目の前でにっこりと微笑む女性は、ものすごくルルーシュに似ている。いや、ルルーシュが彼女にそっくりなのだ、と言うべきなのか。
「……いつも思うんだが……」
 そんな彼女の姿を見ながら、玉城がこっそりと囁いてくる。
「皇帝陛下の遺伝子は、殿下達のどこに受け継がれているんだ?」
 確かに、ルルーシュもその妹であるナナリーも母親であるマリアンヌとは違って軽いウェーブが付いた髪だし、瞳の色も紫だが……と彼はさらに言葉を重ねた。
「玉城、あんたねぇ……」
 そういう問題ではないだろう。カレンはそう言い返しながら拳を握りしめる。
「だけど、さ……全然似てないだろう?」
 外見は、だけどさ……と付け加えただけでも、まだましなのだろうか。それでも、聞くものによっては《不敬》と言われなねないものだろう。
「玉城。ここにいるのは俺たちだけじゃないんだぞ」
 同じ事を考えたのか。扇が彼を諫めるように視線を向けた。
「ルルーシュ殿下なら笑って聞き流してくださるだろうが、他の方々がそうだとは限らないだろう?」
 自分たちであれば手打ちにされたとしても、誰も見て見ぬふりをするかもしれない。もっとも、ルルーシュがそのようなことを許すはずがないが。
「そうなんだけどわかってるんだけど……でも、本当にそう思うんだから仕方ないだろう?」
 あくまでも玉城はこう言い張る。
「それに、殿下ならともかく母君は日本語がわからないだろうし」
 だから、きっと何を話しているのか理解できないと思う。そういわれては納得するしかないのだろうか。
「残念ですが、マリアンヌ様も日本語がおできになられます」
 しかし、いつの間にか近づいてきていたスザクがさりげなく爆弾発言をしてくれる。
「マジ?」
「えぇ」
 完璧な日本語を習得しておいでです、とスザクはきっぱりと言い切った。ルルーシュが日本語に興味を持った原因はそこにもある、と彼は付け加える。
「ブリタニアの后妃なのに……何で」
 カレンにしてみれば、この一言しか出てこない。他の二人も同様だ。
「なんでも、まだ騎士候になられる以前、日本に赴任されていたとか。その時の上官がダールトン卿だったとお聞きしております」
 もっとも、二人ともいろいろと理由があって半年あまりでブリタニア本国に帰還を命じられたそうだが、と彼はさらに説明をしてくれる。
「……迂闊なセリフをはけないな」
 玉城がため息混じりにこう呟く。その前に、そういうことを言わなければいいだろうとつっこむのは、あえてやめたカレンだった。

「母上は、どうしてエリア11に?」
 ルルーシュは一番の疑問をマリアンヌにぶつけた。
「ナナリーが貴方とスザクさんに会いたいとだだをこねたのですよ。他にも、私としても貴方が今どのようなくらしをしているのかを確認したいと思いましたし」
 もっとも、スザクとクロヴィスがいるからさほど心配はしていなかったが……と彼女は付け加える。
「ナナリーが?」
 どうして、とルルーシュは首をかしげた。あの子がそんなわがままを言うなんて珍しい、とも思う。
「もうじき、スザクさんのお誕生日でしょう? だから、自分の手でプレゼントを渡したいと言ったのですよ」
 どうなだめようかと思っていたところ、シュナイゼルが自分と同行すればいいと言ってくれたのだ、と彼女は笑う。
「皇帝陛下には、貴方を説得しにいってくると申し上げましたわ」
 もちろんそれは時間切れで失敗をすることになっていますけど、と微笑みながら口にする母は、やはり誰よりも素敵だ……とルルーシュは思う。
「家族は離れていても家族です。それでも、お祝い事はきちんとしないといけないでしょう?」
 言葉とプレゼントだけでもいいのかもしれないが、それを理解するにはまだナナリーは幼すぎる。だから、今回だけと言うことで納得させたのだ、とも彼女は微笑む。
「それに、こちらにはダールトン卿ともう一人、知己がいますからね。久々に顔を見るのもいいでしょう」
 その言葉は聞いていて納得できる。しかし、その言葉の裏に何か別の意味が隠されているような気がしてならない。
「母上……」
「それよりルルーシュ」
 だが、それを問いかけるよりも早く彼女は言葉を口にし始めた。
「母に貴方の新しいお友達を紹介してはくれませんか?」
 マリアンヌにこう言われては紹介をしないわけにはいかない。玉城はともかく、残りの二人に関してはルルーシュにしてもそうしたいと思っていたのだ。
「わかりました」
 彼女に向かってルルーシュは微笑む。その表情のまま、彼はスザクの方へと視線を向けた。
「スザク」
 そのまま彼に呼びかける。それだけでスザクにはルルーシュが何を言いたいのかわかったのだろう。カレン達三人を引きつれてこちらに歩み寄ってくる。
「母上、右からカレン・シュタットフェルトと扇要、玉城真一郎です」
 特にカレンは、ナイトメアのデヴァイサーとしてスザクと互角の実力を持っている……とそう付け加えた。
「ひょっとして、あの紅いナイトメアかしら」
 新型の、と口にするマリアンヌの慧眼には感心するしかない。しかし、やはりどこかずれているような気がする。
「はい、そうです!」
 それでも、カレンは嬉しそうだ。
「ひょっとしたら、ルルーシュの騎士になってくれるのかしら?」
 だとしたら嬉しいわ、という彼女に、カレンはさらに感激の色をその表情に浮かべる。これは母でなければできないことだよな、とルルーシュは思う。
「扇はこちらでは教師をしてるので、こちらのことをいろいろと教えて貰っていますし、玉城にはあれこれ遊んで貰っています」
 マリアンヌであれば、この微妙なニュアンスに気付いてくれるはずだ。そう思って、ルルーシュはさらに言葉を重ねた。
「まぁ、そうなの」
 そうすれば、彼女は微妙な微笑みを口元に刻む。
「この子はまだまだいろいろなことを学ばなければならない年齢ですわ。よろしくね」
 流麗な日本語でそういったのはそれなりの理由があってのことだろう。その瞬間、玉城が視線を彷徨わせたのがわかった。と言うことは、自分の知らないところで何かをやったのだろう。後でスザクかカレンに確認しよう、とルルーシュは思う。
「ともかく、お茶になさいませんか?」
 どうやらこちらの話が終わったと判断したのだろう。ロイドが口を挟んでくる。
「もっとも、戦場のことですから優雅に、とは申せませんけどぉ。それともみんなであっちに行きますぅ?」
 こう言いながら彼が振り仰いだのはアヴァロンだ。
「殿下も一緒でしょぉ。なら、無駄に立派なティーセットもお持ちだと思いますけどぉ」
 無駄にかどうかはわからないが、シュナイゼルであれば戦場でも最上の調度を運ばせるだろう。そして、優雅な仕草で紅茶を嗜みながらそれでも最良の布陣を敷いてみせるに決まっている。ルルーシュは心の中でそう呟いていた。
 クロヴィスも、どうせならそこまで彼に似てくれればよかったのに……と本気でそう思う。もちろん、シュナイゼルのようになるのは不可能だ。だが、彼の十分の一でも軍事に関して興味を持ってくれていれば、今回のようなことは防げたのではないか。そうも考えてしまう。
「それなら大丈夫のようですよ」
 柔らかな口調でマリアンヌがこう告げる。そのまま視線を動かした彼女につられるように、ルルーシュも同じ方向を見つめた。そうすれば、アヴァロンがゆっくりと降下してきているのがわかる。
「そろそろナナリーの我慢も尽きるころでしょう。ここももう大丈夫なようですし、ね」
 きっと、彼女の駄々がシュナイゼルの手に負えなくなってしまったのではないか。そういう母の言葉は真実なのだろう、とルルーシュも思う。幸か不幸か、ナナリーは母の体力というか身体能力を全て受け継いでいるようなのだ。
 いずれ、自分よりも強くなるのかもしれない。そんな不安すら、ルルーシュにはある。
「ならば、お茶の支度ぐらいはしていらっしゃるでしょうねぇ」
 どうやら、新しいおもちゃを確認したいようだしぃ、とロイドが茶々を入れてきた。
「……あの……俺たち、そろそろ失礼してもいいかな? でなければ、後始末に、回りたいんだが」
 状況を的確に察したのだろう。扇がこう言ってくる。
「殿下、だめっすか?」
 すがるような眼差しを玉城も向けてきた。この様子では、ダメと言っても逃げ出すだろうな、とそうも思う。
「わかった……ただし、後でその埋め合わせはして貰うぞ」
 母や兄たちの前でとんでもないことをされるぐらいなら、取りあえず希望を叶えてやった方がいいのではないか。そう判断したのだ。だからといって、無条件で解放してやるつもりはさらさらなかったが。
「構いません」
 行かせてください、と言葉を重ねる玉城にルルーシュは小さなため息を漏らす。
「カレン、お前だけは残れ」
 彼女にまで逃げられては、後が面倒だと思う。何よりも、自分の騎士になりたいというのであれば、この場で母はもちろん兄や姉たちに顔を覚えていて貰った方がいい。そんなことも考える。
「……ちょっと恐いけど、我慢するしかないわね」
 苦笑とともに彼女は言葉を返してくれた。一応、ブリタニア貴族の令嬢である以上、その覚悟はある、と言うところだろうか。そんなことも考えてしまう。
「そうしてくれ。いざとなれば、スザクがフォローをしてくれるだろう」
 な、と彼女の隣にいる自分の騎士に向かって問いかければ、彼は頷いてくれた。
「扇さんと玉城さんは、それでは後始末の方へと参加してください」
 カレンは自分と一緒に控えていればいい……とスザクは指示を出す。その瞬間、脱兎のごとく駆け出していった二人を後でどうしてやろうか……とこっそりと呟く。その間にも、スザクはカレンにあれこれ説明をしていた。
「取りあえず、ルルと殿下方と挨拶が終わったら、ナナリー様に紹介をして、その後は成り行き次第かな?」
 一緒にお茶と言うことになるだろうけど、自分たちはきっと別のテーブルで大丈夫だろうから……と彼は囁いている。
「スザクは一緒だぞ。カレンはロイド達と一緒でもいいけど」
 きっとナナリーが彼を側に置きたがるはずだ。そうなれば、兄姉達は苦笑とともに許可を与えてくれるだろう。今までもそうだったのだから、と心の中で呟く。
「わかっているよ、ルル」
 そのくらいは覚悟しているから、とスザクは頷いてくれた。
 まるで、そのタイミングを待っていたかのように、アヴァロンが着地をする。そして、開かれたハッチから可愛い妹が飛び出して来た。
「おにいさま! しゅじゃくさん!!」
 このままだと転んでしまうかもしれない。それで彼女が泣いてはかわいそうだ。そう思ってルルーシュは妹の方へと歩き出す。当然のようにスザクもその後を付いてきた。

 しかし、どうしてここにクロヴィスまでもがいるのか。
 総督府の方がどうなっているのか、ちょっと恐いかもしれない。それでも、久々にみなでお茶をするのは楽しい。ルルーシュがそう思っていたときだ。
「失礼致します」
 今まで一人、後始末に走り回っていたダールトンがようやく姿を見せた。しかも、彼一人ではない。彼の腕は、しっかりと別の人物の襟首を掴んでいた。
「藤堂鏡志朗!」
 それが誰なのかをルルーシュが認識するよりも先にマリアンヌが立ち上がる。
「母上?」
 顔見知りだったのか、と思ったのはルルーシュだけではないらしい。隣でスザクも目を丸くしている。
「あの時の勝負、今日こそつけて上げるわ!」
 そのためにここに来たのだもの! とマリアンヌは笑う。
「母上!」
 いったい何の勝負ですか! とルルーシュは問いかけたい。しかし、彼女がこのような表情をしているときに下手に口を挟むとどうなるかは嫌と言うほどわかっている。だから、呼びかけるだけで我慢をしておく。
「世界各国の銘酒を集めておいたわ! ダールトン将軍もいらっしゃることだし、今日は遠慮なく付き合って頂きましょう!」
 もっとも、答えはすぐに与えられたのだが。
「……藤堂……」
 彼女の言葉から判断をして、ルルーシュはため息をつく。
「うわっ……マリアンヌ様って、いける口の方だったんだ」
 スザクはスザクでこんなセリフをこぼしている。
「いけるくちって、どういういみですの? しゅじゃくさん」
 ナナリーに教えてくださいませ、とルルーシュとスザクの間に座っていた妹が問いかけてきた。
「お酒がお強いという意味ですよ、ナナリー様。藤堂先生が強いのは知っていたけど……」
 マリアンヌのそれは知らなかった、とスザクは付け加える。
「マリアンヌ様は、ダールトンと並んでブリタニア軍の双璧と呼ばれている。父上ですら、これに関してはマリアンヌ様に勝てぬ」
 そんな彼の言葉にコーネリアが苦笑とともに教えてくれた。
「それであれだけの量のアルコールを運びたいとおっしゃれたのですね、マリアンヌ様は」
 さらにシュナイゼルまでが頷いてみせる。
「場所は確保してありまして?」
「もちろんです、后妃殿下。他にも数名、自信があると言っているものを参加させる手はずになっております」
「それは重畳。今日こそ、誰が一番なのか、わかりますわね」
 にこやかにマリアンヌがこの場を離れていく。それにダールトンも藤堂を引きずったまま従っていく。その後ろ姿が楽しげなのは、ルルーシュの気のせいではないだろう。
 いや、彼等だけではなく、何故かロイドがセシルに引きずられながら後に続いていく。どうやら、彼も付き合わされることが決定しているらしい。
「明日は、母上の側では静かにしているのが一番だろうな」
 先日のことで、二日酔いの相手に取って辛いのは何なのかを学んだルルーシュはこう呟く。
「しかし、今回は何人最後まであの方に付き合えるのか」
「それよりも、急性アルコールで死人が出る方が問題ではないかと。取りあえず、医師を控えさせておきましたが」
 二人の兄が実に楽しげな会話を交わしている。
「わたくしも成人したらお付き合いさせて頂けるのでしょうか」
「……ユフィ……悪いことは言わぬからやめておけ」
 何やら胃のあたりを抑えながらコーネリアが妹を諫めていた。
「スザクの誕生日の晩餐にだけはしらふで出て頂けるといいのだが」
 他のものはどうでもいいが、少なくとも母とロイドと藤堂だけは……とルルーシュはルルーシュで呟く。
「ななりー、しゅじゃくさんにぷれぜんとをもってきましたの。それから、おにいさまにも」
 明日差し上げますわね、と微笑むナナリーに二人だけではなくみなが優しい笑みを向けていた。

「……ルルーシュだけではなくマリアンヌにナナリーそれにシュナイゼル達までエリア11におるとは」
 一人、ブリタニアに残された皇帝はこう呟きながら、腕の中のものを抱きしめる。それは、可愛い末の皇女が出かける間際に『かえってくるまでおとうさまにおかしいたします。これがあれば、さびしくありませんでしょう?』と可愛らしい声で口にしながら差し出してくれたものだ。
「……皇帝とは、ある意味つまらぬものだな」
 こうなれば、さっさと誰かに皇位を譲ってしまおうか。しかし、それではあれこれ問題が……と悩んでしまうシャルル・ジ・ブリタニア(62)だった。




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