気分転換に屋上の庭園へ足を運べば、そこは一面の銀世界だった。 「すごい!」 その光景にルルーシュは目を丸くする。 「綺麗だね」 スザクも素直に感嘆の言葉を口にした。 「なぁ、ここに足跡付けたら、怒られるかな?」 ルルーシュはわくわくとした気持ちを抑えきれないままこう問いかける。 「怒られないと思うけど?」 ルルーシュを怒れるとしたらクロヴィスぐらいなものだ。だが、彼であれば、ルルーシュがすることはよほど危険なことをしない限り許してしまうに決まっている。スザクは苦笑と共にそう告げた。 「……そういうところが兄上の長所でもあり短所でもあるんだよな」 小さなため息とともにルルーシュはこう呟く。 「それでも、ルルもそういうクロヴィス殿下を大好きなんだろう?」 小さな笑いと共にスザクがこう言ってきた。 「スザクや母上、それにナナリーよりもずーっと下だけどな」 好きのランクで言えば……とルルーシュは笑う。 「兄上よりも……カレンの方が上だな」 さらにこうも付け加えた。 「ご本人の前でそんなことは言っちゃダメだよ?」 「わかっている」 クロヴィスがすねると、いきなり執務が滞るからな……とルルーシュは小声で付け加えた。そうなると、自分にもしわ寄せが来るのは目に見えている。 「と言うわけで、一番乗りだ」 むずかしいことは放っておいて、今は楽しもう。ルルーシュは気持ちを切り替えると、そのまま雪の上へと飛び出していく。 誰の足跡も付いていないそこに、自分の足跡だけが記されていく光景は、楽しいがふどこか寂しい。 「スザク!」 その理由はわかっていた。 だから、ルルーシュはためらうことなく自分の騎士の名を呼んだ。 「あんまりはしゃぐと、転ぶよ?」 そうすれば、彼はこんなセリフと共に歩み寄ってきてくれる。 雪の上に刻まれた自分の足跡の隣に、彼の大きなそれが刻まれていく。 その光景は、今までの自分たちのようだ。 「大丈夫だ!」 第一、転んで泣くような子供ではない。ルルーシュはそう言い返す。 「そうだといいけど」 小さなため息とともにこんなことを言われてしまう。 確かに、転んだ後に大泣きをしてスザクを困らせたことがなかったわけではない。だが、それも本当に幼い頃ではないか。 「ほら。ちゃんと前を見て」 そんなことを考えていたせいか、足元がおろそかになってしまっていた。滑ってバランスを崩しそうになった自分の体をスザクはしっかりと抱き留めてくれる。 「ありがとう」 その顔を見上げると、ルルーシュは微笑みと共にこう告げた。 「どういたしまして」 当然の義務だよ、とスザクは笑みを向けてくる。 「ルルは大切なご主人様、というだけじゃないから」 そんなルルーシュに危険が及びそうならばそれを排除するのが自分の役目だ、と彼はさらに笑みを深めた。 「……俺は女じゃないぞ」 こう言い返すものの、本音を言えば嬉しい。 「知っているよ。何回、一緒にお風呂に入ったと思っているの?」 おねしょの後始末もたくさんしたよね、と彼は付け加えた。 「そういうことは、早急に忘れろ!」 反射的にこう言ってしまう。 「やだよ」 そうすれば、即座にスザクはこう言い返してきた。 「僕にとっては全部大切な思い出だもの」 だから、全部覚えておくんだ……としっかりと口にする。 「……覚えていなくていいことは、早々に忘れろよ!」 少なくとも、自分にとっては……とルルーシュは心の中だけで付け加えた。自分が覚えていて欲しいことだけを残してスザクの頭の中から消去してやれればいいのに。そんなことすら考えてしまう。 「ダメ。どんなルルでも、ルルだから」 それに、何をしてもルルーシュは可愛い……とスザクは真顔で言ってくれる。 「スザク!」 言う方はともかく、言われた方はどんな表情をすればいいと言うのだろうか。ルルーシュにはまだわからない。 「それにしても、トウキョウでここまで降るとは珍しいね」 そんなルルーシュの気持ちを察してくれたのか。スザクは話題を変えてくれた。 「でも、このくらいだと雪だるまとか雪うさぎぐらいしか作れないかな?」 人数がいれば雪合戦もできるだろうけど、庭園の後始末が大変だからおすすめできないし……と彼は続ける。 「もう少し雪があれば、かまくらができるんだけどね」 さらに続けられた言葉にルルーシュは小首をかしげた。 「雪だるまと雪うさぎは知っているが……かまくら?」 何だ、それは……と思う。 「雪で作ったテントというか、ドームだよ。その中でお鍋を食べたりお餅を焼いたりするんだ」 予想以上に温かいんだよね、と言われて、俄然興味が出てくる。 「それ、どこならあるんだ?」 体験してみたいと言外に告げながら問いかけた。 「東北の方、かな? 藤堂さんなら、知っているかも」 今度聞いてみようか? とスザクは逆に聞き返してくる。 「そうだな。久々にみんなで出かけるのもいいかもしれない」 近くに温泉があれば、とルルーシュは付け加えた。そうすれば、のんびりできるだろう。もっとも、別の意味で怖いような気もするが。 「そうだね。マリアンヌさまとダールトン将軍抜きでなら楽しめるかも」 藤堂にしても、ゆっくりと休日を過ごしたいに決まっているし……とスザクも頷く。そんな彼の脳裏に昔キョウトに行ったときの光景が思い描かれていることは想像に難くない。 「と言うことで、調べて置いてくれるか?」 今でもその『かまくら』が行われているのかどうかを、とルルーシュはスザクに問いかける。 「もちろんだよ、ルル。マリアンヌ様達には内密に、でしょう?」 今度はひっそりと少人数で行こうね、とスザクも笑いながら同意をしてくれた。 「そうなると、ロイドさん達にも内緒にしておいた方がいいね」 クロヴィスはどうしようか、と彼は考え込む。 「……兄上は、母上に弱いからな」 というよりも、ブリタニアの有力皇族の中でマリアンヌに勝てる人間などいるのだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。 「まぁ、いい」 それについて考えていくと怖い結論にたどり着きそうな気がしてならないから、とルルーシュは心の中だけで付け加えた。 「それよりも、早く足跡を付けないととけてしまいそうだからな」 後、雪だるまも作らないと……と口にすれば、スザクはそうっと彼の体を解放してくれた。 「今度は転ばないでね?」 「わかっている!」 言葉とともにルルーシュはまた駆け出す。その後を、スザクがゆっくりと付いてくる。 雪の上に二人分の足跡が並んで残されている光景に、ルルーシュは満足感を覚えていた。 その光景をひっそりと見つめているものがいることに、二人は気付いていなかった。 「かまくらに温泉か」 それはそれで楽しそうだ。 黄金の瞳を細めるとC.C.はこう呟く。 「それに、東北は酒がうまいと聞いたこともあるからな」 楽しみにしていよう。この言葉とともに彼女はその場から姿を消した。 マリアンヌに酒を教えたのが誰か、二人が知らなかったことは幸いなのか。その答えを知るものは誰もいなかった。 終 BACK 08.01.07up |