その日、政庁内はいきなり慌ただしくなった。 いや、その予兆は数日前からあったのだ。しかし、予兆と現実は、やはり違う。 「とりあえず、ギルフォードには姉上について病院に行って貰おう……ダールトンは、政庁内のとりまとめを」 予兆があってすぐに、マリアンヌに相談をしておいてよかった。心の中でそう呟きながら、ルルーシュは指示を出す。 「ユフィ姉上も、コーネリア姉上とご一緒に」 側に付いていて上げてください、とルルーシュは側に来た彼女に声をかける。 「わかっていますわ。でも、本国へは……」 「俺が連絡を入れておきます」 その方がまだ冷静に対処できるだろう。ルルーシュがこう言えば、ユーフェミアは小さく頷いてみせた。 「お願いしますね」 彼女にしても、一秒でも早く姉の側に行きたいのだろう。その言葉とともにきびすを返した。 「カレン。ギルフォードと共に病院へ」 言外にユーフェミアのフォローをと付け加えれば、心得たというように頷いてみせる。 「ひょっとしたら、ナナリーもそちらに行くかもしれないが……その時にはミレイが付いていくはずだから」 彼女とアリスに任せろ。そうも付け加える。 「スザク」 「……マリアンヌさまとシュナイゼル殿下のどちらがいいの?」 この場で一番落ち着いているのは彼ではないだろうか。もっとも、そうでなければ困るかもしれない。 「……とりあえずは、母上か?」 彼女であれば、経験があるから冷静に対処してもらえるかもしれない。そう口にする。 「兄上は……俺が知らないところでは経験がおありなのかもしれないけど、な」 シュナイゼルの艶聞だけは耳に届いていた。もっとも、それがどこまで真実なのかはわからないが。 「わかった。僕としてもアリエス離宮に連絡を入れる方が気が楽でいいから」 あちらであれば、取り次ぎの人も顔見知りの可能性が高い。そうでなくても、自分のことを知っているだろうから、とスザクは口にする。 「そうだな。では頼む」 後は、とルルーシュはなすべき事を考えた。 「……ロイドについては、セシルとラクシャータに見張って貰って……病院周辺はジェレミア達に護衛をさせておけばいいか」 騎士団が動けるようであれば、街中の状況を確認させよう。そうも付け加える。 「では、ユフィ姉上はコーネリア姉上と共に病院の方へ。何かあったなら、俺かダールトンに連絡を」 今度こそ、とユーフェミアはコーネリアの元へと駆け出していく。その後をカレンが追いかけていった。 「……ギルフォードは戦力外と見ておいた方がいいだろうな」 それを見送りながら、ルルーシュはこう呟く。 「申し訳ありません、ルルーシュ殿下」 この言葉に、ダールトンが大きな体を縮めながら謝罪の言葉を口にする。 「お前が謝ることではなかろう。姉上が望まれたのだろうからな」 何よりも、子供が生まれるのは喜ばしいことではないのか? とルルーシュは言葉を返す。 「……ギルフォードの代わりに、藤堂達を呼んでおくか」 彼等であれば信頼できるから、とルルーシュは呟く。 「そうですな。無事に事が済んだ後に、祝杯に付き合ってもらえるでしょうし」 その言葉は違うだろう。そう言いたいが、ダールトンの性格もよく知っている。無事に赤ん坊が生まれた後であれば構わないか、とルルーシュは頷いた。 「わかった。ただし、落ち着いてからにしろよ」 言葉をかければ、ダールトンも頷いてみせる。ならば大丈夫だろう。そう判断をして、ルルーシュは本国に連絡を取るために足を踏み出した。 本国で、どのような騒ぎが起こったのか。それに関しては、即座に脳内から消去したくなったルルーシュだった。 「……出産というのは、ずいぶんと時間がかかるものなのだな」 コーネリアが病院に行ってから、既に半日以上の時間が経っている。それなのに、まだ『生まれた』という報告が届かないのだ。 「そうみたいだね」 疲れたならば、寝ててもいいよ? とスザクは声をかけてくる。ちゃんと起こしてあげるから、とも。 「いや、大丈夫だ」 ちゃんと起きている、と言い返す。きっと、病院に行っているユーフェミア達もそうだろう。何よりも、自分は男だから、とルルーシュは言い返す。 「でも、休めるときに休んでおかないと……お生まれになったら、ルルーシュはまた、あちらこちらに連絡をしないといけないんだよ?」 特に、皇帝陛下には一番に連絡をするようにとの指示を受けていたでしょう? とスザクは首をかしげる。 「……それは、そうだが……」 でも、それは綺麗に無視する予定だった。と言うよりも、さっさと伝言だけたくして、自分はコーネリアの元に駆けつけるつもりだったのだ。 「ルルしかできないんだから、頑張って」 スザクはにこやかな口調でこう告げる。 「そうですぞ、ルルーシュ殿下」 さらに、ダールトンまでもがスザクに味方をした。 「他のことでしたならば、このダールトンでも何とか出来ましょうが……この報告だけはルルーシュ殿下に頑張って頂かなければいけません」 ですから、と彼は言葉を重ねる。 「……わかった……」 結局は、誰も父上に報告したくないだけだろう。ルルーシュはため息とともにこうはき出す。 「しかし、コーネリア姉上でこの騒ぎ、と言うことは……ナナリーの時はどうなるんだろうな」 ぼそり、とルルーシュは何気なくこう呟く。 「……それは……」 「考えたくもありませんな」 彼女が家出をしてきたときですらとんでもない騒動になったのだ。それが結婚出産となったらどうなるのだろうか。 「……まぁ、いい。連絡があったら、すぐに起こせ」 ここで寝るから。そういうと、ルルーシュはソファーの上に体を横たえる。 「ルル。今、ベッドを用意するから」 だから、とスザクが慌てて立ち上がる気配を感じた。しかし、それよりも先に、ルルーシュはさっさと眠りの中に逃げ込む。 しかし、その眠りは決して穏やかなものではなかったが。 コーネリアとギルフォードの子が生まれたのは、日付が変わる頃だった。母によく似た男の子、だと言う。 「……男か……」 その報告を耳にしたシャルルがどこかほっとしたような口調でこう呟く。 「男であれば……嫁に出す必要はないからの」 とりあえずは安心だろうか。こんなセリフも口にする。 「……皇帝陛下……」 それにどう反応をしていいのかわからない。シュナイゼルが複雑な表情で彼を見つめている。 「……ルルーシュとナナリーだけは、絶対に嫁にやらんぞ……」 あの二人は絶対に自分の側に置いておくのだ、と彼は言い切った。それを、本人が耳にしていないことだけが救いだろうか。 「あらあら、陛下」 この声が聞こえてきた瞬間、思い切りこの場から逃げ出したくなってしまう。 「ルルーシュはともかく、ナナリーはお嫁に出しますわよ」 自分の目にかなう相手がいれば……だが、とマリアンヌが微笑む。しかし、その瞳はまるっきり笑っていない。その事実が怖い、と思うのは自分だけか。 「……マリアンヌ……」 「ルルーシュは……もう、お嫁にやったようなものですし。でも、孫は抱かせてもらえそうですわね」 この言葉の意味を、シャルルがきちんと理解できているかどうか。 だが、とシュナイゼルは心の中で呟く。どうやら、スザクはマリアンヌのお眼鏡にかなっているようだ、と。 もっとも、彼も半ばマリアンヌに教育されてきたようなものだから、それは当然なのか。 確かに、ルルーシュの隣にいて違和感のない相手……と言うのは彼ぐらいなものかもしれない。何よりも、彼であればあの子を守りきれるだろう。 「……妥協しておくのが一番か……」 とりあえず、後数年は彼にしっかりと理性の尻尾を捕まえていてもらわなければいけないだろうが。そんなことを考えてしまう。 「それに関しては、大丈夫だと思いたいが……」 流石に、あのマリアンヌの怒りを買うのは、彼もいやだろうからね……とシュナイゼルは呟く。 そんな彼の前で、皇帝と后妃のにらみ合いが続いている。 しかし、誰もがルルーシュが『嫁に行く』と言う言葉に疑問を持たないあたり、実は疲れていたのかもしれない。 もっとも、それを指摘してくれるものは誰もいなかったが。 目の前の赤ん坊は、小さな手を一生懸命自分の方に伸ばしている。しかし、その手があまりにも小さすぎて壊してしまいそうで怖い。 「……スザク……」 思わず、側にいる己の騎士の名を呼べば、周囲から小さな笑いが響いてきた。 「大丈夫だ、ルルーシュ。ギルフォードが抱き上げても泣かなかったからな。お前が手を握る程度ではどうと言うことはない」 まだ体が辛いのか。ベッドの上でクッションに背中を預けながらコーネリアがこういう。 「それに、ナナリーもそうだったであろうが」 言われてみればそうだ。しかし、それはもう、七年近くも前のことだ。あのころの自分は力も弱かったし、とルルーシュは考えてしまう。 それでも、コーネリアがそういうのだから……とおそるおそる手を近づけていく。次の瞬間、小さな手がルルーシュの指をしっかりと握りしめてきた。 「……こんなに小さいのに……」 もう、普通に動くんだ……とルルーシュは思わずこう呟いてしまう。 「まだ、出来ぬ事も多いが……何、すぐに大きくなる。ユフィもルルーシュもナナリーもそうだった」 クロヴィスの時には自分が小さすぎて覚えていないが……とコーネリアは笑う。 「姫様……」 何かに気が付いたのか。ダールトンがそっとコーネリアに呼びかけている。 「何だ?」 「お子様と殿下方で写真を撮って本国に送られてはいかがでしょうか」 もちろん、子供だけのものも、と彼は続ける。 「あぁ、そうだな。少なくともマリアンヌ様にはお目にかけないといけないだろう」 それと、自分の母親か……と彼女は頷く。 「では、すぐに準備をしますね」 スザクがこう言って病室を出て行った。あるいは、最初から彼等の間では最初から話が付いていたのかもしれない。そう思えるほど、すぐに戻ってきた。 「では、みなさま、ベッドの側に。お子様は姫様がお抱きください」 ギルフォードは三人だけで撮影するときに入れ、とダールトンが指示を出している。それに異論はないから、誰もが素直に動いていた。 ある意味、エリア11は今日も平和だった。 終 BACK 08.06.23up |