「……パンプキン・プリン……ですか?」
 ルルーシュがおやつにプリンをリクエストしてくるのはよくあることだ。しかし、こんな風に細かい注文をしてくるのは珍しい。
「そうだ。何でも、カボチャの中が丸ごとプリンになっているのがあるらしい」
 ロイドが言っていたが、詳しい話を聞く前にいなくなってしまったから……と彼は少し悔しげに口にする。
「しかたがないですね。本国でナイトメアフレームの開発に大きな支障が出そうな事件が起きたのですから」
 特派の主任である彼も無視していられないのだろう。スザクはそういって彼を慰めた。
「それにそういう話は、カレンやミレイさん、でなければ千葉さん達が詳しそうですから」
 聞いてみる? とさらに言葉を重ねる。
「今日なら、千葉さん達も本部にいるはずだし」
 ここしばらく顔を見せてないしね……と付け加えればルルーシュは少し考え込むような表情を作った。
「そうだな。久々に会いに行くのもいいかもしれない」
 問題は、クロヴィスが止めようとすることか……とルルーシュは小さなため息を吐く。ロイドがいれば口実にできたのだが、とも。
「口実ならあるよ、ルル」
 にこやかな口調でスザクは告げる。
「スザク?」
「コーネリア殿下やナナリー様達に友禅のドレスや着物をプレゼントするって約束してきたんじゃなかった?」
 それについて相談をすると言えば、クロヴィス殿下でも文句は言えないだろう? と言葉を重ねた。
「そういえば、そうか」
 確かにそんな約束をしたな……とルルーシュも頷く。
「取りあえず、頼めそうな職人を捜してもらうと言えばいいのか」
 でなければ見本になりそうな布を……と彼は付け加える。
「和服の柄は、昔から変わっていないことが多いからね」
 そういう布地を売り買いしている場所があるはずだよ……と言えばルルーシュは首をかしげた。
「なんで、だ?」
「そういう布でも、バッグにしたりなんかできるだろう?」
 この一言で、ルルーシュは納得したらしい。
「それならば、綺麗な布を見つけてナナリーに送ってもいいのか。人形の服にもできるだろうしな」
 でなければ髪飾りか、とそうも付け加える。
「そういうこと。と言うわけで、行くよね?」
 みんなの所に、とスザクは問いかけた。
「もちろん。カレンとも向こうで落ち合えばいいか」
 その後で、プリンを買いに行ければいいな……と言う彼を見て、本当にプリンが好きだな……と思う。
 同時に、心の中に別の疑問が浮かんできた。
 自分とプリン。どちらが好きなのだろうか。
 どちらも選べないと言われるならばまだ妥協できる。でも、プリンと言われたら困るな、と考えながらスザクは息を吐いた。
「ならば、連絡を入れておくよ」
 だから、準備をしておいで……とスザクが口にした瞬間だ。いきなりルルーシュが抱きついてくる。
「ルル?」
「プリンは我慢できても、スザクがいなくなるのは我慢できないからな」
 不意をつかれて、スザクは思わず思考がストップしてしまう。ひょっとして、自分の気持ちがばれているのだろうか。そう思ったのだ。
「ありがとう」
 それでも、そういってくれる気持ちが嬉しい。だから、自然にこう言い返していた。

 いつものように黒の騎士団が拠点としているトレーラー――いい加減、司令部になる建物を用意すると行っているのだが、彼等にしてみればこちらの方が使い勝手がいいらしい。特派も似たよなうものだからそういうものなのだと納得をするしかないだろう――へと足を踏み入れた。
「お待ちしていました、ルルーシュ様」
 それにスザクも、とカレンが飛び出してくる。
「待たせたか?」
「いいえ。ちょうど、おやつを買いに出ていましたから」
 ルルーシュが来るから、余計に気合いが入ったのだ……とカレンを含めた女性陣が微笑んだ。
「おやつ!」
 ルルーシュもこう言うところはまだまだ子供らしい言動を見せる。
「はい。今日は苺のムースがおすすめだったそうですから、それを」
 カボチャのプリンもあったのだが、と口にしたのは千葉だ。藤堂の旗下の者達でも四聖剣と呼ばれる彼女たちはそれぞれが指揮官を務められるだけの技量を持っている。
 しかし彼等の怖さは、藤堂の指揮に従って彼等が取る連携だろう。はっきり言って、現在のクロヴィス親衛隊でも勝つことはむずかしいだろう。
 もっとも、それは敵に対してだけだ。
 軍務に付いていないときの彼らは、とてもそれだけの強さを持っているとは見えない。特に千葉は女性だからいっそうそれが顕著に表れている。
「カボチャのプリン!」
 彼女の何気ない一言が本来の目的を思い出させたらしい。
「殿下?」
 どうかしたのか、と千葉が言外に問いかけてくる。
「カボチャを丸ごと使ったカボチャプリンを知らないか? ものすごくおいしいと聞いたんだが」
 どこの店なのかを聞く前にロイドが本国に行ってしまったからな、とルルーシュは本気で悔しそうに口にした。
「もうじきハロウィンだからな。どうせなら、デザートに食べたい」
 カボチャの皮まで食べられるのだそうだ、と彼は一息に言いきる。
「……そういえば、聞いたことがあるような……」
 ちょっと待ってくださいね……と千葉が呟く。
「井上さんなら知っているかもしれないですしね。どちらにしても、中に入られませんか?」
 立ち話をするよりもお茶をしながらの方がいいのではないか。カレンがこう提案をしてきた。
「そうだな。せっかく買ってきてくれたスイーツもあるしな」
 お茶を淹れてくれるよな、とルルーシュはそのまま視線をスザクに向けてくる。
「もちろんだよ。おいしいのを淹れて上げるから」
 そのために、こっそりと私物を持ち込んであるから……とスザクはさらに笑みを深めた。
「嘘!」
「……いつの間に」
「教えておくと、勝手に飲まれそうだから」
 誰とは言わないけど……と付け加えながら、スザクはさりげなく視線を脇に移動させる。
 釣られるように視線を向けたルルーシュだけではなく、女性陣達もその正体を見て凍り付いていた。
「……公式ストーカー……」
「近いうちに、ここも移動しないとね」
 でないと、今度は内部に侵入されそうな気がする……とカレンが呟く。
「それ以上に買収されそうな人間がいるから問題じゃない?」
「あぁ、そうですね」
 玉城とか玉城とか玉城とか……と呟くカレンの表情がちょっと恐い。というよりも、ルルーシュは既に及び腰だ。
「カレン。ルルのいないところで言おうね、そういうことは」
 その時はいくらでも付き合うから、という言葉の意味を彼女は的確に受け止めてくれたようだ。
「申し訳ありません、殿下。スザクも指摘ありがとう」
 と言うわけで中に入りましょう、とカレンは微笑む。
「ルル?」
「わかった」
 マリアンヌやコーネリアで戦闘モードとそうでないときの豹変ぶりにはなれているのだろう。ルルーシュはあっさりと頷く。
 何よりも、少しでも早くディートハルトの目から逃げたかったのか。ルルーシュは歩き出した。

 しかし、その日のうちに自分宛に届いたこの情報をどう判断すればいいのか。
「……出所はあの人なんだろうけど……」
 何を考えているのだろうか。スザクは思わずそう呟いてしまう。
「でも……ルルが喜ぶよな」
 店がわかって買いに行けるのなら……と妥協することにする。
「しかし、こういう使い道もあるのか、あの人には」
 覚えておいて、これから必要なときには使わせて貰おう。心の中でそう呟くスザクだった。

「Trick or treat!」
 言葉とともにルルーシュが姿を現す。今日のルルーシュの仮装はどうやら狼男らしい。だが、ショートパンツとそれに付けられた尻尾、耳付きのシルクハットを見れば可愛らしいとしか言いようがない。
「イタズラと言いたいところだけど、兄上達に怒られるからね」
 おやつをあげるよ、とクロヴィスはルルーシュが持っているかごの中に綺麗な包みを入れる。
「後で、感想を聞かせてくれないかな?」
 ルルーシュから合格点をもらえたら、ナナリー達にも送るから……と彼は付け加えた。
「はい、兄上」
 にっこり微笑むとルルーシュは頷いてみせる。それにクロヴィスも微笑み返す。だがすぐに表情を引き締めた。
「それと」
 小さなため息とともに言葉を続ける。
「スザクに気を付けて貰えばいいのかもしれないけどね……あれにだけは近寄るんじゃないよ?」
 一応、総督府をはじめとしたブリタニア政庁関係者と軍人達には指示を出してあるが……と言われて、ルルーシュだけではなくスザクも頬を引きつらせる。
「はい、兄上」
 もちろんです、とルルーシュはしっかりと首を縦に振った。
「それでは、他の人たちの所にも行っておいで。バトレーはルルーシュが来てくれるのを楽しみにしているようだからね」
 他の部署でもそれぞれが趣向を凝らしたお菓子を用意しているらしいからね、という言葉から判断ををして、ルルーシュ人気は相変わらずのようだ。
「わかりました。それが終わったら、一緒に夕食を食べてくださいね」
 決して、仕事は溜めないでくださいよ! とルルーシュはクロヴィスに向かって告げる。それに彼がどのような反応を返したかは、武士の情けで言及をしない方がいいのだろうか。
「今日は、憧れのカボチャプリンがデザートですし」
 後でロイドに自慢をしてやろう、と微笑むルルーシュだけが、幸せだったことは事実だ。





BACK





07.10.29up