「せっかくきたのだから、この地でしか見られない光景を見てみたいね」 こんなセリフを平然と口にしてくれたのは、現在皇位に一番近いと言われている第二皇子殿下だった。 「そぉですねぇ。ルルーシュ様もあまり遠出はされていませんしぃ……ここにはスザク君も黒の騎士団もいますからねぇ」 案内をする人間には事欠きませんよねぇ……とロイドも頷いて見せている。 それが命令ならば、そのくらいはどうと言うことはないが、このメンバーで出かける気か……とスザクは思ってしまう。これがルルーシュとナナリーそれにマリアンヌだけならばまだまだ妥協できるかもしれないが、シュナイゼルが言い出したと言うことは、それにリ家の姉妹にロイド達――最悪、クロヴィスも――同行するということではないだろうか。 それでいいのか、とルルーシュは思ってしまう。 「どうかしたのかい、ルルーシュ」 そんな気持ちが表情に出てしまったのだろうか。シュナイゼルがこう問いかけてくる。 「……何でもありません」 取りあえずこう言い返す。 「何でもないという表情ではないよ?」 もちろん、その程度で納得してくれる兄ではない。笑みを深めながらも、ルルーシュにごまかしを許さないと視線で告げてくる。 「君の騎士も、それを感じているようだしね」 この言葉に慌てて振り向けば、苦笑を浮かべているスザクと視線があった。 「……スザク……」 思わず恨めしげな眼差しを向けてしまう。 「ごめん、ルル……」 だって、心配だったから……とスザクは口にする。そういわれてしまってはルルーシュとしても文句を言えない。 ちなみに、この場にマリアンヌがいないのは、たんに二日酔いだからだ。コーネリアはクロヴィスの尻を叩いて後処理をさせているし、ユーフェミアはナナリーとともにミレイの所に行っている――カレンが一緒だから、大丈夫だろう……とルルーシュは考えていた――だから、この話も自分とシュナイゼル、そしてスザクとロイド、というある意味恐いかもしれないメンバーで行われている。 側にセシルがいてくれるから、ある意味、ロイドの暴走は止められるのではないか。そんな期待もしていた。 しかし、スザクだけは何があろうとも無条件で自分に味方をしてくれなければ困る。彼は自分のものなのだから、とルルーシュは心の中で呟いていた。 だが、それだからこそ彼は自分を心配しているのかもしれない。 わかってしまうが、今はそれを表に出して欲しくはなかった。そんな勝手なことも考えてしまう。 「それで? 何を考えていたのかな?」 教えてくれるだろう、とシュナイゼルはまた言葉を重ねてくる。 「……みんなで行くとなると、クロヴィス兄上も当然参加するとおっしゃるでしょうし……そうなった場合の移動はどうするのかとか、それ以前に、政務にししょうがでないのかとか考えていただけです」 そうしているうちに、少し恐いところまで考えが言ってしまったのだ、とルルーシュはさらに言葉を重ねた。 「そうだったのかい。ルルーシュは真面目だね」 本当に、誰かに爪のあかでも飲ませたい気持ちだ……とシュナイゼルはため息をつく。 「シュナイゼル兄上?」 クロヴィスに向かっていっているわけではないだろう。では、誰に……と考えてしまう。 「取りあえず、政務のことなら心配はいらないよ。バトレーが残るし、ホットラインも用意してあるからね」 一日二日ならどうと言うことはない、とシュナイゼルは微笑んでくれる。 「移動もアヴァロンを使えば大丈夫だろう。ランスロットはもちろん、他のナイトメアフレームも運べるから、そちらの点でも大丈夫だね」 そのためにアヴァロンでやって来たわけではないだろうな、とルルーシュは心の中で呟いてしまう。それでも、シュナイゼルがきちんと準備をしていることだけはわかった。 「わかりました、兄上。余計なことを申し上げてしまって、すみません」 ルルーシュはこう言って頭を下げる。 「そんなことは気にしなくていいんだよ、ルルーシュ。ある意味、当然の疑問だからね」 こんな風に疑問を口にしてくれれば答えも返して上げられるだろう、と彼はさらに笑みを深めた。 「だから、わからないことは遠慮なく聞きなさい。少なくとも、私に答えられることならば教えて上げよう。スザク君やロイドも同じ気持ちだと思うよ」 ルルーシュはまだ幼いのだから、そんな彼に正しい知識を与えるのは自分たちの義務だよ、といわれてそういうものかのかとルルーシュは思う。確認するようにスザクの顔を見れば、彼もまた頷いてみせた。 父が口にするならば疑ってしまうそれも、シュナイゼルとスザクがともに言うのであれば信じられる。 「はい、兄上」 だから、ルルーシュは笑顔とともにこう口にした。 その後、多少のすったもんだはあったが旅行は敢行されることになった。しかも、目的地はキョウトだ。 「……妥当と言えば妥当なのだろうが……」 しかし、このメンバーでキョウト? とルルーシュはため息をついてしまう。 これがもう少し少人数ならば何も心配はいらなかった。 もちろん、自分たち母子とスザク、それにカレンだけでもかなりの人目を集めるだろう。それでも――マリアンヌはともかく――自分たちは顔が出ていない。何よりも、自分たちだけなら十分に家族が敢行に来た、と言ってごまかせるはずだ。 それに妥協してユーフェミアが入ったとしてもいい。 しかし、そこにシュナイゼルやコーネリア、あまつさえクロヴィスが入ったらどうなるか。 三人とも、嫌と言うほどマスコミで顔をさらしている。それでなくても、十分に人目をひく容貌をしているのだ。 「藤堂達が付き合ってくれなければ、絶対に反対していたな」 もっと別の場所にしてください、と鳴いて頼んでいたかもしれない。そんなことすらルルーシュは考えてしまう。 「ここなら、六家の管轄内だからね。別の意味で安全だよ」 間違いなく桐原が手を回してくれているはず。 そういってスザクが手を差し出してくる。 「……ならいいが」 一度しか顔を合わせたことはないが、彼であれば確かに信頼できるだろう。その彼が動いてくれているのであれば大丈夫ではないか。そんなことを考えながら、ルルーシュは彼の手を握りしめる。 「ところで、何をもめているのかな?」 皆さん、とスザクが呟いた。視線を向ければ、確かにクロヴィスとユーフェミアが口論をしている。 「……ここまで来て、何を……」 ただでさえ目立っているのに、とルルーシュは眉間にしわを寄せた。それをスザクの指がたしなめるようになぞる。 「ダメだよ、ルル。跡が付いちゃうよ」 せっかくマリアンヌ様にそっくりの綺麗な顔なんだから、ね? と言われて、素直に頷いていいものかどうか悩んでしまう。それでも、マリアンヌにそっくりだと言われて嬉しくないはずがない。 「でも、あれは……」 「理由を聞いてみれば? ルルが聞けば、きっと教えてくれるよ?」 それどころか、きっとケンカも終わるんじゃないかな、とスザクは付け加える。 「そうか?」 「そうだよ」 みんな、ルルのことが好きだから……と彼に言われなくてもわかっているつもりだ。でも、スザクにそういってもらえるとやっぱり嬉しいかもしれない。 「なら、行く。付いてくるよな?」 「当然でしょう? 僕がルルの側を離れるのは、戦闘中だけだよ」 それも、ルルーシュを守るためだけだから……と彼は口にする。今はそのどの状況でもないから、大丈夫だよ、とも。 「なら行くぞ」 こう言ってルルーシュは歩き出す。手をつないでいるから、というだけではないだろうが、スザクもしっかりと隣を歩いてくれている。もちろん、歩調も合わせてくれていた。 それを当然のことと思ってはいけないのだろうな、とルルーシュは心の中で呟く。そのためにもたくさん勉強をしないと、言うこともわかっている。しかし、今は目の前のことを優先しないとと思う。 「いったい、何をなさっているんですか! クロヴィス兄上にユーフェミア姉上!」 言葉とともに二人を指さす。 「皇族同士の口論だなんて、貴族達に陰口の格好の材料を与えるようなものです!」 どこで誰が見ているのかがわからないのに、とルルーシュは言葉を重ねた。 「確かにその通りだな」 その言葉に、コーネリアが同意の言葉を口にしてくれる。 「でも、お姉様。この周囲にはマスコミなんて……」 この側にはいませんわ、とユーフェミアが言い返す。しかし、そうではないことをルルーシュは知っていた。 「……いるかもしれないな、あれが」 そして、クロヴィスも、だ。 「……いました……」 さすがは《騎士》と言うべきなのだろうか。スザクは相手の姿を見つけたらしい。その瞬間、ルルーシュとクロヴィスはそろってため息をついてしまう、 「るるーしゅおにいさま」 その様子に何かを感じ取ったのだろうか。ナナリーが呼びかけてきた。 「あれって、なんですの?」 ロボットでも追いかけてきているのですか? と可愛らしい口調で告げられて、ルルーシュは答えに窮してしまう。思わず助けを求めるようにクロヴィスを見上げてしまった。 「……ルルーシュのことを追いかけている《ストーカー》という犯罪者すれすれの馬鹿者がいるんだよ、ナナリー」 ナリタの時は完全にあの地域も封鎖したから、流石のあれも追いかけては来られなかったようだが、今回は情報を入手して付いてきたようだね……と彼はため息とともに口にする。 「……ストーカーだと?」 「ルルーシュは可愛いから危ないとは思っていたが……どうして処分しないのかな?」 シュナイゼルとコーネリアは即座にクロヴィスに噛みついた。 「したいのは山々ですが……」 理由が理由だけに難しいのだ、と言葉を返す彼にルルーシュも思いっきり渋面を作る。できるものなら、自分が使える手段を全て使ってでもあれをコーネリアか誰かの所に押しつけたに決まっているだろう。 「あれは……父上公認のストーカーですから……」 できないのには、彼のバックに父であるブリタニア皇帝がいるからだ。 「……俺の写真を渡す代わりに、多少の問題は握りつぶさせているようです」 ルルーシュもため息をつく。 「それで、さいきん、おとうさまがおにいさまのおしゃしんをもっていらっしゃったのですね」 たくさん見せて貰ったのだ、とナナリーが報告をしてくる。 「……やっぱり……」 まぁ、予想してたことではあるが……とクロヴィスが苦笑を浮かべた。 「それでも、強引に連れ戻されないだけまし、と思うべきなのでしょうか」 そんな彼に、ルルーシュは真顔で問いかける。 「どうだろうね。父上のことだ。何かを画策していらっしゃるような気はするが」 今回、マリアンヌさまとナナリーがおいでになったことも含めて……とクロヴィスも言い返す。 「わたくしたちもこちらに集まったことも含めて、お父様が何かをしていらっしゃることは間違いないでしょうね」 ルルーシュが家出をしてからと言うもの、ものすごく寂しそうだったから、と口にしたのはユーフェミアだ。しかし、家での原因の一端は彼女にもある。それを認識していないのか、それとも知っていても無視をしているのか。どちらが正しいのか、その表情からは判断できない。 「どちらにしても、それに関してはあとでゆっくりと話し合えばよろしいでしょう。それよりも、迎えが来たようですよ」 今は旅行を楽しみましょう、とマリアンヌは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。それに、誰もが反射的に頷いてしまう。 「今日の夕食に関しても、藤堂達がセッティングをしてくれているそうです。ですから、ご心配ならないでくださいね、お二方とも」 さりげなくクロヴィスとユーフェミアのケンカの原因まで彼女は封じてしまう。そういうところは流石だと、ルルーシュは素直に関心をした。 しかし、母の本心が全く別の所にあったらしい、とルルーシュはすぐに思い知ることとなってしまった。 「……また、お酒……」 ナナリーが寝てしまった後だからいいのだろうか。 だが、今回は前回のメンバーの他にクロヴィスやコーネリアまで混ざっている。 「明日、無事に予定をこなせるのかな?」 スザクに問いかけても、彼にもわからないのだろう。ただ、苦笑だけを返してきた。 ちなみに、酒盛りに参加して翌日元気だったのはマリアンヌとダールトンと藤堂だけだったことは言うまでもない。こうなると、早々に逃げ出したシュナイゼルが一番賢いのだろうか、と悩んでしまうルルーシュだった。 ともかく、藤堂の案内でユーフェミアご希望の買い物に出かけたときだ。その先でルルーシュは気になるものを見つけてしまった。 「……これは、日本の人形だよな?」 あえてイレヴンとは言わない。その理由にスザクも気付いたようだ。 「だと思うけど……目の色が変色しちゃったのかな?」 それとも、マリアンヌをモデルにしたのかもしれないね……とスザクは柔らかな口調で告げる。 「どちらにしても、これ、気に入った。俺の小遣いで買えるかな?」 そう問いかければ、スザクは柔らかな笑みを浮かべた。 「大丈夫だよ」 「なら、これを買う」 こう言いながら、ルルーシュは周囲を見回す。そうすれば、店員がこちらに歩み寄ってくるのが見えた。 『父上へ。 自分はまだまだ知らないことばかりです。ですから、クロヴィス兄上の元で今しばらく勉強をしたいと思います。 その間は、これを自分だと思って側に置いてやってくださいませ。 ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア』 「ルルーシュはとても生き生きとしていましたわ、陛下」 ですから、今しばらくは連れ戻さないで欲しい。そういう彼女に皇帝は重々しい仕草で頷いてみせる。 しかし、その腕にはルルーシュによく似た日本人形が抱きしめられていた。 「この衣装、なかなか美しいな。今度、ルルーシュ達のために作らせよう」 彼のこの言葉に、マリアンヌは微笑みを返す。しかし、その頬が引きつっていたことに皇帝は最後まで気が付かないようだった。 終 BACK 07.07.16up |