トンネルを抜けたら雪国だった。
 それは、確かエリア11がまだ《日本》と呼ばれていた頃に書かれた有名な小説の出だしだったと思う。
 しかし、それは嘘でもなんでもない……と、目の前の光景を見ていればわかる。
「凄い、な」
 ルルーシュは無意識のうちにこんな呟きを漏らしてしまった。
 そこは、本当に一面、白銀だった。
「今年はいつもより雪が多いって話だからね」
 だから、余計に白いのではないか。スザクがこう言い返してくる。
「かまくらも、だから大きいのができたって言っていたよ」
 ね、と側にいたカレンに彼は話題を振った。
「えぇ。凄く大きいそうですよ、殿下」
 先に行っている藤堂達がそう言っていた、とカレンも頷いている。
「それで、一緒に来なかったのか」
 スザクとカレンがいるとはいえ、自分の護衛は決して多いとは言えない。その上、C.C.という爆弾もいる。普段であれば、藤堂がそんなスザク達のフォローに回ってくれていたのだ。
「藤堂達だけ、という訳じゃないな?」
 だとするなら、とルルーシュは呟く。
「もちろん、使いっ走りも一緒です」
 きっぱりと言い切られた相手が誰か、ルルーシュにもわかってしまう。
「……あいつに、C.C.の面倒を押しつけるか」
 そうすれば、自分たちは安心してかまくらで遊んでいられるのではないか。
「別の意味で怖いけど、ね」
 あの二人のセットだと、何をしてくれるのかがわからない。そう言ってスザクは苦笑を漏らす。
「そうか……そっちの心配があったか」
 確かに、あの二人が組んであれこれやらかせば、被害が二倍ではすまないような気がする。
「責任は兄上に押しつけてしまえばいいのだが……」
 被害を受けた人間の精神的フォローは自分がしなければいけないだろう。
「難しい問題だな」
 ルルーシュは小さなため息を吐く。
 一番いいのは、C.C.を置いてくることだったのかもしれない。しかし、そうしようと思っても神出鬼没な彼女はいつの間にか付いてきているのだ。それでなかったとしても、ものすごくすねる。子供の頃の自分ですら、あそこまで酷いすね方はしなかった、と思うのは間違いなのか。
「でも、ピザを食べている間は彼女は大人しいですよ」
 他にもおいしいものを目の前に置いておけば食べる方に集中しているからいいのではないか、とカレンがフォローをするように言ってくる。
「そうだよ、ルル。C.C.さんはおいしい物が好きだし……これから行く場所には、今まで食べたことがないような料理があるって言う話だから」
 桐原がきちんと手配をしてくれているはず、とスザクは笑う。
「そうですよ、殿下。それで、藤堂さん達が先乗りしているんじゃないですか?」
 だから、きっと、おいしい料理を用意してくれているはずです! とカレンも頷く。
「……料理だけならばいいけど……」
 ぼそっとあることに気付いたらしいスザクが漏らす。
「日本酒もおいしいからね、あそこ」
 今回は藤堂だけだから過ごすことはないだろうが、だからこそ逆にたがが外れていないだろうか、と彼は続ける。
「大丈夫よ。飲んでいたとしてもルルのことを忘れるはずがないわ」
 玉城ならばともかく、とあくまでも彼のことを信頼する気がないらしい。
「……俺としては、あちらの方が怖いけどな……」
 今目の前を、両手に山ほど缶ビールを抱えてC.C.が歩いて行ったような気がする。できれば、それは錯覚であって欲しい……とそんなことを考えてしまうルルーシュだった。

 そうしている間にも一行は目的地にたどり着いた。
「……寒い……」
 列車から降りた瞬間、ルルーシュは不機嫌そうな口調でこう呟く。しかし、すぐに彼の体は寒風から遮られる。
「スザク?」
 気が付けば、スザクが地面に膝を着くと自分のコートでルルーシュの体を包み込んでいた。
「こうしていると暖かいかな、って思うんだけど」
 迎えが来るまで、と彼は笑う。
「スザクは寒くないのか?」
「ルルがいるからね」
 だから、温かいよ……と口にしながら、スザクはルルーシュを抱き上げる。
 人様から見ればどう反応をしていいのかわからないような二人の言動も、ある意味見慣れたものなのだろう。カレンをはじめとした者達も何も言わない。
「それにしても、凄い雪ですね」
 カレンはさりげなく視線をそらせながらこう告げる。
「大丈夫だ。あそこに妙に熱い場所があるからな。とけるだろう」
 これはC.C.のセリフだ。
「スザク?」
 熱い場所とはどこだろうか。そんな場所があるなら行って暖まりたいと思いながら問いかける。
「C.C.もルルを抱っこしたいのかもね」
 僕に対するイヤミだ、とスザクは言い返した。
「……そうなのか」
 イヤミというものは嫌と言うほど知っている。しかし、C.C.のように棘の少ないものは今まで経験したことがないのだ。だから、今ひとつ違うような気がしてならない。それでも、スザクがそういうのであればそうなのだろう。
「でも、本当に凄いね。ルルの膝ぐらいあるんじゃないのかな?」
 この言葉の方がルルーシュにとっては気にかかった。
「そんなにあるかな」
「きっとね。試してみる?」
 スザクのこの言葉にルルーシュはふるふると首を横に振ってみせる。
「寒いから、今はいやだ」
 ここまで寒いとは思わなかった……とルルーシュは素直に口にした。
「トウキョウより十度ぐらい気温が低いからね」
 かまくらの中は温かいんだけど、とスザクはさらにルルーシュの体を胸の中に包み込んでくれる。
「早く迎えが来てくれるといいんだけどね」
 女性陣が辛そうだ、とスザクは呟く。
「……どこかに避難するか?」
 建物の中であれば温かいだろう、とルルーシュは首をかしげる。
「大丈夫です、ルルーシュ様。迎えが来たようです」
 カレンがこう言いながらある方向を指さした。そちらに視線を向けて、ルルーシュは思わず目を丸くする。
「あれは、車か?」
「除雪車ですね。迎えはその後ですよ」
 道路にもかなり雪が積もっているな……とスザクが呟くのが耳に届いた。

 そのまま迎えの車――これは普通の車だったので、ルルーシュは少し残念だった――に乗り込んで、目的地へと向かう。
「かまくらはたくさんあるのですが、一番大きいのを二つ確保しておきました」
 こう報告をしてきたのは卜部だ。
「すみません」
「手間をかけさせたか?」
「いえ。久々に楽しみましたよ」
 二人の言葉に彼はこう言い返してくる。
「……楽しんだ?」
 まさか、とは思うが自分たちで用意をしたというのだろうか。
「こういう、気を張らない案件の準備というのは久々ですからね」
 テロも中華連合とのあれこれも関係ないのは、と言われて取りあえず納得をした。確かにそれよりは気が楽だろう。
「それに、昔はよくこういうこともしましたからね」
 自分が子供の頃には……と卜部は笑う。もっとも、今回ほど大がかりなことはしたことがないが……と彼は続ける。
「秘密基地作りか?」
「そう言うことです」
 そう言っている間に、車は目的地へ向かって進んでいく。
「……料理の方はどうなっているんだ?」
 不意にC.C.が口を挟んでくる。
「ちゃんと人数分確保してありますよ。鍋と餅と、未成年用には甘酒を」
 年長組には少しだがこの地の地酒を用意してある……とさらに卜部は言葉を重ねた。
「飲めないものようにはお茶がありますしね」
 だから大丈夫です、という言葉にルルーシュは頷いてみせる。
「今日は無礼講と行くか」
 宿はすぐそばなのだろう? と問いかければ卜部はしっかりと頷いた。
「目の前です。その場で寝込んでも、引きずっていけますよ」
 部屋に布団を用意して貰っているので、そのまま放り込めばいいだろう。もっとも、ルルーシュや女性陣にはそんなことはしないが……と彼は続ける。
「千葉ならば構わないような気もしますが……後が怖いですのでね」
 いや、千葉だからこそまずいのではないか。ルルーシュは心の中だけでそう呟く。
「わかりました。女性陣に関しては……カレンさんが飲まなければいいだけか」
 自分も一応飲まないつもりだし、とスザクは口にする。
「そうね。あまりアルコールは得手じゃないから、口を付ける程度で許して貰えばいいわよね」
 その方が他のみんなにも都合がいいだろう、と彼女は笑った。
「別に飲んでも構わないのに」
 ルルーシュがこう呟く。
「だって、ルルの世話をしないといけないよ?」
 自分は、とスザクは笑う。それに、別に飲みたいとは思わないから……と付け加えられても素直に信じていいのだろうか。
「まぁ、それに関してはな。別にかまくらの中で飲まなくてもいいだろうし」
 機会はいくらでもあるだろう、と卜部も口を挟んでくる。
「今日はかまくらを体験するのが一番ですよ」
 あぁ、着きましたな。そう言われて視線を向ければ、日本の古い形式の建物が見える。だが、以前目にしたキョウトのそれよりももっと重厚な感じがする。それはきっと、雪を支えるためにあちらこちら工夫されているからだろうか。
「……月下を持ってきているのか……」
 その前にナイトメアフレームが並んでいるのは壮観と言っていいのか、と悩む。
「色々と準備がありましたからな」
 その隣にあるお椀を伏せたような雪の塊がかまくらなのだろうか。
 小さな窓のような所から柔らかな明かりが見える。それにルルーシュの好奇心は大きくふくれあがっていった。





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08.01.21up