「……ロイドとジェレミア?」
 いきなり何を言い出したのか。そう思いながら、ルルーシュは目の前にいるミレイを見つめる。その隣では、スザクが危うくティーポットを落としそうになっていた。カレンにいたっては開いた口もふさがらないらしい。
「そうですわ、ルルーシュ様」
 ルルーシュから見て、どちらがましだと思うか。ミレイはあくまでも真顔でこう問いかけてくる。
「いきなりどうしたんですか? ミレイさん」
 興味津々という様子でカレンが問いかけた。そのあたりは同じ学校の生徒だったという気安さなのだろう。
「いい加減、婚約をしろ……と言われたんですよ」
 まだまだそんな年齢じゃないと思っていたのですが……とミレイはため息を吐いてみせる。
「と言うことは……ロイドさんとジェレミア卿が婚約者候補、と言うことなんですか?」
 おそるおそるスザクが彼女に問いかけた。その言葉の裏に『無謀な』という意味がこめられているような気がするのは、ルルーシュの錯覚ではないだろう。実際、自分自身もそう思っているのだ。
「そういうことになるのかしら」
 ルルーシュの側にいるもので、後独身なのはスザクや黒の騎士団の面々だ。でなければクロヴィスだろうが、彼は最初から除外と言うことで……とミレイは笑いながら口にする。
「だからといって、ロイドとジェレミア……」
 もう少し他に選択肢はないのか……とルルーシュは言いたい。
「どちらも一長一短ですしね」
「否定できないわ」
 スザクとカレンの言葉に、ルルーシュも思わず頷いてしまう。どうして彼等でなければいけないのか。そんなことすらも思いたい。
「そのくらいであれば、グランストンナイツの誰かの方がマシだろうな」
 年齢的にも彼等の方がミレイに近いだろうし……とルルーシュも頷く。
 問題があるとすれば、彼等の身分かもしれない。  だが、既に騎士候の身分は手に入れているし、これからの活躍次第ではさらに上というのも望めるだろう。何よりも、彼等はシュナイゼルやコーネリアとも深い繋がりを持っている。  そう考えれば、アッシュフォードにとって悪い縁談ではないように思えるが……とルルーシュは心の中で付け加えた。
「本当ならば、殿下、と申し上げたいところですが……流石に、不敬ですので」
 それでも、ご希望ならば子供の一人や二人、産んで差し上げますから……と意味ありげな笑みとともに彼女は口にする。
「ミレイ?」
 いきなり何を言い出すのか、とルルーシュは思う。
「今はおわかりにならなくてもいいんですよ、殿下」
 もっと大きくなられてからで……とミレイは苦笑とともに付け加える。
「と言うことで、個人的にルルーシュ殿下大事の人間と婚約しておこうかと思ったわけですわ」
 ダメならば後腐れ無く解消できると言うことも重要な条件かもしれない……とミレイは考え込むような表情を作った。
「その条件でしたら、ロイドさんでしょうか」
 でも、あの人と結婚できるとするならば、かなり心が広いか、でなければ無関心な相手でなければいけないと思うが……とスザクは口にする。
「そうだな。ロイドの変人ぶりに付き合える人間は少ないと思うぞ」
 自分に対してはかなりまっとうな態度で付き合ってくれているらしい。だが、シュナイゼルや他のものに関しては本性を丸出しだとも聞いた。あのシュナイゼルですら、そんな彼を時々もてあましていると言うし、とルルーシュは心の中で呟く。
「……だからといって、オレンジもなぁ」
 きまじめすぎるのだ、彼は。
 何よりも、とルルーシュは付け加える。
「あいつはスザク達イレヴンを見下しているからな」
 七歳の時にしっかりとおしおきをしておいたからスザクに直接文句を言ってくることはない。それでも、彼の姿を見るたびに嫌そうな表情をしていることは事実なのだ。
「そんな相手とミレイが婚約するのは、俺としては反対だ」
 そのくらいなら、多少の年の差の問題はあっても自分がそうした方がいいように思う。ルルーシュが何気なくそういえば、
「ダメです!」
 とスザクが叫んだ。
「スザク?」
 その言葉にルルーシュは目を丸くして彼を見つめる。自分のその表情を見てスザクは初めて失言に気が付いたらしい。
「……えっと、ですね……」
 何と言ってごまかそうか、とはっきりとわかる。彼がそんな風に自分の感情をあからさまに見せるのは珍しいような気がする、とルルーシュは心の中で呟いた。
「そんなに、年齢差が気になるのかしら、スザク君は」
 確かにルルーシュから見ればおばさんだけどねぇ、と口にしながらミレイがスザクの頬に手を伸ばす。そしてそのまま遠慮なくつねり上げていた。
「ミ、ミレイさん!」
 痛いです、とスザクが口にする。
「今のは、スザクが悪いわ」
 カレンもまたこう口にした。
「そうなのか?」
 いったい何が悪いというのだろうか、とルルーシュは首をかしげる。別に今の会話の中でおかしいことはなかったように思うのだ。
「そうです」
 それなのに、カレンは言いきった。
「女性に年齢を感じさせるようなセリフを言っていいのは未成年の間だけです!」
 それ以上になったならにおわせるようなセリフも状況によっては禁止なのだ! と彼女は力一杯主張をする。
「スザクだって、同じセリフをマリアンヌ様やコーネリア様に言えるはずがないでしょう?」
 あのお二人に言えるならば見逃して上げられるけど……と言われて、少しだけ納得できたような気がした。
「……そう、だな……」
 しかし、そのようなことをスザクは口にしただろうか。それとも、自分が聞き逃しただけなのか。
 確認したいと思っても、カレンの様子を見ていればやめておいた方が良さそうな気がする。
 そうしているうちに、何故かクロヴィスがルルーシュを呼びに来てしまった。
 その後のごたごたで、ルルーシュがその疑問を忘れてしまったことは言うまでもない事実であった。

「感謝しなさいよ」
 ルルーシュがいなくなると同時にカレンがこう言ってくる。
「そうね。今回のことは感謝されてもいいと思うわ」
 それにミレイも頷いてみせた。
「思わず本音が出てしまったのはわかるけど、殿下はまだ親愛と恋愛のさをご理解していらっしゃらないのだもの」
 まぁ、時間の問題だとは思うけれど……と付け加える彼女に頭が上がらない。
「……わかっています……」
 ルルーシュが皇子である以上、いずれはそういう話も出てくるに決まっている。特に彼の場合、父である皇帝はもちろん、有力な兄姉に可愛がられているルルーシュは、間違いなく貴族達にとって見れば手に入れたい《駒》であるはずだ。
 その時には、真っ先に祝福しなければいけないとはわかっている。
 わかっていても、そうできるかどうかと言うと別問題だろう。
「殿下の場合、下手な相手だとみなさまが邪魔をすると思うわ」
 それどころか、そんな連中に渡すくらいなら……と言い出しかねないかも。そんな恐ろしいセリフをミレイは口にしてくれる。
「ミレイさん?」
「まぁ、その時はその時として……問題なのは私の方よね」
 こんな風にルルーシュの側に親しく近づける自分を魅力的だと思う相手も多いのだから……と彼女はため息を吐く。
「キューエル卿は思い切り避けたいし……やっぱり、殿下にグランストンナイツのどなたかを紹介して貰うべきかしら」
 それとも、ロイドあたりで妥協をするべきなのか。
「……いっそのこと、ルルーシュ殿下からクロヴィス殿下に口裏を合わせていただいたらどうです?」
 お互いのことが気になっているから、しばらく側にいて欲しいとか何とかと言うへりくつをこねて貰えばいいのではないか。カレンがこんなセリフを口にしてきた。
「でなければ、ルルがそうして欲しいと言っていた……でもいいのかもしれませんけどね」
 ルルーシュのワガママだから、と言えば全てが終わってしまうような気がする、とスザクも告げる。
「家の親がそれで納得してくれたらいいんだけど」
 むずかしそうよね、とミレイはため息を吐いた。
「ルルーシュ殿下のことを考えれば、アスプルンド伯の方がマシなのかしら」
 いっそのこと、ルルーシュの騎士になってしまえば『結婚しろ』と急かされなくていいのかもしれない。そんなことまで彼女は口にする。
「それはそれで面倒ですよ」
 まったく、とカレンが忌々しそうに口にした。
「親なんて、そういうものよね」
「そうですよね」
 女性陣二人が本気で意気投合をしている。
「……まだましじゃないですか?」
 ふっとあることを思い出してスザクが口を挟む。
「どこが?」
「そうよ」
 誰と比べているのか、と二人の視線が問いかけてきてた。スザクにはもう両親がいないことは彼女たちも知っているのだ。しかし、それを口にしないだけでも分別があるのかもしれない。
「……なら、皇帝陛下を父親に持ちたかったですか、お二人とも」
 しかし、流石の彼女たちもこのセリフは予想していなかったようだ。
「……それは……」
 同時に、彼女たちの脳裏にルルーシュの苦労が思い浮かんだのだろう。
「不敬かもしれないけれど……遠慮したいわ……」
 はっきり言って、ルルーシュの不幸の半分以上に彼が関わっているような気がする。しかも、多大なる権力を持っているからこそ問題なのではないか。
「あの方が殿下を可愛がっておいでなのはよくわかっているけど」
 その方向が微妙にずれているのよね……とスザクの言葉に同意をしてくれた。
「だから、スザク君はルルーシュ殿下のシェルターにならなきゃいけないんだけど……」
「そのシェルターが一番の危険だなんて……殿下が自覚してくださっていないし」
「でも、自覚されたらされたで、また問題だわ」
 ひょっとして、やぶ蛇だったのだろうか。
 本気で悩みたくなるスザクだった。

 その後、ミレイの婚約問題がどうなったのか、スザクだけではなくルルーシュも知らない。
 カレンは知っているのかもしれないが、教えてくれないのだ。
「……まぁ、別に構わないけどな」
 言葉とともにルルーシュはスザクの膝に乗ってくる。
「ルル?」
 どうかしたの? と平然と答えながらも内心はばくばく言っていた。
「なんでもない」
 こう言いながらも、彼はスザクの胸に頬を埋めてくる。
「僕はどこにも行きませんよ」
 結婚をする予定もないから……とスザクはルルーシュの耳元で囁く。それに、彼は小さく頷いてみせた。
 この時間が今少し続けばいい。
 そんなことも考えていた。





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