「……おせち料理って、作ってみたいですよね」
 この一言を耳にした瞬間、特派の内部にブリザードが吹き荒れた。
 他の誰かが言ったセリフであれば聞き流すと言うことも可能だったかもしれない。しかし、口にしたのはよりによってセシルだったのだ。
「……セシルく〜ん?」
 あのね、と必死の形相でロイドが呼びかける。
「何でしょうか?」
「そもそも、おせち料理を食べたことがあるのかなぁ?」
 食べたことがないのであれば、一度食べてみた方が正しい姿を認識できると思うんだけどぉ……と口にする彼の額に冷や汗が浮かんでいることを、スザクはしっかりと気付いていた。
「そうでしょうか」
「そうだよ。スザク君もカレン君もそう思うだろぉ?」
 だからといって、自分たちを巻き込まないで欲しい。スザクは心の中でこう呟く。しかし、ロイドの気持ちもわからなくないのだ。
「そうですね。おせちには一つ一つ、ちゃんと意味がありますから」
 それを知らないと作ってもわからないだろうし、勝手に材料を変えてしまいかねない。でも、それではおせち料理の意味がないのではないか。スザクは取りあえずそういっておく。
「確かに。おせちにはちゃんと意味があるものね」
 自分も小さな頃にあれこれ聞かされたわ、とカレンも頷いてみせた。
 もちろん、それは方便だ。
 実のところ、正月三が日くらい食事の準備から解放されたい……と言う意味合いの方が大きかったのだとスザクは昔聞いた覚えがある。
 もっとも、それをセシルに知られるわけには行かないと言うこともわかっていた。
「そうなの」
 流石に研究者と言うべきだろうか。そういういわれがあると知れば調べなければ気が済まないらしい。
「でも、それを教えてくれる人っているかしら……」
 その前に、おせち料理を作れる人間が……と彼女が付け加えたときだ。誰もが視線をスザクに向けてくる。
「……作れないこともないですけど……でも、これからだと無理ですよ?」
 ルルーシュのそばにいなければいけないから、と即座に口にした。
「すみません……私はそちら方面には役に立ちませんから……」
 カレンが本当に申し訳なさそうな口調でこう告げる。
「でも、作れそうな人は知っています!」
 ついでに、そのあたりのうんちくを説明できそうな人も……と彼女は付け加えた。
「……騎士団の人?」
「そう。井上さんあたりなら作れるはず。でなければ、誰かのお母さんとか……うんちくは扇さんが詳しいと思うわ」
「だろうね。ダメなら、桐原さんに相談をすればいいか」
 ルルーシュに話せば食べたいと言うだろうし、とスザクも納得をする。
「そうしてくれると嬉しいねぇ」
 必要なら、ある程度は予算が回せるからぁ……とロイドは笑う。もちろん、自分のポケットマネーだから、とも付け加えた。
 その言葉に裏に隠されているであろう言葉には、あえて触れないでおく。
「と言うことですから……今日は早々にあがらせてくださいね」
 代わりにこんなセリフを口にする。
「流石に、非常識な時間に連絡取れないわよね」
 これが出撃するとか何かだったら、とカレンも頷いてみせた。
 こうなれば、ロイドに勝ち目があるわけがない。データーを取り終わったという理由もあって、二人は珍しくも早々に解放されたのだった。

 結局、井上や千葉達では完全な再現は無理だった。
 まぁ、この時期である以上しかたがないのだろう。
 というので、キョウトを頼ることになってしまった。
「……それはいいのだが……」
 当然のようにルルーシュもおせち料理を取り分けて貰っている。その反対側にC.C.もいるのだが、スザクはあえて無視をしていた。
「どうして、二種類あるんだ?」
 お重が、とルルーシュが問いかけてきた。
「あぁ。関東風と関西風と、微妙に中身が違うからだって」
 どうせなら、どちらも食べたいだろうからと言うことで桐原が気を利かせてくれたのだ。こういうあたり、彼は細かな気遣いをしてくれる。あるいは、ただ、正しい知識を持って欲しいと思っているのかもしれないが。
「上から一の重、二の重、三の重、与の重、五の重と言うんだよ。四段目を与の重というのは……」
「日本語では四は死に通じるから、だったか?」
「そう」
 よく覚えていたね、とほめてやれば、ルルーシュは嬉しそうに微笑む。
「五段目が空なのは?」
「全部にみっしりと詰まっていたら、それ以上何も入れられないだろう? それは成長しないのと同じだからって事」
 さらに成長をしましょうという意味だって、とスザクは笑ってみせる。
「スザクは何でも知っているんだな」
 感心したようにルルーシュはこう呟いた。
「何でも、というわけじゃないよ。僕もこの前、調べただけ」
 でないと、セシルがとんでもない誤解をしてくれそうだから……とスザクは苦笑と共に付け加えた。
「そうか……」
 この言葉に、ルルーシュは少しだけ遠い目を作る。
「後ね。おせちは無理だけど、お雑煮は井上さんが作ってきてくれるって。それは東京風だけど、今年はいいよね?」
 雰囲気を変えようと、スザクはこう告げた。
「お雑煮? それも地域によって違うのか?」
「そう。たとえばね。醤油味とみそ味との違いがあるし、具材の違いもある。後、中に入れるお餅も地方によって形が違ったりするんだ」
 子供の頃に調べてみたけど、結構楽しかったかな……と付け加える。
「冬休みの自由研究かな?」
 それに扇が口を挟んできた。
「そうです。何か楽しそうだったので」
 食べられるかなとも思ったし……とスザクは少しだけ恥ずかしそうに言葉を返す。
「……自由研究?」
 何だ、それは……とルルーシュが問いかけてくる。
「長期の休みの時に出す宿題ですよ、ルルーシュ様。自分で調べたいことを決めてそれについてレポートを出すと言えばおわかりになりますか?」
 さすがは先生、と思わず拍手を送りたくなるようなセリフを扇は口にしてくれた。実際、それでルルーシュは納得をしたようである。
「いろいろとあるんだな、学校だと」
 それはそれで楽しそうだ、とルルーシュは少し寂しげに口にした。あるいは、彼もナナリーのように《学校》に憧れを抱いているのだろうか。
「ルル?」
「そんな気ままなレポートなら、少し書いてみたいかな?」
 今のように、クロヴィスの尻拭いのための書類は見たくない……とルルーシュはため息を吐く。
「特に、特派関係のはな」
 その瞬間、どこからか破裂音が響いてきたが、誰も気にしない。
「まぁ、ルルはもうお仕事をしているようなものだから」
「そうですよ。殿下は既に学校で教わるようなことは全て身につけておいででしょう?」
「遊びたいなら、いくらでも付き合いますよ」
 周囲からこんな声が飛んでくる。
「そうだな。それで十分だ」
 にっこりとルルーシュは笑う。
「でも、今年こそは騎士団を出撃させなくてすめばいいんだが……」
 騎士団の活躍がなくなれば、それだけこのエリアは平穏になっていくということだしな……とさらに彼は続けた。
「そうだね。それが一番だよね」
 スザクも頷いてみせる。
「約一名、文句を言いそうだけどね?」
「大丈夫じゃないか? こき使われてそんな暇はなさそうだぞ」
 だから、少なくとも、この正月の間は大丈夫だ……と扇が胸を張った。
「なら、料理の味を見ようか。ついでに日本酒もあるんだろう?」
 飲みたいものには飲ませればいい、と言う一言を合図に、誰もが料理に手を伸ばしていく。
「そうだ、ルル」
 取りあえず、ルルのために一通りの料理を取り分けてやりながらスザクが口を開く。
「何?」
 聞き返してくる彼に、そうっと料理の載ったお皿を手渡してやる。
「明けましておめでとう」
 今年もよろしくね、とスザクは微笑んだ。
「当たり前だ。今年だけじゃなく、来年も再来年も、ずっと一緒だ!」
 ルルーシュは即座にこう宣言をする。
「そうだね」
 ずっと一緒だね……とスザクも微笑み返した。





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08.01.01up