「……せめて本国に帰る前にみんなでお茶会をしよう!」
 でなければ、帰るに帰れない。そう言いだしたのはクロヴィスである。
「しかたがありませんね」
 確かに、いきなり連れ戻されることになった彼の気持ちを考えれば、そのくらいは妥協するべきなのではないか。
 それに、コーネリアだけではなく母もいるのだ。
 きょうだい大好きでマリアンヌの大ファンであるクロヴィス――と言っても、その範囲はかなり狭い――にしてみれば、この機会を逃せば、いつ、同じ状況に巡り会えるかわからない。だから、と言いたいのだろう。
「その程度は妥協しますが……姉上に関しては体調のことも考えて頂かないと」
 妊娠している女性は最初の頃は少しのことで体調を崩すのだ。あのマリアンヌでもそうだったのだから、コーネリアも同じだろう。
「もちろんだよ。それはわかっている」
 だから、モデルをしてくれとは言っていないだろう? と彼は満面の笑みとともに言葉を返してきた。
「兄上」
「そうは言うけどね、ルルーシュ。最近の姉上は、本当にお美しくなったと思わないか?」
 今までも美人だったが、それ以上に……とクロヴィスは慌てて口にする。
「それは否定しませんけど……でも、それより先にしなければいけないことがあるって、わかっていますよね?」
 コーネリアとの引き継ぎが終わっていないだろう、と言外に付け加えた。
「軍務の方はスザクとカレンがいるから何とかなるにしても……その他に関しては、俺は手を出していませんからね?」
 念を押すように言葉を口にする。
「そんなことはないだろう?」
 しかし、その意を汲んでくれるような相手ではなかった。首をかしげながらこう聞き返してくる。
「そのセリフ……姉上の前でも言えますか?」
 ぼそっとルルーシュは告げた。その瞬間、ようやくルルーシュが何を言いたいのかわかったのか、クロヴィスは表情を強ばらせた。そのまま、慌て手首を横に振ってみせる。
「わかってくれればいいですよ」
 だが、と心の中で呟く。ひょっとして、もう遅いのではないか。
「と言うことで、俺は母上やユフィ姉上と相談をしてきますから。兄上は姉上の所に行って、引き継ぎが出来るかどうか、確認してきたらいかがですか?」
 そういいながら、立ち上がる。
「引き継ぎが早く終われば、スケッチぐらいは許可してもらえるかもしれませんよ?」
 さりげなくこう付け加えたのは、少しでもクロヴィスのやる気を引き出すためだ。
「そうだね!」
 姉上も、その時にはだめとはおっしゃらないだろうね。と予想通りの反応を返してくれる。
「では、兄上。また、後で」
 この言葉とともに、ルルーシュはその場を後にした。

 マリアンヌはどうやら特派に行っているらしい。その事実に、ルルーシュはどうするべきか、少し悩む。
「スザクの手が空いていればいいんだが……」
 ダールトンと共に軍務の方の話し合いをしているはず。それが終わっていれば、一緒に行けるだろう。でなければ、特派からカレンを呼び戻さなければいけないのではないか。
「……それは面倒だな」
 何よりも、マリアンヌとすれ違う可能性もある。
「ともかく、連絡を入れてみるか」
 スザクに、とルルーシュは呟く。それから特派に連絡を入れても間に合うだろう。
「ダールトンを捕まえられれば、姉上のこともあれこれ確認できるか」
 彼ではわからないことはユーフェミアが知っているだろう。そうすればコーネリアの負担を減らせるかもしれない。
「姉上には子供を産むことに専念して頂きたいところだが……」
 彼女の性格では無理だろう。
 だから、周囲が先回りをしなければいけないのだ。
「これは……かなりの難問かもしれないぞ」
 先回りをするにしても、誰にそれが出来るのだろうか。これがクロヴィスであればルルーシュでも何とかなる。しかし、コーネリアとなると自分では無理だ……とルルーシュも自覚をしている。
 それでも、少しでも彼女に負担がかからないようにすることは出来るのではないか。
「頑張らなければ、な」
 きっと、自分たちならばそれが出来る……とマリアンヌ達が考えたのだ。その期待を裏切るわけにはいかない。そう思いながら、とりあえず自分の騎士を捕まえるために使える端末へと移動を開始した。

 スザク達は、あっさりと掴まった。そして、マリアンヌも、だ。
「……体調的には、さほど心配はいらないでしょうね。もっとも、食べ物には気を付けなければいけませんが」
 妊娠中の女性は、普段は大丈夫でもその時期は食べられなくなるものが出てくる。それを出すわけにはいかないだろう。そう告げる彼女は、流石に二児の母と言うべきだろうか。
「……そういえば、最近のお姉様は、さっぱりとしたものを好んでおいでですわ」
 こう教えてくれたのはユーフェミアだ。
「そうなると……ゼリーがよいのでしょうか」
 ルルーシュが母に問いかける。
「そうですね。その方が喜ばれるかもしれません」
 でも、どうして? と彼女の視線が聞き返してきた。
「それならば、ナナリーに手伝って貰って俺が作ろうかと」
 コーネリアも、そういうものであれば口にしてくれるのではないか。そう思っただけだ、とルルーシュは続ける。
「……そういえば、ミレイさんに色々と教えて貰っていたね、ルルは」
 セシルでなくてよかった、とスザクの言葉の後に続いていたような気がするのは、ルルーシュの錯覚ではないだろう。
「ルルーシュはお菓子も作れますの?」
 感心したような口調でユーフェミアが問いかけてくる。
「ゼリーは、さほど難しくないですよ、ユフィ姉上。だから、ナナリーと一緒に作ろうと……」
 それに嫌なものを感じたのはルルーシュだけではないだろう。
「なら、わたくしにも作れますか?」
 やはりそう来たか。ルルーシュはため息とともにさりげなく母へと視線を向けた。
「ユーフェミア様。今回はルルーシュとナナリーに任せて上げてください。その代わり、ユーフェミア様にはお茶を選んで頂きましょう」
 それに、コーネリアが無理をしないように気を付けて頂ければ……とそうも彼女は付け加える。
「それは構いませんが……どうしてですか?」
 マリアンヌの言葉に、ユーフェミアは可愛らしく首を横にかしげてみせた。スザクやカレンと同じ年だというのに、どうしてここまで印象が違うのだろうか。
「ルルーシュも忙しくしているせいか、なかなかナナリーとの時間を取れないようですの。それであの子が少しふてくされているのですわ」
 コーネリアには申し訳ないが、二人が仲直りをする口実になって貰おうかと……とマリアンヌは微笑んだ。
「……そういうことでしたら、しかたがありませんわね」
 でも、と彼女は続ける。
「今度は、わたくしもまぜてくださいね?」
 別の意味で怖いような気がするが、コーネリアに被害が及ばなければいいか。ルルーシュはそう判断をする。いざとなれば、ロイド達に処理をして貰えばいい。セシルのあの料理を食べられるのであれば、きっと、何でも食べられるに決まっている。
 ルルーシュはそう確信していた。

 そして、かなり忙しい日常の中、何とか時間を捻出して準備を終えたのは、クロヴィスが本国へ戻る前日のことだった。
「……危なく、お茶会に参加できなくなるところだったよ……」
 クロヴィスが少しだけほっとした表情で席に着いている。
「お前が、逃げ回らなければ、もっと早くに出来たのではないか?」
 そんな彼に、苦笑と共にコーネリアがこう言葉を投げつけた。
「姉上……それは……」
 否定できない事実だろう、とルルーシュはため息をつく。引き継ぎの席でコーネリアに怒られるのがいやで彼が逃げ回っていたことは、みなが知っていることだ。かわいそうなバトレーの体重が十キロ近く落ちた、という話も耳に届いているほどだ。
「姉上」
 だからといって、ここでまたそれを繰り返されては困る。そう思って、ルルーシュは口を挟んだ。
「どれがよろしいですか?」
 言葉とともにスザクがゼリーが入った器をのせたワゴンを彼女の脇に寄せる。
「俺とナナリーが作りました。赤いのは苺で、オレンジのはみかんです。他に、桃とリンゴとマンゴーがあります」
 コーネリアの好きなものを取ってください、とルルーシュは微笑みと共に付け加えた。
「ルルーシュとナナリーが?」
 弟妹大好きの彼女には一番有効であろう。特に、ナナリーが、というのは重要だろうし。そう思って、口にした言葉だったが、予想通りだったらしい。
「だが、私が一番でよいのか?」
 マリアンヌではなくて、と彼女は言外に問いかけてくる。
「コーネリアお姉様に食べて頂きたくて作りましたから」
 だから、まずはコーネリアに選んで欲しい……とナナリーも微笑む。ここまで言われては、コーネリアも期待に添わないわけにはいかない、と判断したのだろう。そっと手を伸ばす。
「みかん、というのは?」
 だが、ふっとこう問いかけてくる。
「オレンジと同じ柑橘類です、コーネリア殿下。このエリアでよく食べられている果物です」
 それに、スザクが言葉を返した。
「そうか。ならば、それを貰おう。クロヴィス、お前は?」
「では、桃を」
 本当は、全種類欲しいのですけどね……と彼は続ける。ルルーシュとナナリーの手作りなんて、これから何度食べられるかわからないくらいレアものなのだから、とも。
「姉上はこれからまだ機会がおありでしょうが、私は……」
「何を言っている。私がここの総督でいるのは、しばらくの間だけだ」
 子供が生まれて元通りに動けるようになれば、またどこか戦場に行くことになるだろう。そう告げる。
 その間にも、次々とゼリーは配られて行った。
「そうはおっしゃいますが、少なくとも、一年はそばにいてあげてくださいませ」
 本当は三年と言いたいところなのだが、とマリアンヌがそっと口を挟む。
「マリアンヌ様……」
「もっとも、他の方々次第でしょうね、それは」
 にっこりと笑う母が怖い。そう思ったのは自分だけではないらしい――ナナリーとユーフェミアを除いて、だが――という事実に、少しだけ胸をなで下ろす。
「あら。皆さんに行き渡ったのですね。それでも、いくつか残っているのですか?」
 スザクがルルーシュの隣に腰を下ろしたのに気付いたのか。マリアンヌがこう問いかけてくる。
「少し多めに作りましょうって、お兄さまが」
「残っても、特派に持っていけばいいだろうと思いましたから。あぁ、バトレーにも」
 兄上が迷惑をかけているからな……と付け加えた瞬間、クロヴィスがさりげなく視線をそらす。自覚をしているのであれば、もっと真面目に仕事をしてくれればいいのに。ルルーシュは思わず心の中でそう毒づいてしまった。
「その前に、母が貰っても構いませんか?」
 予想外のセリフがマリアンヌの口からこぼれ落ちる。
「母上?」
「お母様?」
 まさか、あれを全部食べるつもりなのだろうか。お酒ならともかく、甘いものは嫌いではないが、さほど食べなかったと記憶しているのだが、とルルーシュは心の中で呟いた。
「冷凍をすれば、ブリタニア本国に送れるでしょう? お父様のご機嫌を取っておいた方がいいと思いますの」
 色々と、と彼女は笑う。
「……父上に、ですか?」
 それならば、納得できる。でも、とルルーシュは首をかしげた。
「でも、父上のお口に合うでしょうか」
 それが一番不安だ、と言外に付け加える。
「大丈夫です。お父様が、あなたとナナリーが一生懸命作った物を『おいしい』と言わないはずはありません」
 その言葉の裏に『言ったら、二度と帰りません』と隠されていないよな、とルルーシュは不安になる。だからといって、それを問いかけるわけにはいかないだろう。
「わかりました。では、一種類ずつ箱に入れて、クロヴィス兄上に持っていって頂きましょう」
「それがいいだろうな。では、味見をさせて貰おうか」
 言葉とともに、コーネリアがスプーンを取り上げる。そのまま一口口に含んだ。
「お姉様?」
 期待に満ちた眼差しでナナリーが彼女を見つめている。
「おいしいよ、ナナリー。ルルーシュ、これならば父上もご満足してくださるだろう」
 だから、安心しなさい。この言葉を合図に、他の者達もそれぞれ手を伸ばす。
 その後は、和やかな時間が流れていった。

おまけ

「……ルルーシュとナナリーの手作り……」
 帰国の挨拶に行ったクロヴィスの前でシャルルが拳を振るわせている。
「皇帝陛下の分はしっかりとお預かりしております。先ほど女官に渡しましたので……」
 マリアンヌはこれを予想していたのか。クロヴィスは心の中でそう呟く。
「儂の分か?」
「はい。私たちは一つずつでしたが、皇帝陛下には全種類味見して欲しいと」
「そうか」
 彼の表情が嬉しげだったのは言うまでもない。その姿をいつでも見せていれば、もう少し人気が出るのではないか。ふとそんなことを考えてしまうクロヴィスだった。




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