何故か、自室に戻ればここにいるはずのない存在が微笑んでいるのが見えた。 「……ナナリー?」 どうかしたのか、とルルーシュは思わず問いかけてしまう。 「私も家出をしてきましたの」 にっこりと微笑みながら口にされた言葉に、ルルーシュは目を丸くする。 「ナナリー?」 何故そんなことを……と思う。自分ならばともかく、彼女がそんなことをする必要はないはずだ。第一、そうであればマリアンヌからの連絡があるはず、と心の中で付け加える。 「ナナリー様」 そんなルルーシュの背後からスザクが彼女に声をかけた。 「はい、スザクさん」 何でしょうか、とナナリーは嬉しそうに言葉を返している。彼女にしてみれば、スザクは生まれたときから一緒にいてくれたもう一人の兄のような存在だから、他の誰よりも気安く言葉を返せるのだろう。 「色々と確認させて頂きたいことはありますが……」 そんな彼女に向かって彼は苦笑を向ける。 「まずは、彼女のことを紹介して頂けませんか?」 視線をナナリーの斜め後ろに立っている少女に向けながらこういった。 「ナナリーの騎士候補か?」 取りあえず、確実にわかっていることから片づけよう。 そう判断をしてルルーシュは問いかける。 「はい、ルルーシュ殿下。アリス・ハーグリーヴズ、と申します」 きびきびとした態度は好ましい。年齢は、自分より少し上だろうか。 「ユフィお姉様の推薦なんです」 ナナリーが嬉しそうに付け加えた。 「そうか。よかったな、ナナリー」 これで、彼女が寂しい思いをしなくてもすむ。その事実にルルーシュは微笑んだ。 しかし、だ。それとこれとは違う……と表情を引き締める。 「だが、今回のことは母上もご存じなのか?」 自分の時はきちんと母に宣言をしてから家出をしたから、父の追求の手が及ばなかったのだ。だが、母の協力がなければどうだったのだろうか。そう考えて、こう問いかける。 「もちろんです、お兄さま」 即座にナナリーが頷いてみせた。 「此度のことは、マリアンヌさまとユーフェミア皇女殿下のご提案でございます」 ブリタニア宮殿内がかなり騒がしいことになっていますから……とアリスがさらに言葉を重ねてくる。 「ですから、それまでの間、アッシュフォード学園に通学できるようにしてくださいました」 アリスと共に寮にはいるのだ、とナナリーは嬉しそうだ。 「……大丈夫か?」 アッシュフォード学園であれば、セキュリティもしっかりしている。それに、同じ敷地内にある大学部には、今でも特派が配置されている。そう考えれば、安全なのだろうか。 しかし、彼女に寮生活ができるかどうか。 「はい。アリスちゃんが一緒に来てくれますから」 だから、大丈夫だ。ナナリーがそういうのであれば信用するしかないな……とルルーシュは頷く。 「しかし、本国では何が起こっているんだ?」 ナナリーをこちらに寄越さなければいけない状況というのは……と首をひねる。 「クロヴィスお兄さまの所にユフィお姉様がいらしています。きっと、今、説明されていらっしゃると思いますわ」 この言葉に、思い切り不穏なものを感じたのはルルーシュだけではないだろう。 「……スザク……」 「一緒に行くよ、ルル」 ルルーシュの問いかけに、スザクは即座にこう言ってくれた。 本当に何があったのだろうか。クロヴィスの執務室へ向かう間に、ルルーシュは何通りも可能性を思いついていた。 しかし、だ。 彼の予想を超えた場所に事実はあったと言っていい。 「……姉上がご懐妊?」 ユーフェミアの言葉にルルーシュは目を丸くする。 それはとてもめでたいことだ。そうは思うのだが、と彼は首をかしげた。 「姉上はまだ、ご結婚されておられなかったよな?」 そのまま、スザクにこう問いかける。 「ご結婚なされたとはお聞きしていませんよ」 予想通りの言葉をスザクは返してくれた。 「だよな……なら、いったい、誰が父親なんだ?」 コーネリアが嫌いな相手の子供を産もうという気になるはずがない。まして、正式に結婚をしていないのならばなおさらだ。 それ以上に、その事実をあの父が認めているのだろうか。 「……父親はギルフォードだそうだよ……」 疲れ切った口調でこう言ってきたのはクロヴィスだ。 「なら、納得か?」 「ギルフォード卿はコーネリア殿下が誰よりもお好きでしたからね」 確かに、彼であればコーネリアの子供の父親になる可能性がある。というよりも、現状では彼以外に考えられないと言うべきか。 「でも、結婚をせずに懐妊というのは許されることなのか?」 自分にはまだ縁遠い話――と言うよりは、考えたこともない話だからわからないのだが、とルルーシュは反対側に首を傾けた。 「だから、わたくしとナナリーがこちらに避難してきたのですわ」 マリアンヌとシュナイゼルは「そうしなさい」と言ったのだ、とユーフェミアが笑う。 「ここであれば、本国と同じように安全ですもの」 そうでしょう、と言われて喜んでいいものかどうか。少なくともクロヴィスはそうではないらしい。 「何よりも、ここにはルルーシュがいますから。お父様でも何も言えません」 自分はナナリーの付き添いだと言えば納得してもらえるだろう……とユーフェミアはころころと笑い声を漏らす。 「お父様も、可愛い孫が生まれるのですから文句をおっしゃらなければいいのに」 そもそも、コーネリアを嫁に出す予定がなかったくせに……とユーフェミアはその表情のままはき出した。それが彼女らしくないと思う。 「ユフィ姉上?」 「お姉様も本来であれば結婚をしていておかしくない年齢でいらっしゃいますもの。お嫁に行くことを許されないのであれば、赤ちゃんぐらい……と思ってもおかしくはありませんわ」 コーネリアとギルフォードの子供であれば、絶対可愛いに決まっている! と彼女は付け加える。 「ルルーシュとナナリーには負けるかもしれませんけど……でも、それとこれとは話が別です」 「……そういう問題でもないと思うよ、ユフィ……」 本当に疲れ切っているという態度でクロヴィスが言葉を口にした。 「姉上がしばらく戦線に復帰されない、とわかればどうなるか」 もちろん、コーネリアの懐妊はものすごく嬉しいのだが……とクロヴィスは付け加える。それは間違いなく本心からの言葉だろう。 「ルルーシュはどう思います?」 ユーフェミアの問いかけに、ルルーシュはふっとまだナナリーがマリアンヌのお腹の中にいるときのことを思いだしてしまった。 「姉上が本当に赤ちゃんが欲しいと思われたならお祝いします。母上は、ナナリーがお腹の中にいるとき、本当に幸せそうでしたから」 だから、きっとコーネリアも同じ気持ちなのではないか。ルルーシュはそう思う。 「でも、赤ちゃんがいると言うことは……姉上はしばらく軍務から離れられるんですよね?」 しかし、次の瞬間、一抹の不安が押し寄せてきた。 「どなたが代わりをされるのでしょうか」 と言うよりも、代わりができるものがいるのか……とルルーシュは心の中で呟く。 一人もいないわけではない。シュナイゼルであれば、十分可能だろう。しかし、彼が本国を離れられるとは思えない。 それに、とルルーシュは心の中で呟く。 こういう状況であれば動きたくてたまらない、と考える人間を、幸か不幸か自分は一人知っている。そして、ある意味、その人物のストッパーだったものがその側を離れていることも知っているのだ。 「……ルルーシュも、やはりあの方が動き出さないかどうか、心配しているのかな?」 クロヴィスが苦笑と共に問いかけてくる。 「姉上に負けないくらいの軍人である皇族と言えば、一人しか思い浮かびません」 と言うよりも、彼女の存在があったからこそ、コーネリアは軍人への道を選んだのではなかったか。 「……お父様もお姉様のことだけではなくそちらでも頭を抱えていらっしゃいましたわ」 しかも、コーネリアと違って頭ごなしに怒鳴りつけられないから問題なのだ……とユーフェミアも頷く。 「……年齢的なものを考えれば……マリアンヌさまとコーネリア殿下は十も離れておいでではありませんからね」 そして、マリアンヌであれば軍人達は歓喜の声と共に迎え入れるだろう。スザクもそう告げる。 「だからこそ、厄介なんだろうが」 即座にルルーシュはこう叫ぶ。 「あの母上だぞ! 面白いという理由で何をしでかすかわからないのはもちろん、俺たちまで呼び出すに決まっているんだ!!」 コーネリアであれば、せいぜいスザク程度だ。カレンがルルーシュの騎士になってからその頻度は増えたが、それでも数日で返してくれた。 だが、マリアンヌではそうはいかない。 自分がスザクと共に戦場に行くことは覚悟できている。 「……姉上が宮殿においでなら、ダールトン将軍は自由に動けると言うことだろう?」 ギルフォードは誰が何と言おうと、コーネリアの側にいるだろう。いや、そうでなければおかしい。しかしダールトンは自由に動いても構わないはずだ。 「……母上とダールトンが共に前線に向かうのであれば……絶対に藤堂が呼び出されるに決まっている!」 これがこのエリア内でならば構わない。彼らが自分にとっての親衛隊といえる者達だと知っている。 しかし、他の者達はどうだろうか。 コーネリアですら、それがわかっていたからこそ幼い頃から皇帝に認められているスザク以外の者達を呼び出そうとしなかったのではないか。 それ以上に、だ。 「……あの二人では、誰がストッパーになるというんだ?」 はっきり言って、壮絶な状況になることは目に見えている。マリアンヌが軍務に付いていたときの話を思い出せばなおさらだ。 「それに、俺たちも同行するとなれば、当然、ロイドも付いてくるぞ」 別の意味で阿鼻叫喚の世界になるのではないか、とルルーシュはため息を吐く。 「既に、本国は阿鼻叫喚の嵐らしいよ……」 だからこそ、二人の家出が許されたのだから……とクロヴィスは頭を抱えた。 「少なくとも、ここはどの嵐からも安全だろうからね」 今、一番不幸なのはシュナイゼルなのではないか。クロヴィスの口から出た言葉を誰も否定はできない。 「シュナイゼル兄上が倒れられる前に、事態が収拾してくれればいいのだが……」 それはすなわち、父が敗北をする日なのだろうな……と心の中で呟く。 「取りあえず、シュナイゼル兄上に激励のメールでも送っておきましょうか」 もちろん、コーネリアには祝福のそれを……とルルーシュは口にする。 「そうだね。それがいいだろうね」 ついでに情報収集をしようか、とどこか投げやりな口調でクロヴィスも頷く。 執務も始まっていないのに、もう疲れ切っているような気がするのはどうしてなのか。それを考えたくないと思ってしまうルルーシュだった。 終 BACK 08.02.11up |