カレンダーを見つめてルルーシュは小さなため息を吐いていた。 「ルルーシュ、どうかしたのかい?」 その様子に気が付いたクロヴィスが彼に問いかける。 「もうじき、誕生日だなって思っただけです」 俺の……とルルーシュは言葉を返す。その言葉がどこか投げやりのように感じられるのはスザクだけではないだろう。 「そうだね。今年はユフィとナナリーもこちらに来るといっていたからね。少し盛大にしようか?」 もちろん、身内以外はシャットアウトをして……とクロヴィスは口にする。そうは言っても、どうしても断れない有力者という人間は参加をしてくるのだろうな……とスザクは思う。 「……それに関しては、兄さんにお任せします……」 それも義務だろう、とルルーシュは考えているらしい。しかし、彼の表情ははれることはない。 「……ルルーシュ様、どうかしたのかしら? そう言えば、去年もそうだったわね」 カレンが小さな声でこう呟いている。 「きっと……誕生日が近いからだよ」 それに、スザクが即座にこう言い返してきた。 「どういうこと?」 訳がわからない、という表情を彼女は作っている。 それも当然だろう……とクロヴィスは心の中で呟く。 カレンがこうして自分たちの側にいるようになってまだ日が浅い。 しかも、だ。 彼女は夜になればシュタットフェルト家に戻る。だから、その後に何が起こっているのか知らないのだろう。 いや、彼女だけではなくこの地にいるほとんどの者達は知らないはずだ。 知られたら、十中八九、ブリタニア現皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの威厳は地に落ちる。いや、既に落ちているという可能性は否定できない。そんなことも考えてしまう。 「大丈夫だよ、ルルーシュ。今年もきちんと体制は整えてある」 特に、プレゼント関連は……と付け加えれば、ルルーシュの表情が少しだけほっとしたようなものになった。 「もちろん、本国、でもだよ」 そちらはシュナイゼルが厳戒態勢を強いているそうだ。そうも付け加えればルルーシュはようやく安堵の表情を作る。 「……毎年のことですけど……いい加減、諦めてくれてもいいと思うんですよ」 ここ数年は受け取ってもいないのに……とルルーシュはすぐに唇をとがらせた。 「それは無理だと思うよ」 少なくとも、この三年ほどは毎年、マリアンヌをはじめとした者達にしめられている。それにもかかわらず、懲りると言うことを知らない相手だろう? とクロヴィスもため息を吐いた。 「お前達のこととなると常軌を逸するが……それ以外はものすごく有能だから困るのもだよね」 でなければ、とっくの昔にシュナイゼルが父に退位を迫っているだろう。それができるだけの実力をシュナイゼルは備えているのだ。 そうなったときには、自分だけではなくコーネリアもシュナイゼルを支持するだろう。 「……もっと普通の父上が欲しかった……」 ルルーシュはため息とともにこう呟く。 「そうだねぇ。でも、あの父上だから、私たちはルルーシュとナナリーの兄姉になれたのだがね」 でなければ、出逢えなかったのかもしれないよ……と口にすれば、取りあえず納得をしたらしい。こう言うところはまだまだ素直だ。 「取りあえず、父上ご本人がこちらに来ることはない。だから、プレゼントさえシャットアウトしてしまえばいつも通り平和だと思うよ」 もっとも、それが一番難問なのだが。心の中でクロヴィスはそう呟く。 「当日は、久々に藤堂さん達も顔を見せてくれると言っていたよ、ルル」 さりげなくスザクがルルーシュの気をそらしてくれる。 「藤堂が? なら、この前手に入れたあれで見せてもらえるかな?」 居合い、を……とルルーシュは小首をかしげてみせた。 「もちろんだよ。藤堂さんは僕の師匠だし、ずっとこちらで鍛練を積んでいらっしゃったはずだからね」 自分は既に、ブリタニアの剣術を身につけてしまったから……とスザクが少しだけ悲しい色を笑みに含ませる。 「スザク」 「でも、ルルの側にいるためだからね。しかたがないよ」 それに、こちらも面白いから……と彼はすぐにいつもの笑みを浮かべてみせた。 「ところで……本当にケーキはあれでいいの?」 プリンのケーキもあるよ? とスザクは続ける。 「いい! あれなら、みんな平等に食べられるだろう?」 「そうだけど……あれって、ウエディングケーキに使われるんじゃなかったっけ?」 ぼそっと彼が呟いたこのセリフを、この時は誰も気にとめることはなかった。 しかし、現実問題としてそれが目の前に存在してしまうとそうも言っていられなくなる。 「……カレン……」 これって、君サイズじゃないよね……とそれでも逃げ道を探すようにスザクは口にする。 「流石に、無理だと思うわ」 デザインが素敵だから、ちょっと心ひかれるけど……と言うのは、間違いなく彼女の本音なのだろう。 「胸はもちろん、ウエストも入らないかも……」 ルルーシュは細いから、という言葉にはスザクも同意だ。 「まぁ……クロヴィス殿下も、男性にしては細い方だから……母君に似たんじゃないかな?」 ついでに、日常生活でルルーシュが消費しているカロリーは騎士である自分と同じくらいなのかもしれない。その分食べさせてはいるのだが、身長が伸びていくことを考えればプラスマイナスゼロなのではないだろうか。 「マリアンヌ様は、確かに素晴らしいわよね」 さらにあの体形を保つための努力も惜しまない。 申し訳ないが、他の后妃達も少しは見習ってくれないものだろうか、と本気で思う……とカレンはこっそりと付け加えた。 「まぁ、ね」 それは否定しないけど、とスザクはまた視線を元もそれに戻す。 「皇帝陛下も、いい加減、ルルが男だってことを思いだしてくださらないかな」 確かに似合うかもしれないが、それでも……とため息を吐く。 「そうよね。間違いなく似合いそうだから困るのよね」 あちらにはまだユーフェミアもナナリーもいるのに、とカレンは目をすがめる。 「ともかく、これはルルーシュ様にばれないうちに何とかしないと」 かといって、捨てるわけにはいかない。流石に皇帝も今までのことで学習をしたのだろう。とんでもない条件を付けてきたのだ。それをクリアしなければルルーシュは本国に連れ戻されてしまう。 「そのことだけどね」 扇に相談をしたら面白い人を紹介してくれたのだ……とカレンは口にした。 「カレン?」 「ルルーシュ様とこれが一緒に写っていればいいんでしょう?」 かつては『オタク大国』と日本は言われていたのだ。他にも特撮だの何だのの技術は世界一だったと言っていい。また、ある方面の造形物は今でもたかねで取引をされていると聞いている。 エリア11と名前を変えた今でも、その技術だけは変わらない。 「……何をする気?」 「総督閣下にもご協力頂かなければいけないと思うんだけど」 他にもその後であれこれ厄介ごとが起きそうな気はするが……と付け加えながらカレンはそっと自分の考えを耳打ちをしてきた。 「確かに、後の方が問題だね」 それでも、ルルーシュ本人に被害がなければいいのだろうか。そうも考える。 「取りあえず、クロヴィス殿下にご相談を持ちかけて……それから動こうか」 「そうしましょう」 ついでにルルーシュをなだめる方法も考えておかないと。 スザクは心の中だけで付け加えた。 その後、シュナイゼル経由で皇帝の手に一枚の写真が渡った。 そこには、クロヴィスデザインの少年用の衣装を身につけたルルーシュの隣で彼によく似た等身大の人形が白いドレスで微笑んでいる光景が映し出されている。 それを見た瞬間、皇帝の表情がどうなったか、あえて書かなくても想像が付くのではないか。ただ、それを見たマリアンヌにしっかりと小言を言われていたことは言うまでもないであろう。 「……でも、これはどうする気だ?」 誕生パーティの席で、ルルーシュは自分の身代わりになってくれたそれを見つめながら自分の騎士に問いかける。 自分が父からのプレゼントを身につけなくてすんだのは嬉しい。 しかし、これを見つめる周囲の者達の視線が父のそれに似ているような気がするのは錯覚だろうか。 たとえ人形とはいえ、あんな連中にあれこれされるのはいやだ。 ルルーシュは心の中でそう呟く。 「大丈夫だよ、ルル」 ちゃんとそれも考えてある、と満面の笑みでスザクが言葉を口にする。 「これからクリスマスがあるし、でなくても来月にはコーネリア殿下の誕生日があるよ、ルル」 誕生日と言うことであれば、いくら皇帝陛下でも何も言えない。そして、コーネリアであればせいぜいこれを着飾らせて自分の宮に置いておくだけだろう。あるいは、着せ替えるのはユーフェミアかもしれないが、それはそれで安全ではないか。 スザクの言葉にルルーシュも同意をする。 「そうだな。コーネリア姉上が所有権をお持ちであれば、ユフィ姉上もとんでもないことはしないだろうし……母上もナナリーも気にかけてくれるか」 間違っても父上の手に渡らなければ、それでいい。 ルルーシュはそう考えていた。 「それよりもルル。そのコーネリア殿下やシュナイゼル殿下からのプレゼントも届いているよ。もちろん、マリアンヌさまとナナリー様からも」 見に行かなくていいの? とスザクが問いかけてくる。 「何か、今年は大きいんだけど」 さらに重ねられた言葉に興味がわかないはずがない。もちろん、それが話題転換のためのものだと言うこともわかっていた。それでも、スザクが自分のためにならないことをするはずがないとわかっているから、素直にそれにのることにする。 何よりも、せっかくの誕生日だ。楽しまなくてどうする。そうも思う。 しかし、それが別の意味で失敗だったと理解したのはそれからしばらくしてのことだった。 「……人形?」 「に、しては、温かいぞ?」 「呼吸もしていますし、何よりも脈があります」 三者三様のそのセリフに、ルルーシュも呆然とそれを見つめていた。 蛍光グリーンの髪に黄金の瞳。 自分よりも白い肌をどう認識すればいいのか。 「生きて、いるのか?」 この妙な既視感は何なのか。心の中でそう呟いたときだ。それがいきなり笑みを浮かべる。 「ようやく会えたな」 ゆっくりと微笑むその唇から、何故かルルーシュは視線を放すことができなかった。 終 BACK 07.12.03up |