朝、目が覚めたら腕の中にルルーシュの姿があった。
「……流石に、これはまずいんじゃないのか」
 ルルーシュでなくても、誰かが近づいてきたのに目が覚めなかったという事実が……とスザクは思ってしまう。それとも、ルルーシュだからこそ目が覚めなかったのだろうか。
 それでも、とスザクはそっとと息を吐き出す。ルルーシュがこういう行動に出たと言うことは、きっと、彼が精神的に疲れているのではないか。だから、自分に甘えに来ているのだろう。そんな風にも考える。
 安心して眠っているルルーシュの顔を見つめながら、起こすべきかどうか、少し悩んでしまうことも事実だ。
「ルルの、今日の予定は……」
 どうだったろうか。それ次第では、もう少しこのまま寝かせておいてやりたいと思う。
「……朝食後に、コーネリア殿下の見送りに行くことになっているのか」
 だとするならば、起こさなければいけないだろう。
 それでも、とスザクは悩む。自分の呟きにも気付かずにルルーシュは腕の中で熟睡をしている。その様子は本当に可愛らしい。
 何というのか――自分には経験がないが――恋人同士が夜をともにした翌朝、というのはこんな感じなのではないだろうか。
 だが、こう考えたのは間違いだったと言っていい。
「……まずい……」
 自分の体が見せた反応に、スザクはとっさに顔をしかめる。
 確かに、自分は彼に恋情を持っていることは否定しない。だからといって、今の彼に手を出したいと思っているわけではないのだ。
 それなのに、と考えてスザクはあることに気付く。
「……朝、だからか」
 男であれば当然の生理現象、ではないのか。その事実に少しだけ安心をする。
 自分が彼を傷つけるようなことがあってはいけない。
 そのようなことになるとしても、ルルーシュにきちんとした知識を与え、同意を貰ってからだ。
 第一、見返りなんて求めていないはずなのに……と考えながら、ルルーシュの寝顔を見つめる。
「……んっ……」
 そんな彼の視線を感じたからか。ルルーシュが小さな声を漏らす。
「ルル、起きたの?」
 そっと問いかける。しかし、それに言葉を返しては来ない。代わりに、彼はスザクの胸に額をすりつけるようにしてさらに体をすり寄せてきた。
「寒かったのかな?」
 こう呟きながらも、内心では思いきり焦っている。思わず脳裏で般若心経なんて唱えてしまうほどだ。
「ごめん、ルル……離れて?」
 やはり先ほどの連想がまずかったのか。そう思いながらもスザクはそっと声をかける。
「このまま、眠っていてくれていいから」
 聞こえていないだろうな、とは思いながらもこう告げる。そして、そうっと彼から体を離そうとした。
 それなのに、どうしてかルルーシュは追いかけてくる。
「ルル! お願いだから」
 この状況なら、起こしてしまった方がいいのだろうか。
 しかし、それはかわいそうだ。
 でも、とスザクは悩む。
「ルルぅ」
 本当に、と呟きながらもスザクは必死に自分の中にわき上がってくるまずい妄想を抑えようとしていた。

「スザクのベッドに潜り込んでいたなんて……」
 ある意味、至福と苦痛の間の時間を過ごしていたスザクの前にルルーシュを探しに来たカレンが姿を現したのは、それから十分ほど経ってからのこことだった。
「そういえば、カレンさんは知らなかったのね」
 にっこりと微笑みながらマリアンヌが言葉を口にする。
「昔から、ルルーシュが自分のベッドにいないときにはスザクさんと一緒に眠っていると言うことになっているの」
 何かあったときにはいつも、母である自分ではなくスザクの所に甘えに行くのだ……と彼女はさらに言葉を重ねた。
「……母上……」
 そんな彼女に困ったような口調でルルーシュが呼びかけている。どうやら、できれば自分の前ではカレンに教えないで欲しかったようだ。
「お兄さまとスザクさんは本当に仲がいいです」
 うらやましい、と無邪気な口調でナナリーが口にする。
「お母様。ナナリーもお兄さまのように騎士かお姉様のようにお友達が欲しいです」
 父上にお願いしたら聞いて頂けるでしょうか、と彼女は小首をかしげてみせた。その様子はとても可愛らしいと思う。
 同時に、この年齢になるまで騎士はもちろん友人もいないのはやはりおかしいのではないか、とスザクも感じてしまった。
「そうですね。お父様にお願いをすれば見つかるとは思いますが……」
「どうせなら、シュナイゼル兄上やユーフェミア姉上に相談もしましょうか」
 ルルーシュが不意にこういう。
「お兄さま?」
「父上はお忙しそうだから……シュナイゼル兄上もお忙しいとは思うけど、部下の方々に頼んでくださるだろうし、ユーフェミア姉上はお友達が多いから」
 相談に乗ってくださるかもしれないよ、と彼は妹に微笑みを向けている。
「わかりました。お願いに行きます」
 そういうことであれば自分が行くのが一番ではないか。即座にそういえるナナリーはルルーシュと同じで素直な性格に育っているのだろう。きっと、それはマリアンヌの教育がいいからではないのか。そんなことも考える。
「……ならば、一緒にコーネリア姉上の見送りに行こうか。そうすれば、帰りにユフィ姉上に相談に乗って頂けると思うぞ」
 もっとも、ナナリーがあちらで大人しくしていられるのであれば……の話だが、と彼は続けた。
「お母様……」
 どうしようかと言うように、ナナリーはマリアンヌを見つめる。
「ルルーシュとスザクさん達の言うことをきちんと聞けるのでしたら、行ってきても構いませんよ」
 そうすればコーネリアが喜んでくれるかもしれない。ただし、御行儀よくしていなければいけないが、とも彼女は続けた。
「はい、お母様」
 ナナリーはその言葉に嬉しそうに頷いてみせる。
「お兄さまにスザクさん、それにカレンさんもよろしくお願いします」
 視線を三人に戻すと、ナナリーは礼儀正しく頭を下げた。騎士であるものにもこうして礼儀を尽くす姿は、やはりルルーシュの妹なのだと思わせる。
「カレン」
 彼女の言葉の後にルルーシュが口を開いた。
「何でしょうか」
 スザクではなく自分に呼びかけた理由は、と彼女の表情が問いかけている。
「すまないが、今日はナナリーの側に付いていてやってくれ」
 普段は構わないが、侍女を連れて行けない以上、男のスザクではついて行けない場所もあるだろうか……とルルーシュは笑った。
「あぁ。確かに言われてみればそうですね」
 いくらスザクがルルーシュの騎士でナナリーにとっても兄代わりのようなものだとしても、トイレにまで付いていくわけにはいかない。いや、それ以外にも男子禁制の場所がある。
 そういうことだから、スザクではなく自分にナナリーの側に付いてくれるように命じられたのか。
 カレンはルルーシュが言いたかったことを的確に受け止めたようだ。
「ナナリー。そういうことだから、カレンの言うことはきちんと聞くように」
「はい、お兄さま」
 ルルーシュの言葉にナナリーは素直に頷いてみせる。
「カレンも頼む」
「わかっています、ルルーシュ様」
 カレンもまたルルーシュに向かってしっかりとこう告げた。
「コーネリア殿下には、私が『ご無事で』と言っていたと伝えてくださいね」
 子供達の様子を微笑ましいと見つめていたマリアンヌが言葉を口にする。
「はい」
「もちろんです、お母様」
 でも、とナナリーが小首をかしげた。
「どうかしましたか?」
 そんな彼女にマリアンヌが優しく声をかける。
「お母様は、お行きになりませんの?」
 コーネリアと仲がいいのに、と言外に滲ませながらナナリーが問いかけた。
「皇帝陛下がお呼びですから」
 コーネリアには申し訳ないが、自分は皇帝陛下の言葉を優先しなければいけないから……とマリアンヌは微笑み返す。
「お父様、の所ですか?」
「そうですよ」
「……お父様って、そんなに寂しがりやさんでいらっしゃるのでしょうか」
 こういう日にお母様を呼び出されるなんて……と言うナナリーはさすがはマリアンヌの娘だ。とても他の人間ではこんなセリフを口に出すことはもちろん考えることもできない。
 あまりにインパクトが大きかったのか。カレンはひたすら百面相を繰り返していた。
「どうだろうな」
 ルルーシュはルルーシュで肩を振るわせている。
「取りあえず、食事を終わらせてしまいましょう」
 出かけるのであれば、それにふさわしい服装に着替えなければいけないから。平然とこう口にするマリアンヌは、やはり大物なんだろうな、とそう思うスザクだった。

「わかりましたわ、ルルーシュ。任せておいてください」
 ルルーシュとナナリーの話を聞いたユーフェミアは笑顔とともに頷いてみせる。
「しかし、盲点だったね」
 すまなかった、とシュナイゼルも口にした。
「シュナイゼルお兄さま?」
 どうして彼がそのようなことを言い出したのか。それがわからないというようにナナリーが兄を見上げている。
「皇帝陛下はお忙しいし、マリアンヌ様も、最近は軍のお仕事に戻られて離宮を開けられることも多い。それなのに、ナナリーの側に誰も置いていなかったというのは私のミスだよ」
 信頼できる者を必ず一人は側に付けられる。それが皇族の特権だと言ってもいい。その多くは、身近な者達からの推挙によって選ばれることが多かった。ルルーシュのように自力でそれを見いだすものの方が少ないのだ、とも彼は続ける。
「まぁ、ユーフェミアに任せておけば心配いらないと思うが……」
 それでも、自分もきちんと確認させてもらうがね……と口にしながら、シュナイゼルはナナリーを自分の膝の上に座らせた。
「騎士のことも心配いらないよ。コーネリアがダールトンに命じていたそうだからね」
 間違いなく、彼が自分の手で育てたものが一人はナナリーの側につくことになるだろう。彼女の柔らかな髪の毛をそうっと撫でながら彼は微笑む。
「ダールトン将軍の肝いりでしたら、間違いありませんね」
 彼が育てた騎士達がどれだけ有能なのか、スザクもよく知っている。だから、と彼は口を開く。
「カレンさんのような方だとよろしいのですけど」
 ナナリーの言葉に皇族兄弟達の視線が彼女へ向けられた。それが気まずかったのか、彼女にしては珍しく身を縮めている。
「そうだな。カレンが俺にとって必要な存在でなければ、ナナリーに……とも思うが、今、彼女にいなくなられるのは辛い」
「私としても、できればカレンにはルルーシュの側にいて欲しいからね」
 ルルーシュの言葉の後に続けてクロヴィスも同意の言葉を口にした。
「でなければ、ルルーシュがスザクについて危険なところに行ってしまいかねない」
 現在、エリア11ではテロ行為がなりを潜めている。しかし、最近、中華連邦ががちょっかいをかけてきていることも事実。その諫言にそそのかされているバカもいるのだ。
 その者達を撃破するためにスザクや黒の騎士団が動くことも多い。ルルーシュも当然のように同行しているが、最近はカレンを護衛に後陣にいる方が多い。クロヴィスの言葉は、それは指しているのだろう。
「それに関しては、後でコーネリア姉上に相談に乗って頂くことになっています」
 ついでにナナリーの騎士候補ともその時に顔を合わせることができればいいのだが、とルルーシュは口にした。
「私も、ユフィお姉様のように学校に通ってみたいです」
 ふっと思いついたというようにナナリーがこういう。
「まずは、お友達を選んでからにしましょう。その後で、ミレイと相談しましょうね」
 ユーフェミアの言葉に、ナナリーは素直に頷いてみせる。そういうところが、ここにいる者達に好かれる原因なのだろう。
 こちらに冷たい視線を向けている者達の存在に微かに眉をひそめながらもスザクはそう思う。同時に、ルルーシュ達がこれに気付いていなければいいのだが、とも心の中で呟いていた。

 翌朝も、しっかりと腕の中にルルーシュの存在があった。
 と言うことは、彼もあの視線に気が付いていたのかもしれない。だから、絶対安全だと彼が考えている自分の腕の中に潜り込んでくるのだろうか。
「それは嬉しいんだけど……」
 でもやっぱり辛いかな、とスザクはこっそりとはき出す。
 彼の理性と衝動の戦いは、まだまだ始まったばかりだった。





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