最近、何故かスザクと一緒にいる時間が少なくなってきている。それはどうしてなのだろうか。
「どうしたんですか、ルルーシュ様」
 今日も出かけているスザクの代わりに側にいてくれるカレンが、こう問いかけてくる。
「……おとといから、一度もスザクの顔を見ていない……」
 これがワガママだと言うことはわかっていた。それでも、モニター越しにでもまったく顔が見られないという状況は今までになかったのだ。
 母やナナリーですら、週に一度は顔を見ないと落ち着かない。それ以上に側にいてくれたスザクの顔を、こんなに見ないなんて初めてかもしれない、とルルーシュは思う。
 しかも、だ。
 彼が遠くに行っているのであればまだ我慢できる。戦場であれば、連絡を取れないことがあっても普通かもしれない。
 しかし、彼は今、同じブリタニア宮殿内にいる。
「同じ場所にいるのに……」
 どうして会えないんだろう、とルルーシュはため息を吐く。
 彼が大切な仕事をしているとはわかっていても、少しぐらいは顔を見せてくれてもいいではないか。そんな風にも思う。
「ルルーシュ様」
 そんな彼の言葉に何と言えばいいのかわからない、と言うようにカレンが彼の名前だけを口にした。
「ごめん、カレン。お前に迷惑をかけるつもりじゃなかったんだが」
「気になさらないでください。ルルーシュ様のワガママぐらいであれば可愛いものです」
 玉城なんて……と彼女は声を震わせる。
「……あいつの性格を修正するのは無理なんじゃないのか?」
 カレンがため息を吐いた相手の顔を思い出しながら、ルルーシュはこういった。
「否定はできません。でも、ルルーシュ様と藤堂さんと扇さんの言葉は無条件で聞き入れるから、昔よりはましかな……と思ったのですが……」
 でも、確かに基本的な所は変わっていないのか……とカレンはため息を吐く。そのまま、視線をテーブルの上にある瀟洒なティーセットへと向けた。
「お茶が冷めてしまいましたね。淹れ直しますか?」
 そして、こう問いかけてくる。
「あぁ、頼む」
 わかりました、と答えて彼女は腰を浮かせる。そして、側に用意されていたティーセットを引き寄せた。
 シュタットフェルト家の令嬢としてふさわしい立ち振る舞いを身につけているせいか、彼女の所作は綺麗だ。もちろん、別の意味でスザクがお茶を淹れる仕草は綺麗だとも思う。
 性格のせいか、お茶を淹れる仕草には人それぞれの美しさがあるよな。そんなことを考えていたときだ。
「おやおや。美女に給仕をしてもらえるとはいい身分だね、ルルーシュ」
 不意にこんな声が耳に届く。
 ここはアリエス離宮の庭だ。見知らぬものが入ってこられるはずがない。
 反射的にカレンが声の主とルルーシュの間に立ちふさがる。しかも、すぐにでも攻撃に移れるような体勢で、だ。
「カレン……構わない」
 小さなため息とともにルルーシュは彼女に警戒しなくていいと告げる。
「できれば、おいでの前にご連絡をいただければ嬉しかったのですけどね、オーレリア兄上」
 決して仲がいいとは言えない――いや、むしろいじめられた記憶しかない――相手に向かって、ルルーシュはこう呼びかける。それでも、一応年長者である以上、それなりに礼を尽くさなければいけない。その事実が気に入らないとは思う。
 しかし、自分の言動のせいで母やナナリー、そしてスザク達が悪く言われてはたまらない。しかたがないから我慢をすることにする。
「家出をしたにもかかわらず、どのような顔で戻ってきたのかが知りたくてね」
 だが、最初からその決意は揺らぎそうだった。

「本当に君はイレヴンが好きなのだね」
 これは間違いなくイヤミなのだろう。
「まぁ、君のように皇位から遠い存在にはその方がいいのかな」
 さらに付け加えられた言葉に、側に控えていたカレンの方が先にぶち切れそうになっている。それをルルーシュは、彼の目から届かないようにカレンの手を握ることで諫めた。
「そうですね。父上のご厚意でようやく継承権の末席を与えられているような若輩者ですから」
 シュナイゼルやコーネリア、それにクロヴィスには遠く及ばない……とルルーシュは微笑む。
 クロヴィスはともかく他の二人に関して言えばブリタニア内でもその実力は認められている。中でもシュナイゼルは第一皇子であるオデュッセウスをさしおいて皇位に付くのではないか。そうとまで言われている相手だ。その名前にオーレリアも一瞬たじろぐ。
「やはり、今しばらくクロヴィス兄上のところで修行を積ませて頂けるように、シュナイゼル兄上に口添えをお願いすべきか」
 それとも、コーネリアの元で軍略を学ぶべきか。どちらがいいだろうか、とルルーシュはカレンに話題を振る。
「殿下がどちらをお選びになってもスザクと私はお供するだけです」
「ありがとう、カレン」
 言葉とともに彼女に笑みを向ければ、オーレリアは何故か一瞬言葉を失ったようだ。その理由については、あえて何も考えない。
「では、兄上方に後でご相談に乗って頂こうか」
 自分がこれから何を学ぶべきなのか……とルルーシュが口にしたときだ。
 不意にオーレリアの表情が強ばる。
「その必要はないよ、ルルーシュ」
 同時に二番目の兄の声が耳に届く。
「シュナイゼル兄上」
 どうして彼がここに? とルルーシュは思う。ここ二、三日忙しいのではなかったかと。そのせいで、ダールトンに気に入られてしまったスザクが現在シュナイゼルの元にいる彼の養子達で編成されているグランストンナイツとともに走り回っていた、と聞いていたのだが。
 ここまで思い出したところで、連鎖的に最初の不機嫌までぶり返してしまった。それでも、この兄にはぶつけられない。これがクロヴィスであれば無条件で八つ当たりもするのだが。本人にとっては迷惑だろうと思えることも、ルルーシュの甘えだと知っているらしいクロヴィスは笑顔で受け止めている。いや、むしろ喜んでいるせいで、コーネリア達からやっかみとともに『マゾだろう』と言われているとかいないとか。
「ようやく、一段落付いたのでね。君とお茶をしようかと思ったのだよ」
 もちろん、スザクも連れてきたよ……と彼は微笑む。
「スザクも、ですか?」
 反射的に笑みが口元に浮かんでしまう。
「あぁ。今、グランストンナイツ達とお茶菓子の用意をしている」
 ロイドも付いてきたからね、と付け加えられて、それが何であるのか想像が付いてしまった。
「はい」
 やはり好物はいつでも嬉しいと思う。
「……私にはお茶も出さぬくせに、いい身分だな」
 ぼそっとオーレリアが呟く声が耳に届く。シュナイゼルの出現で完全に忘れていたのは事実だから、ルルーシュは少しだけ気まずい思いをする。
「八つ当たりは醜いよ、オーレリア」
 しかし、シュナイゼルは平然とこんな言葉を投げかけた。
「……兄上?」
 だが、この兄のことだ。何の確証もなくこんなセリフを口にするはずがない。
「私は別に……」
 オーレリアが途端に視線を彷徨わせ始める。
「ランスロットはロイドが趣味で作り上げた機体だからね。それこそデヴァイサーを選ぶ。それがたまたま枢木スザクだっただけだ。そして、ここにいるカレン嬢はルルーシュが自分で見つけてきた逸材。それを脇から取り上げようとすることが認められると思うとでも?」
 既に、非公式ながら二人ともルルーシュの騎士であると皇帝に認められているのに、と彼はさらに言葉を重ねる。
「あぁ、そういえば、君が任されているエリアで問題が起きつつあるそうだね」
 にこやかな笑みを口元に浮かべながらシュナイゼルはさらに相手を追いつめていく。
「ランスロットは無理でも、月下であれば十分使いこなせる騎士がいるという話だが……君の所にはいないのかね?」
 既に、グランストンナイツ用に製造させているが……となんでもないことのように告げる彼は、やはり誰よりも度量が広いと思う。
「……ですがあれは……」
「イレヴンが開発したものかね?」
 別段、それは大きな問題ではない。そういってシュナイゼルは笑う。
「大切なのは、あれが我々にとって有益であること。そして、彼等が我々に隠さずにいてくれることだよ」
 ルルーシュが頑張ってくれたからこそ、あれは現在自分たちの手にある。それが一番重要なことだね……と彼はさらに笑みを深めた。
「君も、他人のものを欲しがるだけではなく、自分で動いてみるべきだろうね」
 この言葉に、ルルーシュは嫌なものを感じてしまう。ひょっとして、スザクの顔を見られなかったのはそのせいなのだろうか。
「ですが、兄上。ルルーシュは……」
「何を言っているのかな? ルルーシュが騎士を持つことは皇帝陛下もお認めになったことだよ」
 しかも、二人ともルルーシュが自分で見つけてきた存在だ。こう言いながら微笑むシュナイゼルにオーレリアが勝てるわけがない。いや、この世の中に彼に口だけで勝てる存在がいるのだろうか。
「ルルーシュに文句を言うよりも、自分で何とかすることを考えないとね」
 でなければ、今の継承権の順位が大きく変わるかもしれないね、とシュナイゼルが口にした瞬間だ。大きな音を立ててオーレリアが立ち上がる。
「……兄上も、結局はそれにたぶらかされているというわけですね」
 シュナイゼルだけではなく父である皇帝も含めて、権力者に取り入るのがうまい。流石に平民の血が混じっているものは……と彼がさらに悪態を付いたときだ。銀の光がその場を切り裂いた。
「スザク?」
 いや、彼だけではなく他にも数名、オーレリアの首筋に切っ先を向けているものがいる。
「……こらこら、君達。いくら主が貶められているとはいえ、一応、それも皇族だよ」
 これはまずいのではないか。そうは思うのだが、シュナイゼルが怒っているとわかるからルルーシュには何も言えない。
「君もだよ、オーレリア。ブリタニアの国是は『力こそ正義』だ。マリアンヌ様もルルーシュも、それを体現しているだけにすぎない」
 悔しければ、彼等を超えるだけの民衆の支持を手に入れればいい。それが無理なら、大人しくしていたまえ。
 この言葉に、オーレリアは怒りに顔を歪ませる。それに呼応するかのように彼の騎士達が剣の柄に手をかけた。
 しかし、シュナイゼルの騎士達はもちろん、スザクも現在、ブリタニアでも十指にはいる実力の者達だ。迂闊なことをても勝てるはずがない。
「君が大人しく引き下がってくれるなら、今日の所は何もなかったことにして上げよう。それで構わないね、ルルーシュ」
 二番目の兄がそう判断をしたのであれば自分は構わない。
 昔からのすり込みか。ルルーシュは素直に頷いてみせる。
「君はどうするのかな?」
 オーレリア、とシュナイゼルは彼へと視線を向けた。その視線から逃れるように彼は顔を背ける。
「それとも、答えられない?」
 にこやかだからこそ、恐い。
「……ルルーシュ様」
 それに耐えきれなくなったのか、カレンがそっと呼びかけてくる。紅蓮弐式で戦っているときには誰よりも雄々しい彼女も、初めて見るシュナイゼルのこの態度には恐怖を感じているらしい。もっとも、自分もそうだからなにも言えないが。
「心配するな、カレン」
 それでも、自分たちに向けられたものではない。だから、何も心配はいらないとルルーシュは微笑みかける。
「はい」
 ルルーシュがこう言ったからだろう。カレンは素直に引き下がる。
「……後で、後悔めさるな!」
 この言葉とともにオーレリアがこの場を逃げ出す。
「……捨てぜりふだけは見事だね」
 ぼそり、とシュナイゼルがこう呟いた。しかし、そういう問題なのか、とは思う。
「君は何も心配はいらないよ、ルルーシュ」
 今まで身に纏っていた剣呑な空気を霧散させると、シュナイゼルはこういった。
「と言うことで、しきり直しかな?」
 お茶の用意をしてくれたまえ、と彼が口にすれば、周囲の者達が動き出す。
「スザク!」
 それを確認してから、ルルーシュは己の一番近しい存在を呼んだ。
「何ですか、ルル」
 言葉とともに彼が歩み寄ってくる。その体をルルーシュはためらうことなく抱きしめた。
「小さな子供みたいですよ、ルル」
 そうすれば、小さな笑いとともに彼も抱き返してくれる。
「おやおや。どうせなら、私に抱きついてくれればいいものを」
 まぁ、相手がスザクであればしかたがないのか。シュナイゼルもこの光景に小さな笑いを漏らす。
「お帰り、スザク」
 それを耳にしながら、ルルーシュはこう呟く。
「ただいま帰りました、ルル」
 スザクがこう言ってくれて、ルルーシュはようやく安心することができた。

 しかし、この場に母やナナリーがいなくてよかった、とルルーシュは思う。
 今回の帰国はかなりの波乱を含んでいるようだ。
 それがどうしてなのか。スザクなら知っているのだろうか。そう思いながら、紅茶を口に含んだ。




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