ルルーシュが好きなものはたくさんある。しかし、その中で特別と言えるのは、やはり母と妹、そして自分の騎士だろう。
 その中でもスザクは自分が初めて手に入れた自分だけの存在だと言っていい。いつも側にいてくれることが当然だと思っていた。
 それなのに、だ。
「……スザクが行くなら、俺も一緒に行きます」
 クロヴィスの言葉に、ルルーシュはこう告げる。
「ルルーシュ……いいこだから、ここに残りなさい」
 君が行くべき場所ではない。そういわれても、と思う。
「騎士は……主のそばにいるべきものではないのですか?」
 少なくとも、コーネリアの騎士はそうしているはずだ。母も実戦に出ていたときはそうしていたときいている。
 それなのに、どうして……とルルーシュは異母兄をにらみつける。
「クルルギには実戦経験が少ない。それは騎士としてマイナスだろう?」
 だからといって、まだ幼いルルーシュを戦場に連れて行くわけにはいかない。そうなれば、信頼できる相手に預けるのが一番ではないのか。
「コーネリア姉上ならスザクに悪印象を持っていらっしゃらない。だから、彼にとってもいい経験になると思うよ」
 だから、ルルーシュも彼のために我慢して上げなければいけないよ……とクロヴィスは優しい口調でさらに言葉を重ねてきた。
「何よりも、今回のことでスザクの立場が強くなるかもしれないぞ」
 あくまでも軍内部でのことだが。皇族内部に関して言えば、マリアンヌが認めている以上、誰も何も言えないというのは否定できない事実だろう……と言われて、ルルーシュは小さなため息を吐く。
「……その前に、姉上とお話をさせてください」
 そこで返事をするから、と口にした。
「もちろんだよ、ルルーシュ」
 少し時間がかかるが、待ってくれるかな? とクロヴィスは聞き返してくる。
「姉上もお忙しいことはわかっていますから」
 でも、できれば自分が起きている間に連絡をもらえると嬉しい……とは付け加えた。
「もちろんだよ、ルルーシュ。出発前には必ず姉上と話ができるようにしてあげるよ」
 コーネリアにしても、ルルーシュの顔を見たいと思っているだろうからね。自分たちの意見が受け容れられそうだからか。クロヴィスはほっとしたような表情でこう口にする。
 あるいは、全てをコーネリアに押しつけようとしているのか。
 どれが正しいのだろうなとルルーシュは考えていた。

 しかし、ここまで早くコーネリアと連絡が取れるとは思わなかった。
「お忙しいところ、申し訳ありません」
 モニターの前でルルーシュはこういう。
『いや、いい。予想していたからな』
 優しい微笑みとともに彼女はこう言い返してきた。
「姉上?」
『お前とクルルギは一日と離れたことがなかったからな。不安を感じるかもしれない……と思っていたのだよ』
 もっとも、それはある意味、騎士と主としてじは理想の形かもしれないが。彼女はさらにこう付け加える。
『それだからこそ、少しの間離れてみることも大切だぞ。離れてみれば、また改めてお互いのよいところに気付くかもしれないしな』
 それでなくても、相手がどれだけ大切な存在かはわかるだろう。
 この言葉に、そういうものなのだろうか……とルルーシュは悩む。
「でも、姉上……どうして、今回に限ってそのようなことをおっしゃられたのですか」
 今までそんなことを言ったことはないのに。ルルーシュは問いかける。
『マリアンヌ様に頼まれたのだよ』
「母上に?」
 どうして母が、とルルーシュは首をひねる。
『先日のことで何か考えられたのかもしれん』
 ルルーシュの部下である黒の騎士団にしても、藤堂達の動きはともかく、他のものはまだまだ経験不足としかいいようがない。他のものはともかく、ルルーシュの筆頭騎士であるスザクがそれではいけないと考えられたのではないか。彼女はそうも付け加える。
『筆頭騎士は主の身を護るだけが役目ではない。時には、主の代わりに指揮を執ることもある。そう考えれば、経験を積ませることも必要だぞ』
 もちろん、主であるルルーシュも同じ事だ……と彼女は口にした。でなければ、クロヴィスみたいになってしまうからな、とも。
「……姉上……それは酷いです……」
 ルルーシュの隣でクロヴィスがこんな呟きを漏らす。しかし、ルルーシュはもちろんコーネリアもそれを聞かなかったことにした。
『心配するな。クルルギにはかすり傷一つ付けん』
 それとも、この姉が信用できないか? と問いかけられてルルーシュは首を横に振る。
「……スザクが側にいないのが、不安なだけです……」
 あの日から一度も離れたことがなかったから、とルルーシュは正直な気持ちを口にした。
『お前はまだ小さいからな。その気持ちはわかる』
 スザクの代わりにならないだろうが、カレンとミレイに構ってもらえ……と彼女は苦笑とともに付け加えた。それも必要なことだぞ、とも言われて、ルルーシュは頷く。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。私が一緒にいるからね」
 さりげなくクロヴィスがルルーシュの肩に手を置いてきた。
「……兄上……」
 本当に自分の立場がわかっているのか、と問いかけたくなってくる。
『お前はそれよりもしなければならないことがあるだろうが』
 コーネリアの方はもっと直接的だ。
「だって、姉上……」
 こう言うときでなければ、ルルーシュを独占できない……とクロヴィスは言外に付け加える。
『クロヴィス! お前は総督としての仕事を優先に決まっているだろうが!! バトレーには私から言っておく。お前の仕事が片づくまで、ルルーシュの側には近づけるな、とな』
 誰もが気おされるほど綺麗な微笑みを浮かべて、コーネリアはこう宣言をする。
「そんな……姉上!」
『うるさい! 義務を果たせぬものが権利だけを主張するな!』
 悔しければ、早々に仕事を終わらせて見せろ! と泣き言を口にしているクロヴィスに向かってさらに言葉を投げつけてきた。
「……姉上のおっしゃるとおりです……」
 でも……と彼はなおも文句を口にしている。
『そういうことだから、ルルーシュ。お前は何も心配するな』
 ユーフェミアも本国に戻っているから、スザクにちょっかいをかけることはできないしな……と彼女はさりげなく口にした。
「……姉上……」
 そちらに関しては何も心配していない、とルルーシュは言い返す。スザクが自分以外の相手を選ぶはずがないとわかっているのだ。
『あれもそろそろそういう年頃だからな』
 だが、この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュの中に言いようがない感情が浮かんでくる。しかし、その感情が何という名前のものなのか、ルルーシュにはわからない。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。クルルギの本気はあくまでも君にだけ向けられているからね」
 それでも、男である以上、ある程度発散しないといけないものだ。もっとも、ルルーシュはまだ幼いからわからないかもしれないが、とクロヴィスは口にした。
『クロヴィス……お前は……』
 いい加減にしないか、とコーネリアがモニターの向こうで告げている。その声が怒りで震えているように感じたのは、ルルーシュだけではなかったらしい。
「……あのですね、姉上……」
『ルルーシュ。納得したのなら、クルルギの所に行って甘えてくるがいい。私は、、もう少しクロヴィスと話をしなければいけないようだからな』
 それでも、ルルーシュに向けてくれる視線はやさしいものだ。 「はい、姉上」
 この場は、素直に引き下がった歩がいいだろう。そう判断をしてルルーシュは頷く。
『では、またな。クロヴィス! お前は逃げるんじゃない。そんなことをしたら、次に顔を合わせたときにどうなるかわからないぞ』
「姉上!」
 二人のこんな会話を耳にしながら、ルルーシュはその場を後にした。

 そして、スザクはロイド達とともにコーネリアがいる地域へと旅立っていった。

「……何か、物足りないんだ……」
 ミレイとカレンがいるアッシュフォード学園を訪れていたルルーシュは、誰に言うとはなしにこんな呟きを漏らす。
「スザクがいないせいかな、やっぱり」
 総督府の自室に戻っても一人だから、だろうか。そう考えてしまう。
「……殿下。スザク君なら大丈夫ですよ」
 コーネリアが約束してくれたのでしょう、とミレイが声をかけてくれた。
「わかっている。でも、何かいやなんだ」
 一人でいるのが寂しいわけではない。そんなときにどうやって時間を潰すかもいろいろと考えてあった。そして、その準備も行ってきた、と心の中で呟く。
 だから、総督府でも時間を潰すと言うことに関しては悩むことはない。
 それでも、何か物足りないのだ。
「……スザクがいないと、何かぽっかりとすきまができたような気がするし……」
 どうしてなのかわかるか、とルルーシュはミレイに問いかける。
「その前に殿下」
 ミレイが何やら考え込むような表情で口を開いた。
「確認させてよろしいでしょうか」
「何を、だ?」
 構わないぞ、とルルーシュは彼女を見上げる。
「殿下は、マリアンヌ様やナナリー殿下とお離れになるときもそんなお気持ちになられたのですか?」
 そうすれば、ミレイはさらに質問の言葉を口にした。
「いや。二人は世界で一番安全な場所にいるだろう?」
 だから、何も心配はしていない。何よりも、マリアンヌに勝てる存在がいるとは思えない。そして、彼女がナナリーを危険な目に遭わせるはずがないという確信もあった。
「だから、俺が心配する必要はない。寂しくなったら、いつでも連絡が取れるし」
 何よりも、戦場に行っているわけじゃないから……とルルーシュは言い切る。
「でも、スザク君がいないと何か物足りないわけですね」
 ミレイがさらに確認をするように言葉を口にした。それに、ルルーシュは頷き返してみせる。
「……殿下が女の子なら、考えられることはありますよね」
 その瞬間、わきで話を聞いていたシャーリーがこんなセリフを口にした。
「なになに? シャーリー」
「決まっているじゃない、ニーナ。恋よ、恋!」
「……あぁ、なるほど……って、ルルーシュ様とスザクよ? あり得ない」
 さらに、ニーナとカレンまでもが会話に加わっていく。そうすると、途端に周囲が姦しくなるような気がするのは錯覚だろうか。何というか、ユーフェミアが三人そろったような感じだ。ルルーシュはそんな感想を抱く。
「……恋?」
 しかし、今はそれよりもそちらの方が気にかかってならない。
「そうなのか?」
 この気持ちは、とミレイに確認を求める。
「どうでしょうか……私にもはっきりとはわかりかねます」
 でも、本当にそうならいずれわかると思いますよ……と彼女は微笑み返してきた。
「殿下の場合、まだお小さいですからね。これからどうなっていくかわかりませんもの」
 それよりも、よろしければお茶にしましょう……とミレイはさらに言葉を重ねる。
「お茶?」
「そうですよ。殿下がおいでになるので、咲世子さんが腕によりをかけてスイーツを作りましたの。カボチャプリンですわ」
 この言葉を耳にした瞬間、ルルーシュの中で取りあえず全ての問題は棚上げになった。
「咲世子さんのプリン? 大きいの?」
「もちろんですわ。あぁ、明日はイチゴタルトだそうですよ」
 彼女の作る料理は何でもおいしい。ここにスザクがいてくれればもっと嬉しいけれど、今は我慢をしよう。
 ルルーシュはそう考えていた。




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07.08.13up