目の前に積まれた酒樽その他の山に、カレンは思わず目を丸くしていた。
「……まぁ、これだけの人数がいるから……」
 あれくらい必要なのかもしれないわね、と呟く。
「甘いな、カレン」
 だが、そのセリフを聞いていたのだろう。ルルーシュがどこか自嘲的な笑みを浮かべながら声をかけてきた。
「殿下?」
「おそらく、あれの半分は三人で空ける予定だと思う」
「はい?」
 三人とはいったい誰と誰と誰のことなのだろうか。そう思ってしまう。
「……ルル……」
 そんな彼の斜め後ろでは、スザクが少しだけ困ったような微笑みとともに彼の名を呼んでいる。
「俺はもう諦めているからな。スザクもあきらめろ」
 母上に欠点があるとすれば、それだけだ……とため息とともに彼は続けた。
「欠点のない人間なんて、この世に存在していないからな」
 まぁ、こちらには被害が及ばないから心配はするな……と付け加えるルルーシュの口調にあきらめの色が色濃く表れている。
「……でも、マリアンヌ様は未成年がお酒を飲むのはよく思われていないんですよね?」
 それなのに、ご自分は飲むのか……とそんな風にも考えてしまう。
「ご自分でお飲みになるから、だよ、カレンさん。だから、アルコールが子供にどのような悪影響を及ぼされるのか、お調べになったらしい」
 ルルーシュとナナリーがお腹の中にいるときには、本当に一滴も飲まれなかったらしいし、授乳中も公式の場で一口二口飲まれるだけだったというように、徹底的に自制していたそうだ……とスザクも教えてくれる。
「だから、ナナリー様が二歳になられて、マリアンヌ様の自制期間が終わられたときはすごかったよ」
 あの時は、アリエス宮の貯蔵庫にあったお酒では足りずに、慌てて本宮やコーネリア達の離宮から持ってきたのだった、と苦笑混じりの説明が続く。
「母上とダールトン将軍がそろった時点で予想できていた事態ではあったがな」
 だから、コーネリアもお祝いだと言ってかなりの量の銘酒を事前に送ってくれていたのだ。それでも、あの二人には足りなかったらしい。
「……皇帝陛下は何もおっしゃらないわけ?」
「父上は、母上のそういう豪快なところもお好きなのだそうだ」
 他の后妃方では決してそのようなことをするわけがない。だから、新鮮らしい……ともルルーシュは口にする。
「そもそも、父上が母上を見初めたのは、ダールトン将軍の隊の祝いの席で豪快に飲んでおられるのを見られたときだそうだからな」
 普段の言動と戦場でのそれのギャップがとても魅力的だったのだそうだ、という言葉にはどう反応をすればいいのか。
 しかし、と思う。
 そういう両親から生まれて、なおかつスザク達の教育があったから今のルルーシュがいるのではないか。
 カレンが心の中でそう呟いたときだ。
「あぁ……やはり逃げ切れなかったようだな」
 まぁ、母上とダールトン将軍の目的が彼である以上、逃すようなマネをするはずがないが……とルルーシュは感心しているのかどうなのかわからない口調で告げる。
「……奇跡の藤堂も、母上と将軍、二人がかりでは分が悪いと言うことか」
 それとも、キョウトあたりに人身御供として差し出されたか。どちらにしても、ご苦労なことだ……と子供らしくないセリフで彼は言い切った。
「藤堂先生も……お酒が嫌いじゃないはずなんだけどね」
 むしろ、酒の席には一番で飛んでいくはずなのに、とスザクも苦笑を浮かべている。
「藤堂は、どちらかというと一人で静かに酒を楽しみたいタイプではないのか?」
「どうだろうね。みんなで飲むのも嫌いじゃないって……昔聞いたよ」
 二人の会話を聞きながら、カレンはある可能性にたどり着く。
 ひょっとして、あのお酒は全部、三人分として用意されたのではないか。
 よくよく確認をすれば、周囲に、さらに別の瓶が用意されているし……と思う。
「……大丈夫なのかしら」
 こう呟いた彼女に、言葉を返してくれる者は誰もいなかった。

 しかし、いつ見てもマリアンヌがお酒を飲む姿は本当に楽しそうだ。自分やナナリーを相手にしているときとは別の意味でそう見えるのは、少し悔しいかもしれない。
 そんなことを考えながらルルーシュは自分の分として用意された料理に箸を延ばす。
「……ルルーシュ殿下って、ブリタニア人なのに、箸の使い方が綺麗よね」
 彼の隣で食事を取っていたカレンがこう口にする。
「スザクが教えてくれた。使い慣れると便利だよな、箸も」
 これだけでいろいろなことができる、と付け加えながら今度は甘く煮られたカボチャをつまんだ。
 ブリタニアであれば、甘いものはとことん甘くするが、これはカボチャ本来の味が残っている。和食が好ましく思える点はそう言うところも、だろうか。
「おにいさま。これ、おいしいです」
 しかも、自分やナナリー用のお膳とスザク達のそれが違っている、と言うことは、これは子供向けの料理なのだろう。
「そうだな、ナナリー」
 自分のことではないが、好きな人が同じ感覚を持っているとわかると嬉しくなってしまうのはどうしてなのか。頷き返しながらそんなことを考えてしまう。
「このきいろいのがあまくておいしいです」
 彼女は箸が使えないから、旅館の方で気を遣ってスプーンやフォーク、それにナイフを用意してくれていた。それを上品な仕草で使い分けながらナナリーが一つの料理をまた口に運ぶ。
「あぁ、きんとんだね」
 その形は茶巾絞りと言うんだよ、とカレンとは反対側に――ルルーシュとナナリーの間だ――に座っていたスザクが口を開く。
 彼はルルーシュの騎士だが、ナナリーの兄代わりでもある。だから、二人分の面倒を見られるようにそこに座っているのだ。とは言っても、ルルーシュに関してはカレンが手を貸してくれているから、スザクはナナリーを中心に手伝っている。
 他の誰かならば気に入らないが、ナナリーならばスザクを貸してもいいと思う。
「サツマイモでできているんだ。スイートポテトと同じ材料だよ」
 でも、バターは使われていないのかな、と彼は首をかしげてみせる。
「スザクは、何でも知っていますのね」
 ナナリーの向こうに座っているユーフェミアが微笑みとともに口を挟んできた。
「……この地に暮らしていた人間としては、普通の知識です。ユーフェミア殿下」
「ユフィで構いません、と何度も言っておりますでしょう?」
 笑みを深めながら告げられた言葉に、スザクは困ったような表情を作る。
「ユフィ姉上。スザクに無理を言わないでください」
 自分はともかく、ユーフェミアにそのような口調で話しかければ、スザクが周囲からどのような叱咤をされるかわかっていないのか。それとも、たんに自分を困らせようとしているのか、と思う。
「けちですわね、ルルーシュは」
 だから、そういう問題ではないだろうに。
「まぁ、いいですわ。ルルーシュの困った顔は可愛いですけど、スザクのは無理に見ようとは思いませんもの」
 やはり、そういうことか……とルルーシュはため息を吐く。本当にこれがなければいい姉なのに、とも考えてしまうのだ。
「……ユーフェミア殿下……」
 スザクはスザクで肩を落としながら彼女の名を呼ぶ。
「ゆふぃおねえさま。おにいさまとすざくさんをいじめないでくださいませ」
「ごめんなさい、ナナリー。気を付けますわ」
 流石のユーフェミアもナナリーには勝てないのか。まぁ、ナナリーの可愛らしさに勝てる存在なんていないだろうが、とそうも思う。
「では、真面目な話をしますけれど、日本酒って、どんな味ですの?」
 マリアンヌ達が楽しそうに飲んでいるが……と言うユーフェミアの言葉に、さりげなく母達の方に視線を向ける。
「……嘘……」
 カレンが信じられないと呟きを漏らす。
 まぁ、確かにあそこに積まれていた日本酒のたるが、既にいくつか消えているところ見てしまえばそうも言いたくなるのではないか。ルルーシュはそう思う。
「一斗樽は目立つからね。その分、インパクトが大きいのかな?」
 まぁ、確かにちょっと衝撃が大きかった……とスザクも苦笑混じりに告げる。
「……あれ、三人で飲んだのよね、きっと」
 他の人たちは、日本酒には手を出していないようだから……と告げるカレンの声が震えていた。
「母上達なら、まぁ、あのくらいは当然だろう。しかし、日本酒は飲みやすいのか?」
 日本酒どころかワインも香り付け程度にしか口にしたことがない。だから、ルルーシュはスザクにこう問いかけた。
「僕もよくわからないんだけど……おいしい日本酒は水のように飲めるらしいよ」
 だから、本当に飲む人は一斗樽とはいかなくても、一升瓶を平然と何本も空ける人がいたと聞いている……と彼は説明をしてくれる。
「まぁ……藤堂さんの場合、一人で一斗樽を空けたことがあるという逸話はあったらしいけど……」
 本当だったみたいだね、とスザクはため息を吐く。
「確かに、ダールトン将軍と母上が気に入るはずだ」
 あの二人は、自分たちと同じレベルで飲める人間を捜していたから……とルルーシュは口にする。
「でも、おいしそうですわ。お姉様も飲んでおられますし」
 水みたいなのであれば、自分が飲んでもいいのだろうか……とユーフェミアが呟く。
「ゆふぃおねえさまがのまれるなら、ななりーものみたいです」
 お水なのですか? とナナリーは首をかしげている。
「いいや、お酒だよ、ナナリー。お水みたいに見えても」
 だから、母上が飲んでいいと言わないだろう? とルルーシュは慌てて口にした。
「そうですよ、ナナリー様。お酒は大人になってからです。ルルも飲んでいませんよ?」
 それよりも、こちらの方がおいしいですよ……とさりげなくジュースを差し出している。それでも、ナナリーは不満のようだ。
「……子供用の甘酒がないかどうか、仲居さんに聞いてくるわね」
 あれなら子供が飲んでも大丈夫だから、とカレンが腰を上げた。
「ひな祭りの時のあれだね。お願い」
 スザクには彼女が何を言いたいのかわかったらしい。即座に頷いて見せている。
「そんなものがあるのか?」
「はい。でも、今あるかどうか……無くても、代用品を探してきてくれると思うのですが」
 取りあえず相談してきますね、とカレンは移動していく。
「……ナナリー。カレンがこう言ってくれている。それまで、我慢できるな?」
 視線を改めて彼女に向ければ、ナナリーは小さく頷いてみせた。どうやら、自分のせいでカレンが食事を中断してしまったことが申し訳ないと思ったらしい。
 ならば、ナナリーは大丈夫だ。
 ならば、後の問題はユーフェミアだけだろう。彼女は、スザク達と同じ年齢だから、そう簡単に彼等の言葉を聞き入れるとは思えない。ではどうしようかと思いながら、さりげなく周囲を見回す。そうすれば、コーネリアがさりげなくグラスを置いたのが見えた。どうやら、一休みをするつもりらしい。
「コーネリア姉上!」
 それを母に見つかってあれこれ言われる前に、とルルーシュは彼女に呼びかける。
「どうかしたのか、ルルーシュ」
 明らかにほっとしたような表情でコーネリアが視線を向けてきた。
「ユフィ姉上が、悪いことをしようとしています!」
 怒ってください!! と口にする。その言葉に、彼女は頷いてみせた。そのままゆらりと立ち上がる。
「ルルーシュ!」
 同時に、ユーフェミアが表情を強ばらせた。
「貴方は何と言うことをしてくださったのですか。よりによって、この状態のお姉様を呼ばれるなんて……」
 そして、思い切り抗議の言葉を口にする。
「母上の方がよろしかったでしょうか」
 しかし、ルルーシュにしても負けてはいない。この状況なら、マリアンヌの方がまずいだろう。それがわかっていてのセリフだ。
「意地悪ですわね」
「姉上がお悪いのですよ。お酒は成人してから、と言われているにもかかわらず、飲みたいなんておっしゃるから」
「そうなのか?」
 コーネリアは厳しい視線をユーフェミアへと向ける。
「お姉様、わたくしは……」
「いいわけはいらん。お前はルルーシュやナナリーの手本とならねばならぬのだぞ!」
 それなのに……と彼女はコーネリアの前に腰を下ろすと説教を始めた。
「……スザク、食事続けていいぞ」
 その様子を横目で見ながら、ルルーシュはこう口にする。
「ルル……」
「コーネリア姉上は説教上戸なのだそうだ」
 だから、ユーフェミアが本気で反省をするまでは続くから……とルルーシュは笑った。
「本当にいいのかな」
 ルルーシュのそんな様子に、スザクは今ひとつ納得できないようである。
「お待たせ。今、仲居さんが今、甘酒を持ってきてくれるって。ルルーシュ殿下も飲まれるでしょう?」
 スザクは嫌がりそうだから頼まなかったわ……と口にしながらカレンが戻ってきた。
「すまなかったな、カレン」
「いいえ。このくらいなら何でもないです」
 こうして、ユーフェミアを除いて他の年少組は食事を堪能したのだった。

 ちなみに、彼等が部屋に戻るときには、一斗樽が最後の一つだったことは、あえて言うまでもないだろう。

「……母上……何時まで飲まれていたのですか?」
 翌朝、気が付いたときにはナナリーとともに眠っていたマリアンヌに向かって、ルルーシュはこう問いかける。
「日付が変わる前には終わりましたよ。飲むものがなくなってしまいましたから」
 やはり、もう少し用意してもらうのでした……と微笑む母はいつもの彼女だった。しかし、他のものがどうだったかは、知らない。ただ、朝食の席に出てきていたのが年少組とマリアンヌの他はダールトンと藤堂だけだったことは事実である。
「さて、今日はどこを回りましょうね」
 マリアンヌは、あくまでも元気だった。




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