ブリタニアの皇族や貴族にとって、十二月は費用がかさむ月だ。
 理由は簡単。
 ルルーシュの誕生日が終わったと思えば次にはクリスマスがやってくる。ルルーシュの誕生日を無視しても、こちらはなかなか無視できないだろう。
 と言うわけではないのだろうが、ルルーシュの誕生日よりも贈り物の数が多い。クロヴィスとルルーシュの二人にそれぞれ贈ってきたものも多いから当然なのだろうか。
 そうなると大変なのは当人達ではなくその周囲の者と言うことになる。
「ルル、お願いがあるんだけど……」
「クロヴィス兄上を見張っていればいいんだろう。でも、仕事の方はどうするんだ?」
 見張りはできるが、仕事の尻拭いまではできないぞ……とルルーシュは付け加える。
「わかっています。取りあえず、執務室にクロヴィス殿下がこもっていてくださることが重要なんです!」
 下手に出歩かれると、今までしてきた準備にやり直しを命じられるかもしれない。
 だが、そのような余裕はどこにもないのだ。
「仕事のことに関しては……どうしても手が回らないときには僕やカレンも手伝うことにするから」
 その時は、特派の方は休むけどね……とスザクは言葉を重ねる。
 それはしかたがないことだ、とはルルーシュにだってわかっていた。クロヴィスの仕事が滞れば困るのは彼――クロヴィスの場合は、ただの自業自得だろう――ではなくこのエリアの者達なのだ。
 しかし、それとスザクが手伝うと言うことは違うような気がしてならない。もちろんカレンも、だ。
「わかった。取りあえず、兄上がさぼろうとしたら尻を蹴飛ばしておく」
 それとも、二人でお茶を餌に頑張って貰おうか……とルルーシュは呟く。
「ルル」
 何と言えばいいのかわからないという表情でスザクが声をかけてきた。
「そうだ。カレンと二人でわければいい」
 取りあえず、お菓子作りが面白いと言うことがわかったから……と付け加えながら、側に置いてあった小さなかごを取り上げた。
「ミレイに手伝って貰ったから、味の方はまともだと思うぞ」
 少なくとも、セシルに手伝って貰ったあののパウンドケーキよりは……とルルーシュは笑う。もっとも、あれはあれで楽しかったのだが……と心の中だけで付け加えた。
「あ、りがとう」
 それが意外だったのか。スザクはかごを受け取りながら少しだけ目を丸くしている。
「……兄上も、これで釣れるかな?」
 基本的に、クロヴィスの思考は父のそれとよく似ているから……とルルーシュは呟いた。これが同じ兄弟でもシュナイゼルやコーネリアであればまた話は変わってくるだろうことはわかっている。
「ルルのお手製のクッキーを食べたかったら、今日の分のお仕事を終わらせてくださいって言うの?」
「そう。クロヴィス兄上なら無条件で飲んでくれると思うぞ」
 スザクはそうじゃないのか? とルルーシュは取りあえず確認のためにこう続けた。
「もちろん、僕もそう思うよ。というよりも、いつも以上に頑張ってくれそうだな、って思っただけ」
 なら、バトレーあたりに相談をして少し多めに書類を回して貰おうか……とスザクは呟く。
「そうだな。取りあえず今日一日、そちらに向かわせないようにすればいいんだろう?」
 何とかする、とルルーシュが付け加えてもう一つのかごに手を伸ばそうとしたときだ。脇からのびてきた細い指が先にそれを取り上げる。
「C.C.……それはお前の分じゃない」
 本当に、いつの間にやってきたんだろう、彼女は……とルルーシュは心の中で呟く。スザクですら彼女の気配は感じ取れないらしい。それはそれで厄介だな、とも思う。
「いいだろう? あいつにはもったいない」
「そういう問題じゃない!」
 ルルーシュはむっとして言い返す。
「そういう問題だ。少なくとも私には、な」
 と言うわけで、これは貰っていく。そう言い残すと、C.C.はさっさと姿を消してくれた。
「まったくあいつは……」
 クロヴィスを釣るための餌を勝手に持っていきやがって……とルルーシュは心の中で呟く。
「ルル……」
 これ、持っていく? とどこか悲しげな表情でスザクが問いかけてきた。
「いい。それはスザクとカレンの分だ。兄上には……少々焦げたのでも構わないよな」
 せっかく、綺麗なのを取り分けておいたのに……とため息を吐きながら、ルルーシュはかごの下にあった箱を開ける。そこには失敗作のクッキーがそれなりにある。後で、オレンジことジェレミアにでも渡せば処分できるだろうと思っていたのに、と呟きながら適当な皿に移していく。
「だから、気にするな」
 自分が二人に食べて欲しかったのだから……と言えば取りあえずスザクは納得したらしい。 「じゃ、ありがたく貰っていくね」
 ふわりと優しい笑みを彼は浮かべる。それにルルーシュも笑い返した。

 スザクとカレンの仕事は、現在までに届いているプレゼントの目録作りだ。側にはバトレーもいるが、彼は他にもあれこれ受け持っているので、時々席を立っている。
「バトレー将軍。ほんの少しですが、これをどうぞ」
 そんな彼にもクッキーのお裾分けをする。
「ルルーシュ殿下お手製のクッキーとは……ありがたくいただこう」
 すまないと口にしながらも、彼も嬉しそうだ。
「しかも、これのおかげでクロヴィス殿下も大人しく仕事をしていてくださるのだから、感謝の言葉をいくら重ねても足りないほどだ」
 クロヴィスが逃げ出さずに仕事をするのは本当に珍しい、と付け加える彼に、スザクだけではなくカレンも苦笑を抑えるのがむずかしい。
「取りあえず、ルルの分は目録ができましたので、クロヴィス殿下の分をお手伝いさせて頂きます」
 送り主と中身を一覧にしておく、とスザクが口にすれば、
「それで十分だよ」
 一番、それが時間がかかるから……とバトレーは苦笑を返してくる。
「しかたがありません。将軍が一番お忙しいのですから」
 スザクは苦笑と共に言葉を返す。
「……あぁ、将軍。少しお待ち頂けますか?」
 スザクの言葉に頷き返すとそのまま出て行こうとするバトレーに向かってカレンが慌てて声をかけている。
「どうかしたのかな?」
「何かあったの?」
 それに、反射的にスザクとバトレーは彼女に視線を向けた。
「……殿下宛のプレゼントの中に、ちょーっと恐いものがあるんですけど……」
 その言葉に二人が真っ先に思い浮かべたのは先日のルルーシュの誕生日のことだ。
「まさか……」
「箱のサイズも品名もほぼ一緒です」
 もっとも、送り主は今回は皇帝陛下と第一皇子の連名になっているが……とカレンは頬を引きつらせながら口にした。
「どう、しましょう」
「……マリアンヌ様のお名前がないなら無視してもルルは怒らないと思うけど……」
「皇帝陛下のお名前があるのであれば、一度は殿下方にお伺いしなければ……」
 しかし、その中身を考えるだけで胃が痛くなってくる。できれば、今すぐに送り返したいんだけど……とスザクが心の中で呟いたときだ。
「送り返しても構わんぞ」
 本当に神出鬼没だ、とその声を聞いた瞬間、ため息を吐いてしまう。
「C.C.……お願いですから、せめてノックをしてください」
 自分は構わないが、バトレーがかわいそうだ……と取りあえず主張しておく。もっとも彼女が耳を貸してくれるかどうかはわからないが。
「ふん……」
 予想通りあきれたように鼻先で笑う。
「まぁ、死なれたら厄介だろうからそいつに関しては気を付けてやろう」
 まだまだ、ここでルルーシュと遊ぶんだからな、と彼女は付け加える。ルルーシュで遊ぶの間違いではないのか、とスザクは心の中だけで呟いてしまう。既に、カレンは戦線離脱をしている。
「ついでに、あちらからの文句には、私がそういっていたと言えばいいぞ」
 そういえば、シャルルも文句は言えまい……と彼女は笑う。
「……本当ですか?」
「本当だとも」
 二番煎じをしようとする奴がバカなんだ、とその表情のまま吐き捨てた。
「あぁ、そうだな。私の名前で送り返せばいいのか」
 と言うことで、署名をさせたければ後でピザを持ってこい! と付け加えると彼女はそのまま出て行く。
「……要するに、今回の用件はそれだったと……」
 自分で頼んでくれればいいのに、とスザクはため息を吐いた。
「あれだけ食べて、あの体形……」
 別の意味でショックを受けているらしいカレンをどう慰めればいいのか。スザクは悩む。
「取りあえず……あれは彼女の名前で送り返そう……」
 ルルに知られる前に、と呟くスザクに、誰もが頷いてみせた。

 スザク達のそんな苦労を知っているのか。今朝まで降り続いていた雪は今はもうやんでいる。その代わりに、世界は綺麗な銀色に包まれていた。
「スザク〜!」
 その光景を見つめていた彼の腰に背後からルルーシュが抱きついてくる。
「ルル。僕は逃げませんよ?」
 だから、そんなに慌てて抱きつかなくても……と笑いながら振り向いた。
「わかっているが……すぐに捕まえないと、今日はスザクが忙しいじゃないか」
 そうしたら、夜まで会えなくなるかもしれない……とルルーシュは言い返してくる。
「去年は、それで失敗をしたからな」
 日付が変わるまでプレゼントを渡せなかった、と彼は悔しそうに呟く。スザクの方は彼を起こすときにいつも手渡しをするから、渡し損なったことはないのだ。
 しかし、ルルーシュの方はそうはいかない。
 起きてしまえば、彼の一日のスケジュールは分刻みで彼の言葉ではないが一日中すれ違うこともあり得る。
 もっともスザクはルルーシュの騎士だから、公的な行事では側に控えているのは普通だ。しかし、そういう場では個人的なやりとりをしている暇がない。ルルーシュは公私の区別はきちんと付ける性格なのだ。
 と言うことで、今年は朝食前にスザクを捕まえに来たらしい。
「本当は俺だけから……と言いたいところだが、ナナリーの分も一緒な」
 そういいながらルルーシュはビロードの小箱を手渡してくれる。
「ルルとナナリー様から?」
「そう。カフスとタイピンだ」
 騎士服に付けろ、と彼はどこか照れたような口調で告げた。
「見ても、いい?」
 スザクが問いかけるとルルーシュは小さく頷いてみせる。
「では、失礼して」
 そうっと蓋を開けた。そこには三粒の見事なエメラルドが輝いていた。
「エメラルドは幸運のお守りだとも聞いているからな」
 だから、いつでも必ず自分の所に戻ってこい! とルルーシュは顔を背けながらも口にする。それが照れているからだとスザクには当然わかっていた。
「ありがとう、ルル! 大切にするよ」
 ナナリー様にも後でお礼のメールを送らないと……と口にしながらもスザクは目の前のルルーシュの頬に手を添える。
「君が必要としてくれている限り、必ず僕は君のところに帰ってくるよ」
 そして、こう囁く。
「当たり前だ! バカ……」
 それでも、ルルーシュはスザクに抱きついてくる。そんな彼が何よりも愛おしいとスザクはまた改めて認識した。

 二人のその抱擁は、心配したカレンが探しに来るまで続いていた。その後どのような騒ぎになったのかは、取りあえず内緒にしておこう。






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07.12.24up