「兄上なんて、大嫌いです!」
 言葉とともにルルーシュが飛び出していく。
「ルルーシュ!」
「ルル!!」
 それに、クロヴィスだけではなくスザクまでもが慌ててしまう。
「私が!」
 だから、二人で何が問題だったのか話し合え……とカレンが言葉を投げ返してくる。
「カレンさん、でも……」
 ルルーシュが、とスザクは言い返す。このまま放っておいて何かあったら、と考えると心配でたまらない。彼を失うことなんてもうできないのだから。
「今の貴方が行った方が、ルルーシュ様には逆効果よ!」
 しかし、きっぱりとこう言われては追いかけることもできない。
「大丈夫。任せておいて」
 この一言を信じるしかないのだろう。彼女もルルーシュを大切にしている。そして、間違いなく、ルルーシュが成人したときには自分と同じく騎士として彼に仕えることになるはずだ。だから、信頼してもいいとは思う。
 それでも、と呟いてしまうのは、自分のワガママなのだろうか。
「……参ったね……」
 しかし、彼も放っておくわけにはいかない。
「クロヴィス殿下……」
 受けたショックは、自分よりも彼の方が大きいかもしれない。そう思いながら視線を向ける。
「普段、ものすごく聞き分けがいいから忘れていたが……あの子はまだ七歳だったのだよね」
 考えてみれば、自分が七歳のころはわがままを言いたい放題だった……と口にしながらも、彼はぐったりとイスに体重を預けていた。
「申し訳ありません」
 自分が悪いのかどうかわからないまま、スザクはこう告げる。
「君が謝ることではないよ。ルルーシュがわがままを言うのは本当に珍しいからね」
 しかし、と彼は言葉を重ねた。
「考えてみれば、私が覚えているあの子のわがままは、全部君がらみか」
 今気が付いたが、と彼は付け加える。
「そう、なのですか?」
「そうだよ。ルルーシュの一番最初のワガママは、君を手元に置くといったあの時だよ」
 それまではあんな風に感情を爆発させたことはない。それは素直で可愛いと思ったが、どこか痛々しさも感じていたことも事実だ……とクロヴィスはため息を吐いた。
「でも、私はあのころの大人しいだけのルルーシュよりも、君と出会った後のルルーシュの方が好きだと思うよ」
 しかし、嫌われてしまった……と彼はイスの上で小さくなる。
「殿下……」
 そんな彼に何と言い返せばいいのか。
「ルルーシュが君を大好きだ、と言うことはわかっていたつもりだったんだけどね」
 家族に対するものだとばかり思っていたよ……と彼は続ける。
「……きっと、誤解だと思います」
 微苦笑とともにスザクはこう言い返す。
 自分が一番側にいた《他人》だから、きっと、独占欲と恋愛感情を取り違えているだけではないのか、とも付け加える。
「ルルは、まだまだそういった面では経験不足ですから」
 それでも、と思ってしまうのは自分。
 しかし、そんな感情を彼に押しつけるわけにはいかない。スザクはそう考えている。
「だといいんだけどねぇ」
 だが、クロヴィスはこう言うとため息を吐いてみせた。
「クロヴィス殿下?」
 どうして、彼はそのようなことを口にするのだろうか。そう思いながらスザクは改めて彼を見つめる。
「あの子は頑固だからね……それに、幼くても運命の相手に会うこともある」
 子供の独占欲であってくれれば一番いいのだが……と彼はそっと瞳を閉じた。だが、すぐに微笑みを作る。
「そういう君の方はどうなんだい?」
 ルルーシュの世話ばかりしているようだが、とクロヴィスは問いかけの矛先を変えてきた。
「僕は……ルルが僕離れをしてくれるまではそれ以外のことに目を向けることができないです」
 不器用だから、一度に二つのものを見ることができない。笑みとともに言い返す。
 本音を言えば、これからだってルルーシュ以上の存在には巡り会えないだろう。しかし、それは決して誰かに知られてはいけないとそう思うのだ。
「……君も、難儀な性格のようだね」
 いったい、それはどのような意味なのだろうか。スザクは反射的に彼の顔を見つめてしまう。だが、すぐに公式の場では無礼な行為だと思い出して床に視線を落とす。
「きまじめなのはいいが、あまり思い詰めないようにね」
 そうすれば、即座にクロヴィスがこう言ってくる。
「君も、私にとって見れば弟のようなものだ。だから、相談事ぐらいは乗って上げよう」
「クロヴィス殿下」
 いったい、どうして彼はそんなことを言うのだろうか。
「ルルーシュには、皇族としての義務よりも自分の幸せを優先して貰いたいしね」
 正確に言えば、ルルーシュとナナリーにはか……と彼は微笑む。
「殿下……」
「覚えておくんだよ。ルルーシュが望むことなら、少なくとも私は応援するからね」
 もっとも、納得をするのに時間はかかるかもしれないが……と彼は苦笑とともに告げる。
「……殿下……」
 自分の気持ちが気付かれているのか。それとも、とスザクは心の中で呟く。しかし、それを問いかけることは恐くてできない。
「と言うわけで、ルルーシュにこれ以上嫌われたくないから、君に来るお見合い関係の話は、私が全部握りつぶすからね」
 一応、了承しておいてくれ……と彼は付け加える。
「かしこまりました」
 それに関しては文句はない。むしろ、ルルーシュのことにだけ専念できるからありがたいかもしれない、とスザクは思う。
「ルルーシュにも、そう伝えてくれるかな?」
 流石に、先ほどの一言は撤回して貰わないと、仕事も手に付かない……と彼はため息を吐いた。
「はい。後でルルに殿下に謝るようにと言って聞かせます」
 クロヴィスにしても好きであんな事を言ったわけではないのだから、と付け加える。自分がそれをわかっているのだから、ルルーシュが怒ることではないだろう、とも。
「任せる」
 自分がルルーシュ不足になる前に、是非ともそうさせてくれ……と言うクロヴィスは本気だった。
 人のことは言えないが、本当にこの兄姉はルルーシュを大切にしている。だからこそ、自分は自分の気持ちを押し殺さなければいけないのだ。
「では、失礼をさせて頂きます」
 そろそろ、カレンがルルーシュを落ち着かせていてくれるのではないか。だから、きっと自分の話もゆっくりと聞いてもらえるだろう。そう思う。
「ルルーシュを頼むよ」
 こう告げる彼に、スザクは静かに頭を下げた。

 部屋の外へと出て行くスザクの背中を見送りながらクロヴィスはまた小さくため息を吐いた。
「彼が自覚をしていないと言うことは、まだまだ救いなのかな」
 それとも、と彼等にとっては不幸なのか。
「スザクも、先入観が真実を見ることを邪魔しているようだからね」
 だが、自分にとってはそれはよいことだろう……と彼は言い切る。あるいは、自分たちはと言い換えるべきだろうか。
「少しだけ、父上を恨みたくなるね」
 もしも、ルルーシュを取り巻く世界がもう少し広かったら、彼はもちろん、スザクにとっても別の結果になっていたのかもしれない。だが、彼等はアリエス離宮に閉じ込められるようにして暮らしていた。自分たちがそれぞれの任地に向かってからはなおさらだ。
 肩を寄せ合うようにして暮らしていた二人――もちろん、側にはナナリーもマリアンヌもいただろうが、ルルーシュとスザクほど離れずにいたわけではないだろう――にしてみれば、すぐ側にいる他人が自分にとって一番大切な存在になってしまったとしてもしかたがないのかもしれない。
 だから、とクロヴィスは心の中だけで付け加える。
 どのような結果になろうとも、自分だけは彼等の味方でいよう。
「スザクのあの様子であれば……まだまだ大丈夫だと思うからね」
 彼の理性を信じよう。
 そう考えるものの、今ひとつ安心できないのはどうしてなのだろうか。
「……問題は、父上にばれたときかもしれないな……」
 その答えをクロヴィスはすぐに見つけることができた。
「あの方がどう出るか。それが問題かもしれない」
 そのせいで、ルルーシュが悲しむことにならなければいいのだが……とクロヴィスは心の中で付け加える。
「姉上はともかく、ダールトンは気付いているだろうな」
 そして、シュナイゼルとマリアンヌも、だ。
「相談を、しておくか」
 自分一人で悩んでいるよりも、誰かを巻き込んでしまった方が後々楽だろう。何よりも、自分の上に降りかかって来るであろう被害が減るはずなのだ。
「ルルーシュはまだ意味がわかっていないが」
 それだからこそ、問題かもしれない。
 誰から間違った知識を与えられる前に先手を打っておいた方がいいのだろうか。いや……とすぐに思い直す。スザクだけではなくカレンも一緒にいる以上、そう簡単にそのような行動を起こせるものがいるとは思えない。
 ならば、彼の教育係でもあるスザクに正しい知識を与えておくべきかもしれない。
 考えてみれば、一番不安な人物が彼等の側にはいるではないか。
「取りあえず、マリアンヌ様に連絡を入れて……その後で兄上か」
 ついでに、藤堂達にさりげなく状況を伝えておいた方がいいかもしれない、とも付け加える。
「日本では、古来はよくあった関係だというからな」
 今はエリア11と名を変えているが、だからといって本質的なものがすぐに代わるわけではないだろう。だから、あるいは彼ならば正しい知識を持っているかもしれない。そして、それを正しく伝えてくれるのではないか。
 他人をあてにしまくるのはいけないと言うことはわかっている。しかし、自分にわからないことを誰かに任せると言うことは恥ではないだろう。
「私の望みは、取りあえずあの子の幸せなのだがな」
 それを与えるのが一番むずかしいような気がしてならない。 「少なくとも、スザクであれば自分の幸せよりもルルーシュを優先してくれるだろう、と言うことだけが救いか」
 言葉とともに今度こそクロヴィスは立ち上がる。
「しかし、ルルーシュがここに来たときには、嬉しいだけだったのだがね」
 何やら、どんどん厄介ごとが増えているような気がするのは錯覚だろうか。
 いや、エリアの平穏という点に置いてはルルーシュのおかげでかなりよくなっている。そして、ルルーシュ自身も子供らしい表情を見せてくれるようになっていた。
 だから、後少し、そんな表情を楽しみたいのだが……そうもいかないらしい。
「……これが娘を持つ父親の心境なのだろうかね」
 ルルーシュは男の子だし、自分は彼の父ではない。それはわかっていてもこう言いたくなってしまう。
 それでも、と彼は心の中で呟く。
 明日にはいつも通りの自分で彼等に接してやろう。でなければ、他の誰かの所に行かれてしまうかもしれない。
「ルルーシュがここにいてくれることが、私にとっては一番だからね」
 そのまま、彼は通信設備がある部屋へと歩いていった。

 しかし、元々は楽天家のクロヴィスのことだ。
 マリアンヌやシュナイゼルの言葉で気持ちが軽くなった。こうなれば、後は二人の関係を微笑ましく見るめるしかないだろう。そう考え治すことにする。
「……取りあえず、ルルーシュのためにウエディングドレスでもデザインしておこうか」
 こんなセリフを呟いている彼の表情は本当に楽しげだった。




BACK





07.09.10up