「……コーネリア殿下に、ですか?」 その話を聞いた瞬間、スザクは思わずこう聞き返してしまう。 自分の主は、確かにルルーシュだ。しかし、このエリアの総督はクロヴィスであり、彼の命令は絶対であるべきなのに、と口にしてから慌ててしまう。 「そうだよ。ルルーシュも取りあえず納得をしてくれたし、君にとってもよい経験になると思う」 ルルーシュの立てる作戦は確かにすばらしい。でも、あの子には経験がないからね……と彼はそんなスザクの言動をとがめることはなく言葉を返してくれる。 「それとも、姉上の指揮では不満か?」 さらにこう問いかけてきた。 「そのようなことはありません」 慌てたようにスザクはこう言い返す。 「コーネリア殿下の指揮下に入れて頂けるのは非常に光栄なことだと思っております」 ただ、とスザクはさらに言葉を重ねようとしてやめる。 「……ルルーシュの側を離れるのが不安、かな?」 しかし、スザクが何を言いたいのかは彼にもわかっていたのだろうクロヴィスはこう問いかけてきた。 「はい」 ここまでしっかりとばれているのだ。否定しても意味はない。そう判断をしてスザクは頷いてみせる。 もっとも、ルルーシュの安全という点ではまったく心配していない。 自分が側にいなくてもクロヴィスもカレンもいてくれる。彼等がルルーシュの側に不審な人間を近寄せるはずがない。 それに、自分がいなくなるとわかれば藤堂達が動いてくれるはずだ。彼等にしてみても、ルルーシュが生きてこの地にいる方がいいはずなのだ。 彼は、ブリタニアの皇族の中で一番イレヴンに寛大な態度を示している。ゲットーの人々の生活環境が向上してきたのもルルーシュの指示だと言っていい。 いや、そんな建前がなくても子供好きの藤堂のことだ。 まだ幼い彼を放っておくはずがない。 それでも、とスザクは心の中で呟く。日常生活に関してはどうだろうか。 ルルーシュは確かにしっかりとしているが、それでもやはりお子様なのだ。やりたくても体格のせいでできないこともある。だから、さりげなくフォローをしてやる存在が必要なのだ。 この地に残る者の中では、カレンが一番適任なのかもしれない。しかし、彼女は夜になれば自宅に戻らなければいけないのだ。 「大丈夫だよ。できる限り私が側にいる予定だし……私が無理なときには、ミレイに預けるよ。いざとなれば学園の寮で預かってくれるそうだ」 自分としては不本意だが、と彼はきっぱりと言い切る。 「……わかりました」 そこまで考えているのであれば――多少の不安はあれども――頷かないわけにはいかない。もちろん、最初から断るという選択肢は与えられていなかったが。 「ですが、クロヴィス殿下」 それでも、と思いながらスザクは口を開く。 「何だね?」 「もし、アッシュフォード学園にルルが泊まるようなときには……そばに藤堂さんか黒の騎士団の誰かがいられるようにご配慮願えますでしょうか」 そうすれば、少なくとも自分が安心してコーネリアに従軍できる。スザクはそうも付け加える。 「そうだね。下手に騎士を動かすと余計に目立つか。まぁ、それに関してはミレイと話し合っておこう」 多分大丈夫だろうね、と彼は頷いてくれた。 「ご配慮、感謝致します」 「何。ルルーシュから君を引き離す以上は当然のことだよ」 二人がそれぞれに安心できる環境を作るのは、とクロヴィスは微笑む。 「君とルルーシュの二人がOKをしてくれたからね。後は姉上の方との打ち合わせになるか。ロイドから呼び出しが来ると思うから、その点だけは覚悟しておくようにね」 当然と言えば当然のことなのかもしれないが、とスザクは心の中で呟く。絶対に今回の遠征は普通に終わらないだろう。そんな予感がある。 ともかく、無事にルルーシュの元に帰ってこなければ。スザクは心の中でそう決意を固めていた。 しかし、最初からこれか……とスザクは頭を抱えたくなる。 「……ダールトン卿……」 自分はまだ未成年です、と取りあえず目の前で酒瓶――しかも、藤堂あたりから貰ってきたのか、しっかりと日本酒だ。南部美人というラベルは何年ぶりに見ただろうか――をぶら下げている彼に訴えてみる。 「そうだが……まぁ、うちの慣例みたいなものだ」 その訴えに、彼は苦笑とともにこう言い返した。 「……マリアンヌ様に殺されます」 慣例とはいえ、まだ未成年のうちにアルコールを口にしては……とスザクは思わず口にしてしまう。 「心配しなくてもいいぞ。一口のみなら構わないと許可をいただいてある」 笑えるかもしれないが戦場に望む際のジンクスは崩したくないのでな、と言われてスザクは頷いてみせた。 「それはわかります」 「と言うことで、取りあえず付き合え」 酒瓶を軽く持ち上げながら、ダールトンは体の向きを変える。 「イエス、マイ・ロード」 そのまま歩き出した彼の後をスザクは当然のように追いかけていく。 やがて、二人はダールトン達が使っている宿舎用のテント――スザクは特派のトレーラーに宿泊することになっていた――へとたどり着いた。そこには、もう既に酒宴の用意ができている。 「流石に手際がいい」 家の連中はなれているからな……とダールトンは苦笑を浮かべた。 「姫様とギルフォードもすぐにやってくるだろう」 そうしたら始めるぞ、と付け加えながら、彼は手近なイスに腰を下ろす。そして、視線だけでスザクにも座るようにと促した。 「失礼します」 とっさに室内を確認して、一番下座だと思える場所に腰を下ろす。 「そこまで遠慮しなくてもいいぞ」 「……いえ。僕はここで構いません」 ルルーシュよりもコーネリアの方が継承権は上だ。同時に、彼女の騎士であるダールトンやギルフォードも、ルルーシュの騎士である自分よりも上だろう。何よりも、自分はこの場で彼等に教えを請いに来たのだから、とスザクは付け加える。 「少々堅苦しいのは、ギルフォードの影響か」 それでも、スザクの出自を考えればしかたがないのか……と彼は苦笑を浮かべた。 「ダールトン卿?」 自分の存在がどうかしたのだろうか……と言外に滲ませながらスザクは彼の顔を見つめる。そうすれば、ダールトンはさらに苦笑を深める。 「気にしなくていい。お前がルルーシュ殿下の騎士だ、と言うことは皇帝陛下もお認めになっている。馬鹿なことを言うものには言わせておけ」 殿下に取り入ろうとして失敗している馬鹿者達のたわごとだ……と言われても納得していいものかどうかはわからない。 しかし、彼が『放っておけ』ということは、コーネリアはもちろん、クロヴィスやシュナイゼルの耳にも届いているのかもしれない。ならば、対処は彼等に任せて自分はルルーシュの役に立てるように技量を高めた方がいいに決まっている。 「お前が手柄を立てれば、それだけルルーシュ殿下の立場も強まる。そのためにはまず、経験を積むことだ」 ゲリラ戦であれば、ルルーシュは今でもその才能の一端を見せている。しかし、ルルーシュだけが有能ではダメなのだ。その補佐をするべきものもまた同等の有能さを見せなければ、と彼は続ける。 「戦略的なことであれば藤堂でも十分教えられるだろうが……ナイトメアフレームを使った戦闘はな」 ルルーシュが後少し年齢を重ねていれば、自分で動かすこともいいのだろうが……とダールトンは笑う。 「……そういえば、コーネリア殿下が操縦されるグロースターに同乗してみたいと、まだいっていましたね、ルルは」 「あぁ。こちらに来るときにおっしゃっておられたな」 まだ覚えておられたか……とスザクの言葉にダールトンは頷いてみせる。 「なら、この戦いが終わった後で時間を取ってやろう」 そのくらいの願いであれば可愛いものだ。そういってコーネリアが笑いを漏らす。そんな彼女の存在に気付いて、スザクはもちろん、ダールトンも慌てたように立ち上がった。 「かまわん。それよりも、あまり過ごすなよ、ダールトン」 さらに笑い声を響かせながらコーネリアは言葉を重ねる。 「重々わかっております、姫様」 ここにはマリアンヌはもちろん藤堂もいないから、そこまで飲まないだろう。その言葉に、ギルフォードが小さなため息を吐いたのがスザクにはわかった。 「……あのですね、ダールトン卿……」 コーネリアが同席しているのに、どうしていきなり人の下半身の事情を問いかけてくるのだろう。 「大切なことだぞ」 だが、彼は真顔で言葉を重ねてくる。 「適度に発散しなければどこで爆発をするかわからない。だからといって、迂闊な相手ではルルーシュ殿下に危害が及ぶかもしれぬからな」 この言葉に関しては理解できなくはない。それでも、と思う。 「自分は、まだそこまで考えている余裕はありませんから」 ルルーシュのフォローだけで精一杯だ。とは言っても、一応健全な肉体を持っているからそれなりの処理をしていることまでは否定しないが。 「それに、自分とそういう意味で付き合ってくれる女性はいませんよ」 ただでさえ、自分は《名誉ブリタニア人》だ。それに、基本的に常にルルーシュの側に付いている。デートもままならないような相手と付き合ってくれるような女性はいないはずだ。 「それに、僕としてはもし付き合うとするなら、相手にも自分と同じくらいルルを大切にしてくれることを求めてしまうでしょうから」 だからといって、カレンとは言い友人になれるとは思うが、恋愛関係にはなれそうにない。 そうなると候補に挙がりそうな人物は誰もいないと言うことになるのではないだろうか。 「……お前も、ある意味難儀な性格の持ち主と見える」 微苦笑とともにコーネリアが口を挟んでくる。 「姫様」 そんな彼女に、ギルフォードがため息とともに呼びかけた。 「騎士としては正しい姿だと思うぞ。それでも、自分だけならばともかく相手にまでそれを求めるとなれば、難儀な性格としか言えぬであろうが」 しかし、そのような騎士を手に入れられたことはルルーシュにとっては僥倖だろうがな……と彼女はさらに笑みを深める。 「できれば、ユフィやナナリーにもお前達のような騎士を見つけてやりたいが」 むずかしいかもしれないな……と口にしながらコーネリアは立ち上がった。 「明日の朝、作戦を開始する。それに遅れるなよ」 言外にあとは自由にするがいい、と告げると彼女はそのままテントを後にする。 「姫様、お送りします」 その後をギルフォードが当然のように付いていく。ダールトンがこの場に残ったのは、自分にまだ何か話があるからだろうか、とスザクはそう判断をした。 「……ところでだな、クルルギ」 予想通りと言うべきか。ダールトンが口を開く。 「何でしょうか」 「あぁ。そんなにかしこまるな。姫様が退出されたからな、ここからはちょっとつっこんだ会話をさせて貰おうと思うだけだ」 状況によっては下ネタもはいるかもしれないが……と彼は付け加える。 「下ネタ、ですか?」 「そうだ」 男同士でなければできない話があるだろう、という言葉には納得する。それでも、なんでこの場で……とは思う。 「殿下にはまだお早い話題だからな」 しかし、この一言で理由はわかった。確かに、ルルーシュにはまだ聞かせたくない話ではある。 「というので、単刀直入に聞くが……お前が処理をするときに思い浮かべるのはどのような女性だ?」 笑いながらダールトンはさらにこんなセリフを投げつけてきた。 「どんなと言われましても……」 自分でも得に特定の女性像を思い浮かべたことはないはずだ。というよりも、本当にただの義務としてしているし……と言う方が正しい。幸か不幸か、自分の年代であれば女性のことを思い浮かべなくてもいくことはできる。 でも、あえて……というのであれば、と考えたところでスザクは何かまずいことに気が付いてしまう。 「クルルギ?」 「な、何でもありません。理想の女性像と言われればありますが……そういう対象ではありませんでしたので」 慌てたようにスザクは口にする。 「……なるほど……」 それにダールトンは少しだけ不憫そうな表情を作った。 「マリアンヌ様も姫様方も懸想をするものは多いがな……」 高嶺の花だ、と彼は口にする。スザクは日常的に彼女たちの側にいるからあこがれるのはしかたがないのか。そう納得してくれた。 「はい」 取りあえず、今はそう思ってくれている方がいい。 これならば、誰もこれ以上はつっこんでこないだろう。そう思える。 しかし、とスザクは心の中で呟いた。まさか、そういわれて真っ先に思い出したのがルルーシュの笑顔だったなんてとても言えない。 同時に、どうして……とも思う。 ひょっとして、自分が好きなのは……と恐い考えになってしまった。だからといってそれを認めるわけには、現状ではいかないだろう。 ともかく、忘れるんだ。スザクは自分にそう言い聞かせていた。 終 BACK 07.08.27up |