かまくらの仲は予想以上に温かい。
 それは中央に置かれたこたつのせいだろうか。
 それとも、その上で湯気を立てている鍋のせいか、とカレンは悩む。
「……はい、ルル。綿入れ」
 コートは脱いでもいいけど、これは着ておいてね……とスザクがかいがいしくルルーシュの世話をしている。こうなると、自分にはもう手出しができない。
「取りあえず、お餅でも焼こうかしら……」
 多分、焼けば焼いただけ食べるだろう。ルルーシュは成長期だし、スザクも成人男子としては普通の量は食べるから。そう判断をしてカレンは行動を開始した。
「ほぉ。餅を焼くのか?」
 いつの間に側に来ていたのだろう。C.C.が声をかけてくる。
「鍋の準備ができるまでの場つなぎに、ですけどね。あんこもきなこもあるし、砂糖醤油でもいいですよね」
 のりもあるから単純に醤油だけでもいいかもしれない。そう言い返しながらカレンは火の強さを調節していく。
「リクエストがあるなら、先に教えてね」
 必要なものがあれば持ってきてもらわないといけないから……と彼女は付け加える。
「それならば、チーズと……あぁ、納豆もおいしいかもしれないな」
 さりげなくC.C.がこう言ったときだ。
「納豆は、絶対に禁止!」
 ルルーシュの声が白い空間の中に響き渡る。
「あんなの、食べ物ではない」
 そこまで言うか。納豆好きの人間が聞いたらどう思うだろう。そう言いたくなるようなセリフをルルーシュは口にする。
「ルルーシュ……セシルさんが持ってきたあれは納豆だけど納豆じゃないから」
 だが、この一言で全ての状況がわかったような気がした。
「……ルルーシュ。好き嫌いをするとマリアンヌが怒るぞ?」
 ため息とともにC.C.がこういう。
「いい! 納豆を食べるくらいなら、母上に怒られた方がマシだ!!」
 しかし、あのマリアンヌ大好きのルルーシュがここまで言うとは、よほど凄いものを食べさせられたのだろうか。そう思いながら、カレンは答えを知っていそうな相手を見つめる。
「……ルル。あれは納豆だけど納豆じゃないんだよ? 普通は、あそこまでトッピングはないから」
 これまた予想通りと言うべきか。
「でも、いやだ!」
 絶対に食べない! とルルーシュは頑固に言い張る。だけではなく、スザクの旨に顔を埋めるとそのまま黙ってしまった。
「……しかたがない。納豆は我慢してやろう」
 苦笑と共にC.C.がこういう。
「その代わり、一つだけ私の言うことを聞いてもらうからな?」
 それはそれで怖いような気がするのは錯覚だろうか。
「……やだ……」
 いや、ルルーシュも何かを感じ取っていたのだろうか。すぐにこう言ってくる。
「お前の言う事なんて、聞かない。お前が納豆を食べるというなら、藤堂達のほうに移動をする」
 本気ですねているあたり、やはりルルーシュはまだまだ子供だ。その事実に安心したくなるのはどうしてか。
「心配するな。そうむずかしいことでもなんでもない」
 寝る前に、枢木に晩酌に付き合って欲しいだけだ……とC.C.は付け加える。規模なら、藤堂達も呼べばいい。そのセリフに思い切り既視感を覚える。
「……いっぱいだけなら、付き合いますよ」
 ルルーシュが口を開くよりも早くスザクがこういう。
「契約成立だな」
 C.C.はそう言って笑った。
「スザクは俺のだからな!」
 即座にルルーシュがこう言い返す。
「……その年齢でヤキモチを焼くのか? 少し早いぞ」
 まぁ、それはそれで喜んでいるものもいるようだが、とC.C.は意味ありげにスザクを見つめる。しかし、カレンからすればルルーシュのこのセリフは聞き慣れたものだ。だから、彼の口癖ではないかと思っている。
 でも、他人が聞けばそう思えるのだろうか。
 カレンがそう悩んでいたときだ。
「餅を焼いているのはカレンだろう?」
 意味がわからないのだろうか。ルルーシュはこう言い返してくる。
 あるいは、自分の言動が正しいと信じているのかもしれない。
「……そうだな……」
 それを感じ取ったのか。少しあきれたような表情でC.C.はこういう。それとも毒気を抜かれたと言うべきなのだろうか。
「カレン?」
「わかっているわ。取りあえず、砂糖醤油でいいですか、殿下」
 慌てたようにカレンが問いかける。
「きなこと黒蜜」
 即座に、こんな答えが返ってきた。

 満腹になると比例してルルーシュの機嫌も治ったようだ。その事実に、スザクはほっとする。
「ルル、お散歩に行く? それとも、温泉?」
 その気持ちのまま、こう問いかけた。
「温泉」
 ルルーシュはご機嫌な様子でこう言ってくる。
「かまくらは思ったよりは暖かかったが、でも、やはり冷えるな」
 女性は特に体を冷やしてはいけないのではないか、とルルーシュは首をかしげながら口にした。この手の知識はきっとロイドあたりがおもしろがって教えたのだろうか。それともマリアンヌからの注意なのかとスザクは悩む。
 どちらかと言えば、後者のような気もするが。
「で? 入るのは大浴場か? それとも家族風呂か?」
 さらりとC.C.が問いかける。
「……家族風呂だと、誰が一緒にはいると言うんだ?」
 不信感ありありの態度でルルーシュが聞き返す。
「もちろん、私だ。枢木も一緒だろうが、かまわん」
 いや、貴方が構わなくても、自分が構うんですが……とスザクは心の中で呟く。
「……お前、女だろうが」
 ぼそっとルルーシュが口にする。
「俺は大浴場で、スザクや藤堂達と一緒に入る。お前とは絶対に入らない!」
「……お前の裸など昔から見ているぞ? 枢木も、そうだな……こちらに来る前は何度かみかけたな」
 今更欲情するか、と笑うC.C.にスザクは何かを言い返したい。しかし、何を言えばいいのかわからなくて口をぱくぱくさせてしまった。
 ひょっとして、あんな事やこんな事まで見られていたのだろうか。
 はっきり言って、それはまずい……とそう心の中でスザクは呟いている。
「だから、気にするな」
「気にするに決まっているだろうが! 俺はもう子供じゃない!!」
 女性の裸を見ていいのは乳母が側にいなければならない子供だけだ! とルルーシュは主張をした。
「……お前の父も兄たちも見ているぞ?」
 それがどのような場面なのか、口にされないだけましなのだろうか。
「それとこれとは話が違う!」
 一体どこまで意味がわかっているのか。ルルーシュはこう叫ぶ。
「本当に、見ていて楽しいな、お前は」
 顔を真っ赤にして自分をにらみつけている彼に向かってC.C.がこういった。
「……C.C.……」
「その強い言動に免じて、今日の所は諦めてやろう」
 今日の所は、というのは何なのか。
「一生ごめんだ!」
 ルルーシュの叫びがかまくらを形作っている雪に吸い込まれていった。

 湯船の中にあごまでつかっているルルーシュをスザクは心配そうに見つめている。
「……いったい、どうされたのかな?」
 そんな彼の隣にいた藤堂がそっと問いかけてきた。
「C.C.にからかわれただけですが……」
 かなり、プライドを刺激されたらしくて……とスザクは苦笑と共に付け加える。
「取りあえず、寝て起きたら浮上するとは思います」
 その前に、思いっきり甘やかしてやらなければいけないような気はするが、そうすることがいやではないからいい。むしろ、嬉しいと思う。
 問題なのは自分の肉体の方だが、それに関してはまだ何とか押さえつけることができている。だから大丈夫だろう。
 もっとも、ルルーシュがもう少し成長したらまずいかもしれない。
 でも、ルルーシュがルルーシュだから、大丈夫なのだろうか。
「……では、今晩のやめておこうか?」
「そうすれば、C.C.さんが乱入してきますから」
 部屋に、とスザクはため息を吐く。
「ルルはまだ子供ですから、睡眠はしっかりと取らせないと」
「確かに、な」
 成長期の子供には食事だけではなく睡眠も必要だからな、と藤堂も同意をしてくれる。
「総督府にいるときには、どうしても宵っ張りになってしまいますから」
 クロヴィスがチェスだのなんだのと言ってルルーシュのスケジュールを崩してくれるから……とはあえて口にはしない。今のところはまだ妥協範囲内だろう。しかし、どうしても見過ごせなくなったら、申し訳ないがマリアンヌに報告をさせてもらうしかないだろうな、とそうも思っている。
「まぁ……総督閣下もルルーシュ様を可愛がっておられるから、な」
 お忙しい以上、しかたがあるまい……と彼も頷く。
「……スザク……」
 言葉とともにルルーシュが近づいてきた。
「どうしたの、ルル」
「……世界がグルグルする……」
 気持ちも悪い、と彼は付け加える。
「ちょっと、ルル!」
「……湯あたりかもしれん。すぐに脱衣所に!」
「取りあえず、バスタオルを敷いておきます!!」
 次の瞬間、男子湯が別の意味で戦場になった。

「……となり、騒がしいですね」
 一方、女湯ではカレンと千葉、それにC.C.がのんびりと湯船につかっていた。
「何かあったのでしょうか」
「……藤堂さんが騒いでいると言うことは……そうだろうな」
 この言葉とともに千葉とカレンは不安そうに顔を見合わせる。
「本当に、楽しませてくれるぞ、お前の息子は」
 ただ一人、C.C.だけがこう言って意味ありげな笑みを浮かべていた。





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08.01.28up