「カレン?」
 どうかしたのか、と問いかけられる声に顔を上げる。その瞬間、すぐ側にルルーシュの瞳があったことに気付く。
「ルルーシュ様!」
 さて、どうしようか。本当のことをいっても構わないような気はするが、それではかれに心配をかけてしまうことになる。
 スザクであれば、いくら心配をかけても構わない。
 それは彼が自分と同じ年代だと言うだけではなく、ルルーシュの一番側にいると言うことも関係しているだろう。
 しかし、ルルーシュ相手ではそういうわけにはいかない。ついでに、自分だって見栄を張りたいこともあるのだ。
「……俺には、話せないことか?」
 しかし、ルルーシュは相談してもらえないという事実にショックを受けているらしい。そんな彼の表情を見ているのも辛い。
「……ルルーシュ様のお手を煩わせることではないと思うので……」
 適当な事案を口にしてごまかすしかないだろう。
 しかし、丁度いい事案があるだろうか……と考える。だが、すぐにいいことを思いついた。
「そんなに、俺は頼りないのか?」
 ルルーシュが肩を落としながらこう告げる。
「いいえ。そんなことはありません」
 本当にくだらないことですから、と微笑む。
「ルルーシュ様が怒らないとおっしゃるのでしたら申し上げますが」
 この言葉に、ルルーシュは驚いたように目を見開く。
「怒る? 俺が?」
 どうして、と彼はそう問いかけてくる。
「それだけくだらないことだから、ですわ」
 この言葉に、ルルーシュは小首をかしげた。
「誰かが困っていることに『くだらないこと』はないと思うが?」
 きまじめな口調でルルーシュはそう告げる。彼の場合、本心からそういっているのだろうと言うことはカレンにもすぐにわかった。
「申し訳ありません、ルルーシュ様」
 その事実を今更ながらに認識をしてカレンは謝罪の言葉を口にする。
「玉城がここのところ大きな事件もなく退屈だといって、あちらこちらでケンカをふっかけているのです」
 手当たり次第でないあたりが問題なのだ……と付け加えた。
「というと……玉城に正当性があるのか?」
「そうなんですよ。でも、彼のせいで事態が大きくなっていると言うことも事実なんですよね」
 だから、何か仕事を押しつけられないかどうかを考えていたのだ……とカレンは微笑む。
「……わかった」
 そういうことならば、何かいい方法がないかを考えておく……とルルーシュは口にする。
「ルルーシュ様?」
「騎士団の方も出撃をする機会が減ってきたからな。扇も学校の先生に戻りたいようだし……騎士団の活動に関してはスザクもカレンもいてくれる。藤堂達もブリタニアと共に戦うことに異存はないようだから、な」
 彼らには他にあれこれしてもらう時期なのかもしれない、とルルーシュは言葉を重ねた。
「それはそれで悲しがりますね」
 というよりも、玉城であれば暴れ出すのではないだろうか。
「心配するな。玉城が文句を言えないような仕事を押しつけてやる」
 自信満々な笑みと共に彼はこう告げる。その表情はまだまだ子供といえるねん連でありながらも、彼が支配する側の人間だ、と教えてくれた。
 だが、そんな彼がとても魅力的だと言うことも事実。
「お願いします」
 にこやかな表情でカレンはこう告げる。そうすれば、ルルーシュはさらに笑みを鮮やかなものにした。

「……やっぱり、スザクには話を通しておかないとまずいわよね」
 ルルーシュが自分の意志であれこれ判断を下せるようになったとはいえ、まだまだ子供だ、と言うことは否定できない事実である。
 自分も彼の騎士ではあるが、筆頭騎士はスザクだ。
 その彼がルルーシュがしようとしていることを知らないのはまずいのではないか。内容がスザクに対してサプライ図的なものであるならばともかく、今回のことはばれても構わないことだろう。
 だから、一応話をしておくか……とカレンは結論を出す。
「でないと、別の意味で後が恐いものね」
 彼であれば自分が何を悩んでいるのかわかるかもしれない。それに関しては構わないが、ルルーシュにあれこれ吹き込まれるのは困る。最悪、それがクロヴィスの耳に入ったらどうなるのか。
「私だけの問題じゃないし」
 下手をしたら、現在エリア11にいる全ての女性軍人に関わってきそうだ。
 それはまずい。
「と言うわけで……彼を探しに来ないと……」
 できれば、側にルルーシュがいなければいいのだが……とも考えてしまう。
「まぁ、その時はその時よね」
 ルルーシュが側にいたときは、その時だ。
 それよりも、行動をすることのほうが重要だろう。そう判断をしてカレンは歩き出した。
「……今の時間だと、特派かしら」
 それともルルーシュと一緒にお茶をしているか。そのどちらかだろう、とカレンは目星を付けている。
「コーネリア殿下に呼び出されていなければ、それはそれでいいんだけど」
 最近は、彼女に付いて実戦に出ることも多い。それがルルーシュのためになることだ、と言うことはみなが認識している。それでも、彼が側にいないときのルルーシュはやはり精彩に欠けるし、スザクもどこかとげとげしいらしい。
 何よりも、今は避けたい事態だ。
 それでは、丸く収まらない可能性があるし……とそっとため息を吐く。
「まぁ、私の失態だけどね」
 ルルーシュに気付かれてしまったことは、とカレンは苦笑を浮かべる。
「他のことなら、気付いてくれたことは喜ばしいんだけど」
 今回はちょっと、と呟きながら、目的地へと足を向けた。

 一番最初に目星を付けてくれた所で彼の姿を見つけたのは、幸いだったのだろうか。。
「ちょっと話があるんだけど、今構わない?」
「何?」
 いつもの笑顔でスザクが言葉を返してくる。
「ちょっと失敗して、ルルーシュ様を煽っちゃったの。その報告をしておこうかと思ったんだけど」
 この言葉を耳にした瞬間、彼の頬が引きつったのはカレンの錯覚ではないだろう。
「最近、騎士団の出番がないでしょう? 扇さん達はそれぞれできることを見つけてあれこれやっているんだけど、それができないバカが一人いるのよね」
 それで、暇に飽かせて悪さだけしてくれているのよ……と口にする。
「……玉城さん?」
 このセリフだけで該当人物を思い浮かべられるのは流石だ、と言うべきか。
「そう。そのことも含めてあれこれ考えていたら、ルルーシュ様にばれちゃったのよね」
 しかたがないから報告をしたの、とカレンは白状をする。
「なるほど。それで、ルルが燃え上がっているんだ」
 確かに、彼の性格ならばそうだろう……とスザクは頷く。
「何か、適当な仕事を押しつけるっていっていたわ」
 あるかどうかが問題だと思うけど、とカレンはこっそりと付け加える。
「それは大丈夫じゃないかな?」
 それに対し、スザクはあっさりとこんなセリフを口にした。
「そうなの?」
「うん。テロは減っているから騎士団の活動がないだけで、仕事はたくさんあるよ」
 たとえば、キョウトとの連絡役とかね……と意味ありげに笑う。
「それって、めちゃくちゃ忙しくない?」
 キョウト、というのは地名ではない。そして、現状ではその当主達もそれぞれ自分の専門分野で総督府――と言うよりはルルーシュ――に協力をしている。
 その結果、彼らはエリア11のあちらこちらを飛び回っているのだ。
 そして、報告を受ける側のルルーシュも総督府にいるのは限らない。もっとも、彼の場合はトウキョウ租界から出ることは少ないが、それだけに探すのがむずかしいこともある。
 何よりも、報告は一刻を争うことも多い。
 玉城の性格を考えれば、きちんと時間通りにやってくるかどうかの確証もないのではないか。
 しかし、とカレンは考え直す。
 確かに、それだけ忙しければ、彼にしてもあれこれ余計なことを考えている暇はなくなるはず。まして、悪さをする時間は余計にないだろう。
「忙しいと思うよ。でも、あちらからも増員が欲しいって言われているしね」
 二人組が基本だから、迂闊な行動は取れないだろうし……とスザクも笑みを浮かべた。
 下っ端に必要なのは体力だろうし、とも彼は言葉を重ねる。
「何か、ものすごく適役?」
 体力だけは有り余っているだろうから、とカレンも頷いてみせた。
「という方向で、ルルには進めておくよ」
 構わないよね、と言う彼に「お願い」と言い返してしまう。
「それとね」
 ふっと何かを思い出したようにスザクは口を開く。しかし、さりげなく視線をそらしたのはどうしてなのか。
「体重のコントロールには散歩がいいそうだよ。マリアンヌ様のお言葉だと……」
 しかし、このセリフにカレンは凍り付く。
「……スザク……」
 口から出たのは、自分でも予想していないほど低い声だった。
「パーティの後によく散歩に行かれていたから……理由を聞いたらそういうことだったんだって……」
 ちなみに、聞いたのはルルだからね……とスザクは付け加える。
「マリアンヌ様が……」
 カレンの脳裏にマリアンヌの姿が浮かんできた。二人の子持ちとは思えないあの見事なプロポーションは、そんな努力で維持されてきたのかと納得をする。
「コーネリア殿下も、日々の努力を欠かさないそうだし……ユーフェミア殿下も、ルルの所に来るときはたいがい徒歩だったはず……」
 さらに付け加えられた言葉にカレンは皇族に対するイメージを微妙に修正することにした。
「……取りあえず、そっちのことに関してはルルーシュ様には……」
「内緒にしておくよ。だから、ルルの前でケーキを辞退するのはやめてね」
 そのたびにルルーシュが悲しそうな表情をしているから、と付け加えられてカレンは肩をすくめる。
「それだけはやめるようにしておくわ」
 代わりに、自宅からここまで毎日歩くのではなく走るようにしよう。そう心に決めたカレンだった。

 その後、玉城がキョウトに配置換えになったのと女性騎士達の間でウォーキングがはやり始めたことだけは事実だった。





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