何かなま暖かいものが……と思いながらスザクは目を開く。そうすれば、真っ先に視界の中に飛び込んできたのは、つややかな黒い髪の毛だ。
「また、潜り込んできたんだ」
 柔らかな微笑みとともにスザクはこう呟く。
 それに関してはかまわない。でも、添い寝をして欲しいのならば、先に言ってくれればいいのに……といつも思う。そうすれば、自分の狭いベッドではなくルルーシュ用のベッドでしてあげられるのに。あちらの方が広いから、のびのびと眠れるのではないか、ともスザクはそうえる。
 しかし、何故かルルーシュはスザクのベッドに潜り込んでくることを好んでいるらしい。
 それが周囲の者にもわかっているのだろう。最近、何故かスザクのベッドが変えられたり、布団が微妙によいランクのものになったりしているのはご愛敬と言うことにしておいた方がいいのだろうか。
 そんなことを考えていたときだ。
 不意に、パジャマが冷たくなってくる。
「……まさか……」
 ある可能性に気付いて、スザクは思いきり布団をはぎ取った。そのせいでルルーシュが目を覚ましたとしてもかまわない。それよりも先に確認しなければいけないことがあるのだ。
「やっぱり……」
 やられた……とスザクはため息をつく。
「……ちゅめたい……」
 布団をめくられたことで冷えてしまったのだろう。こう呟きながら、ルルーシュは目を覚ます。
「わかっていますよ。今、お風呂と着替えの用意をしますから、ルルはパジャマとパンツを脱いでくださいね」
 お風呂に入ってさっぱりしてから、着替えて寝直しましょう……と付け加えれば、ルルーシュは小さく頷いてくれる。さすがに、彼にしても気持ち悪いのだろう。ベッドから飛び降りると言われたとおり下着ごとズボンを脱ごうとしている。
 それを確認して、スザクは手早く自分のパジャマを脱ぎ捨てた。
 そのまま、バスルームへと足を向ける。
 本当であればシャワーだけでもいいのかもしれないが、だが、やっぱり湯船で体を温めたい。そう思ってしまうのは、自分が《日本人》だから、なのだろうか。そんなことを考えながら湯船にお湯を張っていく。
「しゅじゃく〜〜! るる、ぬいだ」
 部屋の方からルルーシュの声が聞こえてくる。
「では、こちらにおいでください」
 脱いだものは、かごに入れて置いてくださいね……とスザクは言葉を返す。
「わかった〜」
 この返事の後、少し間をおいてルルーシュがバスルームの中に入ってくる。きちんと言われたとおり、彼はパジャマや下着を脱いだ姿でスザクに抱きついてきた。
「ちゃんとできましたね」
 言葉とともにスザクは彼の体を抱き上げる。とは言っても、さすがに高い高いができるほどの力は彼にはない。それでも、何とか湯船に入れてやることはできた。
「ところで、ルル」
 小さな体を丁寧に洗ってあげながら、スザクはふっとあることを思い出す。
「寝る前にちゃんとトイレにも行っていましたよね? それなのに、どうしたのですか?」
 こっそりと歯を磨いた後にジュースでも飲みましたか? と問いかける。
 でなければ、彼がおねしょをするはずがないのだ。
 もちろん、おねしょをすることが悪いわけではない。でも、最近はきちんと、夜中に一度起こしてトイレに連れて行っていたし、今日だってそうだった。
 それなのに、どうして……とそう思ったのだ。
「……るる、しらないよ」
 こう言いながら、ルルーシュは視線を彷徨わせる。それだけで、ルルーシュが嘘を付いていると言うことをスザクは気付いた。
「そうですか……ルルは、僕に嘘を付くんですね……」
 悲しいです、と付け加える。
「るるはしゅじゃくにうそ、いってない!」
「では、どうしてお口から甘い匂いがするのですか?」
 ちゃんと歯を磨くところも確認していたのに、とスザクは問いかけた。
「……うそはゆってないけど、ないしょにしなきゃいけないことがあるだけだ」
 じっと見つめていれば、ルルーシュはこう口にする。
「そうやくそくしたから、しゅじゃくにもいっちゃだめなのだ」
 ルルはいいこだから、約束を守るのだ……と彼は続けた。
「どなたと?」
 にっこり微笑みながらスザクは問いかける。状況次第ではクロヴィスか誰かに報告をして対策を取ってもらわなければいけないのではないか。そうも考える。
「……ないしょって……」
 だから……とルルーシュはスザクを見上げてきた。
「約束の内容はともかく、どなかと約束されたのかは教えて頂かないと。でないと、ルルの身辺に危険な人間を近づけたと言うことで、僕はここにいられなくなるかもしれないね」
 少しかわいそうかもしれないが、スザクは脅かすように口にする。もっとも、その可能性だって十分にあり得るのだ。
「しゅじゃく、いなくなるの?」
 途端にルルーシュが泣きそうな表情を作った。
「シュナイゼル様やコーネリア様がそう判断されたら、ね」
 自分は、ルルーシュを守ると言うことでここにいることを許されている。でなければ、敗戦国の人間と言うことで、城外に追い出されてもしかたがないんだけど、とも付け加える。
 ここでしっかりと納得してもらわないと、これから困ることになりそうな予感があったからこそのセリフだ。
「やだ〜〜! しゅじゃくはるるのなの〜!」
 だから、側にいなければダメなのだ、と口にしながらルルーシュはスザクに抱きついてくる。
「わかっていますよ。ですから、せめて誰と約束をしたのかだけは教えてくださいませんか?」
 相手が危険な人間でないかどうかだけを確認できれば、それでいいのだから。スザクはそう付け加えた。
「……ちちうえ……」
 小さな声で、ルルーシュがこう言ってくる。
「皇帝陛下、ですか?」
「そ。るるがひとりでさびしがってないか、みにおいでになったんだって……」
 スザクが一緒だから、そんなことはないのに……と言ってもらって喜ぶべきなのか、それとも、と思う。でも嬉しいのは事実だ。
「わかりました。それなら大丈夫ですね」
 体を流しますよ……といいながら、スザクはシャワーに手を伸ばす。
「あがったら、ミルクを入れて差し上げます。そうしたら、また歯を磨いてくださいね」
「わかった」
 ルルは大きく頷いてみせる。
 こういう素直なところがみなに好かれているんだろうな……とスザク心の中で呟く。だからといって、今回のことはまずいだろう……とも思うのだ。
 相談をするならクロヴィスだろうか。それとも……と考える。どちらにしても、誰かに相談をすればまちがいなく全員に伝わるだろう。
 そうしてくれれば、少しはルルーシュのおねしょはマシになってくれるだろうか。
 そんなことを考えてしまうスザクだった。

 ルルーシュが昼寝をしている隙にスザクは取りあえずクロヴィスの宮に連絡を入れた。しかし、何故か現れたのはコーネリアだった。
「コーネリア殿下……」
「気にするな。今日戻ってきたのでな。ルルーシュに土産を持ってきたのだ」
 ついでに報告を聞いておこうと思ったのだ、と彼女は微笑む。
「そうですか。でしたら、ルルが起きられるまでこちらにいらして頂けるのでしょうか?」
「迷惑でなければ、そのつもりだ」
 自分がいる離宮には既に顔を出してきたからな……と彼女は綺麗に口紅を塗られた唇に笑みを浮かべる。
「わかりました」
 こう言いながらスザクがさりげなく視線を流せば、執事が頷いているのがわかった。
「では、こちらに」
 スザクはコーネリアを案内して歩き出す。もちろん、彼女にそのようなことは必要ないとはわかっていても、だ。
「すまんな」
「いえ。コーネリア殿下がおいでになったのに、顔も見られなかったと知ったらルルがすねますから」
 コーネリアが大好きですから、付け加えれば、彼女の笑みは深まる。
「あの子にそう思っていてもらえるのは嬉しいな」
 ルルーシュの言葉には裏がない。だから、信用できるとも彼女は付け加えた。
「そうですね」
 でも、そんなルルーシュに余計なことを教えてくれる方もいるしなぁ、とスザクは心の中で呟く。成長したら、いやでも嘘や何かを覚えなければいけないのだから、せめて今だけは……とそう思うのに、というのはワガママなのだろうか。そんなことも考えてしまう。
「ルルは、まだしばらく、あのままでいて欲しいです」
 それでも、彼女に嘘は通用しないに決まっていると判断をして、スザクはこう告げる。
「お前も正直な人間だからな。ルルーシュの側にお前がいる限り、大丈夫だろう」
 そして、あの子がそんな人間でいられるよう、自分たちが頑張るだけだ……とコーネリアは笑う。
「だが、一番の問題があの方だからな」
 コーネリアがこう呟くのと、この離宮の私的な応接間に着いたのがほぼ同時だった。
 スザクは彼女とその護衛のためにドアを開ける。そうすれば中には既に、お茶の用意ができているのがわかった。
 ためらうことなく、コーネリアは真っ直ぐにイスへと向かうと腰を下ろす。そんな彼女のためにお茶を用意するのはスザクではなく彼女の騎士の一人だった。
 早く自分ができるようにならないといけないのかな、とスザクは思う。
「心配するな。お前は筋がいい。ただ、ギルフォードの方が私好みの茶を淹れられるだけだ」
 スザクはルルーシュ好みの味で淹れられるようになればそれでいい、とコーネリアは笑った。それは慰められているのだろうかと、本気で悩む。
「それにしても、父上には困ったものだな」
 皇帝らしからぬ行動を取ってまでも、ルルーシュを手なずけられたいのか……と彼女はため息をついた。
「いらして頂くのはかまわないのですが……子供のしつけという点では問題があるのではないかと……」
 ルルーシュにもきちんとした常識を身につけて欲しい……とマリアンヌにも言われていることだし、とスザクは付け加える。
「当たり前だ。素直なこととバカであることはイコールではないからな」
 素直であっても、有能な人間に育って欲しい。そう思うのは自分だけではないのだな、とコーネリアは頷いてみせる。
「お前の判断は正しい。それに関しては、父上にはきっちりと申し上げておく」
 しかし、マリアンヌのお腹にいる子供が生まれたら、ますます大変なことになるだろうな……と彼女は笑みに苦いものを浮かべた。
「ルルーシュだけでもおおぼけとしか言えないのに、女の子だったらどうなるか」
 もっとも、自分たちも可愛い子供が生まれてくれることを心待ちにしているのだが、とコーネリアは続けた。
「その時は、お前にさらに迷惑をかけることになるかもしれないが、頼むぞ」
「はい」
 もちろんです……とスザクは言い切る。ルルーシュも自分の弟妹が生まれることを楽しみにしているのだし、と付け加えた。
 何よりも、コーネリア達はもちろん、この離宮の人々は本来さげすまれても当然の自分を一人の人間として受け入れてくれている。そんな人たちに、自分ができることで恩返しをしたいと思っても当然のことだろう。
「期待している」
 スザクの言葉に、コーネリアは微笑んで頷いて見せた。
 まるでタイミングを合わせたかのように、その時、ルルーシュが自分を呼ぶ声が耳に届く。
「起きたようだな」
 連れてきてくれ、とコーネリアが命じる。
「はい」
 では、一度失礼させて頂きます……とスザクは彼女に向かって頭を下げた。そして、廊下へと足を向ける。
「しゅじゃく! どうして、るるのそばにいなかった!!」
 廊下に出た瞬間、ルルーシュがこう言いながら飛びついてきた。
「コーネリア殿下がおいでですよ、ルル」
 お出迎えをしておりました……と付け加えながら、その体を抱き上げてやった。そうすれば、彼の体が少し重くなっているのがわかる。
「あねうえが?」
「そうです。中でお待ちですよ」
 でも、その前に服装を整えましょうね、と言えばるるーしゅはスザクに頷いて見せた。マリアンヌの教育の成果か、兄姉に対しては礼儀を持って接しなければいけない、とわかっているらしい。もっとも、それもまだ子供らしいものではあるが。
「きがえ?」
 するのか、という彼の服装は、きっと侍女達が気を利かせてくれたのだろう。コーネリアの前に出てもおかしくはないと思えるものだ。
「なくても大丈夫でしょうね。ただ、髪の毛と襟元だけは直してくださいね」
 それに、コーネリアが我慢できないのではないか、とも思う。
「わかった〜」
 だから下ろせ、と言われるままにスザクはその体を解放してやる。そして、髪の毛を直す手伝いをしてやった。
「だいじょーぶか?」
「えぇ。ルル、どうぞ」
 中にお入りください、と言いながらドアを開ければ、すぐそこにコーネリアが歩み寄っているのがわかった。
「あねうえ〜!」
 喜び勇んで彼女に抱きついていくルルーシュに、誰もが優しい微笑みを浮かべる。
「大きくなったな。今日は土産を持ってきたぞ」
 しばらく付き合え、といいながらルルーシュを抱き上げるコーネリアの顔がとても幸福そうだったことは否定できない事実だった。

 その後、ルルーシュのおねしょの回数が微妙に減った理由は、あえて書かなくてもいいだろう。




BACK





07.02.21up