。しかも、自分たちはあくまでもイレギュラーな存在なのだし、とルルーシュは思う。
「早く、コーネリア姉上にも信頼して頂けるようにならないとな」
 クロヴィスにはあれこれ任せてくれる。しかし、今回はコーネリアが軍の指揮を執ることになっている以上、口を出す機会がない。
 それでも、トウキョウに居残りを命じられたクロヴィスよりはましかもしれない。あるいは、一緒に来ていながらトレーラーの中から一歩も出るな、と言われているらしいユーフェミアよりはと言うべきか。
「そうですね。量が多くても手順は一緒ですから、そのくらいなら大丈夫ですよ」
 大至急、用意します……とスザクが笑いながら口にする。
「でも、カレンさんに持っていくのは難しいかな」
「そのくらいは僕がやるよぉ。こういう時じゃなと、あれに近づけてもらえないからねぇ」
 本当にラクシャータは……と彼はため息をつく。
「しかたがないですよ。ロイドさんだって、ラクシャータさんをランスロットに近づけようとしないじゃないですか」
 お互い様です、とスザクが言い切る。
「だけどねぇ」
 しかし、ロイドは諦めきれないようだ。でも、今回はスザクの方が正しいな……とルルーシュは心の中で呟いていた。

 事態が動いたのは、それからしばらくしてのことだ。
「コーネリア姉上が出撃された?」
 ロイドの報告に、ルルーシュが確認するように言葉を口にする。
「だ、そうですよぉ。と言うことで、スザク君とカレン君にも命令があったらすぐに発進できるように準備をさせてますねぇ」
 もっとも、実際に出撃をするかどうかはわからないが。そう彼は付け加える。
「姉上がご自分で出られたのならな」
 さらにダールトンとギルフォードが一緒であれば何も心配はいらないのではないか。そうは思うのだが、やっぱりどこか面白くはない。
 カレンはともかく、スザクには活躍して欲しいと思うのだ。その代わりに、カレンには自分たちを守って欲しいと考えている。
 でも、その機会があるかどうか。
「姉上はお強いからな」
 まぁ、コーネリア達が無事に凱旋して、あのようなことがもう行われなくなるようであればいい。そう思うことにする。
「せめて、姉上の布陣だけでも確認できいれば、参考にできるのだけど、な」
 後でダールトンあたりに頼んでおけば教えてもらえるだろうか。
 そんなことを考えていたときだ。
「何だ?」
 鈍い振動が伝わってくる。それに、ルルーシュは疑問の声を上げた。
「土石流です! しかし、どうして……」
 セシルが驚愕を隠せない声でこう叫んだ。
「……水蒸気爆発……」
 確か、このあたりの地下にもそんなものがあったはずだ。ルルーシュはこう呟く。
「そうでしょぉねぇ」
 しかし、そんなことをするとは……とロイドも複雑な表情のまま言葉を口にする。
「よほど以前から準備をしていたのか」
 おそらくそうだろうな、とルルーシュはため息をつく。
「姉上は? ご無事か。軍の者達は?」
 だが、すぐに確認の言葉を口にする。
「コーネリア殿下はご無事です。ですが、味方と引き離されているようです」
 そして、周囲を敵のナイトメアに囲まれているようだ、とセシルが即座に言葉を返してきた。
「それと……土石流が街に到達するかもしれません……まだ、避難が完成していないと……」
 この言葉にルルーシュは思いきり顔をしかめる。
 だが、そんなことをしているわけにはいかないだろう。
「スザク! 俺が責任を取る。姉上の救援に向かえ!! カレンは藤堂達とともに街の手前に溝を作れ! 紅蓮弐式と月下の装備なら可能なはずだ! 民間人に被害を出すな」
 即座にルルーシュは指示を出す。
『わかったよ、ルル』
『了解』
 即座に部下達が行動を開始する。その事実に、ルルーシュは取りあえず満足を覚えた。
 しかし、と思う。
「民間人を巻き込むようなマネをするとは……ただですむと思うなよ」
 まだ小さな拳をきつく握りしめる。
「誰か! ユーフェミア姉上に連絡を取ってくれ。万が一の時には、民間人の救援に当たれるよう、部隊を動かして欲しいと。それと、ゴットバルト卿の隊には他のことには構わずに犯人を確保しろと伝えろ。こちらの護衛は、扇が残っているから心配いらないとも」
 絶対に、犯人を引きずり出して相応の罰を与えてやる。こう心の中で誓っていた。

 しかし、どれだけ優れた機体であっても自然の力には勝てない。
 紅蓮弐式や月下、それにユーフェミアが回してくれたサザーランドの力をもってしても、完全に土石流を食い止めることができなかった。
「……あの先には病院が……」
 セシルがそう悲鳴を上げたときだ。不意に上空に何やら大きな影ができる。
「……アヴァロン?」
 それが何かを確認した瞬間、ルルーシュは本気で頭を抱えたくなってしまった。
「シュナイゼル殿下のおいでとはぁ。どうなさったんでしょうね」
 来なくていいのに、とロイドが言外に付け加えたような気がするのはルルーシュの錯覚ではないだろう。
「それよりも、ナイトメアフレームが空を飛ぶなんて……初めて聞いたぞ」
 しかも、あの高さで普通のナイトメアフレームと同じサイズに見えると言うことは実際にはかなり大きいのではないか。
「あぁぁぁぁっ! 何でガウェインがぁ!!」
 僕がここにいるのにぃ、と付け加えたところから判断をして、どうやら彼が設計をしたものらしい。おそらく、ランスロット並みに厄介な機体なんだろうな……とそんなことも考える。
 しかし、そんな厄介な機体を乗りこなせる騎士がいるだろうか。
「……まさか……」
 何やら嫌な予感を覚える。
「アインシュタイン博士が手を出していたって言うからぁ、僕が行くまでロールアウトさせないで……って頼んでおいたのにぉ」
 あれは、ルルーシュのために開発していたんだよ、と彼はさらに言葉を重ねた。
「ロイド?」
「あれは、複座なんですよぉ」
 後部座席にルルーシュを乗せればいいかな、と思っただけなんですがぁ……とロイドは教えてくれる。
「ルルーシュ様のことですからぁ、絶対前線に出るとおっしゃれると思ったんですぅ」
 だから、少しでも安全を確保しようかとおもってぇ、と言う気持ちは嬉しい。
「……アインシュタイン博士……と言うと、ルーベンの所の……」
 と言うことは、予感が可能性に変わりつつある。
「アッシュフォードの開発担当の方ですよ、ねぇ」
 どうやら、同じ結論に彼も達してしまったらしい。
「……まさかとは思うが……」
「可能性は否定できません……あの方は、今でもナイトメアフレームのテストをご自分でされているとか……」
「それは俺もよく知っている」
 しかし、あくまでもブリタニア本国でのことではないのか。ルルーシュはそう思っていた。
 だが、目の前の機体はどう見ても彼女の操縦だとしか思えない動きで土石流の下流へと向かっていく。
『そこにいる、黒の騎士団のナイトメアフレーム! 下がりなさい』
 そして、周囲に響く声が自分たちの可能性を確証へと変えてしまった。
「……母上……」
「マリアンヌ后妃殿下……」
 二人は思わず、頭を抱えてしまう。
 そんな彼等の前で、ガウェインのハドロン砲が大地に大きな溝を作る。そこに流れ込んで土石流が街からそれていった。

 アヴァロンの艦橋ではシュナイゼルがナナリーを膝の上に載せていた。
「しゅないぜるおにいさま」
 幼い妹の声に彼は微笑みを浮かべる。
「どうしたのかな、ナナリー?」
「もうすぐ、るるーしゅおにいさまやこーねりあおねえさま、それにしゅじゃくにあえますの?」
 クロヴィスやユーフェミア、それにロイド達にも……と彼女は指を折りながら、次々と名前を口にしていく。
「そうだよ。マリアンヌ様がルルーシュ達を連れてきてくださる。それまでは、私と一緒にいよう」
「はい」
 にっこりと微笑む彼女の頭を、シュナイゼルは優しく撫でてやった。




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