目の前にあるものを見て、スザクは思いきりため息を吐く。
「ちょっと、スザク……」
 これは、とカレンが視線を向けてくる。
「皇帝陛下から贈られてきたものだから、ルルに見せないわけには行かないね」
 本人は思いきり嫌がりそうだけど、とスザクはまたため息を吐いた。
「……絶対嫌がるわよ」
 カレンまでもがこう言い切るとは、本当に頭が痛い。しかし、これをルルーシュが来てくれないと、今度は皇帝が機嫌を損ねるのではないかと言うことも想像が付いてしまった。
「でも……間違いなくルルーシュ様には似合いそうよね」
 色目といい柄といい、とカレンは呟く。
「っていうか……これ、新しいわよね。と言うことは、わざわざ作ったのかしら」
 今でもこれだけのものを作れる職人が残っていることは知っている。しかし、ブリタニアの皇族がそれを手に入れられるとは思わなかった……とカレンは別の意味で驚いているようだ。
「多分、桐原さんが動いたんだろうね」
 彼であれば、今でもまだ十分にそちらに力を持っている。そして、ルルーシュのこともよく知っているのだ。
「……あるいは、キョウトそのものが動いたか……」
 ルルーシュに傾倒していると言っていい彼等であれば十分にあり得る話だろう。
 もちろん、それは好意だけではない。彼という存在が今後もエリア11に関わっていけば永世エリアに昇格できるかもしれない。その時に自分たちが権力の一端を担える可能性もある、と考えているのではないか。
 それでなくても、ルルーシュが彼の地の総督になれば、軍内部で名誉ブリタニア人の地位が上がる可能性はある。
 その可能性を堅固なものへとするためならば、どのようなくだらないことでも手を出すのではないか。
「……まぁ、これだけのものならばその可能性はあるわよね」
 でも、とカレンは首をかしげる。
「どうかした?」
 それを見つめながら何かを考え込んでいる彼女に、そうっと声をかけた。
「これを、誰がルルーシュ様に着せるの?」
 自分は着付けはできない。エリア11であればできる人間を呼びに行けばいいのだろうが、ブリタニアでは不可能だろう。どうせなら、きちんと着付けをして差し上げたいじゃない、という言葉にはスザクも同意だ。
「大丈夫だよ。僕ができるから」
 嫌々身につけさせられたことが、今役立つとは思わなかったけど……と苦笑とともに付け加える。
「できるって……振り袖よ?」
 ドレスとは違うのよ、とカレンが目を丸くした。
「……うちの母の趣味だったから。子供歌舞伎用に覚えたんだよ」
 もっとも、帯まではむずかしいけど……でも、あちらもわかっているから作り帯に仕立ててくれたんだろうな、とスザクは呟く。それはきっと、藤堂の助言があったのだろう。
「……何でもできるのね、スザクって」
 それとも、騎士ならば、そのくらい当然なのか……とカレンは悩んでいる。
「ルルの身の回りの世話も僕の役目だったから。ルルも他の人だと嫌がることがあるしね」
 だから、自然に身につけたのだ……とスザクは微笑み返す。
「それがすごいんじゃないの」
 お茶の支度や護衛、それにつたないとはいえチェスの相手ぐらいならば自分でもできる。しかし、お菓子作りや料理となるとちょっと自信がないというカレンに、スザクは笑みに苦いものを含めた。
「ギルフォードさんは、もっといろいろなことができるよ」
 この言葉を耳にした瞬間、カレンは「嘘でしょう」と呟く。
「どこにいても、主に不自由をかけさせないためには当然のことだっておっしゃっていたなぁ」
 自分の騎士教育の先生は彼だった。だから、それが当然なのだと思っていたと付け加えれば、カレンは小さなため息を吐く。
「……私も、せめて料理ぐらいは覚えないとね……」
 女として負けていられないわ! という彼女に、スザクは「頑張ってね」というのが精一杯だった。

 そのころ、ルルーシュは思いきり機嫌が悪かった。
「……ルルーシュ……お願いだから、機嫌を直してくれないかな?」
 ため息とともにクロヴィスがこういう。しかし、ルルーシュは彼の方を見ようともしない。
「ルルーシュぅ」
 その事実がクロヴィスには何よりのおしおきだとわかっているからだ。
「お兄さま……どうして、クロヴィスお兄さまに意地悪をされるのですか?」
 しかし、ナナリーにはその理由がわからなかったらしい。真顔でこう問いかけられてしまう。
「……兄上が、嫌がらせをしてくださったからだ」
 妹には優しくしなければいけない。そう刷り込まれているルルーシュは、ナナリーにこう言葉を返す。
「嫌がらせって……」
「俺が死ぬほど嫌がっていることを強要する手伝いをしているのですから、十分に嫌がらせです」
 いくらスザクの国の衣装とはいえ、誰が女性ものを身につけたいと思うか! とルルーシュはクロヴィスをにらみつけた。
「話によると、あれは女性用はものすごく苦しいんだそうですけど?」
 コルセットで締め上げているのと同じだとも聞いたことがあるが、とさらに言葉を重ねる。
「……コルセットですか?」
 この言葉にナナリーが驚いたように視線を向ける。
「クロヴィスお兄さま」
 微かに目をすがめながら、ナナリーは彼に呼びかけた。普段は可愛らしい声が、少しだけ低くなっている。そうなれば、彼女はマリアンヌそっくりだと言っていい。あるいは、ルルーシュよりもそっくりなのではないだろうか。
「な……何かな、ナナリー」
 可愛らしいのに恐い。
 彼がそう思っていることは十分に理解できる。
「お兄さまに、そのようなものを?」
 コルセットはものすごく体に悪い、と聞いたことがあるのだが……と彼女は問いかけの言葉を口にした。
「必ずしもそういうわけじゃないよ、ナナリー。何にしても、やりすぎるのがいけないだけだって」
 でなければ、病院で使われるはずがないだろう? とクロヴィスは慌てたように告げる。
「それに……着せるのはスザクがしてくれるそうだよ」
 彼であれば、ルルーシュが苦しい思いをしないですむようにしてくれるはずだ……と彼はさらに付け加えた。
「……スザクまで巻き込んだんですか……」
 彼はルルーシュの騎士だ。だからといって、他の皇族達の命令に従わないわけではない。クロヴィスやシュナイゼルであれば、いやでも従わなければならないはず。
「……父上のご希望だからね」
 やはり、大本はそこか……とルルーシュは心の中で呟く。
「今度は……どこに家出をしてやろうか……」
 怒りのあまり、ルルーシュはこう口にしてしまう。
「ルルーシュ……お願いだから、今回だけは我慢してくれないかな?」
 父上の誕生日だから、とクロヴィスは慌てて彼の肩に手を置いてくる。
「私にできることなら、後でいくらでも叶えてあげるよ」
 エリア11で一番おいしいプリンを探してくるとか、それとも、ルルーシュが好きだと言っていた苺を取り寄せようか? と彼は付け加えた。
「……兄上が、当日、ドレスを着てくださるなら妥協します」
 自分だけ、そんな恰好をするのはいやだ! とルルーシュは言い返す。もちろん、相手がいやがるのではないか、と思ってのセリフだった。
「私が、ドレスを着ればいいのかな?」
 しかし、クロヴィスは予想外の反応を見せる。と言うことは、それだけ自分にあれを着せたいのか、とルルーシュは判断をしてしまった。
「クロヴィス兄上だけじゃないですよ。コーネリア姉上も、ドレスを着てくださるのだったら、妥協します」
 それだけでも、自分に向けられる視線は減るに決まっている。
「流石に……シュナイゼル兄上やオデュッセウス兄上では見たくないですし……オーレリア兄上なら、笑えるかもしれませんが」
 しかし、本人はいやがるだろう。だからこそ、嫌がらせに着せてやりたいような気もする。
「……姉上か……」
 わかった、という言葉とともにクロヴィスが立ち上がった。
「兄上?」
「お兄さま?」
 何やら、その表情に悲壮感が浮かんでいるように見える。それはどうしてなのだろうか。
「顔だけは殴らないようにというお願いもしないとね、姉上に」
 もっとも、ルルーシュの希望だと聞けば、聞いてくださるかもしれないが……と呟きながら彼はふらふらと歩き出す。
「クロヴィス兄上?」
 いくら機嫌を損ねていようとも、何やら様子がおかしい彼をルルーシュが心配しないはずがない。しかし、どうやら今はルルーシュの声も彼の耳には届いていないらしい。
「姉上の所に行く前にシュナイゼル兄上に協力をお願いした方がいいかもしれないね……」
 生きて帰れるといいなぁ……と言う言葉に、ルルーシュは少しだけ彼を気の毒に思った。

 しかし、翌日会ったときの彼は、表面上はいつもと変わらないように見えた。
 だが、いすに座るときやチェスの駒を動かすときなど、思い切り顔をしかめている。その理由を聞くことは、取りあえずやめておいた方がいいだろう。
 そう判断をして、ルルーシュは見て見ぬふりを続けていた。

 この日、誕生日を迎えた皇帝陛下はものすごくご機嫌だった。
 それと正反対だったのは、彼の膝の上に抱きかかえられているルルーシュだったと言っていいだろう。それでも大人しくしているのは、
「……ルルーシュ。お父様のお誕生日なのですから、今日だけは我慢して上げなさい」
 と事前にマリアンヌに言われてたからだ。
 それに、スザクが丁寧に着付けをしてくれたから取りあえず帯が苦しくなかった、と言うのも理由かもしれない。
 それでも、自分がこのような姿を衆人の目にさらしているというのは、まるで道化にでもなったような気がして気に入らないのだ。
「ルルーシュ。せっかく可愛いのだから、少しでもいいから微笑んでみないか」
 それなのに、父はもちろん、仲のよい兄弟達もみな『可愛い』と言ってほめる。クロヴィスにいたっては、ここがパーティ会場にもかかわらず、スケッチブックを取り出しそうな雰囲気だった。
「……確かに、よく似合っているね。ルルーシュはマリアンヌさまと同じ髪の色をしているから、余計にエリア11の伝統衣装が似合うのかもしれない」
 マリアンヌ様のドレスも、生地はルルーシュの着物と同じ素材だろう? と口にしたのはシュナイゼルだ。
「あれをドレスにすると、また別の美しさがあるものですね」
 こう言ったのはコーネリアである。ルルーシュの希望があったからか――それとも気まぐれか――今日の彼女は柔らかな絹をふんだんに使ったドレスを身に纏っている。それは、ユーフェミアのそれとよく似てはいるが、コーネリアの魅力を引き立てるように細部がデザインされている。
「マリアンヌ様でなけれな着こなせないでしょうね、あれは」
 いくつになっても変わらぬ体形と、何よりも彼女の肌と髪の色でなければ、と少しうらやましそうにコーネリアが口にした。
「大丈夫ですよ、姉上。あの色の組み合わせであればそうでしょうが、彼の国にはもっと様々色彩と文様があります。その中には姉上によくお似合いになるものもありますよ。そうだろう、スザク」
 微笑みとともにクロヴィスが側に控えていたスザクに声をかける。
「はい」
 それに、スザクは静かに頷いてみせた。
「でなければ、殿下方がお好きなお色で作られてもよろしいかと」
 いざとなれば、装飾品で十分にカバーができる。自分が幼かったころは、母親の着物を帯やその他の小物の色目を変えることで娘が着ることもあった、と彼は付け加える。
「そうか。それは面白そうだな」
 今度、また、エリア11に足を運んだときには少し考えてみよう……とコーネリアも笑う。
「その時には、ユフィとナナリーのも一緒にあつらえよう」
「本当ですか、お姉様」
「……でも、ナナリーはお兄さまが来ておいでのような衣装の方がいいです」
 おそろいになりますから、と微笑んでみせるナナリーに何と言い返せばいいのか。それよりも、それならばこれを着ればいいのに、とルルーシュは思う。
「みながそういうのであれば、父が用意をしてやろう」
 その時は、ルルーシュもまた振り袖を着てくれるだろうしな……と言う父をルルーシュは本気で恨みたくなる。
 取りあえず、彼の苦痛はまだまだ終わる様子はないようだった。




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