「おやすみ、ルル。隣にいるからね」
 ゆだってしまったルルーシュを眠らせて、スザクは隣の部屋へと移動をする。
 しかし、思わずルルーシュの隣に潜り込んで寝てしまおうか。そう言いたくなるような光景が目の前で繰り広げられていた。
「……いったい、どこから……」
 確かに、地酒がうまいから……とは聞いていた。しかし、これほど種類を集めているとは思わなかった、としかいいようがない。
 しかも、その半分近くが既にからになっているのはスザクの錯覚ではないだろう。
「スザク君、気にするな」
 平然とした口調で藤堂が言葉を投げかけてくる。
「元々、小瓶だ。数があるだけで量はさほどでもない」
 確かに、一人で平気で一斗樽を空けるような人にはそうかもしれないが……と心の中で呟きながら周囲を見回す。そうすれば、あまり酒に強くないらしい卜部となれていないカレンは既にギブアップ気味だ、と確認できた。
「……自分を基準にしないでください……」
 小さなため息とともにスザクはこう告げる。
「俺は普通だぞ?」
 ひょっとして――いや、間違いなく――藤堂は酔っているのではないか。
 普段の彼であれば、このようなセリフを口にすることはないのに。スザクはそう思う。
「……朝比奈さん……」
 ともかく、藤堂の酒量を確認しようと、側にいた人物に問いかける。
「一升瓶にすると、既に五本は空けていると思うぞ」
 もっとも、彼女がさらに倍近く空けているし、ついでに二人でそれぞれ飲んでいるから、藤堂が気が付いていない可能性はある……と最後まで口にする前に切り替えされた。
「そうですか……」
 マリアンヌの時とどちらがましなのだろうか。
 スザクはそう思いながらも取りあえず座布団の上に腰を下ろす。
 次の瞬間、スザクの前に杯が差し出された。
「藤堂さん……」
 何ですか、と問いかけながら、スザクはそれを受け取る。
「君と、こうして差し向かいで杯を酌み交わせるようになるとは思っても見なかったからな」
 それ以前に、自分の命が失われると思っていたのだ……と彼はしみじみとした口調で告げた。
 それはわかる。
 自分もこんな日が来るとは思っても見なかった。それどころか、ブリタニアに連れて行かれるときは、二度と彼には会えないとまで思っていたことも事実。
「ルルに会えたことが幸いでした」
 彼に会えなければ、間違いなく自分たちが思い描いていたとおりの結果になったはずだ。
「確かに。殿下のおかげで我々は元通りとは行かないまでも、それに近い水準の生活を送れるようになったな」
 そう言いながら、彼はスザクの杯に酒を注ぎ入れる。
「いや、それどころかもっとよくなったこともありますよ」
 少なくとも医療関係と教育関係においては、と仙波が口を挟んできた。
「殿下方のおかげで貴族達が興味を持ったと言うことで、伝統産業も息を吹き返してきましたしね」
 堂々と稽古をしていても何も言われなくなった……と朝比奈も頷いている。
「と言うわけで、殿下に感謝をしながら一献いただくか」
 既にその段階はすぎているだろう。そう言いたいが、今の藤堂に何を言っても無駄だ。
「いただきます」
 取りあえず、一口味見をしてみるか。
 そう思って、スザクは杯に唇を付けた。

 日本酒は自分の口に合っていたのだろうか。
 それとも、藤堂とC.C.が飲ませ上手なのか。
 スザクが気が付いたときには、自分もかなりの量を飲んだ後だった。
「……そういえば……」
 ふっと思いついたというように藤堂が口を開く。
「貴殿は妃殿下とお知り合いか?」
 この疑問はもっともなものだろう。自分だって、彼女がマリアンヌと知り合いらしいとは知っているが、どのような関係なのかまでは知らない。問いかけてもはぐらかされてしまうのだ。
 しかし、彼相手ではどうだろうか。
「一緒に酒を飲むこともある仲だ」
 そう考えているスザクの前でさらりとC.C.はこういった。
「そいつにも言ったが、何度もブリタニアであれとはあっている」
 シャルルにもそれに関しては文句を言わせない……と付け加えられた言葉に、藤堂は微かに目を丸くした。それでも何も言わないあたりきちんと空気を読めているのだろう。
 自分も、それは見習わないといけないのだろうか。
 そう考えても、何故かできない。
 最近はカレンがそちら方面はフォローしてくれるから構わないか……とまで思ってしまう。
「まぁ、その程度で満足しておけ」
 それ以上はブリタニアの闇に足を踏み入れることになる。そうなれば、命の保証はない……とも彼女は続けた。
「……しかたがない、な」
 ルルーシュに迷惑をかけるわけにはいかない、と彼は取りあえず自分に向かって言い聞かせるように呟く。
「本当、お前達はあれに心酔しているな」
 いいことだ、とC.C.は笑う。
「あの方はいわばダイヤの原石だ。それをきちんと磨き上げるのは大人の役目だろうからな」
 自分が知っていることは正しく伝えたい。
 日本人だとかブリタニア人だとかと言ったことは関係なく、だ……とさらに彼は言葉を重ねる。
「いい覚悟だ」
 だからこそ、誰もがお前達がルルーシュの側にいることをとがめないのだろう。C.C.は頷いてみせた。
「気に入らぬ相手ならば、私が手を下そうかとも思ったが……その必要もないようだな」
 さらにとんでもないセリフを耳にしたような気がするのは錯覚か。
「ところで、枢木」
 しかし、そんなことを気にする様子もなくC.C.は矛先をスザクに向けてきた。
「お前、ルルーシュとどこまで行ったんだ?」
 真顔でこう問いかけてくる。
「……どこまでと言われましても……ブリタニアとエリア11の往復だけですよ」
 スザクはそれにこう言い返した。その瞬間、何故かあの所はあきれたような表情を作る。
「お前、わかっていて言っているのか?」
 そういうことを言いたいわけではない、と彼女はその表情のまま告げた。
「……スザク君……」
 藤堂は藤堂である意味複雑な視線を向けてくる。そこでようやくどのような意味で聞かれたのか、スザクも気付いた。
「いくらなんでも、ルルはまだ十一歳ですよ?」
 そういうことをしていい年齢ではない。
 叫ぶようにスザクはこう告げる。
「自分を律するのが年長者の義務でしょう?」
 我慢できないわけではない。何よりも、そんなことを考えている時間がないほど忙しいのだ。
「……健全な青少年として、それは間違っているぞ!」
 完全に酔っているとわかる口調で朝比奈がこう叫ぶ。
「黙っていろ、貴様は!」
 それを脇から千葉が殴り飛ばした。こちらもまた完全に酔っているようだ。
「静かにしないか、二人とも」
 ルルーシュが起きる、と冷静な口調でC.C.が指摘をする。
「あいつは、ものすごく寝起きが悪いんじゃなかったか?」
 そのままスザクにこう問いかけてきた。
「よくはないですよ。もっとも、多少のことでは起きませんけどね」
 ベッドから落ちるとかしなければ、とスザクは言葉を返す。
「そうか」
 その瞬間、C.C.が楽しげな笑みを口元に刻む。
「なら、お前があいつにキスをしたとしてもわからないということだな」
「……何をおっしゃりたいのですか?」
「見たいと言っている人間がいるだけだ」
 ブリタニアに……と彼女はさらに笑みを深めた。
「何ですか、それは」
 見たいって、何を……とスザクは心の中で呟く。いや、それがわからないわけではない。ただ認めたくないだけだ。
「母親としては当然のことだろうが」
 しかし、さらに続けられた言葉にスザクは撃沈してしまう。
「……マリアンヌ様が……」
 何故、彼女がそんなことを言うのか理由がわからない。
「と言うわけで、今すぐキスしてこい」
 写真に残しておいてやるから、とC.C.は付け加える。
「……だから、どうしてそう言うことに……」
 訳がわからないと、スザクは呟く。
 第一、そう言うことは人前ですることじゃないだろう、とスザクは思う。
「なんだ? キスもしたくないのか?」
 それなのに、C.C.はさらに煽るような口調でこう言ってきた。
「……キスぐらい、減るもんじゃないからいいんじゃないか? させてもらえるだけましだよ」
「いっぺん、死んでこい!」
 脇からこんなセリフが聞こえてくる。しかし、今のスザクにはそれに注意を払っている余裕がない。
「ルルが許してくれるなら、いつでもしたいですよ!」
 それは、と言ってしまったのは、きっと自分も酔っているからではないか。
「なら、かまわんからして見せろ。マリアンヌの許可付きだぞ」
 そう言われても……とスザクは悩む。
「そのくらいでは目を覚まさないんだろう?」
 それとも、私が先にしてやろうか? というC.C.の言葉で理性が完全に吹き飛んだ。
「ダメ! ルルの初めては全部僕でいいんだ!!」
 その勢いのまま立ち上がる。そして、真っ直ぐにルルーシュが眠っている部屋へと進んでいった。

 自分が何をしでかしたのか、スザクが正式に理解したのは翌朝のことだった。
「どうかしたのか、スザク」
 自分の顔を真っ直ぐに見つめてこないことを不審に思ったのだろう。ルルーシュがこう問いかけてくる。
「……ちょっと、ね」
 どういえばごまかせるのだろうか。
 取りあえず、お酒は控えよう。そう考えるしかないスザクだった。





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08.02.04up