「お久しぶりです、母上」
 モニターの中のマリアンヌにそう呼びかけながらも、ルルーシュは何やら嫌な予感を感じていた。
『元気そうね、ルルーシュ』
 柔らかな笑みと共に口を開く彼女は、自分の記憶の中にいる母のままだ。しかし、その服装が違う。
『ユーフェミアさまとナナリーは無事に付いたのね?』
「はい。特に姉上はとても元気で……兄上が困っています」
 彼女が今身に纏っているのは騎士服だ、と思い当たったのはこう言い返してからのことだ。
『あらあら……本当に男性陣は困ったものね』
 そういう問題ではないような気がする。
「兄上だけではなく、護衛も大変ですね」
 ナナリーには騎士がいるが、ユーフェミアにはいないのだ。だからといって、スザクかカレンを回すことは不可能だ。
「せめて、ユーフェミア姉上に騎士がいればよかったのですが」
 そうすれば、ユーフェミアのフォローを心配はしなくてよかったのに、とルルーシュは付け加える。
「ナナリーのことを考えれば、特派にカレンかスザクを行かせておきたいと思いますので、俺の騎士を貸すわけにはいきません」
『それはそうね』
 確かに、それを期待していたことは事実だ……とマリアンヌは頷く。
『わかりました。それに関してはシュナイゼル殿下と相談をして何とかしましょう』
 任せておきなさい、と言われて、ルルーシュは取りあえず胸をなで下ろした。しかし、すぐに別の疑念がわいてくる。
「そちらに関してはお願いします。ナナリーには普通に学校生活を送らせてやりたいですから」
 しかし、それをどう切り出せばいいのか。そう思いながらもルルーシュは言葉を重ねる。
「マリアンヌ様」
 それを感じ取ったのか。スザクがルルーシュの代わりに彼女に呼びかけた。
『何かしら?』
 彼女にとって見れば、スザクもわが子同様だからだろうか。自然に聞き返してくる。
「マリアンヌ様は騎士に復帰されるのでしょうか」
 それとも、と問いかけているのは、彼女が今身に纏っている衣装が関係しているのだろう。
『あぁ、これ?』
 やはり気になる? と彼女はさらに問いかけてきた。
「当たり前です! ユフィ姉上から怖いことを聞かされていますし……」
 マリアンヌがコーネリアの代わりに戦場に行くかもしれないと、とルルーシュが叫ぶように口にした。
『流石に、それはみなに泣いて止められたわ。ダールトンだけならばまだしも、ナイト・オブ・ラウンズ――ナイトオブワンにまで泣かれては、妥協するしかないでしょう』
 残念だけど、と付け加えたと言うことは、そうされなけれな本気で行くつもりだったのか。
「母上……お願いですから、俺やナナリーを不安にさせないでください」
 マリアンヌが強いことは知っているが、とルルーシュは訴える。
『わかっています。だから、コーネリア殿下の代わりにナイトオブナインが赴くことになったの』
 この言葉に、ルルーシュは取りあえず安堵の表情を作った。
「では、何故、そのご衣装を?」
 スザクはまだ納得できないのか、こう問いかけている。
『あぁ、これ?』
 その瞬間、彼女が浮かべた笑みにルルーシュは表情を強ばらせた。きっと、背後ではスザクも同じような表情をしているはずだ。
『ちょっと、陛下とケンカをしてこようと思って』
 それに追い打ちをかけるようにマリアンヌがこんなセリフを口にしてくれる。
「母上ぇ!」
「マリアンヌ様?」
 何を、と二人は声を合わせてしまう。
 しかし、彼女はそれに言葉を返すことはない。
『あぁ、時間だわ』
 また後でね、と口にすると同時に、マリアンヌはさっさと通信を終わらせた。二人の目の前でモニターがむなしく沈黙をする。
「スザク! は、母上が……」
「わかっています! 取りあえず、シュナイゼル殿下に!」
 直接話をすることはむずかしいが、声をかけておけば適切な判断をしてくれるだろう。そう判断をしたスザクは正しい。
「必要なら俺の名を出せ!」
 ルルーシュは即座にこう告げる。
「わかってるよ」
 本当は自分が操作できればいいのだろう。しかし、自分が下手に操作をして時間を無駄にするよりはスザクに任せた方が確実だ。そう判断をしてルルーシュは彼の動きを見守っている。
「はい、ルルーシュ殿下からの御伝言です」
 どうやら、無事にシュナイゼルの関係者に連絡が付いたらしい。スザクが口を開いている。
「はい。先ほどマリアンヌさまとルルーシュ殿下がお話をされていたのですが……お知らせしておいた方がよろしいことがありましたので、ご無礼を承知でご連絡をさせて頂きました」
 お言付けをお願いできますでしょうか。
 スザクにここまで説明をさせる相手はいったい誰なのだろう。これがグランストンナイツか誰かであれば、彼の顔を見ただけで状況を飲み込んでくれるのに……とそうも思う。
『取りあえず、伝言は承るよ』
 おそらくスザクと同年代だろうと判断できる声が耳に届く。だが、グランストンナイツにそのような年齢のものがいただろうか。あるいは、また新しく誰かが加わったのかもしれない。
 そう判断してルルーシュは視線を向けた。
 だが、目の前の相手はルルーシュの想像していた存在ではない。
「……ナイト・オブ・ラウンズ?」
 彼が身に纏っている衣装を確認して、ルルーシュは目を丸くする。
 マリアンヌの元にもナイト・オブ・ラウンズの中の誰かが足を運んでいたらしい、それほどまでに厄介な状況になっているのだろうか。
『それで?』
 何、伝言って……とどこかのんきな声がルルーシュの耳に届く。
「先ほど、マリアンヌさまと殿下が話をされていたのですが……最後に『ちょっと陛下とケンカをしてこようと思って』とおっしゃっておられたので……」
 冗談だとは思いたいが、念のために連絡をさせて頂いたのだ。スザクはそう締めくくる。
『マリアンヌ様、が?』
「はい」
『陛下と??』
「そうおっしゃっておられました」
『ケンカって……陛下が負けるに決まっているじゃないか!』
「ですから、シュナイゼル殿下に至急対策を取って頂きたいのです!」
 彼であれば、最小限の被害にとどめてくれるのではないか。スザクがそう付け加えた。しかし、それが相手の耳に届いているのかどうかはわからない。
『た、大変だ! 誰か、シュナイゼル殿下とダールトン将軍、それにナイトオブワンを呼んできてくれ!』
 ようやく事態が飲み込めたのか。目の前の相手が周囲の者達を怒鳴りつけているのがわかる。
「だから、さっさと兄上に連絡を取ってくれればよかったんだ」
 今度帰ったときには、グランストンナイツだけではなくナイト・オブ・ラウンズにも紹介してもらわなければいけないか。
 もっとも、状況次第では二度と本国に戻れないかもしれないが。
「……間に合うと思うか?」
 モニター越しに見える阿鼻叫喚の様相に頭を抱えたくなりながら、ルルーシュはスザクに問いかける。
「シュナイゼル殿下次第、だろうね」
 あの方の耳に少しでも早く情報が届けば、何とかしてくれると思うよ……とスザクは言葉を返してきた。
「そうだな。シュナイゼル兄上ならば、きっと何とかしてくれるか」
 少なくともマリアンヌがシャルルを殺すようなことだけはしないだろう。
「しかし、母上をそこまで怒らせるとは……いったい、父上は何をやらかしたんだ?」
 それがコーネリアがらみだと言うことは想像が付くが……とルルーシュはため息を吐く。そのままスザクに抱きついた。
「大丈夫だよ、ルル」
 マリアンヌはどのようなときでも常識を手放さないから、とスザクが抱きしめ返してくれる。
「ルルもナナリー様もいるから、せいぜい怒鳴り合い、だけだと思うんだけど……」
 それはそれで問題かなぁ、と彼はそのままため息を吐く。
「父上が、さっさと姉上のことを認めればいいんだ……」
 そうすれば、全て片づくのに。ルルーシュの呟きは回線の向こうの悲鳴に見事にかき消されてしまった。

 それから、どれだけの時間が経っただろうか。
 あの後、通信が遮断されたと言うことに思いきり不安を感じてしまう。
「……兄上に報告が行っていれば、きっと連絡をしてくれると思うのだが……」
 まったく音沙汰がないというのが怖い。
「そうだね」
 いっそのこと、ロイドさんに頼んで調べてもらう? とスザクが問いかけてくる。
「いい……恐い結果になっていたらいやだ」
 ひょっとして、皇子という身分も失ってしまうのだろうか。ならば、ナナリーを連れてどこかに行くしかないのだろうが、とだんだんとんでもない方向に考えが向かってしまう。
「スザク」
 その気持ちのまま、彼はそうっと問いかける。
「何?」
「もし、俺たちがここから追い出されても、付いてきてくれるか?」
「もちろんだよ、ルル」
 もっとも、ルルーシュがここを追い出されるはずがないよ……と彼は笑った。クロヴィスが絶対引き留めるから、とも。
「そういうが……父上の不興を買ってしまえば、な」
「それもあり得ないと思うけどね」
 だから、あんまりあれこれ考えないの……と口にしながら、スザクはそっとルルーシュの体を乗せてくれた。そして、小さい頃と同じようにぎゅっと抱きしめてくれる。
「大丈夫だよ。マリアンヌ様がルルやナナリー様のことを忘れるわけがないから」
 第一、本国にシュナイゼルがいるだろう。それにあの様子ではナイト・オブ・ラウンズにもマリアンヌの味方はいるだろうし、と彼は続けた。
「そうだな」
 止めてくれるよな、とルルーシュは頷く。
「怖いのは、きっと、情報が来ないからかな」
 だから、余計なことを考えてしまうのだろうか。
「便りないのは平和な証拠、と言う話もあるけどね」
 その言葉を信じられればいいのだが、と思いつつ、ルルーシュはスザクの胸に顔を埋める。そして、そのまま目を閉じた。

 いったい、マリアンヌとシャルルの間でどのような勝負が行われたのか、それはわからない。だが、結果は最初からわかっていたと言うべきか。
『まぁ、無事に終わったから安心しなさい』
 シュナイゼルの笑顔に、思い切り疲労の色が滲んでいるように感じられるのはルルーシュの錯覚ではないはずだ。
「誰もケガをしていなければ、それでいいです」
 ともかく、ルルーシュは口を開く。
「シュナイゼル兄上にはご迷惑をおかけしました」
 ご助力、ありがとうございます……と頭を下げれば彼は「必要ないよ」と即座に言葉を返してくる。
『君が連絡を入れてくれたおかげで、少なくともブリタニアの威信だけは守れたからね』
 それに、コーネリアにとってもよい結果が出たと思うよ……と彼は笑みを深める。
『そう言うことだからね、クロヴィス』
「はい、兄上」
 何ですか、と三番目の兄が聞き返した。
『君はしばらく本国に戻って貰おう。代わりの総督代理はコーネリアだからね。何も心配はいらない』
 本国に、美術館を一つ作ることにしたからね……とシュナイゼルはさらりと付け加える。それ関する全権を委任するよ、とも。
「兄上!」
『コーネリアが身二つになり、生まれてきた子が旅行に耐えられるようになるまでの間だよ』
 何。エリア11だけではなく、他のエリアからも選りすぐりの美術品を集めようと思うから、頑張ってくれ……とシュナイゼルは言いきった。
 おそらく、それは既に決定なのだろう。
「せっかく、ルルーシュと楽しく過ごしていたのにぃ!」
 こう言って嘆いているクロヴィスに同情をするものは誰もいなかった。




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